4.神の子
「そしてこちらが神殿長のチャーフ枢機卿だ。」
その一言でハッと我に返る。灰翼の騎士団団長ともあろう者が、たかが少女に見惚れるなんて…と不覚を恥じ、急いで神殿長に向き直る。
「チャーフ枢機卿、お初にお目にかかります。灰翼の騎士団団長、リフィス・サックと申します。」
丁寧に挨拶をする。枢機卿ともあれば、皇帝と並ぶほどの権力者だ。好かれて損はない。
「あなたのことは聞いていますよ、サック卿。とても素晴らしい才の持ち主だとか。その素晴らしい才をお与えくださった神に感謝せねばなりませんね。」
にっこりとした笑顔で話すのを見て嫌味なのか、それとも純粋な本心なのか、
リフィスには分からず、食えない男だと少し身を構えた。
「挨拶はその辺でよかろう。」
待ちくたびれたのか、皇帝がしびれを切らしたかのように話を切り出す。
「枢機卿、あの話に異論はないな?」
「はい。もちろんでございます、陛下。」
と、なにか二人だけの会話を済ませ、リフィスに向き直る。それに反射的にピシッと、背筋が伸びた。
「サック卿よ、そなたには【神の子】と婚約してもらう。」
「………………。はい?」
皇帝が何を言ったのか、理解でき……なくはなかったが脳の処理が追い付かなかった。
⦅婚約?誰が?誰と?は??まさか俺がこの女の子とじゃねえよな??⦆
とリフィスの思考回路が渋滞を起こしていると、銅像のように口を閉ざしていた宰相のムーサの口が動いた。
「婚約者といっても仮だ。もっとも【護衛】といった方が正しいがな。」
心底嫌悪している表情で話すムーサに、お前いたんだと言わんばかりの笑顔で返す。
その冷笑が癪に障ったのか、ムーサは負けじと睨み返す。いわば、無言の空中戦だ。
「そなたは【願いの代償】という童話をしっておるか?」
皇帝にムーサとの空中戦を妨げられ、本線に戻った。
リフィスは童話なんていうのはほとんど読まないが、何かどこかで聞いたことがないか脳内検索をかける。
「あ…、あのー……恋した少女が神に願いをして…、代償に大災害か何か引き起ってしまった……みたいのですか?」
リフィスはなんとなく町で聞いたことがある、という程度だが、この国の有名な童話だ。
「…まあいいだろう。」
「そなたの言った通り、神が少女の願いがを叶える代償として大災害を引き起こすという童話だが、その童話は彼女、【神の子】を基に作られたと云われておる。」
「えっと…、どういうことでしょう?」
そんな昔の童話の基になった少女が今目の前にいるのも、その神の子が何なのかも、色々訳が分からず困惑していると、ムーサが咳払いをした。陛下の説明足らずさに自分の出番だと思ったのだろう。
「私が補足しよう。」
「【神の子】というのは神の力【神力】をもって生まれる少女で、数百年に一度、生まれるといわれている。」
神力というのは魔力とは違い、普通の人はもっていない。
しかし、稀に持って生まれる者もいる。持っているといってもとても微力なもので、主に治癒能力に長けている。そしてその力を持つものは見つかり次第、神殿に連れていかれる。
それぐらいこの国では重宝されているのだ。
「でも神力を持っている少女なんて、珍しいことに間違いありませんが探せばそれなりにいますよね?
どうして彼女は神の子なんて呼ばれ…」
「話を最後まで聞け!!フン…!騎士団長ともあろうものが…」
話を遮られ、さらに腹が立った様子でリフィスをにらみつける。リフィスも少し早合点してしまったと、気まずそうに身を引く。
「【神の子】は、ただ神力を持つ少女、というわけではない。
まず第一に普通では考えられない、とても強い神力をもっていること。
そして第二に、黄金の瞳を持っていること。
そして第三に、齢15才~19才であること。この条件が揃った少女を我々は【神の子】と呼んでいる」
「それでこの子は、その条件が揃ってるってわけですね…。」
とリフィスはもう一度【神の子】を見ようとしたが、その黄金の瞳と目が合いそうで急いでそらす。
「そうだ。そしてここからがとても重要だ。真剣に聞くように。」
ずっと真剣に聞いているが、一度早合点してしまったので、素直にうなずくことにした。
「その【神の子】は【来る日】と呼ばれる、20歳を迎えた年の満月の夜、儀式を行い、彼女を神の元へと送らなければならない。」
「さもなければ、『大災害』が起こるのだ。」
「大災害が起き、る…。ま、まさかそんな、さっきの御伽噺じゃあないですし、」
神の子を神の元に送らなけらば、なんて迷信的なことを信じているなんて、とリフィスはにわかには信じられず、半笑いで言うが、リフィス以外誰も笑っていなかった。
「残念なことだが、これは迷信ではない。皇帝と、宰相、神殿長にしか伝えられていない、この帝国最大の秘事だ。」
「そしてそなたには、【神の子】をその来る日まで、護衛・監視してほしいのだ。」
「護衛だけではなく、監視も…ですか?」
想像もしていなかった依頼内容にリフィスは困惑したが、彼女を来る日まで護衛するのは理解できた。
しかし監視という言葉に引っかかった。《護衛》だけではなく、なぜ彼女を監視しなければならないのか。
「ああ。彼女には【来る日】に死んでもらわないとならん。だからその前に死なぬように護衛と監視だ。」
「彼女が万一にも儀式を怖がり、逃走する…だけならまだましだが、自ら…なんてことも可能性としてはゼロではないからな。」
その言葉を聞いた瞬間、リフィスの胸の中に明確な怒りが湧いた。
一人の少女の命がかかっているというのに、淡々と『死』を口にする、その配慮のかけらもない態度が全く理解が出来ず、全身に力が入る。
その様子を見て、神殿長のチャーフ枢機卿がにっこりとした笑顔で補足した。
「大丈夫です。儀式とは簡単に説明させていただくと特別な剣で心臓を一突きするのです。
一瞬で神の元に行きますから、苦しみもほんのわずかの間で消えます。それに彼女は【神の子】、自身の役目はしかと理解しています。」
その神の子の役目を理解するとは、どのようなものなのか。
こんな悲劇を受け入ているなんて、どれだけ重いものをその小さい体で背負っているんだ…、と今まで見るのをためらっていた神の子に、憐れみの視線を向ける。
だがその考えは杞憂だった。いや全くの見当はずれという方が正しいのかもしれない。
それを聞いていた彼女は、全く表情を変えず、その黄金の瞳を輝かせながら微笑んでいた。
リフィスはその異様な光景に、息をするのを忘れ、ただ自分の鼓動の音が響くのを感じた。




