3.皇室でⅡ
「皇帝陛下に『灰翼の騎士団』団長、リフィス・サックがご挨拶申し上げます」
深々と頭を下げ挨拶をする。傷だらけの小麦肌が袖や襟から垣間見え、美しい筋肉が気品ある装いからでも窺える。
『元平民だから簡単な所作でさえできないだろう。』と格式高い宰相様は思われるだろうが、公式の場に出ることもあるため、教師をつけ、基本的な所作はほぼ完ぺきといっていいほど身につけた。
あの宰相も一瞬目を疑うほどに。
むしろぐうの音を出させないために、目の下が隈になるほど勉強したのかもしれない。
「面を上げよ。そなたと会うのはあの戦勝パーティー以来か?」
様子を窺うように皇帝は尋ねた。皇帝も、彼に対しては別に気を許すほどの相手ではない。功績を残した元平民の最強な騎士といった認識だ。
「さようでございます。陛下におかれましてはお変わりなさそうで何よりでございます。」
この狼のような鋭い目つきの不愛想な面持ちからは想像できない言葉が返ってくる。
「まあ、もう前置きはよいであろう。時間が惜しい。来て早々だが本題に入らせてもらおう。」
一瞬にして緊張感が走り全員の背筋が伸びた。
「そなたを急ぎ呼び出した理由だが、極秘の任務を頼みたい。そして誓約も結んでもらう」
「誓約ですか…」
その言葉にリフィスは眉をひそめた。
この世界には【魔力】というものが存在し、人類が生まれながらにもつ、ある種のエネルギーだ。
訓練すれば誰でも扱うことが出来るが、とても難しいため上手く扱える者は【魔法使い】と呼ばれる。
通常、魔力を使うには何か媒介を通して行使され、【魔法】と呼ばれる形になる。リフィスで例えるなら剣などがその媒介にあたる。
そして【誓約】というのはそのエネルギー【魔力】を使ったものである。
誓約によっても違うが、破れば【魔力】を枯渇、爆発させることもでき、命を懸けるものもある。
ここだけだととても危険に思えるが、一般的に流通しているもので、それこそ金銭的な取引をする場合などに用いられることが多い。もし逃げたらその誓約時に登録した魔力で一瞬で場所がわかるなど、そういった誓約が主流だ。
媒介するものが何でもいいため簡単にでき、ここでいえば誓約書がそれにあたるが、商人や高利貸し、普通の商店でも使われることもある。
ただ、皇帝が話す【誓約】はそんな甘いものでないのは誰もがわかるだろう。
「なんだ?そなたほどのものが『誓約』が怖いとは言うまいな?」
冷笑しながら言う皇帝に少しだけ苛立ちを覚えるも、グッと堪えた。
立場上、どんな内容が来ても受け入れるしかなく、はなから選択肢などないのはわかっているが、それでも命が関わることだ。少し身構えるのはいいだろうと心の中でため息をついた。
「まさか、とんでもございません陛下。もちろん結ばせていただきます」
と口角を上げ目を細めた。これが笑顔になっているか少し不安だがこれが今できる精一杯だ。
「まあ安心しろ。誓約といっても禁言の誓約だ。これから話すことは一切他言するな。もし破ればそなたの魔力は枯渇し死ぬ。内容はそれだけだ。」
思ったより優しい誓約で驚き、少し肩の力が抜けた。「承知いたしました。」と返事をし、用意されていた誓約書に魔力をこめたサインをする。
「それでは…内容の方をお伺いしてもよろしいですか?」
「そうだな、そろそろ彼女たちもこちらに到着するころだろう。
おい!彼女たちがもう来ているのならここに連れてまいれ!」
扉の前の護衛たちにそう言い放ち、護衛たちがピシッとした声で呼応する。
「はっ!!ちょうど今ご到着なさいましたので、お通しいたします!!」
その声と同時に扉が開き、2人の人物が姿を現した。
一人は神殿長だろう。綺麗な刺繍がされている高そうなローブを着ている。
もう一人は、と視線を向けたその時、リフィスは息を呑んだ。
白いヴェールからこちらを覗く、今までに見たことのない輝きを放つ黄金の瞳に捕らえられた。
「紹介する。【神の子】だ。」
黄金の瞳を輝かせ、ふわりと柔らかな笑顔を見せるその【神の子】と呼ばれる少女に、今思えばもう、リフィスは魅入られていたのかもしれない――。




