第11話 かわらないもの
ゆっくりと目を開ける。
一縷の希望は、視界に映る天井が即座に絶望へと変えた。
おそらく元の体では白く見えたのだろう。
しかしこの体での白色は、僕が生まれてから培った感覚とは全く違うものだ。
一晩寝ても変わらなかった。
ベッドの上で寝返りをうつ。
昨晩友永に絶対に寝室で寝ろと言われた。
そして彼はリビングのソファで寝ると言って聞かなかった。
相当この体、森のことを慕っていることはいやでもわかる。
だからこそ僕が森ではないということが確信に変わったときがおそろしい。
家主を差し置いてベッドで寝ることを受け入れたこともそれが原因なのかもしれない。
他人として生きなければいけないこと。
なによりもこの元の体と全く違う感覚のもとで人生を歩んでいかなければいけないこと。
この底知れない、闇の中で一人ぼっちのような感情は一時も消えることはないのだろう。
ベッドから起き上がりリビングへ行く。
友永の姿は見当たらない。
「森さん、おはようございます」
洗面所にでも行ってたのか、顔を拭きながら背後から友永が姿を現す。
「おはようございます」
僕の返答に、あからさまに友永は落胆した様子だった。
「まだ事故の前のこと思い出せないですか?」
「すみません」
返答一つに気をつけなければならない。
曲がりなりにも彼もまた、社会の枠組みから外れた男だからだ。
辰巳ほど粗暴だとは思わない。
だが僕が本当に森ではないと悟った瞬間、何をされるかわかったものではなかった。
「いいんですよ。ゆっくり思い出しましょう。どのみち俺らはもう運命共同体です」
その言葉もまた、僕の心に深くのしかかった。
「辰巳さんから連絡入ってまして、13時に来るように言われてます」
心の整理がつかないまま、続きの言葉を投げかけられる。
そういえば昨日連絡すると言っていた。
「多分何かされることはないとは思います。だけどどうします? 念のため持っときますか?」
「何をですか?」
「銃っすよ」
数秒のタイムラグの後の理解。まだ少し寝ていた僕の体を起こすのには十分だった。
銃を持っている。おおよそ僕の人生では聞きなれない、いや聞くことのなかった言葉だった。
僕が慄いている空気を察したようで、友永はふっと微笑む。
銃などと口にしなかったかのような、柔和で人懐っこい笑みだった。
「万が一ってだけです。辰巳さんがその気なら昨日のうちにバラされてます。夜2人になったときもなんもなかったじゃないですか。だからそんなに怖がらないでください」
最後の言葉に少し感情が乗っていた。
僕はその切望に目をそらした。
◇ ◇ ◇
友永の家から電車を乗り継ぎ30分ほど、とあるマンションに到着した。
移動の間、僕は周りの景色を見ないように極力下を向いていた。
そんな僕を、友永は丁寧に誘導してくれた。
僕が森という人ではないということの罪悪感が、そのたびに増していく。いっそのこと突き放してくれた方がまだましなのかもしれない。
そのままエレベーターで移動し、とある部屋の前に到着する。
友永がスマホで操作すると、開錠されて中に入った。
玄関には靴はなかった。それでも廊下の先の部屋には人の気配がある。
昼間にも関わらず、カーテンは閉め切られているのが見える。本当にありがたい。目に見える狂った色の種類が制限される。それだけで心が少し軽くなる。
靴はそのままでという友永の指示のもと、土足で家に上がり込んだ。かたいフローリングを靴で踏みしめる感覚は、前の体の時とそんなに変わらない。
緑の暗い廊下を抜け、リビングへと入る。1Kの狭い空間なのに、廊下とはまるで雰囲気が違っていた。
6畳ほどのリビングには何もない。
まるで生活感のない、誰も住んでいないような空間だった。
ただ目に飛び込んできたのはそんなことじゃない。
部屋にはすでに2人いた。
一人は辰巳。昨日僕に無表情で暴行を加え続けた人。
僕の命を握っている人。
そして傍らにいたのは女性だった。
僕はその人を知っている。
何度も夢で見た。
何度もスマートフォンで眺めた。
何度もその手で奏でる曲を聴いた。
「香奈ちゃん?」
世界が変わっても、色が変わっても、見間違うはずがない。




