私がいないとダメなんだから
「おい、霰。お前何をやっている?」
授業中。俺こと谷町霰は、突如授業をしていた先生に名指しで話しかけられる。
「何って、勉強ですよ。先生のありがたーいお話を聞きながら教科書に目を通して……」
「ほう?私にはスマホをいじっているようにしか見えないが、それが勉強だと?」
「……」
くそ……。案外早くバレた。なぜそこからスマホでソシャゲしていたことが分かったんだ。
俺が言い訳を考えているところに、いつの間にか接近していた先生にヒョイとスマホを没収されてしまう。
「霰。後で職員室に来るように。それと、スマホを返してほしければ放課後に私のところへ来い。いいな?」
「……うす」
♢♢♢♢♢♢
昼休み──。
「くっそー!どうしてバレたんだよ!」
「いやー。なかなかあの光景は傑作だったな」
学校の屋上にて缶コーヒーを一気飲みしながらキレ散らかしている俺に、面白いと言わんばかりに笑う我が親友。
彼の名前は島崎翔。学校の中でも一二を争うほどのイケメンで、交際相手をとっかえひっかえしているクズだ。まあ、俺も人のこと言えないけど。
「あ、見て。谷町霰だよ」
「え?あの、女の子を体目的でしか見てないって噂のあのクズ野郎の?」
「そうそう。早く行こう?」
「そうだね」
Oh……。根も葉もない噂が広がってますな……。
全くもって嫌になる。思わずため息を吐くと、翔は俺の肩をポンと叩いてきた。
「霰。ああいうのは無視してていいんだよ。勝手に言ってるだけだから」
「……逆にお前は何で悪い噂が無いんだよ」
「俺はちゃんと全員愛しているだけだからな。愛だよ。愛」
にやにやしながら俺の肩をポンポンと何回も叩いてくる。
つまり俺には愛がないってことか?うるせえ。不愛想なのは生まれつきなんだよ。
と、その時、バァン!と大きな音を立てて屋上の出入り口が開かれた。
何事かと思い、そちらに視線を向けると──。
「あー!やっと見つけた!」
一人の少女が大声を上げる。
とんでもなく美しい少女だ。短めの栗色の髪に、桃紫色の綺麗な瞳。小柄で華奢ながらも触れれば柔らかそうな健康的な体つき。誰がなんと言おうと、間違いなく美少女そのものだ。
そんな美少女が俺に指を指しながら目を輝かせてこちらに駆け寄ってくる。人に指を指すな。
「もう!何回も連絡したのに、どうして返事どころか既読もつけないの!?」
「悪いな、純葉。今先生にスマホ没収されちまってて」
「えー?また?」
彼女、萩原純葉は呆れた様子で俺にジトッとした目を向ける。
純葉は俺の幼馴染であり、よく家族ぐるみでの付き合いをしていた。
家が隣同士なのもあって、今でもよくウチに遊びに来てくれている。
「というか、何度没収されたら気が済むの?昨日もされてたよね?」
「うっ……。スミマセン……」
「別に説教しに来た訳じゃ無いんですけど……」
と、ここで純葉は「あっ」と声を上げて、翔の方を見る。
「島崎くんも居たんだ。来なきゃ良かったな」
「おいおい……。俺との邂逅一番がそれなんて酷すぎるぜ」
「やかましい!1年の時はどれだけ苦労したことか……!」
お、おう……。すげぇ火花が散ってる……。
見ての通り、純葉と翔は犬猿の仲である。理由は簡単で、1年の時に翔が純葉を口説き落とそうとしたんだけど、純葉は全く靡かなかったから、それが悔しかった翔が周りの女子たちをけしかけたってわけだ。やってることがえげつねえよ、我が友よ。
凄い形相で睨みつける純葉に対し、翔は余裕の表情で純葉を鼻で笑ってみせる。
「ふっ……。萩原よ。随分と酷い面だな。化粧直してきたほうがいいんじゃないか?」
「はぁ?アンタのその間抜けヅラよりかはマシです〜!」
……うーん。俺、そろそろ教室に帰ってもいいかな?
というか、二人とも喧嘩しすぎな。
「私は知ってんだからね!最近髪が薄くなってきて、そろそろ禿げちゃうんじゃないかって危惧してるのをね!」
「なっ!?お前っ、何故それを!?」
「はっはーん!アンタの元カノから教えてもらったのさ!弱点が多い人は大変だね〜?」
「くっ!黙れ!」
なんか俺の知らない情報戦まで繰り広げてるし、もはや仲良いだろ、コイツら。
……まあ、ここで潮時かな。
「純葉。そろそろ行こうか」
「えっ?……あぁ、ごめんごめん。コイツを貶すのに手間を掛けちゃった。文句ならあのチンパンジーに言ってね」
「誰がチンパンジーだ、あぁ?」
「もう止めてくれよ……」
◇◇◇◇◇◇
「やれやれ……。これからは気を付けるんだぞ?」
「おお……。我がスマホよ……!」
先生から返却されたスマホに頬ずりし、この上ない嬉しさを表す。それを見ていた先生と俺の隣にいた純葉はドン引きしていたが。
なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ。
「全く……。よくもまあ萩原はこんなヤツと一緒にいるよな……」
「そんな。先生……。褒めないでくださいよ……」
ポッと頬を赤らめながらそう言う純葉に、先生は思わず「ダメだコイツら」と言いたげにため息を吐いて俺を睨む。
え?なんで俺を睨むの……?
「ほら。これで用はないだろ。さっさと職員室から出て行くんだ。私は忙しいんだよ」
そう言って片手にはライター、胸ポケットには煙草たばこの箱。この人、職員室で吸うつもりだ!
「先生……。今の御時世、職員室で煙草はマズいんじゃ……」
「あ?別に大丈夫だろ。(※ダメです)私以外のほとんどの教職員は部活で出張ってるし、ここには私だけだ」
「いや、ダメでしょ」
俺がそう言うと、うっとおしく感じたのか先生はハエを追い払うようにシッシッと手のひらを振り、あっち行けと促す。
全くこの人は……。
「行こうぜ純葉。もう用も無いんだし」
「……そうだね」
俺らはそのまま、職員室を後にした。
◇◇◇◇◇◇
その後、俺の家にて──。
「ありゃりゃ……。またこんなに散らかしちゃって……」
純葉は俺の家にて晩飯を作るべくお邪魔しに来たのだが、見事なまでの我が家のごみ屋敷。
別に足の踏みどころが無い訳ではないが、さすがに片づけなきゃいけないと分かる程には散らかっていた。
「いやー。片づけは苦手でして……」
「にしても限度があるでしょ?全く……」
純葉はわざとらしくため息を吐き、少し嬉しそうにこちらを見る。
「私がいないとダメなんだから」
「お、おう……」
そのセリフ、今まで何百回聞いたことやら。
呆れながらもごみ袋を片手に、カップ麺の空をその中に放り込む純葉。
「とりあえず、リビング周りは私がやるから。霰は自分の部屋を片付けて。見られたら困るものだってあるでしょ?」
「イエッサー!」
ふざけてそう返事したが、純葉は嬉しそうに「はいはい」と答えて、もうまとまったごみ袋を置いた。作業が早えな。
とりあえず、俺はそのまま二階へと上がり、自分の部屋の掃除に取り掛かるのだった。
一体何時間掛かるのやら……。
♢♢♢♢♢♢
「いやー。一仕事した後のご飯は最高ですな……」
「霰が片付けたの、自分の部屋だけじゃん」
おっと……ずいぶんとクズを見るような眼をしていらっしゃいますね。
純葉はやれやれと言わんばかりに晩飯のラーメンをすする。美少女がラーメンを食べている姿って、なんか映えるな。なんというか、エロい。
「そういえばお母さんが言ってたよ。『霰がまただらしなくなってる』って」
「別にだらしなくなってなんか……おっと、すみません」
めっちゃ怒気の籠った目で見られた……。怖え。
俺は少し怯えた様子で恐る恐る麺をすする。
「そ、そういえば、おばさんたちは元気か?随分とそっちに行ってないからな」
「ん?ああ、めっちゃ元気だよ。霰が来なくて寂しがってたけど」
「そうか。後で会いに行くか。家隣だし」
純葉の両親には随分とお世話になったからな。ここで会っておいても大丈夫か。
俺はラーメンの麺を食べ切り、そのまま汁も飲み干す。
「……はぁ。ごちそうさま。さてと……」
俺はそっとその場から立ち上がり、皿を台所のキッチンに置いてその場を後にしようとする。
「ちょっと、どこに行くの?」
「……少し別の部屋に居るから、何かあったら呼んでくれ。悪いが、皿洗いは頼んだ」
俺がそう言うと、純葉は何かを察したのか、コクリと首肯した。
◇◇◇◇◇◇
「父さん、母さん。今日は学校で先生に怒られたよ。あれぐらいいいと思うけどな……」
少し薄暗い部屋にて、一人きりで喋っている男一人。傍から見ればやべえヤツだと思われるだろう。
しかし、その印象は俺の目の前にあるものが変えてくれるだろう。そこにあるもの。それは自宅墓だ。ここに眠っているのは俺の実の父と母。
12年前、俺ら家族が乗っていた車にトラックが衝突。その事故で俺のみが奇跡的に助かり、両親と、トラックの運転手は死亡。なんとも言えないな……。
その後は、まだ幼かった俺を引き取ってくれて面倒を見てくれた人が居るんだが、まあ、その話はおいおいしよう。まあ、そんな訳で俺は毎日こうやって、自宅墓の前で今日あったことを聞かせるように話しているのだ。
俺は本当にそこに両親がそこに居るかのように今日の出来事を話す。
「スマホを先生に没収されてさ。マジで今日一日が長く感じたよ。少しぐらいいいんじゃねえかなぁ。俺はこんなにも反省してるのに。……してねえけど」
……もし父さんがこの場に居たら、楽しそうに笑ってくれたかな。
「ビビったよな。授業中にスマホイジってたら急に話しかけられるんだもん。誰だってアレはビビるわ」
……もしこの場に母さんがいれば、困ったように説教してくれてたかな。
ダメだ。考えれば考えるほどに虚しく、悲しくなってくる。
ふと、涙がこぼれ落ち、思考がマイナス方向へと向かっていってしまう。
「はあぁぁぁ……。マジで……」
「霰〜?そろそろ……」
純葉の声とともに急に部屋の襖ふすまが開けられ、俺は思わず自身の顔を隠すように俯いた。
ちらりと純葉の方を見ると、驚いて目を見開いている。ここ数年間はまともに弱い部分を見せてこなかったから、斬新な感覚なんだろう。
「なんだよ……」
顔は伏せたまま、立ち尽くしている純葉に強めな語気で問い掛ける。が、震えた声のせいで、言葉自体にそこまで強さは無かった。
「霰……」
心配そうな声で話しかけてくれる純葉の顔を見ることは出来なかったが、多分とても心配した顔をしてくれているのだろう。長い付き合いなのだから、それぐらい分かる。
俺は「ズビッ」と鼻を鳴らして純葉の方に振り返った。
「ごめんな。じゃあ行くか……」
そう言った瞬間、ふわりとフローラルな匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
「ふんっ!」
「いたたたたた!痛い痛い痛い!」
そう思った次の瞬間には、俺は純葉にアイアンクローを食らわされていた!痛いって!
つーか、ここは普通、「大丈夫だよ」って言って抱きしめるところでしょうが!
「つーか長えよ!いつまで俺の頭を掴んでんだよ!」
「……」
「なんか言えよ!」
逆に怖えよ!「うるせぇ」って逆ギレされたほうがまだいいわ!
「霰はさ、そうやっていつまでも過去に目を向けるつもり?」
「うん。なんか真面目そうに言ってるけど、この状態で話すことか?」
純葉の手をポンポン叩き、離してくれと促すと、純葉は「あ、ごめん」と言って離してくれた。
「痛かった……」
「ごめんて」
「明らかに殺意を感じたのは俺だけか?」
「殺意は持ってないから!」
うーん、アイアンクローをカマしてきた少女の言葉だとは思えんな……。
「取り敢えず、おばさんたちのところに行こう。そこでゆっくり話そうぜ」
「うん。……それとね、霰」
「ん?」
「貴方は、一人じゃないからね」
俺の目を真っ直ぐ見て、俺の手をぎゅっと強く握る彼女に、俺は何だか、嬉しくなってしまう。
誰かが傍に居てくれるというのは嬉しいことだな。




