出し切ろうぜ
俺とリジェが最初に会ったのは、既に婚約が決まった後の顔合わせだった。
「初めまして、カイザ・トレス・ラミフシュです。よろしくね」
第一印象は、臆病な子。
公爵のスーツを弱々しく掴み、足の後ろに隠れていた。
「ほらリジェ、挨拶しなさい」
「……リジェ・リファイスですよろしくお願いします」
背中を押されて、ようやく名前を名乗った。
とても同い年だとは思えない、幼児のような子だった。
その後、二人きりになって遊ぼうとしたのだが、どうも歯切れが悪い。
せっかくなので仲良くなりたかったのに、強引に遊ぼうとするとすぐに泣いてしまうのだ。
七歳の子供にはどうにもできず、その日は数言話すだけで終わってしまった。
涙の色が、緑色なのが印象的だった。
それから、婚約の付き合いで、俺たちは年に一度会うようになった。
2、3年もすれば臆病な性格は治ったのだが――それでも、リジェは俺と仲良くしようとしなかった。
周りの人に聞いてみると、彼女は家族以外のだれとも仲良くしようとしていないらしい。
俺からみると、彼女は――いつも、何かを警戒しているようだった。
そんなリジェも、十数歳で落ち着き始めた。
他の貴族と交流し、今までの遅れを取り戻していく。
何というか、完全に仮面を被ったといった様子だ。
だが、何かを隠しているのは変わらなかった。
だからある時、思い切って聞いてみた。
「リジェ」
「何でしょう?」
「お前は、何か――重大な秘密を隠しているんじゃないか?」
「……!」
「教えて欲しい! だって俺達は将来――」
ダンッとリジェが机を叩いた。
瞬間、空気が重くなる。
まるで、強大な魔物を目の前にしているかような、重苦しい重圧。
「ねーよ、重大な秘密なんて」
「――そう、か」
退くことしかでき無かった。
多分、中途半端だったのだ。
話せてしまうほど親密でもなければ、言い捨ててしまうほど他人でもない。
あるいは、この時もう一歩踏み込めていたら、未来は変わっていたのだろうか。
その後もリジェと話す機会は沢山あったが、自分のことについては一切喋ってくれなかった。
俺が信頼を得られていないせいだということは分かっているけれどーーやりきれない気持ちがどこかにあって。
そんな時に、アカネと出会ったんだ。
「お前は、俺のことをいつまでも信用しなかった」
「……」
「アカネは、俺を信じてくれた。そんな彼女のために、俺は戦うんだ!」
ゴゥと魔剣が強く燃え上がった。
剣が歪んで見えるほどの高温。
その影響で、他ならぬカイザ本人が炎上した。
「ウォーター」
「やめろ」
魔法を撃とうとしたヴィードを手で制す。
「これはアタシとカイザの戦いだ」
「……勝手にしろ」
杖を下ろして、闘技場の隅に退いた。
これで、正々堂々としたタイマンだ。
パキパキと手を鳴らして、構えを取る。
「初めてだな、ガチでやるのは」
「違うな、まだお前は奥の手を残しているだろう」
「……」
「使え」
命令口調だったのに、願望を口にするような言い方だった。
カイザとの関係に、アタシも思うところがある。
「ヴィード」
「分かったよ」
「ヴィード様、何を――」
観戦していたアカネを、魔法で眠らせた。
タンギルとサツリもまだのびている。
場に残ったのは、三人だけだ。
「よく見てろ」
頭のつむじから、深緑のゼリーが飛び出した。
ここまでやったら、もう躊躇はしない。
ゼリーは形を変えていき、アタシを包むように、巨大なクラゲ鳥が姿を現した。
呆気に取られたようなカイザに向かって、言う。
「これがアタシの真の姿だ」
「コレは――確かに、簡単には話せないな」
苦笑した後、カイザは剣を構え、アタシもクラゲの魔人になった時用の戦闘体制を取った。
二人とも、一歩も動かない。
にも関わらず、少しずつ距離は詰まっていた。
先に動いたのは、アタシの方だった。
二本の触手を伸ばして、回り込むようにカイザを狙う。
それをカイザは飛び上がって回避。
そのまま、眼下の触手に刃を走らせて触手を断ち切った。
簡単に切れるような代物ではないのだけれども、高温によって溶解切断されたらしい。
触手の強度を確認しておきたかったのか。着地した瞬間に、アタシに向かって駆けだしてきた。
速い。剣を持っているとは思えないスピードで、距離を詰めてくる。
「ッ!」
一気に触手を全稼働させ、十数本の触手がジャングルを思わせる密度でカイザに襲い掛かる。
それを、カイザは斬る、斬る斬る!
剣一本で全方向から襲い掛かる触手を、全て斬り落としていく。
一発も被弾することなく、アタシの懐にまで潜り込み、剣を振りかぶった。
「おお!」
「舐めんな!」
攻撃の波を掻いくぐって油断したのか、大きな隙を晒して攻撃しようとしたカイザの顔を蹴り飛ばした。
クラゲの身体を外に出したことで、肉体の強度は下がっているが、運動能力はむしろ上がっている。
吹っ飛んだカイザに、鳥の翼を羽ばたかせて飛び上がって、天から蹴りを叩き込んだ。
カイザは転がってそれを躱し――地面が爆発したかのように穴が空く。
そんな人間とは思えない破壊力を目にしたカイザだったが、一瞬たりとも怯むことなく――むしろ笑顔を見せて剣を振るった。
間合いを読み切り、ギリギリで躱した――つもりだったのに、アタシの腹に切り傷のような火傷が刻まれた。
「ッ!」
熱い。胃がひっくり返るような痛みを歯を食いしばって耐える。
見た目以上の間合い、魔剣の力か。
焼けた部分を押さえながら、先ほどよりも大げさに剣を回避する。
触手を使って身体を移動。翼まで全霊で動かして、一瞬で何度も振るわれる剣を、確実に避け――
「ここだ!」
瞬間、カイザは剣を手放し――否、投げた。
投げた先にあったのは、クラゲ鳥の翼。炎によって威力を増した剣は翼をたやすく切り裂き、さらにカイザは飛び上がって投げた剣をキャッチ。
翼が無くなったことによってバランスを崩したアタシの背後を取って、剣を振り上げ――落した。
その間に、アタシは体勢を整えて、カイザと距離を取る。
だが――
「……限界か」
「そう、みたいだ」
身を焦がす程の炎。カイザが自身の身体を代償に、限界以上の力を発揮しているのは明確だった。
もはや、体表は灰になりかけている。彼の身体は、既に極限を迎えていた。
カイザは、腕をダランと降ろし――魔剣を、拾った。
命を燃やすように、魔剣が煌めく炎を上げる。
「最後に一つ、付き合ってくれ」
「……ああ」
繰り出すつもりだ、最後の一撃を。
なら、それに応えよう。
触手を集め、圧縮、圧縮圧縮圧縮! 密度を高め、臨界点を越えて触手を集約させた。
言葉はいらない。
目が合った瞬間、カイザが踏み出し、アタシは触手のレーザーを発射した。
ギゥン!
聞いたこともないような音が鳴り、触手の塊と煌めく魔剣が衝突。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォおおおおおおお!」」
世界が白飛びし――爆散した。
これが令嬢モノでやることか?
次回多分最終回。




