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緑月

 記憶操作の魔法が正常に作用したのを確認してから、私はヴィードを連れてパーティ会場を離れた。

 みんなパーティに参加していたのか、周りに人はいない。

 そのまま学院の空き教室にヴィードを連れ込み、鍵をかけた。


「襲うつもりか?」

「そんなことしません。今後のことを話し合っておきたいだけです」


 ヴィードのからかうような態度に呆れつつ、私は適当な席に座った。

 その対面にヴィードも座り、机に肘をつく。

 夕暮れの西日に照らされるヴィードは、とても様になっていて思わず見惚れてしまった。


「どうした?」

「何でもありません」

「……さっきまでの、チンピラもような話し方でいいんだぞ」

「王太子にそんな話し方できません」

「二人きりのときはいいだろ」

「ですが――」

「それ以上お堅い口調でいると、逆に俺の口が軽くなってしまうかもしれんぞ」


 コイツ……。

 私はため息をつき、頭を切り替えた。


「これでいいか?」

「うん、完璧だ」


 先ほどよりも低くぶっきらぼうな声で返事をすると、ヴィードは嬉しそうに笑みを浮かべた。


(コイツ……もしかして、罵られるのが好きなタイプか?)


 無意識に椅子を少し引くと、その間を埋めるようにヴィードが前に出た。


「……」

「フフ、すまない、からかい過ぎてしまった。そんなに冷たい目で見ないでくれ」

「……さっさと本題に入んぞ」


 目を鋭くして、圧をかけながら質問した。


「オマエ、どうしてアタシと婚約したいんだ?」

「もう婚約してるんだから、過去形にしてくれないか?」

「まだ手続きしてねえだろ。いいから答えろ」

「……強い護衛が欲しかったんだ」

「オマエ――」


 王太子なのだから、護衛などいくらでも用意できるだろう。

 またからかっているのかと警戒したが――ヴィードは酷く真剣な表情をしていた。


「なんか事情があんのか」

「……優秀な魔法使いは、予知夢を見ることがあるんだ。俺も小さな頃から何度も予知夢を見たことがある。その日の晩御飯から数年後の戦争のことまで、時期も内容もバラバラだ。俺もよくは知らないのだが、歴史の修正力とやら、多少行動を変える程度では予知した未来を変えることはできない」

「……それで?」

「半年前に俺は、自分が暗殺者らしき者に殺される予知夢を見た」


 余裕があるような態度をとっていたが、よく見ると目元や頬から憔悴している印象を受ける。

 実はかなり参っているのだろう。


「それなら、護衛を増やすとか――」

「やったさ! ……国の騎士団長や優秀な傭兵に頼んで護衛をしてもらったこともある。だが、未来は変わらなかった」


 机にうつ伏せになり、くぐもった声が響く。

 アタシは、少し考えてから返答した。


「アンタが抱えている問題は分かった。けど、それがどうしてアタシと婚約することと繋がるんだ?」

「『リファイスの緑月(りょくげつ)』」

「……」

「やっぱり、リジェのことだったか」


 リファイスの緑月。

 リファイス領はトレス王国の北端に位置しており、国境では隣国のレイズ帝国との小競り合いが頻発している。

 その戦闘中、トレス王国側の戦局が悪くなった時にどこからか颯爽と現れ、帝国側の陣地で暴れるだけ暴れてどこかに消えていく、クラゲ鳥がいる。

 何度も救われたクラゲ鳥にいつの間にか付けられた名が緑月であり、その正体はアタシだ。


「君、相当強いだろ」

「まあ、な」

「その実力を見込んで、俺の護衛をして欲しい」


 ヴィードはにこやかに、されど緊迫した表情で右手を差し出した。


「まあ、騒動を収めてくれた貸しがあるからな。その分くらいは助けてる」


 戦力として戦うことを約束するため、頭から緑色の触手を出してヴィードの右手と握手した。

 ヴィードは一瞬安心したようにしてから……興味深そうに、触手をプニプニと触った。


「おい、いつまで握ってんだ」

「いい感触だったからつい。それにしても、モンスターとハーフって……リファイス伯爵はモンスターなのか?」

「親はどっちも純人間。アタシは拾い子だ」


 十余年前。突然変異で巨大化した一匹のクラゲ鳥がいた。識別名『ビッグラゲ』。

 辺りを毒で埋め尽くして生態系を破壊し、時に人間も襲っていたため討伐命令が出て、騎士団と激闘を繰り広げた末に倒されたらしい。

 その後、変異の原因を突き止める調査隊が派遣され――巣に、一人の赤ん坊を見つけた。


「それがアタシだ。当時は魔物とのハーフだと分からず、伯爵に引き取られた。まあ、あの人達ならモンスターの血が入ってると知っていても引き取ったと思うけどな」

「なるほどね」

「……いいのか、アタシみたいな半魔物と婚約しちまって」

「いいさ。俺はクラゲが好きなんだ」


 ウットリとした目でクラゲの触手を触りながら、ヴィードはそう言った。

 なんだか恥ずかしくなって、緑の触手を身体の中に引っ込める。


「……まだ出していたらいいのに」

「いいだろ別に。それより……パーティ会場では、今どうなってると思う?」

「さあ。俺達の話で持ち切りなんじゃないか?」



ж



 その頃、パーティ会場では。


「驚いたな。まさか兄上は、リジェのことが好きだったなんて」

「……」

「しかし、嫌がらせの件はうやむやにされてしまったな。また問い詰めなければ」

「う、うん、そうだね」


 カイザの言葉に、私は空返事をしてしまった。

 そんな心ここにあらずといった私の様子を見て心配になったのか、攻略対象のサツリとタンギルが声をかけてきた。


「どうしましたか、アカネさん。まだ体調が悪いのですか?」

「ヴィードの告白に驚いて、みんな頭を打って気絶してしまったからな。まだ頭が痛いなら保健室に行った方がいい。付き合うぞ」

「だ、大丈夫だよ。ちょっとお花摘みに行ってくるね」


 私は、怒涛の展開で混乱してしまったため、一旦状況を整理するために、一人になることにした。

 本当に花を摘みに行こうとしていると勘違いしてついて来ようとしたカイザを置いて、私はトイレの個室に入った。

 フゥと一呼吸置いて――壁を殴る。


「どうなってるの!? 原作にこんな展開ないんだけど!?」


 私、斎藤茜は日本からの転生者だ。

 乙女ゲームばかりしていたゲームオタクで、歩きスマホをしていたら前を見ないクソトラックに引かれて死亡し、気が付いたらやっていた乙女ゲーム、海月乙女(くらげおとめ)の世界に転生していたのだ。

 主人公は人間とクラゲ鳥というオリジナル魔物のハーフだけど、私は普通の人間だった。

 けど、海月乙女では主人公がクラゲである意味がほとんどないストーリーだったから、私はなんとか自分が主人公の立場になれるように、策を巡らしてきた。

 サイトウという男爵家に気に入られて拾われ、原作の情報を活用してゲームの攻略対象であるカイザ、サツリ、タンギルの三人を虜にして、ゲームで一番好きなルートのハーレムルートを目指してきた。

 そして、カイザの婚約相手であり悪役令嬢、リジェ・リファイスを断罪しようとした時にエラーが発生。

 彼女は本来の主人公の証、クラゲの力を持っていたのだ。


「折角全部上手くいってたのに……!」


 これが歴史の修正力とでもいうのか。私の推し、隠し攻略対象のヴィード様を奪っていくなんて。

 許さない、絶対に排除してやる。


 オリジナル魔物・クラゲ鳥

 鳥の翼を持ったクラゲ。

 この世界だとフヨフヨ浮いてる。スライムみたいな枠。

 

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