第9話「呪いはすこしあたたかい」
今日は呪われた。
業務外で、廊下を歩いてたら、どこからか呪いが来た。
正確には、ぱんでむの廊下を歩いてたら、天井の向こうからなにかが降りてきた。
見えなかった。においもしなかった。ただ、体に当たった感触だけあって、そのまま崩れた。
後で幽玄ちゃんに聞いたら「あの廊下に定期的に発生する呪詛の塊のやつだと思う。Bクラスの収容案件」と言われた。
Bクラス。
ぱんでむの収容クラスはAが最低でZが最高だ——まあ、正確な規格はよくわかってないけど。Bというのは下の方ではあるが、呪詛として一個の意思と目的を持って運動できるくらいの規模、と幽玄ちゃんは言ってた。
わたしを崩すくらいの呪詛がBクラスで、廊下に定期的に発生してる。
まあ、ぱんでむだし。
てへ。
培養槽から出たら、呪詛が直撃した右半身の一部が使えなくなってた。棚を開けた。
「呪い耐性パーツ(暫定・完全耐性未確認・微弱呪詛の付着あり)」があった。
微弱呪詛の付着あり。
まあ、いっか。
第一章「さわったものが少し呪われる」
◆朝のキッチン
翌朝、キッチンに入った。
まず、作業台の端を触った。
作業台が少し呪われた。
正確には、作業台の端が少し黒くなって、空気が重くなった。触らなかったら普通に戻った。
「……触ったものが呪われる」
「……見てた」と幽玄ちゃんがいった。いつのまにかいた。「呪い耐性パーツに付着してる微弱呪詛が、触れたものに転移してる。呪い耐性があるから輪廻自身には影響しないけど、周りに移る」
「バーガーに移ったら困る」
「……困る」
「どうすれば?」
「……パーツを手袋で覆うか、悲醒ちゃんに祓ってもらうか」
悲醒ちゃんを呼んだ。
◆悲醒ちゃんに祓ってもらった
悲醒ちゃんが来た。
わたしの呪い耐性パーツを見た。少し眉間にしわを寄せた。
「……呪詛の付着が複数あります。種類が違う。Bクラス収容案件の呪詛の残骸が混じってますね」
「Bクラスのやつに当たって死んだから」
「……それ、廊下の定期発生案件ですか」
「幽玄ちゃんがそう言ってた」
悲醒ちゃんがため息をついた。「……定期的に祓ってるのに、また出てきた。Bクラスといっても根が深いので完全には消えないんです。パーツに残骸が入ってしまったのは、まあ仕方ない」
「祓えます?」
「……完全にはできません。でも——転移しないくらいには抑えられます」
悲醒ちゃんが祓いを始めた。
氷狐の巫女。冷気と物理で清める。
わたしのパーツに向かって、小さく祝詞みたいなものを唱えた。冷たい空気が少し流れた。パーツが一瞬だけ光って、元に戻った。
「……これで転移は止まります。でも」と悲醒ちゃんが言った。「パーツの内側に微弱な呪詛が残ります。完全には抜けない。輪廻自身には耐性があるから問題ないけど」
「内側に残る?」
「……そう。感じることはないと思いますが——たまに何かが反応することがあるかもしれない。普段は大丈夫です」
「わかった。ありがとう」
「……騒がしいですね、いつも」と悲醒ちゃんが言って帰った。
◆万寿ちゃんの反応
万寿ちゃんに「呪詛が内側に残ってる」と言ったら、うっとりした顔をした。
「……美しいわ。呪詛を内包しながら動いてる。呪ったものと呪われたものが同じ体の中に」
「呪い耐性があるから問題ないけどね」
「……それがまた美しい。呪われても動ける。でも内側には呪いが残ってる。消せないものを持ちながら、普通に料理してる」
「そう言われると変な感じだけど、まあ実際そうだな」
万寿ちゃんが少し間を置いて「……輪廻って、いつもそうよね」と言った。
「いつも?」
「……前の持ち主の残留とか、食材の気配とか、植物の気配とか。抜けないものを持ったまま動いてる。今日はそこに呪詛が加わった」
そう言われると、確かにそうかもしれない。
まあ、困ってないからいっかとは思うけど。
第二章「呪われたバーガー」
◆昼前の問題
仕込みを進めてたら、問題が出た。
悲醒ちゃんが祓ったから転移はしないはずだった。でも一個だけ、バーガーに微弱な呪詛が移ってた。
幽玄ちゃんが気づいた。「……あの一個、少し重い気配がある」
見た。外見は普通のバーガーだった。
「どのくらい呪われてる?」
「……食べたら気持ちが少し暗くなるくらいかな。害というほどじゃないけど、提供できる品質じゃない」
秩序ちゃんに報告した。
「廃棄です」と秩序ちゃんが言った。即答だった。「呪詛混入バーガーは品質基準外です。原因の特定と再発防止をお願いします」
「悲醒ちゃんに祓ってもらったんだけど、一個だけ移ってた」
「……祓いの直後に触れたものが吸収した可能性があります。パーツに残存した呪詛が、祓いのタイミングで一時的に表面に出て、近くにあったバーガーに移った。祓いの直後はパーツに触れるものを隔離した方がいいですね。記録します」
秩序ちゃんが書類に書いた。
「再発防止策:祓い後三十分はパーツに防御膜を張る。実施者:悲醒」と書かれた。
「悲醒ちゃんに伝えた方がいいですか?」
「私から伝えます」と秩序ちゃんが言って帰った。
◆廃棄したバーガー
呪われたバーガーを廃棄した。
万寿ちゃんが「廃棄前に見てもいい?」と言った。
「どうぞ」
万寿ちゃんがバーガーを見た。じっと見た。
「……これ、何世界線のバーガー?」
「第17世界線。砂漠の世界線」
「……砂漠の世界線のバーガーに、廊下の呪詛が入った。砂漠の記憶と、ぱんでむの廊下の何かが混じってる」
「何かって?」
「……廊下の定期発生案件の呪詛——あれ、何かの残骸だと思う。何かが通った痕跡が呪詛として定着してる。昔、あの廊下で何かがあったのよ」
「何があったの?」
「……わからない。でも——このバーガーには、砂漠の世界線の記憶と、その痕跡が入ってる。普通じゃ混ざらないものが入ってる」
普通じゃ混ざらないものが入った。
それは廃棄するのが正しいんだろうけど——なんか、変なバーガーができたな、とも思った。
「……廃棄するけど、面白い経緯のバーガーだったね」
「……記録しておくわ」と万寿ちゃんが言った。「こういう経緯のものは、記録しておくと後で役に立つことがある」
第三章「内側の呪詛が反応した」
◆夜のキッチン
仕込みが全部終わって、片付けをしてた。
悲醒ちゃんが「普段は大丈夫」と言ってた内側の呪詛が、一回だけ反応した。
反応、といっても大したことじゃない。
片付けの途中で、棚の奥にあった古いスペアパーツの瓶が転がってきた。触ってないのに。
幽玄ちゃんが「……内側の呪詛が古い呪詛に反応した。同じ種類のものが近くにあったから引き合った。害はない」と言った。
「引き合うの?」
「……呪詛は同種のものに引き合うことがある。今回は小さい反応だったから問題ない」
転がってきた瓶を拾った。ラベルを見たら「旧型パーツ・保管期限切れ」と書いてあった。
「これ、捨てるやつかな」
「……たぶん。秩序ちゃんに確認して」
翌日確認したら「廃棄予定でした。ありがとうございます」と秩序ちゃんが言った。
呪詛が廃棄予定の瓶を転がした。
役に立ったのかよくわかんないけど、まあ、なんかうまいことなった。
◆幽玄ちゃんと悲醒ちゃん
帰り際、幽玄ちゃんと廊下で少し話した。
「……今日の呪詛、悲醒ちゃんが来てくれてよかった」
「そう?」
「……悲醒ちゃんがいなかったら、転移が止まらなくて、もっとバーガーが呪われてた」
「悲醒ちゃん、ちゃんと祓ってくれたね」
「……でも完全には消えない、って言ってた。悲醒ちゃんは、消えないことを正直に言う」
「そうだね」
「……消えないものを持ちながら動く、ということを——悲醒ちゃんはわかってて、その上で「普段は大丈夫」と言った。気休めじゃなかった」
幽玄ちゃんにしては長い話だった。
「……幽玄ちゃんは悲醒ちゃんのこと好き?」
幽玄ちゃんが少し止まった。
「……一緒にいやすい」とだけ言った。「おだやかなとこが」
調理神秘班の中で、幽玄ちゃんと悲醒ちゃんが一緒にいやすいというのは、なんかわかる気がした。どっちも静かで、どっちもちゃんとしてる。
「そっか」てわたしは言った。
エピローグ「数日後、パーツがなじんだ」
数日後、呪い耐性パーツが体になじんだ。
内側の微弱呪詛も、ほとんど反応しなくなった。幽玄ちゃんが「……落ち着いた。輪廻の体に慣れたんだと思う」と言った。
悲醒ちゃんに「その後どうですか」と聞かれた。珍しかった。
「問題ない。なじんだ」
「……よかった。転移も出てないですか」
「出てない」
「……ならいいです」と悲醒ちゃんが言った。「また何かあれば言ってください」
「ありがとう」
「……騒がしくないなら、いつでも」と悲醒ちゃんが言って去った。
騒がしくないなら。
つまり、騒がしい時は嫌だけど、騒がしくなければいつでも来ていい、ということだ。
悲醒ちゃんの「いつでも」はそういう意味だ。
まあ、十分だった。
前が広い。
それはたぶん、今日も変わらない。
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◇クルー視点モノローグ——悲醒——所感
廊下のBクラス呪詛案件、また再発した。
あの廊下の定期収容案件は、祓っても根が残る。何年も前から発生している。本来は大深度アーカイブで収容すべき類のものだが、なぜか廊下に定着している。完全に消すには、根の部分——発生源——を処理する必要があるが、それが見つかっていない。
Bクラスとはいえ、根が深い。通りかかったクルーを崩すくらいの規模は維持している。
今回は輪廻が当たった。
輪廻は培養槽で戻ってきたが、パーツに残骸が入った。祓ったが完全には消えない。
祓い直後の転移問題は、私の確認不足だった。秩序ちゃんから再発防止策の連絡が来た。次から気をつける。
輪廻は「問題ない」と言っていた。
毎回そう言う。消えないものを抱えても、問題ない、と言う。
騒がしくない限り、いつでも祓いに来る。
それが私にできることだから。
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◇クルー視点モノローグ——万寿——記録
呪われたバーガーを記録した。
第17世界線・砂漠の記憶と、廊下の定期呪詛案件の残骸が混入。廃棄。
普通は混ざらない二つが、輪廻のパーツを経由して一つのバーガーに入った。
経緯として美しい。結果として廃棄になったけれど、経緯は美しかった。
輪廻が「面白い経緯のバーガーだったね」と言った。
そう。面白い。
輪廻は、自分を通り過ぎていくものに、ちゃんと気づく。呪詛も、砂漠の世界線の記憶も、廃棄予定の瓶も。見落とさない。
捨てずに、見る。
それが輪廻のいいところだと思う。本人は気づいていないけれど。
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◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録
今日の輪廻の後ろに、呪詛の気配が少し混じった。
悲醒ちゃんが祓ったあとの残骸だから、害はない。でも確かに混じってる。
植物の気配、食材の気配、残留の気配、そして今日から呪詛の気配。
輪廻の後ろはにぎやかだが、乱れていない。全部が落ち着いている。
おだやかな場所だ、と思う。輪廻の後ろは。
いろんなものが来て、落ち着いていく。
輪廻が気づいていないことが、なんとなく、そのままでいい気がしている。
……後ろ、気をつけて。
でも今日は、あまり心配じゃなかった。
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