第8話「光がまぶしくて、うごけない」
今日は吸われた。
エデンの裏庭——屋上の概念菜園——に、理性ちゃんの用事で付き合いで行った。
大きいマンドラゴラがいる。概念的な植物がいる。栄養を吸うやつがいる。
わたしは特に何もするつもりじゃなかった。ただいただけだ。
でも植物が、わたしに気づいた。
栄養を吸ってきた。
体の一部が枯れる感じがして、そのまま死んだ。
培養槽から出たら、吸われた箇所——主に右腕と背中の一部——が再生できなかった。
棚を開けた。
「植物性神経繊維パーツ(エデンの裏庭由来・光合成機能付き)」があった。
光合成機能付き。
まあ、いっか。
第一章「照明がまぶしい」
◆朝のキッチン
翌朝、キッチンに入った。
まぶしかった。
キッチンの照明は、いつも通りの明るさだ。でも今日は、植物性神経繊維のパーツが光に反応してた。
右腕と背中に光が当たるたびに、なんかむずむずする。不快というわけじゃない。でも、動きたくなくなる。
日向に出ると動きたくなくなる——空無ちゃんが言ってた。
キッチンの照明は日向じゃないけど、植物性神経繊維には十分に光として届いてるらしかった。
包丁を持った。素材を切ろうとした。
右腕が途中で止まった。照明の一番明るいとこで止まった。
「……動いて」
動いた。でもすぐ止まった。
「……」
作業台を照明の影になる位置に移動した。
少し動きやすくなった。
◆万寿ちゃんに相談した
「腕が照明の明るいとこで止まる」てわたしは万寿ちゃんに言った。
「……光合成してるのね」と万寿ちゃんがうっとりした顔で言った。「植物性神経繊維が光を吸収しようとして、動きを止める。光の中で静止するのが植物の基本動作だから」
「静止するのが基本動作」
「……そう。植物は動かないじゃない。だから光の中で止まるのは正しい反応なの。でも輪廻には困るわね」
「困る」
「……影に入ればいいんじゃないかしら。全体的に暗くするか、腕だけ影にするか」
全体的に暗くするのはキッチン全体の問題になるから、できれば避けたい。
とりあえず腕に布を巻いて、光を遮断することにした。
「布を巻いたら光合成できなくなって、神経繊維が不満になるかもしれないけど」と万寿ちゃんが言った。
「不満ってどうなるの?」
「……わからない。試してみて」
布を巻いた。
しばらく待った。
何も起きなかった。
「不満にはなってないっぽい」
「……そうね。植物って、暗いところでは待てるから」
待てる植物。
まあいっか。
◆黄昏ちゃんが来た
昼前、黄昏ちゃんがキッチンに来た。
赤黒の服。子供みたいな見た目。終末を告げる子。
「輪廻、腕に布まいてる」と黄昏ちゃんが言った。
「光合成するから」
「光合成——」と黄昏ちゃんが少し考えた。「植物になりかけてる?」
「パーツが植物性だから」
「そっか」と黄昏ちゃんが言った。「なんか、もうすぐ夜が来るみたいな感じだね」
「どういうこと?」
「植物って、夜になると動かなくなるでしょ。昼は光を受けて——でも夜が来たら、待つ。輪廻も今、昼なのに夜みたいに待ってる感じ」
昼なのに夜みたいに待ってる。
「……まあ、布を巻いてるから暗いのか」
「うん」と黄昏ちゃんが言った。「でも、植物が一番元気な瞬間って、光が当たった瞬間なんだよね。終わりかけじゃなくて、始まりの瞬間。輪廻の腕、そっちの種類だといいね」
「そっちの種類?」
「……枯れかけてる植物じゃなくて、光を受けて動き始める植物の方が」
黄昏ちゃんが言う「もうすぐ夜が来る」とは少し違う話をしてた。
終末を告げる子が、始まりの方を言った。
「……黄昏ちゃん、今日は珍しいこと言うね」
「そう?」と黄昏ちゃんが首を傾けた。「植物は好き。終わる前に一回、ちゃんと光を受けるから」
第二章「エデンの裏庭に行く」
◆昼すぎ
昼すぎ、万寿ちゃんが「一回エデンの裏庭に行ってみたら?」と言った。
「なんで?」
「……神経繊維の出どころだから。戻してあげたら、反応が落ち着くかもしれない」
「戻す?」
「……腕を持っていく、ということじゃなくて——パーツが育った場所の空気を吸わせる、みたいな感じよ。試してみる価値はある」
まあ、試してみるか。
万寿ちゃんと一緒に屋上に上がった。
エデンの裏庭——屋上庭園。マンドラゴラがいる。変な植物がいる。昨日わたしを吸ったやつもいる。
布を外した。
直射日光が右腕に当たった。
腕が動きを止めた。光の中で静止した。
「……やっぱり止まる」
「……でも見て」と万寿ちゃんが言った。「腕、光を受けてるところ、少し色が変わってる」
見た。右腕の、植物性神経繊維が入ってる部分——水色と赤のまだらの中に、少し緑がにじんでた。
「……緑になってる」
「……光合成してる証拠ね。ちゃんと機能してる」
機能してる。
植物として、ちゃんと生きてる感じがした。
◆昨日吸ったやつと
しばらくそのまま日向にいた。腕は動かなかった。でも、悪い感じじゃなかった。暖かい。
昨日わたしを吸ったマンドラゴラが近くにいた。
「……昨日は吸われた」てわたしはマンドラゴラに言った。
マンドラゴラは答えなかった。まあそうか。植物だし。
「……でも今日は、腕のパーツはそっちの仲間みたいになってるから」
マンドラゴラが少し揺れた。風? それとも何か?
万寿ちゃんが「……面白いわね。輪廻を吸った植物の近くに、その植物由来の神経繊維がある」と言った。
「つながってるってこと?」
「……わからない。でも——昨日吸ったものが、今日輪廻の腕の中で光合成してる。それは確かに、何かつながってる気がする」
昨日吸われた栄養が、パーツになって、今日は光を吸ってる。
栄養が来て、別の形で戻ってきた。
循環してる、みたいな感じかな。
まあ、よくわかんないけど。
◆腕が動き始めた
十分くらいそのままいたら、腕が動き始めた。
「……動く」
「……光合成が終わったのかも」と万寿ちゃんが言った。「満足したのかも」
右腕を動かした。普通に動いた。光の中でも止まらなかった。
「……治った?」
「……たぶん、パーツが光合成をすることで、動くためのエネルギーを得た。だから止まらなくなった。最初から動けなかったんじゃなくて、動くための準備をしてたのかもしれない」
動くための準備をしてた。
わたしは腕に光が当たってる間、待てない、困ると思ってた。でも腕はその時間を使って、動くための準備をしてた。
「……そっか」
まあ、よかった。
第三章「キッチンに戻った」
◆夜のキッチン
キッチンに戻って、残りの仕込みをした。
腕は普通に動いた。照明の明るいとこでも止まらなかった。光合成が済んだから。
仕込みを終えて片付けてたら、黄昏ちゃんがまだキッチンにいた。
「腕、動くようになったじゃん」と黄昏ちゃんが言った。
「屋上で日向に当てたら動くようになった」
「そっか」と黄昏ちゃんが言った。「光を受けたら動き始める方だったんだね」
枯れかけてる方じゃなくて、光を受けて動き始める方。
さっき黄昏ちゃんが言ってたやつだ。
「……黄昏ちゃん、わかってたの?」
「わからなかった。でも、そうだといいと思ってた」
終末を告げる子が「そうだといいと思ってた」と言った。
珍しい。
「……なんで?」
「輪廻、毎回死んで戻ってくるじゃん」と黄昏ちゃんが言った。「終わってもまた来る。それって——終わりと始まりが一緒にある感じがして、好きだから」
終わりと始まりが一緒にある。
黄昏ちゃんはいつも「もうすぐ夜が来るよ」って言う。終末を告げる。でも輪廻の話には「始まりの方を言いたくなった」と言ってた。
「……黄昏ちゃんは、始まりも好き?」
「……うん。でも終わりの方が多い」と黄昏ちゃんが言った。「輪廻のときは、始まりの方を言いたくなる。なんでかわかんないけど」
わかんないけど言いたくなる。
まあ、そういうこともある。
◆ラボに戻る前に
廊下を歩いてたら、右腕が少しだけ重かった。
疲れたのかもしれない。今日一日、光に反応したり、光合成したり、動き始めたりで。
「お疲れさん」てわたしは右腕に言った。
右腕は答えなかった。
でもなんか、腕が少し温かかった。光合成の余熱かもしれない。
まあ、いっか。
エピローグ「数日後」
数日後、植物性神経繊維のパーツが体になじんだ。
光の中で止まることはなくなった。
ただ——晴れた日に屋上に出ると、少しだけ右腕が温かくなる感じがした。
光合成の名残かもしれない。
幽玄ちゃんが「……右腕のそばに、緑の気配が混じってる」と言った。
「緑の気配?」
「……植物のにおいがする。でも不快じゃない。落ち着いてる感じ」
エデンの裏庭の植物の気配が、少し残ってるのかもしれない。
まあ、悪くない。
晴れた日に屋上に出たとき、右腕が少し温かくなるのは、今日も変わらない。
前が広い。
それはたぶん、今日も変わらない。
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◇クルー視点モノローグ——万寿——記録
今日、輪廻をエデンの裏庭に連れていった。
植物性神経繊維のパーツが、出どころの空気を吸って落ち着くかもしれないと思った。
そうなった。
輪廻が昨日吸ったマンドラゴラに「昨日は吸われた」と話しかけていた。
怒っているわけじゃなかった。ただ、話しかけた。
輪廻は、パーツの出どころに話しかける。
第3話では腕に話しかけた。今日はマンドラゴラに話しかけた。
受け取ること、届けること——輪廻はそれが自然にできる。
教えていないのに。
きっと、毎日死んで戻ってくる中で、自然と身についたのだと思う。
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◇クルー視点モノローグ——黄昏——ひみつきちの記録
今日、輪廻の腕が光合成してた。
植物みたいだった。
わたしは終わりを告げる係だ。夜が来る、終わっちゃうね、ってそういうことを言う。
でも今日の輪廻の腕は、終わりかけじゃなかった。光を受けて動き始める方だった。
だから「そっちだといいね」と言った。
輪廻は毎回死んで戻ってくる。終わって、また始まる。
わたしが告げる終わりと、輪廻の終わりは、少し違う。
輪廻の終わりには、始まりがついてくる。
それが好きだから、始まりの方を言いたくなる。
なんでかは、うまく説明できないけど。
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◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録
輪廻の右腕に、緑の気配が混じった。
植物性神経繊維のパーツが体になじんで、エデンの裏庭の植物の気配が少し残った。
輪廻の後ろは相変わらずにぎやかだ。
今日から、緑の気配も加わった。
食材の気配、前の持ち主の気配、いろんなものが輪廻の後ろに混じっている。
輪廻は気づいていない。でも——毎日仕事をして、毎日死んで、毎日戻ってくる中で、ちゃんと受け取っている。
……後ろ、気をつけて。
でも輪廻の後ろにいるものは、みんな落ち着いている。
おだやかな場所になっている気がする。
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