第6話「くっつく、とまらない」
今日は溶けた。
大浴場「羊水」に入ったのが悪かった。
空無ちゃんに「疲れた顔してるよ~。羊水はいいよ~」て言われて、入った。
羊水はLCL——生命のスープみたいなやつで、疲労回復と肉体修復に効くらしい。確かに気持ちいい。とろとろして、温かい。
だけど、入ってる時間が長すぎた。
気づいたら溶けてた。てへ。
培養槽から出たら、体の輪郭が少し曖昧だった。棚を開けて、再生できなかったパーツを補充した。今回換えたのは主に皮膚と、腕の一部と、何かよくわからない内臓一個だ。
補充したパーツのラベルを見たら、「羊水由来・再生強化型(過剰再生の可能性あり・要注意)」と書いてあった。
要注意。
まあ、いっか。
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第一章「切れない」
◆朝のキッチン
翌朝、キッチンに入った。
今日の担当は「第29世界線残滓バーガー」の仕込みだ。第29世界線は植物が意識を持つようになった世界線で、バーガーにすると緑のにおいと、でも甘いにおいがする。パティの成形には植物由来の素材を使う。少し繊維質で、切って成形する作業がある。
包丁を持った。素材を切ろうとした。
切れた——が、すぐ繋がった。
包丁で切った素材が、切断面でぴたっとくっついた。
「……あれ」
もう一回切った。また繋がった。
切っては繋がる。切っては繋がる。
わたしの腕の切り傷も、切った瞬間に塞がってた。過剰再生が皮膚だけじゃなくて、触れたものにも影響してるのかもしれない。
万寿ちゃんに声をかけた。
「今日、切ったものが全部くっつく」
万寿ちゃんが作業台の向こうから振り向いた。
「……どのくらい?」
「包丁で切った瞬間に繋がる」
「……見てみていい?」
万寿ちゃんが近づいてきた。わたしが素材を切るのを見てた。切った。繋がった。
「……すごい」て万寿ちゃんがうっとりした顔をした。「輪廻の再生力が素材にも伝播してる。過剰再生型パーツの影響ね。触れたものが全部くっついていく」
「調理できないんだけど」
「……確かに」
「どうすれば?」
万寿ちゃんがすこし考えた。「……輪廻が直接触れなければいいんじゃないかしら。手袋とか」
手袋をさがした。キッチンの備品入れにゴム手袋があった。
はめた。
素材を切った。
切れた。繋がらなかった。よかった。
でも手袋ごしに触ると感触がよくわからない。素材の状態がつかみにくい。
「……手袋だと感触がない」
「……難しいですね」て万寿ちゃんが同情した顔で言った。「でも調理はできるわ」
「まあ、そうだけど」
◆手袋で仕込み
手袋をはめたまま仕込みを進めた。
切る、成形する、並べる。全部できる。ただ、感触がいつもと違う。素材がどのくらい柔らかいか、どのくらい水分を含んでるか、そういうのが手袋ごしだとぼんやりしか伝わってこない。
仕込みは進むが、なんか物足りない感じがする。
昼前、空無ちゃんがキッチンに顔を出した。
白とピンクの服、ウサギ耳、バブみのある顔。
「輪廻ちゃん〜。昨日は大丈夫だったかな〜?」
「溶けて死んだけど戻ってきた」
「あらあら〜。でも元気そうでよかった〜」
「元気だけど手袋してないと全部くっつく」
空無ちゃんが「あらあら〜」て言いながらわたしの手袋をした手を見た。
「羊水由来のパーツの影響かな〜。過剰再生型って書いてあったでしょ〜? でもそれ、輪廻ちゃんには合ってるかもしれないよ〜」
「合ってる?」
「だって輪廻ちゃんって、ずっとくっつけてきた人でしょ〜。死ぬたびにパーツをくっつけて、また動かして。今日はそのパーツがちょっと強くなっちゃっただけで、根っこは同じだよ〜」
「……くっつけるのとくっつくのは違うんだけど」
「そうかな〜?」て空無ちゃんが首をかしげた。「よしよし〜」
頭を撫でてきた。
空無ちゃんにはよくわからないことを言われる。でも嫌じゃない。
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第二章「解体作業ができない」
◆午後の問題
午後の仕込みは「第29世界線」じゃなくて「第55世界線」の食材解体だった。
ダンジョンから回収してきた食材を解体して、パティ素材にする作業だ。今日の食材は中型のもので、大体一時間くらいで解体できる予定だった。
手袋で解体を始めた。
切れる。繋がらない。順調だ。
ただ——繋がらないのはわたしが切ったところだけで、食材の体の中でまだ残留している再生力みたいなものが、切断面を内側から少し回復しようとしてた。
正確に言うと、食材の体が少し固くなった。
切りにくい。
「……固くなってる」てわたしは言った。
幽玄ちゃんがいつのまにかいた。
「……輪廻の再生力が食材に伝わって、食材の組織が活性化してる」
「活性化したら固くなるの?」
「……生きようとするから。再生しようとして、組織が締まる」
解体しようとしたら食材が生きようとし始めた。
「……それ、解体できる?」
「……力を強くすれば切れると思う。でも——」て幽玄ちゃんが少し止まった。「……解体されながら生きようとしてる食材の気配が、さっきより強くなった。輪廻の再生力が触れるたびに反応してる」
解体されながら生きようとしてる。
なんか、変な感じだ。
「……ごめんね」てわたしは食材に言った。
食材は答えなかった。まあそうか。
「……謝ったの?」て幽玄ちゃんが少し不思議そうな声で言った。
「変なこと言ったかな」
「……いや。輪廻が謝るの、珍しかったから」
「こっちのせいで生きようとさせてる感じがして」
「……そう」て幽玄ちゃんがいった。それだけだった。
◆万寿ちゃんの解決策
万寿ちゃんに相談した。
「食材が固くなって解体しにくい。わたしの再生力が影響してるっぽい」
「……見てみる」て万寿ちゃんがきた。食材をみた。触った——手袋をした状態で。
「……確かに。輪廻が触れると活性化する。でも——」て万寿ちゃんが考えた。「わたしが解体する?」
「え?」
「わたしは死体を扱うのが得意だから。輪廻の再生力が食材に伝わらないように、わたしが代わりに解体する。輪廻は成形だけやって」
「……万寿ちゃんがやってくれるの?」
「……輪廻のせいで食材が固くなってるなら、わたしがやった方が早い。それだけよ」
万寿ちゃんがエプロンをつけなおした。
解体を始めた。
万寿ちゃんは早かった。丁寧で、無駄がなくて、手の動きがきれいだ。死体を扱い慣れてる感じ。
わたしは後ろで見てた。
「……万寿ちゃん、解体うまいね」
「……死んだものを美しく扱うのは、得意よ」て万寿ちゃんが言った。手を止めずに。「輪廻は、今日何個パティにする予定?」
「十二個」
「……じゃあ全部解体する。成形は輪廻がやって」
「ありがとう」
「……いいの」て万寿ちゃんが言った。「今日の食材、きれいな断面になりそうだから」
死体を美しく扱うのが得意な人と、死んでも戻ってくる再生力が強すぎる人が、一緒に解体と成形をした。
変な組み合わせだけど、うまくいった。
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第三章「くっつくのが、止まらない」
◆夜のキッチン
仕込みが全部終わって、キッチンを片付けてた。
手袋を外した。
作業台に触れた。くっついた。
「……まだか」
手袋をまたはめた。
手袋ごしに壁に触れた。くっつかなかった。
手袋を外して空中で手を動かした。空気はくっつかなかった。
どうやら固形物にのみ反応するらしい。
幽玄ちゃんがまだいた。
「……明日には治る?」
「……わからない。過剰再生型のパーツは、体になじむと少し落ち着くことがある。でも今回は皮膚だけじゃなくて内臓にも換えてる分、時間がかかるかもしれない」
「どのくらい?」
「……二、三日? もしかしたら一週間」
「一週間ずっと手袋か」
「……困る?」
「困るというより、感触がない料理がずっと続くのが変な感じ」
幽玄ちゃんがすこし考えた。
「……今日の仕込み、品質は問題なかったと思う。万寿が解体して、輪廻が成形した。感触がぼんやりしてても、においと見た目でカバーしてた」
「そうかな」
「……輪廻は今日、第5話の時みたいに——感触がない分、他の感覚が出てきてた。成形のとき、においで素材の状態を確認してた。手袋をしてるのに、いい成形ができてた」
そうだっけ。
「……まあ、なんとかなってたなら、いっか」
◆空無ちゃんがまた来た
帰ろうとしたら、空無ちゃんがキッチンの入口にいた。
「輪廻ちゃん〜。今日はちゃんとできた〜?」
「できた。万寿ちゃんに解体してもらったけど」
「よかった〜」て空無ちゃんがにっこりした。「ねえ輪廻ちゃん、くっついちゃうの、嫌だった〜?」
「嫌というより困った」
「そっか〜。でも輪廻ちゃんって、いつもくっついてるよね〜。パーツを体にくっつけて、また新しいのをくっつけて。くっつけるのが輪廻ちゃんの仕事みたいなところあるよ〜」
「だから今日は強くなりすぎて困ったんだけど」
「そうね〜」て空無ちゃんが言った。「でも万寿ちゃんと一緒にできたんでしょ〜。くっつきすぎたら、だれかと一緒にやればいいんだよ〜。よしよし〜」
また頭を撫でてきた。
よくわからないけど、なんか許せてしまう。空無ちゃんだから。
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エピローグ「三日後、治った」
三日後、過剰再生が落ち着いた。
幽玄ちゃんが「……今日は気配が普通の輪廻の強さに戻ってる」と言った。
手袋を外した。作業台に触れた。くっつかなかった。
よかった。
万寿ちゃんが少し残念そうな顔をした。
「……三日間、解体楽しかったわ」
「手伝ってもらってよかった」
「……輪廻が成形した今日のパティ、見てもいい? また感触で確認できるようになった最初のパティ」
「どうぞ」
万寿ちゃんがパティを見た。しばらく見た。
「……きれいね」てうっとりした顔で言った。「手袋してたパティとは少し違う。感触が入ってる」
「感触が入ってるってどういうこと?」
「……わからないけど、そう感じるの。直接触れて作ったものには、作った人の感触が入る気がする」
感触が入る。
よくわかんないけど——万寿ちゃんがそう言うなら、そうなのかもしれない。
今日のパティを成形した。普通の感触でできた。
普通が戻ってきた。
前が広い。
それはたぶん、今日も変わらない。
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◇クルー視点モノローグ——万寿——記録・三日分
輪廻の代わりに解体をした。三日間。
輪廻の再生力が食材に伝わって、解体が困難になっていたから。
楽しかった。
輪廻が食材に「ごめんね」と言っていた。
解体されながら生きようとさせてしまったから、と。
輪廻が謝るのは珍しい。パーツを失っても謝らないのに。
食材が「生きようとした」ことに、輪廻は何か感じたのだと思う。
自分の再生力が原因で、食材に「生きようとする」ことをさせてしまった。
輪廻は毎日死んで、毎日戻ってくる。
生きようとすることが、輪廻の当たり前だ。
その当たり前が、今日は食材に伝わった。
そのことに、輪廻は少し苦しそうだった。
美しかった。
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◇クルー視点モノローグ——空無——おぼえがき
輪廻ちゃんが羊水で溶けた。
わたしが勧めたから、少し心配した。でも戻ってきた。輪廻ちゃんはいつも戻ってくる。
くっつきすぎるパーツになってしまったけど、万寿ちゃんと一緒にやってた。よかった〜。
輪廻ちゃんは、くっつけるのが得意な子だよ。
パーツをくっつけて、また動いて、また戻ってくる。
くっつきすぎて困ることもあるけど、それも輪廻ちゃんだと思う。
よしよし〜。
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◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録
三日間、輪廻の過剰再生を観察した。
触れたものが繋がっていく。
食材が固くなる。
輪廻の再生力が周囲に伝播する。
輪廻が食材に謝った。
自分のせいで生きようとさせてしまったから、と。
輪廻は死に無頓着だ。自分が死ぬことも、パーツが変わることも。
でも——他のものが「生きようとする」ことには、何か感じるらしい。
不思議だと思った。
三日後、過剰再生が落ち着いた。
輪廻の後ろは、今日も変わらずにぎやかだ。
……後ろ、気をつけて。
三日間、くっつけたものがまた少し増えた気がする。
輪廻が気づかないまま、少しずつ増えている。
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