第5話「焦げてるかどうか、わからない」
今日は爆発した。
流焔ちゃんがキッチンで新しいバーガーの試作をしてた。「燃やした方が美味しくなる世界線の食材」を直接調理する、みたいなやつ。
わたしは隣で普通のパティを焼いてた。
爆発した。
流焔ちゃんが「あ」と言ってた。
わたしは天井にめりこんでた。
培養槽から出て棚を開けたら、全身のパーツが熱損傷でほとんど使えなくなってた。胴体と頭部は再生できたが、皮膚の大半は焦げていたので新しいパーツに換えた。
棚に「耐熱皮膚パーツ(実験用・感覚接続不完全)」があった。
感覚接続不完全。
まあ、いっか。
---
第一章「熱がわからない」
◆キッチン、翌朝
翌朝、キッチンに入った。
今日の担当は「第71世界線残滓バーガー」だ。第71世界線は溶岩地帯の世界線で、高温下で生きていた生物の文明が栄えていた。パティにすると焦げたにおいと、鉄の溶けたにおいと、でもどこか甘いにおいがする。ちょっと焼き過ぎくらいが美味しいらしい。
フライパンを火にかけた。
パティを置いた。
焼けてるはずなんだけど——熱さがわからない。
耐熱皮膚が手の感触を半分くらい遮断してる。触っても熱いのか熱くないのか、よくわからない。
フライパンの表面を手で触ってみた。
何も感じない。
「……どのくらい熱い?」てわたしはフライパンに聞いた。
フライパンは答えなかった。まあそうか。
においを嗅いだ。煙のにおいがする。焦げてる?
パティを裏返した。片面が少し黒くなってた。
「焦げた」
「……見てた」て幽玄ちゃんがいった。いつのまにかいた。「少し焦げてる」
「どのくらい焦げてる?」
「……第71世界線のバーガーなら、これくらいは想定内じゃないかしら」
「万寿ちゃんじゃないよね今しゃべってるの」
「……万寿は霊安室にいる。わたしが言ってる」
幽玄ちゃんが焦げ具合を見てくれるのか。ありがたい。
ただ、幽玄ちゃんに「これくらいは想定内」と言われても、幽玄ちゃんの「想定内」がどのくらいかわからない。
◆流焔ちゃんが謝りに来た
昼前、流焔ちゃんが来た。
虎耳をぺたんとさげてた。
「……ごめん」てちいさい声でいった。
流焔ちゃんがちいさい声を出すのは珍しい。
「まあいっかよ」てわたしはいった。「死に慣れてるし」
「それでもごめん。巻き込んだから」
「うん、まあ。でも今日のパーツが耐熱なんで、熱さわかんなくて困ってるけど」
流焔ちゃんが顔を上げた。「耐熱パーツ?」
「皮膚が全部焦げたから、耐熱のに換えた。でも熱感知がうまくいってない」
「……それ、めちゃくちゃ困るじゃん。料理できなくない?」
「できてない」
「わたしが見てあげる!」て流焔ちゃんが言った。耳が戻ってきた。「熱は得意だから!何度か全部わかるから!」
「ほんと?」
「任せて!お詫びにもなるし!」
ありがたい。
流焔ちゃんをフライパンの横に立たせた。
◆流焔ちゃんの熱感知
流焔ちゃんはフライパンの温度を炎で感知できる。手をかざして「今236度」「今241度」って言ってくる。精度が高い。
「第71世界線のパティは、何度で何分くらいがいいと思う?」てわたしは聞いた。
「世界線の記録見てみると——」て流焔ちゃんがキッチンの壁の記録板を見た。「280度で2分、裏返して1分半、ってある。強めの火力でさっと焼く系だね」
「今何度?」
「230度。もっと上げて」
火力を上げた。
「……280度になった。パティ入れて」
パティを入れた。ジュッと音がした。においが来た。焦げた鉄と、甘さが混ざったにおいだ。第71世界線の記憶のにおいだ。溶岩の上で生きてた生物の、最後の日のにおいかもしれない。
「2分ね」て流焔ちゃんが言った。「……すごいにおいだ。これ、かなり高温の文明のバーガーだね」
「そう。熱い世界線だから、焦げたくらいがちょうどいいらしい」
「……文明が焦げてる、ってなんか変な感じだ」て流焔ちゃんが少し遠い目をした。「燃えてたんだろうなあ、その世界線」
「そうかもね」
「……わたし、燃やすのが好きだけど——燃え尽きた後のことは、あんまり考えたことなかった」
「どういうこと?」
「燃えてる間は好きなんだけど、燃え尽きたら何も残らないじゃん。でも、バーガーになるんだ、燃え尽きた世界線が。ちゃんと残るんだ」
流焔ちゃんがフライパンを見てた。
「2分たった。裏返して」
裏返した。
「いい焼き色」て流焔ちゃんが言った。「完璧。この世界線、うまそう」
---
第二章「焼き加減、全部流焔ちゃんに聞く」
◆午後もずっと流焔ちゃんがいた
流焔ちゃんは帰らなかった。
「次のパティは?」
「第33世界線。こっちは逆に、あんまり焼かない方がいいらしい。レアに近い感じ」
「じゃあ低温で。120度くらい? ちょっと待って」て流焔ちゃんが記録板を見た。「130度で1分半、裏返して1分。結構レアだね」
「感触だとわかる?低温は」
「わかるよ!炎がちょっとしか出ない感じ」
流焔ちゃんはずっと隣にいた。次のパティ、次の世界線、全部温度を教えてくれた。
途中で「ねえ、耐熱パーツってずっとつけてるの?」と聞いてきた。
「今日だけだと思う。明日には普通のに換えられると思うけど」
「そっか——なんか、熱感知ないの、不安じゃない?」
「不安ってより、変な感じ。熱いはずなのに、何も来ない」
「それって、わたしが火の中にいる感じに似てるかもしれない」て流焔ちゃんが言った。「炎の中にいると、熱さが当たり前になるんだ。どこが熱くてどこが熱くないか、わからなくなる。でも炎は全部わかる」
「逆になるんだ」
「そう。輪廻は今、熱さがわからなくて困ってる。わたしは熱さがわかりすぎて、普通の温度がわからなくなる」
逆だ。でも同じ問題だ。
「……困り方が似てるね」
「うん」て流焔ちゃんが少し笑った。「だから今日一緒にいられる、みたいな感じかな」
◆悲醒ちゃんが来た
夕方、悲醒ちゃんがキッチンに来た。
来るなり「……騒がしいですね」と言った。
「流焔ちゃんのせいじゃなくて、昨日の爆発のせいで皮膚換えたら熱感知なくて、流焔ちゃんに温度教えてもらってた」
「……流焔ちゃんの爆発のせいではないんですか」
「まあ間接的には」
悲醒ちゃんが流焔ちゃんを見た。流焔ちゃんが「……ごめん」とまたちいさい声を出した。
「……事後処理ができているなら問題ありません」て悲醒ちゃんが言った。「輪廻、今日のバーガーの仕込みは終わりましたか」
「全部終わった」
「……確認します」
悲醒ちゃんが今日仕込んだバーガーを一個ずつ確認していった。第71世界線、第33世界線、第12世界線——全部見て、においを確認して、温度を確認して。
「……問題ありません」て悲醒ちゃんが言った。「ただ」
「ただ?」
「……第71世界線のバーガー、少し焦げてます」
「流焔ちゃんが大丈夫って言ってた」
悲醒ちゃんが流焔ちゃんを見た。流焔ちゃんが「第71は焦げめが正解なんだよ!記録板に書いてある!」と言った。
悲醒ちゃんが記録板を確認した。少し間があった。
「……そうですね。失礼しました」
「……悲醒ちゃんが謝った」て流焔ちゃんが言った。珍しそうな顔をしてた。
「間違えたので謝りました」
「なんか新鮮」
「……次からは確認してから言います」て悲醒ちゃんが言った。「今日はお疲れ様でした」
帰っていった。
「悲醒ちゃん、今日はちょっとやさしくなかった?」てわたしは流焔ちゃんに言った。
「……祓わなかったしね」て流焔ちゃんが言った。「でも普通だと思う、あれが悲醒ちゃんの普通なんじゃないかな」
---
第三章「においはわかる」
◆夜、キッチンで一人
流焔ちゃんが帰って、キッチンを片付けてた。
耐熱皮膚だから、熱さはわからない。
でも——においはわかる。
今日焼いたバーガーのにおいが、キッチンに残ってる。第71世界線の焦げた鉄のにおい。第33世界線の生っぽいにおい。第12世界線の土のにおい。全部、ここにある。
においでわかることがある。
焼き色は流焔ちゃんに聞いた。温度も流焔ちゃんに聞いた。でも、においはわたしにわかった。第71世界線のパティが「あともう少し」のにおいをしてた時、流焔ちゃんが「2分たった」と言う前にわたしは裏返そうとしてた。においで感じてた。
「……においはちゃんとわかるんだな」てわたしは思った。声に出してた。
幽玄ちゃんがまだいた。
「……輪廻は、熱感知がなくても、においで焼き加減がわかってた部分があったと思う」
「そうかな」
「……流焔ちゃんに任せてた部分もあったけど、輪廻自身も感知してた。パティの裏返すタイミング、今日何回か流焔ちゃんより先に動いてた」
そうだっけ。
「……においで料理してた部分があるんだと思う。今日は熱感知がなかったから、逆にそっちが出てきた」
熱感知がなかったから、においに頼った。
普段は熱感知があるから、においの方を使い切れてないのかもしれない。
「……面白いな」てわたしは思った。「熱さがわかんなくて、逆に気づいたことある」
「……そうね」て幽玄ちゃんが言った。
明日には皮膚を換える。また熱感知が戻る。
でも今日気づいたことは——たぶん覚えてる。
においで焼き加減がわかる、ということ。
まあ、次に活かせるかどうかはわかんないけど。
---
エピローグ「翌朝、換えた」
翌朝、皮膚パーツを普通のに換えた。培養槽での再生も合わせて、だいたい元通りになった。
フライパンを触った。
熱い。
ちゃんと熱い。感触がある。
よかった。
パティを置いた。ジュッと音がした。今日は第88世界線のバーガーだ。においを嗅いだ。
まだ早い。
流焔ちゃんに聞かなくても、わかった。においでわかった。
あと一分くらい。
待った。においが変わった。裏返した。いい色になってた。
まあ、普通のことなんだけど。
なんか今日は、普通のことがいつもよりちょっとよかった。
前が広い。
それはたぶん、今日も変わらない。
---
──────────────────
◇クルー視点モノローグ——流焔——キッチンの記録
輪廻の皮膚が耐熱になってた。わたしのせいだ。
一日、温度を教えてあげた。
楽しかった。
炎で温度を感知するのは普通のことだけど、それを誰かに伝えるのは初めてだった。「今236度」って言ったとき、輪廻が「わかった」って動いた。温度が言葉になって、言葉が動作になった。
燃え尽きた世界線のバーガーを、ちょうどいい温度で焼いた。
輪廻が「燃え尽きてもバーガーになって残るんだ」って言ってた。
そうか、と思った。
わたしは燃えてる間が好きで、燃え尽きたあとはあんまり考えてなかった。でも——燃え尽きたものがキッチンに来て、輪廻が料理して、バーガーになる。
それがぱんでむの仕事だ。
わたしが燃やすのは——その前の段階なのかもしれない。
まあ、難しいことはわかんないけど。また爆発させないようにする。たぶん。
──────────────────
──────────────────
◇クルー視点モノローグ——悲醒——所感
今日のキッチンは騒がしかった。
流焔ちゃんがいたから。いつも騒がしい。
でも——仕込みは全部終わっていた。品質も問題なかった。第71世界線は確認不足だったが、記録板を見たら正しかった。
私の確認ミスだ。謝った。
流焔ちゃんが珍しそうな顔をしていた。
謝るのは普通のことだ。間違えたら謝る。騒がしくても、仕事が終わっていれば問題ない。それが今日の結論だ。
輪廻は熱感知がなくても仕込みを完了した。流焔ちゃんが補った部分もあったが、においで自分でも感知していた。
パーツが変わっても、輪廻は仕事をする。
それが輪廻だ。毎回そうだ。
──────────────────
──────────────────
◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録
今日の輪廻は、熱感知なしで料理をした。
流焔ちゃんに頼った部分もあったが、においで感知している部分があった。パティの裏返しタイミング、何度か流焔ちゃんより先に動いていた。本人は気づいていなかった。
感覚が一つなくなると、別の感覚が出てくる。
輪廻のパーツは毎日変わる。毎回、何かが減って、何かが来て、何かが変わる。
それを輪廻は「まあいっか」で通り過ぎる。
でも——通り過ぎながら、何かを拾っている気がする。
においで焼き加減がわかる、ということを今日拾った。
輪廻は覚えているだろうか。
……後ろ、気をつけて。
今日は何も増えなかったけど、輪廻の中に何かが積み重なった気がした。
──────────────────




