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第4話「かんでくれるな、わたしの手」


 今日は食べられた。


 ダンジョンの巡回補助に呼ばれて——摩天ちゃんの荷物持ちみたいなやつ——ついていったら、食材が待ち伏せしてた。四メートルくらいの、六本足の、ぬめぬめした何かだ。


 摩天ちゃんが「下がれ」と言う前に、食べられてた。てへ。


 まあ、即死だったし、痛みはそんなになかった。胃袋みたいなとこに入った瞬間、ぐにゅっとなって、そのまま。


 問題は、食べられたあとだ。


 食材の体内で消化が始まるまえに、摩天ちゃんが食材を斬って回収してくれた——回収の過程でわたしの下半身が損傷して、右足が食材側に溶け始めてた。培養槽で再生できたが、右足の半分はもう間に合わなかった。


 棚を開けた。スペアを探した。


 右足の下半身スペアがあった。


 でも——ラベルに「魔獣系・顎関節パーツ 換装可能(下肢部位への適合実験済) 注:噛み反射あり」とかいてある。


 注:噛み反射あり。


 まあ、いっか。






第一章「キッチンで噛んでくる」


◆朝のキッチン


 翌朝、キッチンに入った。


 今日の担当は「第44世界線残滓バーガー」の仕込みだ。第44世界線は水が多い世界線で、水棲生物の文明が栄えていたところらしい。バーガーにすると海のにおいと、塩と、微かに泥のにおいがする。ちょっと独特のパティになる。


 パティの成形から始めた。


 両手でパティを丸めて、台の上に置いて、押して平らにする。いつもの動作だ。


 ……右足が、台の足に噛みついた。


 あれ、と思った。


 右足がキッチンの作業台の金属の足に、がちっと噛んでいる。意思とは関係なく。


「……離して」てわたしは右足に言った。


 離れた。


 よかった。言うことは聞くんだ。


 パティを再開した。押して、平らにして——右足がまた、台の足に噛みついた。


「……さっき離したばかりじゃん」


 離れた。


 また噛みついた。


「……」


 しばらく、離す、噛む、離す、噛む、が続いた。


 パティが成形できない。


◆万寿ちゃんに報告


「右足が台を噛んでる」てわたしは万寿ちゃんに言った。


 万寿ちゃんが作業台の向こうからこっちを見た。


「……見てた」て万寿ちゃんがいった。「さっきから」


「さっきからいたの」


「……うん。噛み反射、思ったよりひどいわね」


 万寿ちゃんが近づいてきた。わたしの右足をみた。しゃがんで、じっとみた。


「……美しい顎関節ね」てうっとりした顔でいった。「断面が整ってる。摩天ちゃんが斬ったの?」


「たぶん」


「……さすがね。でも噛み反射は残ってるのか」て万寿ちゃんが立ち上がった。「近くに硬いものがあると反応するんじゃないかしら。本来は獲物を噛み砕くための反射だから」


「それがわたしの足についてるの、どうにかなる?」


「……噛んだとき、痛い?」


「噛まれる方が。台が」


「台は痛くないわ」


「まあそうだけど」


 万寿ちゃんがすこし考えた。


「……一日様子を見ましょう。パーツが体になじむと、反射が落ち着くこともある。今日は台から離してパティを作れる場所に移動したら?」


 なるほど。


 移動した。床の上に台を置いて、地面と離した状態で成形することにした。


 右足が地面に噛みついた。


 まあ、地面なら許容範囲か。


◆幽玄ちゃんが来た


 昼前、幽玄ちゃんがキッチンに来た。


 幽玄ちゃんはいつも静かに来る。いつのまにかいる。


「……輪廻」て幽玄ちゃんがいった。「右足のそばに、なにかいる」


「またいるの?」


「……残留じゃない。これは——生きてる感じがする。残留は死んだものの気配だけど、今日の右足のそばにあるのは、まだ生きてる何かの気配」


「食材の気配?」


「……たぶん。でも弱い。体の外に出てきてるわけじゃなくて、パーツの中に閉じ込められてる感じ」


 わたしは右足を見た。水色と赤のまだら模様の中に、金属みたいな灰色が混ざってる。そこが換装した顎関節のパーツだ。


「……閉じ込められてる」


「……噛み反射は、その気配が反応してるのかもしれない。食材として生きてた記憶が、まだ残ってる」


 なるほど。


 食べようとしてる。わたしの足が。台を。地面を。


 まあ、食材の顎関節だから。食べるのが仕事だったんだもんな。


「……そっか」てわたしは右足に言った。「仕事の癖、残ってるんだね」


 右足が地面をもう一回噛んだ。


 返事みたいな感じがした。




第二章「パティが変になる」


◆午後の調理


 午後、パティの成形を再開した。


 地面を噛んだまま作業する方法を考えた。右足を地面につけておけば、台には噛みつかない。立ち方がすこし変になるが、まあいっか。


 パティを成形し始めた。


 第44世界線のパティは、水棲文明の圧縮体だ。触ると少し冷たい。海のにおいがする。世界線の記憶が詰まってる——人々がどんな顔をして生きてたか、水の中でどんな声を出してたか、そういうものが全部このパティの中にある。


 わたしはそれを毎日触ってる。


 バーガーにする。誰かが食べる。世界線の記憶が届く。


 それがわたしの仕事だ。


 成形した。いい形になった。


 台に置こうとしたとき——右足が台の足に噛みついた。体が傾いた。パティが落ちた。


「……」


 落ちたパティが床で少しつぶれた。


 まあ、拾えばいい。拾って、また形を整えて——


 右足がパティに噛みついた。


「だめ」てわたしは右足に言った。


 右足が離れた。でもパティに歯形がついてた。


「……パティに歯形ついてる」


「……視えた」て幽玄ちゃんがいった。まだいたんだ。「どうする?」


「歯形ついたパティ、使えるのかな」


 幽玄ちゃんがすこし考えた。


「……万寿に聞いてみたら?」


◆万寿ちゃんの見解


「歯形ついたパティ」てわたしは万寿ちゃんに見せた。


 万寿ちゃんが見た。しばらく見た。


「……美しい」てうっとりした声でいった。「食材が食材を噛んだ痕ね。世界線の圧縮体に、食材の顎の痕が入ってる。これ、そのまま使えるんじゃないかしら」


「歯形ついてても?」


「……むしろ、この歯形のバーガーを食べた人はどうなるか気になる」


「気になる話じゃなくて、使えるかどうかが聞きたいんだけど」


「……秩序ちゃんに確認したほうがいいわ」


 秩序ちゃんに確認したら「歯形のついたパティは品質基準外です。廃棄してください」と言われた。


 廃棄した。


 また作り直しだ。


◆摩天ちゃんに怒られた(というか注意された)


 夕方、摩天ちゃんがキッチンに来た。


「今日の仕込みは?」


「歯形ついたのを廃棄したので、すこし遅れてます」


 摩天ちゃんがすこし止まった。


「……歯形」


「右足が噛んで」


「……なぜ顎関節のスペアをつけた」


「足のスペアがそれしかなかったから」


 摩天ちゃんが額に手を当てた。「……明日、ダンジョンから回収してくる。適合するスペアを」


「ありがとう。でも今日は?」


「今日は——」摩天ちゃんがわたしの右足を見た。「……その足を縛ればいい。台に固定しろ」


「縛るの?」


「台の足と縛り付けろ。噛みつくものがなくなれば反射が出ない」


 なるほど。


 台とわたしの右足をひもで縛った。台の足を噛んでる状態で固定した感じになったが、摩天ちゃんはそれでいいと言った。


 縛ったら、確かに噛み反射が減った。


 すでに噛んでるから、もう噛まなくていい、という判断なのかもしれない。


 まあいっか。


 残りのパティを成形した。今日分は間に合った。




第三章「食材と、仕事と」


◆夜のキッチンで


 仕込みが全部終わって、キッチンを片付けてた。


 摩天ちゃんはもう帰った。万寿ちゃんもいない。幽玄ちゃんだけ、棚の近くで何かを視ていた。


 わたしは右足の縛りをほどいた。


 右足が、また地面を噛んだ。


 でも今日は、少し力が弱かった気がした。


「……疲れたんかな」てわたしは右足に言った。


 幽玄ちゃんが振り向いた。「……今日、パティを噛んだとき、右足のそばの気配が一瞬強くなった」


「強くなった?」


「……食材の記憶が、パティを認識したんだと思う。同じ世界線の仲間、じゃないけど——同じ「世界線の圧縮体」だから。何か感じたのかもしれない」


 なるほど。


 わたしのパティは、第44世界線の死だ。食材も、どこかの世界線から来た。別の世界線かもしれないし、もしかしたら同じかもしれない。


 食材の顎がわたしの足になって、その足が世界線の圧縮体に噛みついた。


「……変な話だな」てわたしは思った。声に出してた。


「……何が?」


「食材がバーガーを噛む話。わたしの足をとおして」


 幽玄ちゃんがすこし考えた。「……食材もバーガーになる可能性があった、ということかもしれない」


「食材がバーガーに?」


「……ダンジョンにいる食材は、世界線の残骸から生まれたものが多い。バーガーになりきれなかった世界線の欠片が、食材として動いてる場合がある」


 バーガーになりきれなかった欠片。


 それが食材になって、ダンジョンにいて、摩天ちゃんに討伐されて、パーツになって、わたしの足になった。


 わたしがキッチンで作ったバーガーを、その食材のパーツをつけた足で踏みながら料理した。


「……なんか、つながってる感じがする」てわたしはいった。「よくわかんないけど」


「……そうね」て幽玄ちゃんが静かにいった。「輪廻の体は、そういうものが全部つながってる場所だと思う」


 右足がまた地面を噛んだ。今度はほんとに弱かった。眠そうな感じがした。


 まあ、今日一日よく働いたし。


◆帰り際


 片付けを終えて、キッチンを出ようとしたとき——幽玄ちゃんが「……輪廻」と呼んだ。


「なに?」


「……右足のそばにいた気配、さっき少し薄くなった」


「弱ってる?」


「……薄くなったのは、弱ってるんじゃなくて——落ち着いたんだと思う。噛みたいものを噛んで、仕事した気になったのかもしれない」


 仕事した気になった。


 食材として噛む、という仕事を。わたしの足の中で。


「……明日、摩天ちゃんが別のスペアとってきてくれるんだけど」


「……うん」


「……この足、そのままの方がいいかな、ってちょっと思った」


 幽玄ちゃんがすこし止まった。


「……輪廻が決めていいと思う」


「まあ、摩天ちゃんが持ってきてくれたやつを見てから考える」


「……そうね」


 キッチンを出た。廊下に出たら、右足がまた一回、床を噛んだ。


 挨拶みたいな感じがした。


 今日もよく噛んだな、と思った。






エピローグ「翌日、摩天ちゃんが持ってきたもの」


 翌朝、摩天ちゃんがスペアを持ってきた。


 ダンジョンから回収してきた適合パーツだ。人間に近い足だ。噛み反射はない。普通に歩ける。


 わたしは右足の顎関節パーツを外して、新しいスペアをつけた。ぱちんと音がした。指を動かした。全部動く。


 鏡をみた。普通の足だ。


 歩いてみた。台の足に、何もしてこない。


 まあ、よかった。


 でも——昨日の顎関節パーツが、テーブルの上に置いてある。


 どうしようかな、と思ってたら、万寿ちゃんが来た。


「……その足、まだある」てうっとりした顔でいった。「もらっていい?」


「あげるよ」


「……ありがとう」て万寿ちゃんが大事そうに抱えた。「美しい顎ね。何かを噛もうとして、最後まで噛もうとしてた足」


 最後まで噛もうとしてた足。


 まあ、そうかもしれない。


 わたしはキッチンに向かった。今日の仕込みは第17世界線の残滓バーガーだ。砂漠の世界線で、においが乾いてる。


 台の足に何もしてこない足で、料理を始めた。


 前が広い。


 それはたぶん、今日も変わらない。






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◇クルー視点モノローグ——摩天——ダンジョン巡回記録


 輪廻が食われた。


 回収した。パーツが損傷していたので、手持ちの顎関節パーツを補充として使用した。


 ——振り返ると、それが問題だった。


 翌日、キッチンから「パティに歯形がついた」という報告があった。

 品質基準外。廃棄。仕込み遅延。


 顎関節パーツは「噛む」という機能を持つ。それを下肢に換装すれば噛み反射が出る。当然のことだ。


 なぜ気づかなかった。


 「換装可能」というラベルを確認したが、機能的整合性まで確認しなかった。私の見落としだ。


 翌朝、適合パーツを回収して交換した。問題は解決した。


 ただ——幽玄が「食材の気配が落ち着いた」と言っていた。

 輪廻の体の中で、食材の残留が「仕事をした」と感じた、と。


 食材がバーガーになりきれなかった欠片だとしたら——輪廻の足の中で、少しだけバーガーに近い何かに触れた、ということかもしれない。


 それが何を意味するか、私にはわからない。


 記録しておく。

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◇クルー視点モノローグ——万寿——記録・不定期


 輪廻の右足をもらった。


 顎関節のパーツ。食材の顎を換装したもの。一日、台を噛み、地面を噛み、パティに噛みつき、眠るように落ち着いた足。


 美しい。


 死んだものの気配ではなく——食べようとした記憶が残ってる。それがわたしには珍しい。


 死体を愛でることが多いが、今日のこれは少し違う。

 「食べたかった」という衝動が固まったものだ。


 霊安室の棚に置いた。花を飾った。


 輪廻が「あげるよ」と言った。

 あっさりしていた。でも、捨てずにいた。

 それが輪廻らしかった。

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◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録


 右足のそばの気配が落ち着いた。


 食材の残留——バーガーになりきれなかった世界線の欠片——が、輪廻の足の中でキッチンの仕事を経験した。

 パティを噛んだとき、一瞬、気配が強くなった。同じ「圧縮された世界線」に触れた瞬間だったと思う。


 そのあと、静かになった。


 伝わったのかどうか、わからない。でも——落ち着いた。


 輪廻が「つながってる感じがする」と言っていた。


 そうだと思う。


 輪廻の体は、行き場をなくしたものたちが一時的に落ち着く場所になっている。

 本人はたぶん気づいていない。


 ……後ろ、気をつけて。

 今日からまた、一個増えた。

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