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第14話「死んだのに、へらなかった」


 今日は死んだ。


 キッチンで仕込み中、第27世界線残滓バーガーのパティを持った瞬間、手の中で世界線が反転した。


 正確には、パティの中に圧縮されていた「死ぬ直前の時間」が逆流したらしい。


 身体が一瞬で老化して、崩れた。


 死んだ。


 いつものことなので、そのまま培養槽に入った。


 再生した。


 培養槽から出た。


 鏡を見た。


 いつもの自分だった。


 棚を開けた。


 スペアパーツを確認した。


 減っていなかった。


 全部ある。


「……あれ?」


 死んだのに、何も減ってない。


 まあ、いっか。


第一章「減らない」


◆朝のキッチン


 翌朝。


 昨日死んだことを万寿ちゃんに話した。


「……死んだの?」


「うん。老化して崩れた」


「……昨日?」


「昨日」


 万寿ちゃんがわたしを見る。


 そのあと、棚を見る。


 またわたしを見る。


「……本当に?」


「本当に」


「……スペアは?」


「減ってない」


 万寿ちゃんが黙った。


「……全部?」


「全部」


「……一個も?」


「一個も」


 万寿ちゃんが霊安室から持ってきた記録端末を開いた。


「死亡記録はある」


「じゃあ死んだ」


「……でも再生記録がない」


「培養槽から出たよ」


「その記録もない」


「昨日、出てきたけど」


「……」


 万寿ちゃんが端末を閉じた。


「……輪廻」


「うん」


「昨日、何から再生したの?」


「わかんない」


 そういえば。


 昨日は培養槽から出た。


 でも、いつものように「足りないパーツを補充する」という作業をしていない。


 培養槽から出たときには、もう全部揃っていた。


「……自分で戻ったのかな」


「……それは、今までとは違うわ」


 万寿ちゃんの声が少し低くなった。


「いつもは死んで、足りないところがあって、棚から補充して、戻る。でも昨日は——死んだのに、減らなかった」


「うん」


「……何も失ってない」


「そうみたい」


 万寿ちゃんが、少しだけ嬉しそうに笑った。


「……それなら、綺麗ね」


「何が?」


「死んだのに、失ったものがない」


 よくわからなかった。


 でも、悪い意味ではなさそうだった。


◆幽玄ちゃんが見たもの


 昼前、幽玄ちゃんが来た。


「……昨日の輪廻、見てた」


「見てたの?」


「……死んだ瞬間から、後ろを見てた」


 幽玄ちゃんがわたしの後ろを見る。


「……いつもなら、死ぬと後ろにいるものが一度ほどける。新しいパーツが来るから」


「昨日は?」


「……ほどけなかった」


「どういうこと?」


「……そのまま、輪廻についてきた」


 そのまま。


「後ろにいたものたちが、わたしについてきた?」


「……うん」


「新しいパーツじゃなくて?」


「……新しいパーツが必要なかった」


 幽玄ちゃんが少し考えた。


「……輪廻の後ろにいるものたちが、輪廻の身体そのものになったわけじゃない。でも——輪廻を戻すためのものとして働いた」


「後ろのやつらが?」


「……たぶん」


「じゃあ、昨日のわたしは何でできてるの?」


「……輪廻」


「答えになってない」


「……わたしにもわからない」


 幽玄ちゃんが珍しく困った顔をした。


「……でも、ひとつだけ変なことがある」


「何?」


「昨日から、後ろの気配が少し静か」


「静か?」


「……今までは、死んで戻るたびに新しい気配が混ざって、少しずつ増えていた。でも昨日は——増えなかった」


「減った?」


「……違う」


 幽玄ちゃんが首を横に振った。


「……全部、同じ場所にいる」


 その言葉が少しだけ残った。


第二章「死んだはずのパティ」


◆午後の仕込み


 今日の担当は第27世界線残滓バーガー。


 昨日わたしを殺したやつの残りだった。


 パティを見た。


 昨日と同じ。


 黒っぽくて、時間が少し逆向きに流れている。


「……これ、昨日わたしを殺したやつだよね」


「……そう」と幽玄ちゃんが言った。


「じゃあ今日も危ない?」


「……危ないと思う」


「じゃあ別のにする?」


「……それがいい」


 秩序ちゃんに確認した。


 秩序ちゃんは記録を見てから言った。


「第27世界線残滓バーガーは、本日全品使用停止にします」


「昨日わたし死んだから?」


「それだけではありません」


 秩序ちゃんが端末を見た。


「昨日の輪廻さんの死亡記録と、現在の身体構成記録が一致していません」


「どう違うの?」


「死亡時の身体情報が、現在の身体情報と完全に同一です」


「つまり?」


「普通は死亡後に何らかのパーツ交換が発生します。しかし今回は——」


 秩序ちゃんが止まった。


「何も変わっていません」


「そうなんだ」


「……輪廻さん」


「うん」


「昨日、培養槽に入った時——何か見ませんでしたか?」


「見てない」


「何か聞こえませんでしたか?」


「聞いてない」


「何か、感じませんでしたか?」


「……」


 考えた。


「一個だけ」


「何でしょう」


「培養槽から出る直前に、後ろから誰かに押された感じがした」


 秩序ちゃんの目が変わった。


「……誰か?」


「うん」


「見えましたか?」


「見えない」


「声は?」


「しなかった」


「では、何を感じたのですか?」


「……帰れ、みたいな感じ」


 秩序ちゃんが黙った。


「……そうですか」


「何?」


「いえ」


 秩序ちゃんは端末を閉じた。


「本件、追加調査します」


「わかった」


「今日は第27世界線を使用しないでください」


「了解」


 秩序ちゃんが去っていった。


◆万寿ちゃんが霊安室で待っていた


 夕方。


 万寿ちゃんが霊安室にいた。


「どうしたの?」


「……少し見てほしいものがあるの」


 奥へ進んだ。


 棺が並んでいる。


 その一番奥。


 何も入っていない棺があった。


「これ?」


「……そう」


「誰の?」


「……わからない」


「じゃあ、なんであるの?」


「誰かが戻ってこなかったときのため」


 万寿ちゃんが棺の蓋を開けた。


 中は空だった。


「……でも昨日」


「うん」


「この棺、少しだけ温かかったの」


 触った。


 冷たい。


「今は普通だね」


「……昨日は確かに温かかった」


 万寿ちゃんが棺の底を見る。


 何もない。


 ただ、薄い跡だけがあった。


 人の形ではない。


 手の跡でもない。


 何かが横たわっていたような、長い跡。


「……誰か、ここにいたのかな」


「……いたのかもしれない」


「でも空だよ」


「……うん」


 万寿ちゃんが棺を閉じた。


「……輪廻」


「うん」


「昨日、死んだとき——戻ってきたのは本当にあなた?」


「たぶん」


「……たぶん?」


「わたしはわたしだから」


 万寿ちゃんが少し笑った。


「……そうね」


 それ以上は聞かなかった。


第三章「今日は、死ななかった」


◆夜


 今日は死ななかった。


 普通に仕込みをした。


 普通にパティを焼いた。


 普通に片付けた。


 スペアも減らなかった。


 昨日も減らなかった。


 二日連続。


 でも前の「死なない日」とは違う。


 今回は、身体が安定してる。


 幽玄ちゃんが言っていた。


「……後ろが静か」


「昨日から?」


「……うん」


「何かいなくなった?」


「……いない」


「じゃあ何?」


 幽玄ちゃんがわたしの後ろを見た。


「……みんな、帰ってきた」


「どこから?」


「……わからない」


 後ろにいるものたち。


 食材の気配。


 前の持ち主たち。


 植物の気配。


 呪詛。


 鏡の向こうから来たもの。


 音。


 全部。


 今までわたしの後ろに増えてきたものが、今日は妙に静かだった。


「……輪廻」


「うん」


「昨日、誰かに押されたって言ってたよね」


「うん」


「……あれ、たぶん「戻れ」じゃない」


「じゃあ何?」


 幽玄ちゃんが少しだけ考えた。


「……「戻した」だと思う」


 戻した。


 誰が。


 どこから。


 何を。


 聞いても、幽玄ちゃんにはわからなかった。


 わたしにもわからない。


 でも——


 昨日死んだとき、パーツは減らなかった。


 培養槽から出たとき、全部揃っていた。


 後ろにいるものたちも、ほどけなかった。


 誰かに押された感触だけがあった。


 その意味だけは、まだわからない。


「……まあ」


 わたしはキッチンを見た。


 フライパンがある。


 包丁がある。


 パティがある。


 明日の仕込みもある。


「明日も仕事あるし」


「……うん」


「じゃあ、いいか」


 幽玄ちゃんが少しだけ笑った。


「……それでいいと思う」


 帰ろうとした。


 そのとき、後ろから小さな音がした。


 誰かが歩いた音。


 振り返った。


 誰もいない。


 ただ床に——


 パーツが一つ落ちていた。


 棚にあるはずのないパーツ。


 見たことのない形。


 透明だった。


 中に、黒い何かが一滴だけ入っている。


 ラベルはなかった。


「……これ、何?」


 幽玄ちゃんが近づいてきた。


 しばらく見ていた。


「……知らない」


「万寿ちゃんに聞く?」


「……うん」


 拾おうとした。


 指が触れる直前。


 そのパーツが、消えた。


「……消えた」


「……うん」


 床には何も残っていなかった。


 明日になれば、また何か起きるかもしれない。


 でも今日はもう遅い。


 帰ることにした。


 前が広い。


 それはたぶん、今日も変わらない。


──────────────────

◇クルー視点モノローグ——幽玄——観察記録


 昨日、輪廻が死んだ。


 でも、何もほどけなかった。


 いつもの輪廻は、死ぬと後ろにいるものたちの位置が一度崩れる。


 新しいパーツが来るから。


 昨日は違った。


 後ろにいたものたちは、輪廻が戻ってくるのを待っていた。


 待っていたというより——


 輪廻を戻した。


 誰が戻したのかはわからない。


 ただ、昨日から輪廻の後ろにいるものたちが、少し静かになった。


 以前は「輪廻についてきている」という感じだった。


 今は違う。


 輪廻の中にいるわけでもない。


 輪廻の外にいるわけでもない。


 その境界にいる。


 ……後ろ、気をつけて。


 昨日から、後ろだけが少し近い。


──────────────────


◇クルー視点モノローグ——万寿——記録・私的追記


 昨日、輪廻が死んだ。


 私は死亡記録を確認した。


 間違いなく死亡している。


 なのに、パーツの欠損がない。


 死亡した身体と、現在の身体が同一。


 そんなことは記録上、一度もない。


 霊安室の空の棺が温かくなったことも記録しておく。


 因果関係は不明。


 輪廻に聞いた。


 「誰かに戻されたのかもしれない」とは言わなかった。


 輪廻は「わたしはわたしだから」と言った。


 それで十分なのかもしれない。


 ただ——


 あの棺が誰を待っているのか。


 私はまだ知らない。


──────────────────


◇クルー視点モノローグ——秩序——追加調査記録


 輪廻さんの昨日の死亡について再調査。


 死亡記録あり。


 再生記録なし。


 パーツ交換記録なし。


 培養槽使用記録のみ存在。


 つまり、


 「死亡した」


 「培養槽に入った」


 「身体が戻った」


 この三つのうち、最後だけが記録上説明できない。


 原因不明。


 現時点では危険性なし。


 ただし、輪廻さんの発言——


 「誰かに押された」


 「帰れ、みたいな感じだった」


 については、追加確認が必要。


 明日、培養槽の内部記録を確認する。


 ……もし、記録に「誰か」が映っていた場合。


 その存在が何者なのかを特定する。


 これは管理上、当然の対応である。


 ……当然の対応、でなければならない。


──────────────────


◇クルー視点モノローグ——輪廻——夜


 昨日死んだ。


 今日は死ななかった。


 スペアも減らなかった。


 なんか変だった。


 でも、キッチンは普通だった。


 明日もたぶん仕込みがある。


 だから寝る。


 寝る前に、少しだけ考えた。


 昨日、誰かに押された。


 たぶん、戻れって意味だった。


 誰かは知らない。


 まあ、戻ってきたからいい。


 前が広い。


 それはたぶん、今日も変わらない。

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