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スターゲイザー  作者: ミズノハル
第一章 赤い目の悪魔
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7. 表裏

 あの施設にいたときは、いろいろなことを教えこまれた。戦闘の訓練はもちろん、今になって思えばかなりの水準の教育も受けた。学者になる者もいた。それが当たり前だと思っていた。外の世界では教育を受けられない子供も大勢いるのだと学んだ。

 しかし、それは話の中のものでしかなかった。自分を含めて、施設にいた子供たちは、塀の中だけが世界のすべてだと思っていただろう。外の世界の話をいくら聞いたとしても、共感の届く範囲は白い障壁のこちら側だけだった。

 だから、革命軍ができた理由も、結局は暴れ回りたいだけだとしか思わなかった。国のために尽くすことが我々の使命で、革命軍は排除すべき愚かな民衆の集まりなのだと、信じて疑うことは無かった。施設で大規模な暴動があり、白衣の大人たちの死体が積み上げられ、自分の命も危険にさらされたときでさえ――だからこそ、かもしれないが――彼らが正しいことをしているとは思えなかった。


 だが施設を出ると、多くのものを目にした。聞いたことがあるもの、無いもの、信じられないようなこと、目を背けたくなる事実。

 すぐに国や革命軍の本性を知った。そして大きく揺れた。国も革命軍もまっとうなことを言っているように思えた。各地で革命軍に寝返る仲間が出ているということを何度も聞いた。当面の仕事は、その裏切り者の排除になった。古くからの知り合いも手にかけた。彼らは呪いの言葉を口にして、力尽きていった。彼らの言葉も正しいように聞こえた。


 全部が正しく、また同時に間違っているように思えた。ずっと混乱していた。その間も、同胞を抹殺しつづけた。一人殺すたびに、体の中で何かが腐り落ちるような感覚に襲われた。これが正しいとは思わなかった。

 それでも、自分が追われる立場になることが怖くて、目の前にある仕事を無心でこなしてきた。赤い血にまみれた自分の手を眺めながら、こうするしかないんだと自分に言い聞かせてきた。


 何もかも間違っている。



  ◇ ◇ ◇



「ユーリ、大佐が呼んでる」

 女はうんざりした様子でそう言った。そういうとき、右手で耳元の髪をかきあげるのが彼女の癖だった。


「代わりに行ってくれよ、サラ」とユーリは言った。

「あたしだって嫌だよ」

「今、ちょっと気分が悪いんだ。あのおっさんの顔を見たら、今度こそぶん殴るかもしれない」

「前もそれ言ってたじゃないか。どうせ殴る勇気なんて無いんだから、早く行ってきて」

 サラはユーリの背中を押して、部屋の外へ追い出した。ユーリは頭をかいて、できるだけゆっくりと、大佐の待つ部屋へ向かった。



 ユーリはぎらぎらと光る取っ手をつかんで、扉を開けた。大きな机の向こうで、太った男が鼻息を荒くしながら紙束をめくっていた。こちらには気付いていないようだった。ユーリは荒っぽく扉を閉めた。男ははっと顔を上げた。そしてユーリを見て、安堵して息を吐いた。


「ノックして入れと何度言ったらわかるんだ」と男はあきれたように言った。

「すいません」とユーリは言った。

「こんなに早く来ると思わなかったから、まだ準備ができてない。少し待ってろ」


 男はそう言って、机の上を片付けはじめた。紙束がしまわれ、別の紙束が現れた。何がどう片付いたのかはわからなかったが、男は満足したように顔を上げた。その手には一枚の紙が握られていた。

「また仲間殺しですか」

「仲間じゃない。裏切り者だ」

「わかりましたよ」とユーリはため息まじりに言った。「でも、この前みたいなのはやめてください。あんな奴なら普通の兵隊でも処分できた。かと思えば、別の任務に向かった奴は帰ってこない。情報が不完全なんですよ。女にあんなやばい護衛がついてたなんて、最初から知っていればリオとルークは犠牲にならずに済んだのかもしれないのに」

「ああ、わかってる。あの二人に関しては、気の毒に思うよ」と男は言った。「今回はちゃんと情報がある。とりあえず、これを見てくれ」


 ユーリは渡された紙に目を落とした。仲間殺しを命令されるとき、標的についてまとめられた資料を渡されるのが常だった。

 名前はレイド。十八歳、男性。二年前に国営施設から脱走した。異能は未だ確認されていない。

 そこまで読んだユーリは文句を言おうと口を開いたが、男は資料の一文を指差した。とにかく読め、ということらしい。ユーリは眉を寄せながら、男が指す文を読んだ。

 アイク・ハンセンと共に、エリナを護衛。

 ユーリは顔を上げた。その二人の名前は知っている。忘れたくても忘れられない名前だった。


「確か、リオとルークに与えられた任務は、その少女を奪還することだったな」と男は言った。「少し、内容が変わった。少女の奪還はもちろんだが、そいつを消すことが最優先だ」

「アイクは、確かに危険な男ですが……」

「違う。問題はもう一人のほうだ」

「もう一人? このレイドって奴が?」とユーリは言った。「異能も無いただの兵士だと、ここに書いてありますが」

「有力な筋から情報が入った。何も異能を持たないように見えるが、他の能力者の存在を脅かしかねない、強力な異能を持っている可能性があるらしい。施設にいたときの調査でははっきりしなかった。幸いなことに、そいつはまだ自分の能力の存在に気付いていない。今のうちに、芽をつんでしまうのだ」

 男は拳を握りしめた。彼にとってはかなりの悩みの種なのだろうと思った。


「それで、それだけ警戒されてるこいつの能力って何です?」

「まだ確証が得られているわけではないが――」

 ユーリは男の説明を聞いて、目をむいた。

「そんな能力、どうやって相手すればいいんですか」

「それについては、お前のほうが詳しいだろう」

「無茶言わないでくださいよ」

「お前たちにしかできないというのが上の総意だ」

「おだてればいいと思ったって――」

「これを成功させてくれれば、お前の望みを何でも聞いてやろう」

 その一言はユーリの胸を強く打った。男もユーリの望みは言わずとも知っている。

 早くこんな仕事は終わらせてしまいたい。きらびやかな鎧に身を包み街を歩くだけでありがたがられるような仲間を尻目に、人目を忍んで歩く毎日。日陰者を追う日陰者。そんな生活はもううんざりだ。

「本当にこれで、この仕事から足を洗えるんですね」

「ああ。そうだ」

「サラ……あいつも、普通の生活に戻してやってください」

「いいだろう。そう言うのもわかってたよ」


 男は足元の箱から取り出したものを机の上に置いた。形が微妙に違うが、見覚えのある代物だ。少し前にリオが持って行った手錠。異能を封じる唯一の道具だ。

「こいつもかなりの貴重品なんだが、あの少女にはそれだけの価値があるらしい。失敗は許されないぞ」

 ユーリは手錠に手を伸ばしながら、自分がまだためらっていることに気付いた。この任務は危険すぎる。今ならまだ引き返せる。そんな思いが右手の動きを鈍らせていた。男が不審のまなざしを向ける。奇妙な間が生まれてしまう。

 無い。ユーリは自分に言い聞かせた。これを受け取らない未来など無い。今のままで生きていく未来など、考えられない。ここで踏み切らなければならない。恐ろしくとも、危険でも、今ここで。

 ユーリが手錠を手に取ると、男の黄色い歯が光った。


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