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スターゲイザー  作者: ミズノハル
第一章 赤い目の悪魔
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3. 凶

帝国と革命軍の戦争が続く中、レイドは謎の少女エリナの護衛をすることとなった。そんな彼らの前に帝国の刺客が現れる。

 白衣の女がその赤い石を取り出したとき、部屋中に緊張が走るのを感じた。誰もが固唾(かたず)をのんでそれを見ていた。窓の外を見ていたレイドも、そのときだけは不気味に光る赤い石に目を向けた。妖艶にすら思えるその赤い煌めきに、レイドは腹の底が冷たくなるのを感じた。


「これはとても貴重なものです。今日は特別な許可を得て、みなさんに実物を見てもらおうと持ってきました」

 白衣の女はいかにも事務的といった口調でそう言った。彼女の言葉ではないのだろう。

「それで、これから言うこと、あわてないで聞いてね。あなたたちの体の中には、これと同じものが入っています。こんなに大きくはないけど、同じものがね。それで――ほら、静かにして。それで、どうしてこれがあなたたちの体内に入れられているのか、これから説明するから」


 激しい雨が窓を叩いた。その日は珍しく朝から雨が降っていた。

 視界の端で何かが動いた気配を感じて、レイドは窓の外を見た。丸い大きな雨粒が、景色がかすむほどに降りしきり、泥をはねていた。レースのカーテンのような雨粒の向こうに、二つの人影があった。傘を差した太った男と、その後ろでうつむいている少女が、滝のような雨の中を歩いていた。男は眉を寄せながら、絶え間なく口を動かしていた。少女は虚ろな目で、男の足元のあたりをただ眺めていた。


「まず、これを体内に取り込むと」と女の声が割り込むように聞こえた。「身体に出る共通の変化として、黒目が赤くなります。個人差はあるけど、みんな赤い目になってるはずよ」


 そのとき、少女が崩れ落ちるように転んだ。倒れこむほどではなかったが、白いスカートは泥で汚れてしまったようだ。声は聞こえないが、男が彼女を罵っているのは見れば明らかだった。

 少女が顔を上げたとき、彼女の視線がレイドのそれとぴたりと合った。金色の長い髪を白い頬にはりつかせ、全身の力が抜けてしまったように座りこんだ彼女の目が、小さく揺れたような気がした。この距離とこの雨で、普通の人間ではこちらの様子など見えるとは思えなかったが、そのとき確かに彼女は自分の目を見ていたとレイドは感じた。


「赤い目の他に、人によっては身体機能にも変化があることがあります。そうね、例えば……視力が向上する例もあるわね。ねえ、レイド。窓の外に何か見えるの?」

 前で話す女の顔に、レイドは目を戻した。

「大事なことだから、ちゃんと聞いてね」

「聞いてるよ、ちゃんと」

 女はわざとらしくため息をついた。窓の外を見ると、少女と男の姿はもう無かった。


「それで、ここからが本題。この赤い石――私たちは“凶星”と呼んでるこの石は、あらゆる物質に内在するエネルギーが、凝縮されて結晶化したものと思われています。空気や、水や、私たちの体にも存在するエネルギーの集合体である“凶星”を体内に持つとどうなるか。じゃあ、レイド。どうなると思う?」

 視線が一気に自分に集まる気配に、レイドは居心地が悪くなりながら答えた。「そんなものを入れられたら、人間の体は耐えられないんじゃないかな」

 女の顔に一瞬影が差した。「そういう事例もあるわね」

 どこかから悲鳴に似た声が上がり、せきを切ったように部屋にざわめきが広がった。女は渋い顔で手を何度か叩いてそれを制した。

「ほら、静かに。心配しないで。そういうのは入れたそのときに起きることであって、あなたたちの歳で何も異常が無いなら、もう心配は無いから」静寂が戻るのを待って、女は続けた。「あなたたちのように、この赤い石を体内に持つ生き物は、ある能力を獲得します。それを私たちは“異能”と呼んでいます。その能力とは――」


 そのとき、窓の前を何かが通り過ぎた。レイドは反射的に窓に目を向けた。

 窓のすぐそばに敷かれた石畳の道を、さきほどの少女が歩いていた。彼女は視線に気付いたのか、立ち止まってこちらを見た。彼女と目が合った瞬間、雨音が止んだ気がした。白い壁も、雨粒も、むっとする湿気も、どろどろの地面も、何もかも消え去って、彼女と自分だけが存在しているような、そんな時間があったように感じた。しかしそれは一瞬だった。雨粒は茶色の水滴を上げ、恐れや緊張やかすかな期待で飽和しそうな空気が室内に重くただよっていて、白衣の女がゆっくり息を吸う音が聞こえた。

「その能力とは、万物のエネルギーを自在に操ることのできる力です」


 どこかから男の怒鳴り声が聞こえ、少女は窓の景色の外に消えた。



  ◇ ◇ ◇



 ルークの両手から立ち上る炎は、彼の体の周囲を生き物のようにうねっていた。その動きはじっと狙いをさだめる蛇のようだった。

 レイドはエリナの手を引いて駆け出した。自分の手に負える相手ではない、と判断した。背後に迫る熱気に背筋を凍らせながら、うねる炎を避けるためにめちゃくちゃに走った。

 しかし、一瞬だけ判断を誤った。道を曲がった目の前に、焼け崩れた家屋が立ちふさがった。すぐに道を変えようとしたが、レイドの左腕に鋭い痛みが走った。まとわりついた炎が腕を焼き、レイドは悲鳴を上げて地面に転がった。見計らったように、炎が壁となってエリナとの間に割りこみ、そのまま地面に大きな円を描いた。炎の円の中に閉じ込められたのはレイドだった。


「逃げるなよ、能無し」とルークは言った。炎の壁の一部が消え、彼を招き入れた。「レイド、俺はなあ、すっげえ嬉しいんだ。お前をこの手で殺せるんだから」

 レイドは外のエリナに向けて叫んだ。「逃げろ、エリナ。俺がここで足止めする」

「でも……」

「早く行け」

 エリナがためらいながら駆け出すのを見届け、レイドはルークに向かった。

「足止め?」とルークは嘲るように言った。「そうだな。ひと思いにやるつもりはねえよ。しっかり苦しませてやるから」


 ゆっくりと近づくルークをにらみつけながら、レイドは腰に差した短剣に手を伸ばした。左腕の痛みは相当なものだった。それで意識を失いそうにはならなかった。むしろ逆に、それはレイドの意識を失わせてくれなかった。胸ぐらをつかんでとんでもない音量で叫び散らすような、頭の中が強制的にそれでいっぱいになってしまうような痛みだった。レイドはなんとか短剣の柄をつかむ右手に意識を集中させた。


「なあ、レイド」とルークは言った。「こんなこと前もあったよなあ。あのバケモノをかばって、お前は俺の邪魔をした。今日も同じだよ。またお前は俺の邪魔をしに現れた」

 レイドはじっとルークの様子をうかがった。もうすこし。もうすこし近くに。

「俺はあの女を連れて来いって言われただけなんだよ。嫌だったけどな。なんだよ、あの女は。あのバケモノそっくりじゃねえか。あいつはもう――」


 今だ。レイドは短剣を引き抜き、ルークの首筋に焦点を合わせ、弾けるように突進した。ルークはふんと鼻を鳴らし、レイドの右手ごと短剣を焼き尽くした。ひるんだレイドの左目と左脚を、立て続けに炎の餌食(えじき)にした。

「馬鹿か。能無しのお前が俺に勝てるとでも思ったのかよ」

 レイドは低いうなり声を上げて地面にうずくまった。頭の中で何かがバチバチと弾けているようだった。痛みの感覚はほとんど無かった。ただ、脳内で絶え間なく発火と誘爆が続いているような、圧倒的な苦痛を感じていた。俺はこのまま死ぬのだろうか。自分の出す声が醜い動物の声に聞こえた。


「さっきは昔と同じだって言ったけどな、ひとつだけ違うことがある」とルークは言った。「今日はお前を殺せるんだ」

 ルークはレイドの頭を蹴り上げた。レイドはなすすべなく地面を転がった。ルークは無抵抗のレイドの腹や頭を蹴り続けた。

「あのときはできなかった。仲間を殺したら、俺もどうなるか分からなかったからな。あのときだけじゃねえ。何度も、何度も、殺してやろうと思ったよ。生意気な、能無しの、クソガキがっ」

 ルークはレイドの焼けた右手を踏みつけた。うめき声を上げたが、もうどこを踏まれたのか、レイドにはよく分からなかった。


「黙ってちゃつまんねえよ。何か言え。そうだ、命乞いしてみろよ。泣きながら、助けてくださいって、その情けない声でよ」

 ルークの声が遠くぼやけて聞こえた。彼はレイドの手を踏んだ足をしきりに動かしていたが、もうどうでもよかった。声を出そうとすると、ヒュウと細い息だけが口からもれた。

「あ? 聞こえねえぞ。助けてくださいって、ちゃんと言え」

 ルークが耳を近づけるのがぼんやりと見えた。レイドは残った力をのどと口にかき集めた。


「くたばれ、バケモノ」

 高さを増した炎と、それと同じくらいの怒りに燃え盛るルークの赤い目を見て、ああ俺はここで死ぬんだな、とレイドは冷めた気持ちで思った。あっけないな。こんなところで、こんな奴に、こんな殺され方をするのか。


 ルークの右手に炎が集まっていく。彼が何か言ったが、ほとんど聞き取れなかった。炎は太陽のように明るく見えた。骨も残らないんじゃないか、とレイドはぼんやり考えた。

「死ね」

 その言葉だけが、はっきりと聞こえた。レイドは全身の力を抜き、目を閉じた。最期に聞くのがこんな言葉か、と思いながら。


 顔に感じる熱さが消えた。次いで、何かが顔に落ちた。重いまぶたを上げると、大きく見開いたルークの目と、彼の胸からつき出した銀色の刃がそこにあった。彼は驚愕(きょうがく)を顔に貼りつけたまま、地面に崩れ落ちた。銀色の刃、赤い血、金色の髪、赤い目。

 地面に残った炎が、ふっと消えた。


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