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スターゲイザー  作者: ミズノハル
第一章 赤い目の悪魔
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2. 星と月

革命軍の兵士であるレイドに、ある日、新しい指令が下される。それは、一人の少女を守り抜くことだった。

 彼女のことを思い出すとき、大抵はその横顔が頭に浮かぶ。雨にさらされ色褪(いろあ)せたベンチに、彼女と並んで座っていることが、彼女と過ごした時間のほとんどだったからだと思う。彼女は空を仰ぎ、鮮やかな赤い瞳を輝かせ、星を見つめた。頬はわずかに赤らみ、金色の長い髪は風に揺られている。長い袖やスカートからのぞく細い腕や脚には、ときどき青黒いあざが見える。


 バケモノ、と彼女は呼ばれていた。あるいは人形と呼ぶ者もいた。誰も彼女を名前では呼ばなかった。彼女にはちゃんとした名前があったのに。彼女の赤い目は誰よりも綺麗で、その奥には誰よりも大きな感情がうず巻いていたのに。左手に触れる彼女の肌は誰よりも温かかったのに。そんなことはきっと誰も知らなかった。ほとんどの人間にとって、彼女は本当にバケモノで人形でしかなかったんだ。


 だいじょうぶ、と彼女はよく言った。空を見つめながら、微笑みながら、涙を流しながら、あるいは目を閉じながら。だいじょうぶだよ、と彼女は繰り返した。その言葉は彼女にとってお守りのようなものだった。何もかもを“大丈夫”にしてしまう魔法の言葉だった。


 最後に会ったとき、彼女は何も言わなかった。目は閉じられていて、泥に汚れた白い肌からは体温が失われていき、薄く開いた口からは何の言葉も出なかった。灰色の雲に覆われた空から、冷たい雨が降っていた。



  ◇ ◇ ◇



 二人が部屋に入ると、少女はうやうやしく頭を下げた。

「君がエリナか?」とアイクは尋ねた。

「はい」と彼女は答えた。「これからお世話になります。よろしくお願いします」

「アイク・ハンセンだ。階級は副隊長だが、ファーストネームで呼んでくれ」

「わかりました。私たちが何者か、知られてはいけないんですよね。だいたいのお話は伺いました」

「話が早くて助かる」

 アイクに肘でつつかれ、レイドは我に返った。

「と、特殊兵のレイドです」


 初対面の人に名乗るのは好きではなかった。特殊、とは? なぜファミリーネームを名乗らないのか? 少なくともどちらか、多くは後者を問われた。そのたびにレイドは困ることになったため、適当な名前を自分でつけようかと思った頃、アイクに「いざというときは俺の名前を使っても構わない」と言われ、今では彼の弟のような扱いになっている。実際、そのほうがうまく回ることが多かった。


 エリナはその赤い目を細めた。「普通にお話しして結構ですよ、レイドさん。そのほうが自然ですから」

「……わかった。よろしく」とレイドは言った。



 それから三人は、ひげの男からこれからの行程の説明を受けた。すでに革命軍が占拠した町をたどりながら、レオン・マルクス兵長のもとに少女を送り届ける。途中に無人になった村が多くある。補給や生存確認のために構成員が待機しているため、利用するように。安全と思われるルートだが、警戒はするように、と念を押された。


「それから、アイクに話したいことがある。だから……」と言い、男はレイドを見た。

 レイドは立ち上がった。「わかりました」

「悪いが、お嬢さんも席を外してくれないか。今回の護衛とは関係の無いことだから」




 太陽はすでに沈んでいて、深い青が空を西へ西へと侵食していた。真っ白な東の山脈のすぐ上には、金色の満月が浮かんでいた。

 エリナは大きく伸びをした。「やっと外に出られました。半月もあそこに閉じ込められてたんですよ」

「半月も?」とレイドは言った。

「はい。やっぱり、ほこりっぽい部屋より、外の空気はおいしいですね」

 顔を上げて深呼吸をする少女の横顔を見て、レイドは胸がざわつくのを感じた。金色の髪、赤い目、陶器のような白い肌。何度も頭に思い浮かべたあの姿と、彼女は酷似していた。口調や仕草には違いがあるものの、その容姿は生き写しのようだった。


「レイドさん、ちょっといいですか?」とエリナは言った。「この近くに、お墓がありましたよね」

 レイドは落ち着かない気持ちを抑えて、自分の任務に心を向けた。「あったけど、行きたいのか?」

「はい。真っ暗になる前に、手を合わせるだけでも、と思って」

 あの場所は、ここからさほど遠くはない。レイドは少し考えて、家の中にいる痩せた男に声をかけた。男に話をすると、彼もやはり考えこみ、やがて首を縦に振った。


 その簡素な墓は、二十七基あった。あのときと同じだ、とレイドは思った。この墓は誰が作ったのだろう。黒い荒地が墓の奥に広がっていた。

 レイドが顔を上げたとき、エリナはまだ手を合わせていた。その所作は、やはり綺麗だった。彼女の動きひとつひとつは、この短時間、顔を合わせただけでも感じるくらいに綺麗すぎた。レイドは彼女の祈りの終わりを待った。


「ここに来る前は、何を?」とレイドは尋ねた。

「ある施設にいました」とエリナは前を向いたまま言った。「二年ほどそこにいて、少し前に出てきました」

「彼女は俺たちが保護した」と痩せた男が口をはさんだ。「施設から脱走したところを発見し、ここまで連れてきた。あそこから出た人間は、今は本部に連れて行くことになっている」

「その施設は……」とレイドが言いかけ、口をつぐんだ。エリナは制するような目を彼に向けていた。あなたならわかるでしょう、とその赤い目は言っているような気がした。


「戻りましょうか」と彼女は言った。「もうすっかり暗くなっちゃいましたね。アイクさんに怒られるかもしれません」

 二人が帰路につく一方で、レイドはふと後ろを振り返った。黒い地面に二十七の石が白く浮かんで見える。その奥は動くものの無い荒地が広がっているはずだ。だが、何かがレイドの目には見えていた。

「誰かいる」とレイドは低く言った。

「なんだって?」と痩せた男は言った。「おい、どこにいるんだ」

「あそこ、少し左のほうに。黒い服を着てるみたいだ」

 レイドはそう言って黒い人影を指差した。男はそれでも気付かないようだった。レイドは何度も場所を教えたが、男はなかなか信じなかった。レイドが苛立ちはじめたとき、足音が聞こえ、男の目が急に険しくなった。

「俺が追い払う。お前はエリナと戻れ」と男は言い、石をまたいで歩き出した。

 すぐに男の声が響いた。誰だ、と半ば脅すような声だ。レイドはエリナを隠すように歩いた。背後で二つの声がする。相手も男のようだ。大丈夫だろうか、とレイドは横目で様子をうかがった。


 そのとき、大きな火柱が上がり、熱風が背中に吹きつけた。レイドは反射的にエリナをかばうように抱き寄せた。

 何が起こったのか、すぐには理解できなかった。レイドの体は火が上がった場所を横目でにらみつけたまま固まっていた。草から小さな火が上がっている。黒い塊が地面に転がっていて、そのそばには黒いコートの男が立っている。痩せた男は? あの火柱は? 俺が見た人影は? 頭の中で同じような疑問がぐるぐると回っていた。黒いコートの男はにやにや笑いながらこちらに向かってくる。浮かぶ疑問と目の前の光景が結び付くとほぼ同時に、男はフードを取った。


 それは見覚えのある顔だった。

「こんなところで、まさかの再会だなあ」と男は言った。「三年ぶりか。俺のこと覚えてるか?」

「ルーク……」

「知り合いですか?」とエリナが不安げに言った。

「昔のな。あまりいい知り合いじゃないが」

 ルークは赤い目をぎらつかせて笑った。「ひでえなあ。俺はずっとお前に会いたかったんだぞ、レイド」

 レイドは自分の脚と、エリナの肩をつかむ手に力が入るのを感じた。ここから逃げなければ、と本能的に思った。

「逃げるなよ、レイド。お前をずっと殺してやりたかったんだ」

 高笑いするルークの両手から、炎が激しく立ち上った。


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