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スターゲイザー  作者: ミズノハル
第一章 赤い目の悪魔
23/29

23. 決着

「話って何?」

 シュウは石の上に飛び乗り、そう尋ねた。彼はよく目線の上にいる。

「口に出さなくても分かると思ったけど」とレイドは言った。

「基本的に、ボクが話すときは一方通行の接触だよ。心を読むのってけっこう難しいんだ。いろんな雑音が入ってどれが本筋か見極めにくい」

「なるほど。じゃあ普通に話すことにするけど」

 レイドは自分の胸を指さした。

「頼みがある。また俺の心の中に連れて行ってくれないか」

 シュウは何も言わずに尻尾を巻いた。以前、彼の提案で心の中を見たときから、彼はこの話題を明らかに避けていた。

「それは、もう少し考えさせて――」

「帝都は目の前だ。もう時間がない」レイドは語気を強めた。「生き延びるために役に立つかもしれない。それに、これは俺にとって、とても大事なことだと思うんだ。あの風景を何度も夢に見る。まるで向こうから呼びかけてるみたいに。俺はそれに応えてやらなきゃいけない気がするんだよ」


 黒猫は目を合わせようとしない。

「はっきり言うよ。ボクはもう君の心の中に行きたくない。あの、エリナにそっくりな子……」

「ミラか」

「そう。彼女はボクの魂を壊そうとした」

「あいつはそんな子じゃない」

「これは事実だよ。彼女は明らかにボクに害意を示した。……一瞬で分かったよ。ボクの力じゃあの子には絶対に勝てない。だからもう、君の心に入るわけにはいかない」

 シュウの必死さに、レイドは口を閉ざさざるを得なかった。最後に見たミラの表情を思い返し、身震いした。


「魂っていうのは、とても(もろ)いものなんだ。言葉一つで簡単に壊れてしまうくらいに。ボクがやってるのは、自分と相手の魂を直接触れ合わせること。相手にその気と技術さえあれば、ボクは簡単に壊されてしまう。幻影にしろ、そんなものが心の中にいる君の不安も分かるよ。でも、君はまだこうして生きていて、ボクは死にかけたんだ。急ぎ対処しなくてもいいことで、危険を冒したくない」

「そうか」レイドはため息とともにそう言った。

「ごめん」

「いいよ。同じ立場なら誰だってそう言う。俺もちょっと気になってただけだから、無茶するほどのことでもないよ」

「……自分で自分の心に(もぐ)ることは不可能じゃない。それができる人も少なくない。特に宗教家とか。今からそのコツを教えるよ。帝都での作戦には間に合わないかもしれないけど、できる範囲で協力する」

「ありがとう。助かるよ」

「礼を言うのは成功してからでいい」シュウは背筋を正した。「まず、目を閉じて。自然に止まるまで、静かに息を吐いて――」



  ◇ ◇ ◇



 数十歩ほどもある距離を、アイクは一度の跳躍で詰めてきた。その勢いを乗せて、長身の彼の背丈ほどもある大剣が振り下ろされる。レイドとシュウは左右に散ってそれをかわした。その一撃は鏡のように磨かれた床を(えぐ)った。

 距離をとり、レイドは身震いしそうになるのを抑えて剣を構えた。身体を強化する能力。あの大剣をああも軽々と振り回すとは。怪物と呼ばれるだけはある。彼の攻撃をまともに受けられるとは思えない。

 力量の差はとても大きい。あのレオンと互角にやり合うような相手だ。正面からぶつかっても勝ち目はないだろう。なんとかして、彼を倒せる条件を整えなければならない。


 アイクは下段に剣を構え、レイドと向かい合った。その瞬間、彼の背後でシュウの目が赤く光った。アイクは両目を見開き、体をよろめかせた。シュウが精神に攻撃を仕掛けたのだろう。この好機を逃すわけにはいかない。レイドは素早く詰め寄った。

 粗末な刃が隙だらけの両腕をはね飛ばそうとした瞬間、アイクは雄叫びを上げて体を(ひるがえ)し、シュウに向けて突進した。彼はそれに反応しきれず、重い革靴に蹴り上げられた。黒猫の小さな体は壁に叩きつけられ、音もなく地に落ちた。アイクは鬼のような形相で振り返り、再びこちらに向かってくる。


 そのとき、レイドは無数の手に捕まれて背後に"落ちて"いった。森や空の色がちらつき、溶けあい、また別の景色へと移り変わる。

「シュウ、無事なのか」

 情景の奔流の中、レイドは叫んだ。

「なんて、やつだ……心を、守りもしないで、突っ込んできた」

 途切れ途切れのシュウの声が彼の状態を何よりもはっきりと示していた。

「ふざけんな。こんなことする力が残ってるなら早く逃げろ」

「ボクの体は、もうだめだ。これが、ボクにできる、最後の……」

 レイドの魂をつかむ植物のつるのような黒い腕たちは、次々と朽ちて消えていった。

「ごめん。アイクの心は壊せなかった。でも痛めつけることはできた。しばらくは、まともに異能が使えないはず。だから……」

 記憶の中の黒猫の姿が、何度も目の前を通り過ぎた。

「君は生き延びて」



 凶星と呼ばれる石の色。悪魔たちの目の色。血の色。炎の色。帝国の紋章の色。秋の木の葉の色。

 水平線を灼く太陽。その赤い陽光は目を刺し貫き、頭の芯まで赤く染め上げているように思える。右手に温もりを感じる。肉体はないはずなのに。魂の温かさとでも言うべきだろうか。命の存在がそこにはあった。

「久しぶり」とレイドは言った。

 ミラは首を振った。

「いつも、そこまで来てた」

 彼女は背後を指さした。木々の影が濃い闇を作っている。夢でこの風景を見たとき、いつも立っていた場所だった。

「話せるのは久しぶりだよ。前にシュウとここに来て以来だ」

「ねこ?」

「うん。でも、あいつは――」

 ミラは指を立てた。言葉を制したのか、空を指さしたのかは分からない。

「見てたよ、ぜんぶ」

「……そうか」

「ここまで来てくれたら、さびしくなかったのに」

 ミラは空を見上げた。茜と紫が混じりあう空には星が弱々しく瞬いている。

 ここで舞い上がる小さな光を見たことを思い出した。星が結ばれ星座が見えてくるように、点がつながっていく。最初からそう結ばれるためにあったかのように、そこに意味が生まれる。

 死、魂、凶星、心の中に生きる少女。

 たった今、理解した。この異能の正体を。

 レイドはゆっくりと立ち上がった。胸元の銀のペンダントが揺れた。

「行くの?」とミラは尋ねた。

「うん。行かなきゃ」レイドは振り向いた。「一緒に戦ってくれるか?」

「……いつも、そうしてる」

 彼女は嬉しそうに微笑んだ。レイドも同じように笑った。

「今まで助けてくれて、本当にありがとう。もう少し力を貸してくれ」

 手を差し出すと、ミラはそっと小さな手を重ねた。とても温かい手だった。



 大剣を振り下ろさんとするアイクの姿が目の前に迫っていた。レイドはとっさに横に身をかわした。アイクは体勢を崩しながら、横に大きくなぎ払う。レイドはそれを剣で受け止めたが、その威力に圧され、大きく後ずさった。アイクは素早く体勢を立て直し、二人は対峙した。

 彼の剣を受けても無事でいられた。これは十分に意義のあることだ。彼が平常でいたなら、今ごろ真っ二つにされていてもおかしくはない。

 異能を制御するためには、高度の集中を要求される。彼の精神が今どんな状態かまでは分からないが、少なくともシュウの精神攻撃によりかなり制限されていることは明らかだ。心を守らず捨て身でシュウに襲い掛かった代償は大きい。

 そして、無力化の能力もまた効いている。触れるほど近づけば、彼の身体強化は働かないようだ。


 アイクの頭がぐらりと揺れた。シュウの攻撃の影響がまだ強いのだろうか。レイドはすかさずそこを攻めた。足元から振り上げた剣は受け流されたが、十全とはいえない防御をしたアイクは大きく体をのけぞらせた。長大な剣を使う彼より自分の立て直しが早いと確信したレイドは次の一撃を全力で放とうと剣を握る手に力を込める。

 直後、すでにアイクの手が無用の長物から離されていることに気付く。彼は寸分の無駄もない動きでレイドの脇腹を拳で打ち抜いた。体を折るレイドの頭に鋭い蹴りが追い打ちをかけ、レイドはなすすべもなく磨かれた石畳の上に転がった。激しく揺れる視界の中で、アイクが自分の剣を拾い上げ、足元のもう一本を遠くに蹴飛ばすのが見えた。

 ふらつくアイクの様子を見るに、今の反撃は彼の精神にも相当な負荷を与えたようだった。恐ろしい男だ。あんな状態でも異能を使おうとするなんて。彼は勝利の兆しがあれば、自分の身がどうなろうともそれをつかみに行くのだ。


 立ち上がろうとするも、足が言うことを聞かない。知覚が錯綜(さくそう)していた。近づく重い足音と、どこかで石が砕ける音の距離感が区別できない。上下が定まらず、目の中を閃光が駆けめぐる。いつの間にか、アイクの靴紐の結び目が目の前にあった。

「訓練で使っていたのは、いつも木刀だった。真剣でやりあったのは、一度だけだ。勝ったのは俺だったな。あのときのお前には明らかに、俺や自分を殺してしまう可能性に怯えていた」息を切らせたアイクの声は、普段の冷静な調子とは違っていた。「だが、今は違った。見事だった、と言っておこう。迷いのない太刀筋も、お前の小さな仲間の魂の一撃も。ただ、俺にはあと一歩及ばなかった」


 ゆっくりと、銀色の刃がレイドに向けられた。アイクは肩で息をしているのに、その剣先はほとんど揺れ動かなかった。

「……まだ」

「あ?」

「終わってない。俺()()はまだ戦える」

 レイドは手をアイクに向けて掲げた。その(てのひら)が赤く輝き、蛇のようにうねる二股の炎がアイクに襲いかかる。彼は素早く大階段の前まで退(しりぞ)いた。レイドはまだ完全に力の入らない足でゆっくりと立ち上がり、腰の短剣を抜いた。


「いつも何かが欠けてるような気がしてた。いつも水の上に浮いてるみたいに落ち着かなかった。大事な何かを見落として、忘れてるような気分だった。施設を出た――ミラが死んだあの日から、ずっと」

 少しずつ、世界に焦点が合ってくる。紙の束を整えるように、ものの重なりが正されていく。

「今、すごく気分がいいんだ。横っ腹は痛いし、頭も割れそうだけど。頭の中の歯車が全部すっきり噛み合って、体も軽い」

「俺とは真逆だな」アイクはなぜか笑みを浮かべていた。「能力を……もうひとつ、隠していたのか。見覚えのある炎だ。確か、ルークという青年も同じ炎を操っていたな」

 レイドは何も言わない。

「他人の能力を使えるのか。何か条件があるようだが。面白くなってきた」


 アイクは再び接近してくる。レイドは短剣を握りしめ、身構えた。振り上げられた大剣を、後ろに飛び退いてかわす。身をかがめ、退きながら、レイドはアイクの攻撃を避け続けた。こんな短剣では大剣の一撃をまともに受け止められない。

「どうした、逃げてばかりだな。炎は使わないのか。それとも使えないのか」アイクは攻撃を続けながら声を張り上げた。「その程度か。俺を落胆させるな。もっと熱く、燃え上がらせてくれ」


 レイドは猛攻に耐えながら機をうかがっていた。しかし、それも長く続くはずがない。レイドはとうとう身をかわしきれず、短剣を蹴り落とされた。アイクは剣を大きく振りかぶった。

 この瞬間を待っていた。レイドはアイクの懐に潜り込み、両手首をつかむと、彼の大きな体を投げ飛ばした。

 レイドは手のひらに意識を集中した。それに呼応して、まばゆい光が手から放たれる。光点からほとばしる炎は視界を埋めつくすほどに広がり、アイクの体を包み込んだ。今の体勢からでは、この炎はかわしきれない。

 アイクは雄叫びを上げ、炎の中心に踏み込んだ。逃げ場のないように拡散された炎は、彼の体を焼き尽くすのに十分な火力がない。髪や頬を焼かれながら、アイクは炎を突き抜け、大剣を打ち下ろした。

 しかし、赤く煌めく刃は空を切った。炎の先にあるべき人物の姿はない。アイクの思考が一瞬止まり、レイドの姿を探そうとその場で顔を上げた。そのとき、左のわき腹に殴られたような衝撃があり、鋭い痛みが走った。


 アイクは膝から崩れ落ちた。わき腹に伸ばした指先に、冷たい刃と温かい血が触れた。ぼろぼろの革靴が背後から回り込んでくる。レイドはアイクの前に膝をついた。

「来ると思ったよ。誰もが足を止めるようなときこそ、あんたは突っ込んでくる」

「……あの炎は俺の逃げ道を奪うだけではなく、お前の姿を隠すための目くらましでもあったのか。見事だ」アイクは長い息を吐き、わき腹の短剣を指差した。「しかし、ひとつ減点だな。急所を外れている」

「外したんだ。あんたが死ななきゃいけない理由はないよ」

「俺はお前の仲間を手にかけた。許されることではない」

「それを許すつもりはない。でも、俺の命を救ってくれたこともある。あんたが今すぐ死ぬべきだと俺は思ってない」

 肩で息をしながら、アイクは目の前の青年の目を見つめていた。

「でも、早く処置をしてもらったほうがいい。エリナを探してくるから、ここで待っててくれ」

「その必要はない」

 アイクは短剣の柄をつかみ、レイドの制止を無視して引き抜いた。傷口から血が流れ出し、レイドはあわてて服をめくったが、すぐに異変に気がついた。

「傷を……塞いだのか。なんでもありだな」レイドの顔にわずかに緊張が走る。「まだやるのか?」

「いや、もう俺は戦えない。これは血を止めただけで、完治したわけじゃないからな」アイクは仰向けに床に倒れ込んだ。

 レイドも彼の横に腰を下ろす。


「お前の勝ちだ」

 大広間の吹き抜けに、アイクの通りの良い声が響いた。外の戦闘の音はまだ止まない。

「とうとう負けたか。お前も強くなったな」

「二対一だった。公平な勝負じゃないよ」レイドは首を振った。

「勝ちは勝ちだ。俺はそう思ってる」

「……分かった。今はそういうことにしておく」

 近くで大きな音がした。落ちてきた埃が大きな窓から射す茜の光の中で舞うのが見えた。

 敗者の目にはこれまでにないほどの無垢な透明さがあった。その目はさえぎる闇も曇りも忘れていた。今、彼にはどれほど美しい世界が見えているのだろうか。

「少しだけ悔しい。だがそれ以上に清々しい気分だ。お前が俺を負かす日が来るとは」とアイクは言った。「弟みたいに思ってたよ。あの村で、異能使いは俺とお前だけで。誰もがバケモノを見るような目で俺を見るのに、お前だけは普通に接してくれた」

 轟音で小さな窓がビリビリと揺れる。


「異能を持たないと嘘をついたことがあったな。お前は裏切られたと思ったかもしれない。あれは確かに真実ではなかったが、紛れもない俺の本心だった。お前を助けたのを最後に、可能ならもう二度と使わずにいたかった。……お前が異能を使えることを知ったとき、嬉しくなったよ。境遇の似た仲間が身近にいたと思うと、もう刃を向け合うことしかできないのに、不思議と心が軽くなった。

 だが、似た境遇の俺とお前、正反対の道を行くとこになったな。どんな違いがあったんだろう。心の強さか、守るものか。俺は臆病だった。幼いころから刷り込まれた帝国への忠誠、畏怖のようなものを拭い去ることができず、大切な友を裏切った。大きな――大きいと思っていた流れに逆らう勇気を出せず、保身の道を選んだ。

 しかし、因果応報というやつか。俺にはもう居場所がない。革命軍は俺を許さないだろう。それでいいと思う自分もいる」

「おい、もう死んだみたいなこと言うなよ」レイドはたまらず口をはさんだ。

「死んだようなものだ。もうやり残したこともなくなったからな」

「俺はある。あんたとやり残したこと、まだたくさんあるよ」

 アイクは口をきつく結んで、影の濃くなっていくきらびやかな天井を見つめていた。

「この国にいられないなら亡命すればいい。俺はあんたがどこに行こうと見つけ出して、今度こそちゃんと勝ってやる」

 レイドの顔を一瞥(いちべつ)し、アイクは体を起こした。肩越しに見える口元には笑みが浮かんでいた。

「そうだな。今度は一対一で――」


 そのとき、大きな振動とともに、頭上で壁が砕けた。小さな破片が降り注ぐ中、二人は顔を上げた。革命軍は城自体を破壊することはしないはずだ。しかし、石の壁はまたも無力にえぐられ、支えを失った高い天井が落ちてくる。


 日没と同時刻、大広間が崩壊した。

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