24 いざ、王都へ!
ガツガツガツガツ! ムシャムシャムシャムシャ!
茜色に染まっていた空がグラデーションの様に薄暗闇に色を変え始めた頃。
レストアに続く街道から逸れて雑木林を奥へ奥へと進んだ人気のない場所にて、焚火を挟んだ向かいの恵理が目を丸くしているのにも気付かず、俺は両手に持った久しぶりのまともに調理された料理を脇目も振らずに貪り食っていた。
パンの柔らかさに頬を緩ませ、スープの深い味にホッと息を吐く。塩だけでない調味料で味付けされた串焼きに舌鼓を打ち、溢れる肉汁に舌が躍る。シャキシャキとした新鮮な野菜が栄養の偏っていた肉体を洗浄し、爽やかな果実水が口内に残った油を洗い流す。
素晴らしい! 食事とはかくも素晴らしいものだったのか!
「うめええええええっ!」
周囲に所狭しと並んでいた大量の料理がなくなると同時に、歓喜に打ち震える俺の心からの雄叫びが周囲の木々を揺らした。
満腹となった腹をさすりながら満足のいく食事に息を吐き出し、視線を周囲に向ける。
そこにあったはずの料理はすでに串と空の容器だけとなり、肉の一欠けらすらも見当たらない。一心不乱に食べ続けていたから気付かなかったが明らかに五人前以上ある。
「あ~、食った食った」
「きっと一杯食べるだろうなと思って多めに買って来ましたけど……まさか本当に全部食べちゃうとは思いませんでした。かなりの量があったはずなんですが……」
俺の食べた量に目を瞠っていた恵理の驚きと若干の苦笑が混じった表情に、食べていた時の自分の様子を思い出して少しばかり恥ずかしくなった。
「一口食べたら手が止まらなくなってな……すまん、殆ど食べちまった」
「いえ、気にしないでください。雄二君の境遇を考えれば気持ちはわかりますし、私も充分な量を頂きましたから。……それよりも――」
それまで微笑んでいた恵理が急に眉をハの字にしてどこか困った様な表情になり、言いかけていた台詞を途切れさせながらチラチラと脇に視線を走らせ始めた。
「ん?」と思いながら恵理の視線を追い――
「「「「「「むぐぐうぅぅ⁈」」」」」」
そこにいる木の幹に縛り付けられた男達を見て、飯を前にして報告することがあったことをすっかり忘れていたことを思い出した。
「あっ……すまん、忘れてた」
俺達の視線の先――そこには十メートル程離れた場所に立っている二本の大木に、薄汚れた格好をした六人の男達が〈蜘蛛糸〉によって両手両足を拘束され、さらに目隠しと口を封じられた状態で地面から一メートル程の高さで幹をぐるりと囲む様に縛り付けられている姿があった。
「えっと、あの方達は……?」
まるでこれから生贄にでもされるかの様な有様になっている哀れな男達を見て、恵理は頬を引き攣らせていた。
おそらく食事の最中から気になっていたのだろうが、きっと食べることに夢中になっている俺に気を使ってくれたのだろう。すまんね……。
「こいつらは盗賊だな」
「盗賊?」
「ああ。実は――」
恵理がレストアに向かった後、雑木林の中を奥に向かって散歩していたんだが、歩いている時に〈魔力感知〉に反応があり、暇潰しも兼ねて何がいるのかと反応があった場所をこっそり覗きに行ったのだ。
数百メートル程進んだ場所で男達を見つけた時、最初は冒険者かと思った。
だが、周囲を窺いながら雑木林の奥へと進んでいく男達を見て何か変だと思っていると、男達は入口が巧妙に隠された洞窟に入って行った。まあ、その辺りで何となく男達の正体には気付いたんだが、念の為確かめておこうと俺も後を追って入口に近付いて行ったんだ。
そこで強化された耳で男達の会話を拾った所、『今回の獲物は余裕だったな!』だの『次はあそこの商人を襲おうぜ!』みたいな会話を聞いて黒だと判明したので、そのまま捕縛に入った。
顔を見られると困るので、入口で〈麻痺鱗粉〉を精製して翼で扇いで洞窟内に送り込んだらあっさり男達は行動不能に陥っていた。その隙に男達に素早く近付いてパパッと糸で縛ったらそのまま引き摺ってここまで戻って来たのだ。ちなみに洞窟内に溜め込まれていたお宝は勿論回収してある。御蔭で懐はうはうはだ。
その後、男達の処分をどうするかで頭を悩ませていた時にちょうど恵理が帰って来て相談しようと思ったんだが、恵理が男達に気付く前に買って来た料理の数々を見せられ、俺の意識は一瞬で食事の方に切り換わって男達のことなどすっかり忘れていたと言う訳だ。
「この短時間でよくそんなことに遭遇しましたね……」
「まあ、な」
確かに、人里に下りて来ていきなり盗賊に遭遇とか結構レアな体験かもしれない。
大した力も持たずに召喚されたり、突然邪竜に襲われたり、盗賊に遭遇したり……俺ってもしかして不幸体質なのか……?
ぐすん……。べ、別に悲しくなんかないんだからね!
「それで……どうします?」
今までに体験した不幸な出来事を思い出してキャラが変わりそうになっていた所を、恵理の声で現実に引き戻された。
「どうするかねえ……面倒だし殺っちまうか?」
「「「「「「むぐうううう(やめてええええ)⁈」」」」」」
おっと、俺の声が聞こえてたのか、盗賊達が凄まじい勢いで首を振り始めた。中には泣いている奴までいる。
「えっと……燃やしますか?」
さらに追い打ちをかける様に、隣にいた恵理が小首を傾げながら実に可愛らしく盗賊達の周囲に火球を浮かべて殺し方を問いかけて来る。
いや、表情と台詞の内容が一致していませんよ恵理さんや……。
逞しく成長したことに嬉しく思う反面、お兄さんはちょっと心配になってしまうよ……。
「「「「「「むぎょおおおお(ごめんなさあああい)⁈ むごおおおん、むごおむおおお(もうしないから許してえええ)⁈」」」」」」
火球の熱を感じ取った盗賊達の呻き声に泣きが入り始めた。さらには失禁する奴まで出る始末。なんと哀れなことか……。
「まあ待て恵理。明日出発する前に身包みを剥がしてからレストアの門の前にでも捨てていけばいいだろう」
「そうですね。後のことはレストアの衛兵さん達にまかせましょうか」
「「「「「「む、むひょおお……(た、助かったああ……)」」」」」」
「よし。んじゃ、お前らは朝まで寝てろ」
「「「「「「むご?」」」」」」
俺はさっきからむごむごとうるさい盗賊達に近付いて一人ずつデコピンを喰らわせていく。
びびびびびびん!
「ごへ⁈」
「べへ⁈」
「むご⁈」
「ばへ⁈」
「ぶふ⁈」
「ぽう⁈」
なんだ『ぽう』って……。
コントの様な悲鳴を上げながら気絶した愉快な盗賊達を一瞥して恵理と焚火の前まで戻る。もうこいつらには明日の朝まで用はない。
盗賊の処遇が決まった所で暇になったので、就寝時間まで恵理と雑談でもしていようと腰を下ろしかけていた俺を止め、恵理が鞄の中から新品の衣類を取り出して手渡して来た。
「雄二君、これ新しいローブとズボンです」
「おっ、サンキュな」
レストアに入る前に頼んでおいたローブとズボンを受け取り、さっそく身に着ける。
「問題なさそうだな……」
「よかったです」
俺が直接店に行くことは出来ないので恵理に大体のサイズを伝えて選んで来てもらったのだが、穿いてみた感じではきつかったりでか過ぎで動きを阻害するということはない。
尻尾があるせいで今までの様に穿くことは出来ないので、股下が深く作られているカーゴパンツに似たズボンの尻側に、縦にスリットを入れてから尻尾の上まで引き上げ、尻尾の上側で何とかベルト通しを引っ張り寄せてベルトを通して穿いている。まあ、簡単に言うと、尻尾用の穴が開いたズボンを穿いている感じだ。
せっかく買った物を毎回裂いて使用するのも嫌なので、可能ならそのうち特注で俺のズボンを作ってもらいたいものだ……。
ローブの方も翼を展開するための穴を空けなければならないが、サイズに関してはこっちも問題ない。
足首の辺りまである灰色のローブは、前を合わせてフードを被れば俺の姿を殆ど隠してくれる。尻尾は腰に巻き付ければいいし、少し不自然な膨らみが腰の辺りに出来るが外から見てもそれが何なのかはわからないだろう。
「これなら街に入っても俺の正体はわからないかな?」
「そうですね……この世界には色んな肌や髪の色をした人種がいますから、フードを深く被って額の角さえ見られなければ大丈夫だと思います」
「そうか」
「はい。それに、冒険者の方達は大抵ローブを身に纏ってるので案外目立ちませんし、今はもうすぐ始まる戦争のことでみんな頭が一杯で他人の格好なんかいちいち気にしないと思いますよ?」
成程。
まあ、現実は外を出歩いても思っている程自分のことを見ている奴なんていないからな……。
ローブを着ていればそこまで神経質になって周囲の目を気にする必要はないか。
「最初は騒ぎになるのを覚悟で王都の上空から乗り込もうと思ってたが……これなら普通に門から入って城まで行けるか?」
「そんなこと考えてたんですか……。まあ、検問の時にだけ角を包帯で隠して怪我をしている振りでもすれば大丈夫でしょう。通行証に関しても、私が前に城で渡された王国の勇者である証明書を見せれば、勇者の連れということで雄二君も一緒に入れると思いますし」
おお! 恵理が凄く頼もしい。実にスマートな潜入方法を考えて――
「まあ、もし身体検査でもしなければならなくなったら城壁ごと吹き飛ばして強行突破すればいいですよね?」
前言撤回。恵理も考え方がバイオレンスで武闘派寄りになっていた。
やはりサバイバル生活や魔物との過酷な戦いの日々は人の内面を少しばかり変えてしまう様だ。
まあ半分は(半分か?)俺が恵理に課した特訓のせいもあるかもしれんがな……。
今の恵理なら冗談抜きで都市の一つや二つ堕とすことは可能だろうし、やると言ったらやる女だ。城壁なんかちょちょいのちょいだろう。
王都の門番が余計なことをせずに俺達を中へ通してくれることを切に願い、恵理と他愛のない話を交わしているうちに静かに夜が更けていった。
薄く霧が立ち込め、小鳥のさえずりが聞こえて来る早朝。
温かな木漏れ日に照らされながら頬を撫でる朝の爽やかな風に覚醒を促され、微睡の中に沈んで行こうとする意識を繋ぎ止めて瞼を開く。
風に揺らされた梢が奏でる音色を聞きながら起き上がり、思いっきり体を伸ばせばそれだけで即座に戦闘が始まっても支障がない程に全身の細胞が活発に活動を始めた。
「うしっ」
俺の体は今日も絶好調だ。
感覚で体調の確認をした後、くるりと背後を振り返る。
そこには幸せな夢を見ているのか気持ちよさそうに眠っている恵理と、それとは対照的に悪夢の世界でも彷徨っているのか、うなされている盗賊達がいる。
「まだ寝かせておくか……」
恵理の幸せそうな寝顔を見ていると起こすのが躊躇われる。
朝食は昨日恵理が買って来てくれた料理の中で、気を利かせて別に取っておいてくれた物がある。それを出せばいいだけだから時間は全くかからない。
余った時間をどうするかと考え、切り株に座りながら何とはなしに頭上から降り注いでくる木漏れ日に右腕を翳し、闇色の鱗に覆われた中で唯一鮮やかな色彩を放つミサンガを見詰める。
「ふう……」
今日は今後の未来を決める一つの節目となる大事な日だが……特に緊張はない。
人を殺すことに対する躊躇いはすでに消えているし、実行にも支障はない。
褒められたやり方ではないし、周囲や……最悪唯達の反感も買うかもしれない。それでも今さら考えを改めたり引き返すつもりは毛頭ないし、やるからには徹底的にやるつもりだ。
「大丈夫だ……」
心を落ち着かせる様に呟き、今は何も何も考えるまいと思いながら唯との形ある絆でもあるミサンガを眺めていると、背後から何かが身じろぎし、次いでゆっくり起き上がる気配がした。
眠り姫もお目覚めの様だし、そろそろ黄昏ているのも終わりだな。
「ふあぁぁ~~~~……っはふう……」
寝起きで油断しているのか後ろから聞こえて来る大欠伸の吐息に苦笑を漏らし、俺は朝食を取り出すために切り株の上から腰を上げる。
一日の活力となる朝食を終え、木に縛り付けていた盗賊達を回収して出発準備を整える。
この時間帯なら外を出歩いている奴もそれ程いないだろうし、高高度を高速で飛行すれば姿を見られてもすぐに正体を判別することは出来ないだろう。さっさと盗賊共を放り捨てて王都に向かうとするか。
ローブの背中側に空けた穴から翼を展開し、恵理を抱えて〈蜘蛛糸〉で一つにまとめた盗賊達を吊るしながら上空に舞い上がる。
木々の先端を越えてさらに上昇し、二百メートル程の所でいったん止まり、レストアの門の方に近付いて行く。
門の前にはすでに仕事熱心な衛兵が立っており、地上に下りることは断念せざるを得なかった。
そのため門の脇に建設されている衛兵の詰め所の上空まで移動した後、俺の指から伸びて盗賊達を縛っている〈蜘蛛糸〉をスルスルと地面に向かって伸ばしていき、十メートル程の高さまで下がった所で糸を切り離して地面に落とした。
何か重い物が落下した音に反応した衛兵が、グルグル巻きにされた盗賊達に気付いて近寄っているのが見える。これでもう大丈夫だろう。
あそこの衛兵からしたらいきなり空からパンツ一丁の薄汚れた格好で、おまけに額には『こいつらは盗賊です』なんて書かれた紙を張り付けた男達が降って来たのだから大層驚いたことだろうが、姿を見せる訳にはいかんので勘弁してくれ。
最初はあいつらが盗賊だと証明する物がなくて大丈夫かと思ったが、この世界には尋問用に相手に自白を強要する魔道具なんてのもあるらしいので大丈夫だろう。
ちなみに恵理も同じ効果を持った闇魔法を使えるらしい……。やましいことはないはずだが、それを聞いた時はブルリと背筋が震えたものだ。
闇魔法には他にも相手の五感を封じたり幻痛を与えたりと……何と言うか、言い方は悪いが陰湿な魔法が多い様だ。勿論強力な魔法もあるけどな。
まあ、それはともかくとして。ここでの様は済んだんだし、そろそろ本命である王都に向けて出発しよう。
「さて、空の旅パート2だ」
「安全飛行でお願いしますね?」
「おう、任せとけ」
悪戯っぽく笑いながら冗談めかして言う恵理の台詞に笑みを返し、要望通りに安全飛行による空の旅を開始した。
尚、後に知ることになるのだが、俺が捕まえた盗賊達は数週間前からレストアや周辺の集落などでお尋ね者になっていたらしい。
もうすぐ戦争が始まるということで、戦場となる国境線上のオーラル平原の割と近くに位置するレストアに住む住人の中には、戦果が拡大して被害に遭う前にレストアを出る者がいたらしく、そこに目を付けた盗賊達がレストアを出た貴族や商人、旅人なんかを狙っては襲撃を繰り返していたそうだ。
確かに奴らが洞窟に溜め込んでいた盗難品はかなりの量があったし、随分と稼いでいたんだろう。
やはり、あそこで捕まえておいて正解だったな。




