23 冒険者の街! ……でも登録はしません
邪竜との激闘を制した翌日。
朝日がバロール山脈の地表を照らし出した頃、深い眠りから戻って来た恵理がのろのろと起き上がり、寝惚け眼で一つ大きな欠伸を漏らした。
「ふあぁぁぁ~……」
半分瞼が閉じている目を擦りながら立ち上がると、腕を天高く伸ばして大きく体を伸ばし、眠気を完全に吹き飛ばしている。
それが終わるとパッと体ごと俺の方を振り向き――
「おはようございますっ、雄二君!」
太陽にも負けない眩しい笑顔で朝一番の挨拶をしてくれた。
「おう、おはよう恵理。昨夜はよく眠れたか?」
「はいっ! ばっちりです!」
見た限り恵理の表情に疲れは見えない。彼女の言う通りしっかり眠れた様だ。
ちなみに恵理が寝ていたベッド代わりの糸は彼女が立ち上がって伸びをしている隙に素早く回収して焚火に突っ込んで証拠隠滅している。もし自分がどこで寝ていたか知ったらまた悲鳴を上げられるかもしれないからな。朝一のミッションは無事に完了したぜ!
「雄二君は休めましたか?」
「ああ」
恵理には頷いて見せたが、本当は寝ていない。
昨夜は結局一睡もせずに一晩過ごしてしまった。ある程度時間が経てば寝られるかと思ったんだが、唯達との再会が近いことを考えたら妙に興奮してしまって余計に眠気が吹き飛んでしまった。
まあ、俺は一日二日寝なくても特に影響はないので問題ない。恵理も俺の普段通りの顔色を見て素直に納得してくれている。
「それはよかったです。ええと、それでですね……」
「ん?」
ほっと息を吐いたと思ったら、急に頬を染めてもじもじし始めた恵理に顔を向ける。
「その……き、昨日は、取り乱してしまって、す、すみませんでした」
「……」
何のことかなんて聞くまでもなく、恵理が言っているのは当然昨日見られた俺のあれのことだろう。
「あれは俺も迂闊だったから……気にしないでくれ」
あまり蒸し返してもお互いに恥ずかしくなるだけなのでこの話はここで終わりにして早い所忘れてしまおう。と言うか忘れさせてください。
「は、はい。ありがとうございます」
俺の表情を見て察してくれたのだろう。それだけ言うと恵理はもうこの話はしなかった。
「朝食はどうする?」
「果物だけいただきます」
話題を変えるために朝食の有無を聞くと、いつも通りの返事が返ってきた。
恵理は朝食ではあまり肉を食わない。朝から肉を食うのは重い様で、クラムを見つけてからは大抵それだけで朝食を済ませ、代わりに昼食と夕飯をがっつり食べている。
俺は朝・昼・夕、関係なく食うけどな。
ゆっくり食べてたつもりだがお互い十分程で食べ終わった。意識している訳ではないんだが、サバイバル生活を始めてから食事は素早く済ませるのが癖になっている様だ。
「今日はどうしますか? レベルに関してはもう充分な域に達していると思うんですが……」
「俺も昨日からそう考えてた。もうここには用はないからこの後少し休憩して、その後バロール山脈を下りようと思う」
「私の方は特に異存ありませんので、それでいいと思います」
ここでの生活もこれで終わりかと思うと少し感慨深くもあるな……。
「ここからだと、山を下りて本気で森を進めば三日……いえ、二日位でしょうか?」
俺が感慨に耽っている間に恵理はここから大森林の出口までの日数を計算していた。
「いや、そんなにかからない。一日あれば充分だ」
「一日、ですか? ですけど……」
一日で充分だと言う俺の言葉に恵理は少し眉を寄せて困った表情になった。
おそらく道中で出会う魔物との戦闘で取られる時間や休憩などを考えているのだろうが、別に俺は魔物を倒しながら休憩なしで強行軍をかけようと思っている訳じゃない。
俺は背中に力を入れ、恵理に巨大な翼を展開して見せる。
「きゃっ⁈」
いきなり俺の背後に広がった翼を見て驚いた恵理が小さく悲鳴を上げた後、広がった翼をポカンとした顔で見ている。
昨日も見ているはずなんだが……ああ、そういえば昨日は別のことに気を取られていましたねー。
俺は背後の翼を指で示して話しを続ける。
「恵理を抱えてこれで森の上空を飛んで行く。空なら邪魔も入らないだろうし、一日もかからないだろ?」
俺の話しを聞いて、ポカンとしていた恵理も我に返って納得したと頷く。……が、そこでハッとしたような顔になると、ほんのり頬を染めておずおずと聞いて来た。
「あのう、雄二君? 抱えていくって、どういう風にでしょうか……?」
「え? まあ……背負って行くのは羽の邪魔になるかもしれないから、抱っこするような形になると思うが……嫌だったか?」
もしかして男に抱かれたりくっ付かれたりするのが嫌だったりするかと思い聞いてみた。
「い、いえいえ⁈ 全然問題ありません! ええ、ありませんとも! むしろそれ以外の方がありえませんから!」
「お、おう? そ、そうか」
もし嫌だと言われたら恵理の腰に尻尾を巻き付けて支えながら飛んで行こうかと考えていたので反対されなくてよかった。よかったんだが……胸の前で両拳を握りながら若干血走った目で詰め寄って来ながら力説する姿は少し怖かった。
「それでは移動手段に関しては雄二君にお任せしますね。出発は三十分後でいいでしょうか?」
「そうだな……それ位に出るか」
出発する時間を決めた後、俺は邪竜を倒したことで新たに加わった〈眷属殺し〉のスキルについて話しておいた。
スキルを見た恵理は、眉唾な存在である邪神という文字を見た後、眉を顰めて半信半疑な表情になっていた。
まあ、俺も恵理と同じ気持ちなんだが……スキルに書かれている以上、邪神という存在は本当に実在している可能性が高い。とは言っても、今の俺達にどうこうすることは出来ないし、するつもりもないので、結局は最初に俺が出した結論と同じく恵理もとりあえず放置という判断を下した。
伝えることを伝えた後は、お互い思い思いに時間を潰そうと思ったんだが……恵理が俺の鱗に覆われた右腕や尻尾に興味を示して来たので好きなようにいじらせている。
恵理なら大丈夫だろうと思っていたが、今までよりさらに人外の姿になった俺を見ても普通に接してくれているのを見ると、気持ち悪がられなくてよかったと思うと同時に嬉しさが込み上げて来る。
だが、これから人に会えば全員が恵理の様な反応を見せてくれるはずがない。どんな反応をされてもいいように覚悟はしておかないとな……。
そう言えばさっき恵理に指摘されて初めて知ったんだが、どうやら俺の両目は元の紫色から邪竜の様に瞳孔が縦に割れた金眼になっているらしく、髪の色も腕に生えている鱗の様に闇色へ変化しているらしい。
そんな発見をしながら恵理と過ごしていると、あっという間に時間は過ぎていき、出発の時となった。
「よし。そろそろ出発するが……準備はいいか?」
「はい。……で、では」
立ち上がった俺に続いて恵理も起き上がり、俺の方に両手を広げて腕を伸ばしてくる。逸らした顔はほんのりと赤く色付いている。
「うっ……!」
凄まじい破壊力だった……。
腕を伸ばしてまるで甘えて来る様な仕草に加え、時折上目遣いで見て来る表情が何とも言えない庇護欲を――って、何を見惚れてるんだ俺は!
いかんいかん!
頭を軽く振って緩んだ脳を引き締める。これは遊びじゃないのだ。
俺は無心になりながら恵理に一歩近付いて少し屈むと、俺の首に腕を回してもらってから恵理の背中と膝の裏に腕を回してひょいっと抱え上げる。
そう言えば初めて恵理と会った時もこうしてお姫様抱っこをしてたなーと思い、腕の中で小さくなっているお姫様を見てみると――
「あぅ……」
「⁈」
さっきよりもさらに赤くなった顔で瞳を潤ませながら実に恥ずかし気に俺を見上げていた。
その表情を見た瞬間、確かに俺のハートに何かが突き刺さった。
数瞬の間意識がぶっ飛び、必死に装っていた平静があっさり瓦解しかけた。
何故か最近やけに可愛く見える様になった恵理から視線を逸らし、これ以上考えるのは危険だと判断した俺は、これからのことに意識を切り替えて背中から翼を展開する。
バサッと広がった翼の翼膜は降り注ぐ太陽の光を僅かに透過して地面へと光のカーテンを下ろしている。
もしも完全に太陽を背にして俺の姿がシルエットとしてしか見えなくなれば、見る者によっては天使に見えたかもしれない。
まあ……実際に俺の姿を見れば天使より悪魔の方がしっくりくるだろうけどな。
「いくぞ」
一言恵理に声をかけ、俺は軽く地面を蹴ってその場にフワッと浮き上がる。
ちなみに俺は鳥の様に翼を羽ばたかせて宙に浮いている訳ではない。
どうやら展開した翼は飛ぶときに薄らと魔力に覆われるようで、その魔力が浮力を生み出している様だ。まあ、そうじゃなきゃどうやって邪竜の巨体を飛ばしてたんだって話だよな……。
俺はそのまま十メートル程上昇した所でいったん止まる。
「恵理、怖くないか?」
「は、はい、大丈夫です」
少し緊張している様だが、別段怖がっている様子はない。
まあ、もし落ちても恵理なら魔法で浮くことも出来るし、邪竜に立ち向かう恐怖に比べたら空を飛ぶくらい今更どうってことないだろう。
俺は一度大きく羽ばたいて前傾姿勢になると、大森林の出口に向かって空を滑る様に移動を始め、バロール山脈から離れて行く。
昨日の夜にこっそり練習してコツは掴んでいるが、今は恵理がいるので最初はゆっくり進み、少しずつ速度を上げていく。数分飛び続けた頃に後ろを振り返ると、すでにバロール山脈からはだいぶ距離が開いていた。
「凄いですね……」
「ん? ああ、そうだな」
ポツリと呟かれた声に恵理の方を見てみると、感嘆した表情で眼下を流れていく雄大な緑の絨毯を眺めていた。
俺も恵理の視線を追って下を見る。
普通だったらこんな風に空を飛ぶ経験なんてしないだろうからな。飛行機の中などから窓を通して見るのとは全く違う迫力があるだろう。昨日練習していた時は地上の様子などあまり気にしなかったから俺も眼下の景色に少々興奮している。
恵理も空の旅を楽しんでいる様だし、もう少しスピードを上げるか。
「恵理、もう少しスピードを上げるぞ?」
「はい」
恵理は返事をした後、俺の首に回している腕に力を入れてギュッと抱き着いて来た。
おおう……。
恵理のローブは俺が借りているため、薄着となった彼女の柔らかな体が押し付けられると色々と気になる物がむにゅむにゅと形を変えるのが伝わって来る。
何だか今日は恵理にドキドキさせられっぱなしだと思いながら、気を紛らわせる様にさらに飛行速度を上げた。
体の表面は薄らと魔力の膜で覆われているし、念の為恵理に周囲を風の結界で囲んでもらっているので空気抵抗や上空を飛んでいることによる寒さは全く感じない。それがなくても俺達の肉体の強度ならそれだけで問題なかったかもしれないけどな。
一人で飛ぶときは体を覆う魔力をあえて最小限に抑えて風を切って飛ぶ感覚を楽しむのもいいかもしれない。
たまに鳥型の魔物に遭遇するものの、止まることなく〈刃翼〉のスキルで通り抜け様にスパッと切って終わっていた。実にお手軽だ。
時折休憩を挟み、大自然のパノラマを楽しみながらのんびり飛行を続けていると、やがて大森林の終点が見えて来た。ここまで大体六時間程だろうか? 思ったよりも早く出口まで辿り着いた。
森の先は草原が広がっていて、その先に街道らしき物が見える。さらに視線を遠くにやれば周囲を城壁に囲まれたかなりの規模の街があった。
ようやくここまで来た……。
一ヶ月以上に渡る大森林でのサバイバル生活がようやく終わりを迎えた。これからは来る日も来る日も丸焼き肉を食わなくていいのだと思うと実に感慨深く、思わず目から汗が出そうになった。
「ぐすっ……」
「雄二君?」
「……いや、何でもない」
「?」
思ったより込み上げて来る物が大きくて鼻をすすっていたら、恵理に怪訝そうな目を向けられたが、恥ずかしいので適当に誤魔化しておいた。
森の上空を抜けた所で一度草原に着地して恵理を地面に降ろす。
雲一つない快晴な空を見上げると、草原を吹き抜ける風が俺の肌を優しく撫でて行った。
その感触は爽やかで実に心地よく、出来ることならこのまま寝転がって昼寝がしたくなった。
「ん~~~~~~っ! ……ふうっ。ついにここまで来ましたね、雄二君」
凝った体をう~ん! と伸ばしていた恵理がパッと振り向いて笑顔を向けて来る。
「ああ、何だか半年くらい森にいた気分だよ……」
「あはは……雄二君は私より先に森の中で暮らしてましたもんね。でも、これからはもっとちゃんとした食事が摂れますから」
「今から涎が出て来そうだよ」
俺の様子を見て笑顔でいた恵理だったが、不意にその表情が曇り出した。
「ただ、雄二君には申し訳ないんですけど……」
言い難そうに口籠った恵理を見て何が言いたいのかはすぐに察しが付いた。
「わかってる。俺は街には入れないから、悪いけど恵理が中で食料を買って来てくれるか?」
「そんなっ、悪いだなんてとんでもないです! 任せてください!」
ぶんぶんと手を振る恵理を見て苦笑が漏れた。
まあ、考えるまでもないことだな。俺みたいな魔物が街に近付いたらパニックになるに決まっている。
恵理には負担を掛けるがここは彼女に頼むしかない。それはそうと――
「そう言えば金はあるのか? 見ての通り俺は無一文なんだが……」
今更ではあるが恵理はこの世界の金銭を持っているのだろうか? 森から出た興奮ですっかり忘れていたが、そもそも金がなければ何も買うことが出来ないので結局その辺の動物の丸焼き肉になってしまう……。
金のことで女性を当てにするしかないとは実に情けないが、帝国の奴らにとっては奴隷でしかない俺達に金を持たせてくれるはずもないので恵理に頼るしかないのだ。
「はい、大丈夫ですよ。王国から支給されたお金が幾らか鞄の中に入っているので」
そう言いながら、恵理は鞄の中から何枚か銀色の硬貨を取り出して見せてくれた。
助かった……。これでまともに調理された料理が食えそうだ。
ここまで来ておいてまた森と同じ食事とか言われたらさすがに耐えられないからな……。
「あそこに見えるレストアという街からだいたい馬車で三日程の距離に王都があります」
三日か……。
飛んで行けば今日中に着けるかもしれんが、そのころには間違いなく日が暮れてるな……。
「よしっ、今日の所はここに留まって、王都には明日向かうとするか」
「はい」
話が纏った所で俺は恵理を抱えて再び空に舞い上がる。
あまり高く飛び過ぎると誰かに見られるかもしれないので森の上空を飛んでいた時に比べて高度は随分下げている。
空から周囲を見渡した限り人の姿は見えなかったので、今のうちに街道の脇に広がっている雑木林の中まで飛んで行き着地する。
恵理はともかく俺は人に見られる訳にはいかないので、ここからは雑木林の中を歩いてレストアまで近付いて行く。
これからまともな飯を食べれるとあって俺の気分は上々のアゲアゲだ。油断すれば無意識のうちにスキップしながら鼻歌でも歌いだしていただろう。
……俺の姿でそんなことしてたら気味が悪いことこの上ないので間違ってもしなけどな。
それでも俺がそわそわしていたのは雰囲気で伝わったのか、恵理は微笑ましそうな笑みを受けべて時折俺の方を見ていた。バレているのがわかった時は実に恥ずかしかった……。
そんな俺の心情を察して何も言わずにいてくれる恵理はやはりいい女だ。
数十分程歩いていると、レストアへの入口である門が見えて来た。門の脇には検問のための衛兵と思しき人物が数人立っており、近くにはおそらく衛兵の詰め所であろう小さめの建物がある。
雑木林の中から隠れて様子を窺っていると、街の中から出て来た四人組の男達と衛兵が何やら話し始めた。
男達は鎧やローブを着こみ、腰に剣を提げていたり斧を担いでいた。中には恵理の様に杖を持っている奴もいる。
彼らのいで立ちを見て俺の頭に浮かんだのは――
「なんか冒険者みたいな格好だな」
そう、よく小説などの物語に登場する、魔物を狩ることで生活の糧とする彼らを思い浮かべていた。
「みたい……と言いいますか、彼らは冒険者ですね」
マジに冒険者かよ……。本当に小説の中の世界みたいだな。
恵理に聞いた所によると、冒険者と言うのはだいたい俺が思っていた通りの職業で、魔物を討伐したり調合や武器の素材になる物を採取する依頼をこなし、報酬としてギルドから金を貰っているらしい。
「この街は王国でも特に冒険者の数が多いですよ。たまに冒険者の街なんて言う人もいるくらいですから」
「なんでそんなに冒険者が多いんだ?」
「私も詳しくは知らないんですけど……昔、人族と魔人族との間で戦争があった時代に、この街は人族にとって大森林を超えて侵攻して来る魔人族を迎え撃つための最初の防衛ラインの一つだったらしいんです」
「へえ」
「それで、戦争が終結しても警戒のために多くの兵士が残ってたんですけど、時が経つに連れて元々砦だったここは街として発展していき、魔人族だけでなく時々大森林から出て来る魔物の脅威に対応するために、王国が建国されてからの歴史の中で初めて冒険者ギルドと冒険者が生まれたそうです。それ以来、兵士から冒険者となる人や他の地域から冒険者になるためにやって来る人が増えて、この街にレストアと言う名前が付くと同時に冒険者の街と呼ばれる様になったみたいですね。……私が知っているのはこれ位です」
本人はこれ位とか言っているが、俺からすればよく勉強していると思う。確か恵理がこの世界に召喚されてから俺と会うまで一週間ぽっちだろ? 王城から大森林までの移動期間を抜かせば、ほんの数日でよく調べたもんだ。人族と魔人族が戦争してたなんて全く知らなかったぞ。
それにしても、冒険者か……。
恵理の前では『へー』と、特に興味無さそうな返事をしたが、実の所滅茶苦茶興味がある。ぶっちゃけ俺も冒険者になって依頼を受けて冒険とかしてみたいんだが――
「はあ……」
無理だよなぁ……。
冒険者になるどころか街にも入れないし、今の俺の見た目じゃ討伐する方じゃなくてされる方になるだろうしな。
まあ、今は冒険者なんかやってる場合じゃないからどっちにしろ無理だけどな。
俺達が話している間に門の前で話していた冒険者達は話を切り上げて街道を通って大森林の方に向かって歩いて行った。
その後も何組かの冒険者パーティーが街の中から出て来ては街道を進んで行った。
これから大森林に行っても到着した頃には陽が暮れ始めるんじゃないかと思ったが、夜行性の魔物を狙っているのか野営をして早朝から狩りに入るのかもしれない。
街中から出て来る奴らが途絶えた所でそろそろこっちも行動に移ろうと思う。実際に動くのは恵理だけど。
「そろそろ私も行ってきますね。雄二君はここで待っててもらっていいですか?」
「ああ、わかった。大丈夫だと思うが気を付けてな。変な奴に絡まれたらすぐに逃げろよ」
「……ふふっ、大丈夫ですよ。今の私はちょっとやそっとじゃやられませんから!」
俺の忠告に最初きょとんとしていた恵理だったが、すぐに満面の笑みを浮かべると腕捲りをして力こぶを作って見せてきた。
まあ、俺もそこらのゴロツキが恵理をどうこう出来るとは思ってないけど、念の為だ。
「それでは行ってきます」
「おう」
雑木林から街道に出てレストアの門に向かう恵理を木陰から窺う。
門の所の衛兵に何かを見せた後、特に問題なく恵理は街の中へと入って行った。
さて、こうなると後は恵理が戻るのを待つしかないんだが――
「少し散歩でもしてるか……」
俺は街道に背を向け、暇潰しに雑木林の中へと歩を進めて行った。
レストアの門を潜った私を最初に出迎えたのは多くの人々が通りを行き交うことで起こる雑多な喧騒。
前に大森林に向かう前に立ち寄った時は活気に満ちた喧騒を耳にしましたが、今日は以前に比べて静か……いえ、どこか陰鬱とした雰囲気を感じます。
通りを行き交う人々の表情をよく見れば、私が感じたものが勘違いではないと教えてくれます。彼らの表情には不安や恐怖などの負の感情が見え隠れしていました。
まあ、原因はもうすぐ始まる帝国との戦争でしょう。今の時期に街の人達の表情に陰が差す理由なんてそれしかありませんし。
今までにも帝国とは年に何回か小競り合い程度の争いは国境線近くで起こっていたそうですが、今回の戦争で帝国が動員している兵数は今までとは規模が比較にならないそうですから。
その情報を耳にした国民は、帝国が今回の戦争で本気で王国を滅ぼそうとしているのを感じとっているのでしょうね。
王国が負ければ待っているのは帝国による支配。そこに敗戦国に住まう民に対する慈悲など一切ないでしょう。王城にいた頃に騎士の皆さんに聞いただけなので真実は定かではありませんが、帝国の王族や貴族は自国の民に対して理不尽な重税を課して圧政を敷いているそうです。
本来なら生活を保障し、守るべき自国の民ですら自らの欲望を満たすための搾取する対象としか見なしていないのですから、敵国に住まう民の扱いなどもはや家畜かそれ以下になってもおかしくありません。
男は殺され、女は侵略者の慰み物となり、力のない子供や老人はみな殺されるかもしれません。よくてせいぜい奴隷でしょうか? いえ、もしかしたら死んだ方がましかもしれません。
そんな絶望しかない未来がもうすぐ訪れるかもしれない上に、帝国の軍事力は王国を遙かに上回っていると聞けば不安になるなと言うのは無茶な話です。
それでも暴動が起きたりせずに彼らの精神が何とか保たれているのは王国が召喚した勇者がいるからでしょう。
勇者の実態はともかく、勇者召喚が行われたという話は王国全土に触れが出されたそうですから、それが彼らの心に希望を与えているのだと思います。
王都では実際に勇者の被害に遭った方達から悪い噂が流れていると思いますが、レストアではそれ程広がっていない様です。時々通りすがりの人達が『勇者様がいれば何とかなるさ』と話しているのが聞こえて来ます。
笑顔で話している彼らが勇者の本性を知ったらどう思うのでしょうか……。本来は様付けされるような出来た人間ではないというのに、何だか騙している様で気が重くなって来ますね。
「ふう……」
……私まで暗くなっていてもしょうがありません。
今日まで頑張って来たんですから、ここまで来たら後は結果を残せばいいんです。きっと大丈夫です。
今は早く買い物を済ませて雄二君の元に戻るとしましょう。きっと私が買っていく料理を楽しみに待っているはずです。
「ふふっ」
今か今かとそわそわしながら待ち侘びる雄二君を想像したら思わず笑みが零れてしまいました。実際に買った料理を見せたら一体どんな反応をするんでしょう? 今から楽しみです。
さっきまで落ち込みかけていたというのに、雄二君の顔を思い浮かべただけでふわふわと幸せな気持ちになっている私は単純なんでしょうかね?
そんなことを考えて歩いているうちに大通りで開かれている屋台がいくつか見えてきました。
定番の串焼きにサンドイッチ、麺類やスープなど色々あります。
どれにしようか迷いましたが、雄二君も私も結構食べるので最初の屋台から順番に一種類ずつ買って行くことにしました。
幸いお金は充分足りますし、もし食べ切れなくても私の鞄があれば保存は完璧ですからね。
「すいません」
「へいらっしゃい! 何にするんだいお嬢ちゃん!」
一番近い屋台に近付くと、ちょび髭を生やした筋骨隆々の男性が笑顔で威勢のいい掛け声で声をかけて来ました。
その声の大きさと勢いに若干怯み、後退しそうになるのを堪えます。
今まで散々魔物と戦って来て、昨日なんて竜と死闘を繰り広げたというのに今さら一般人の男性に怯みそうになるなんてちょっとおかしくなってしまいました。
最近雄二君意外と会話をする機会がありませんでしたから、久しぶりに他人と会話して隠れていた人見知りの癖がひょっこり顔を出した様です。
内心で苦笑しながら男性に注文を告げます。
「このトロル鳥の串焼きを二つください」
「あいよ!」
どうやらこの屋台はお客さんから注文を聞いてから肉を焼き始める様です。回転率は落ちると思いますけど出来立てを提供してくれるんですね。
肉が焼けるのをボーっと待っていると、店主は手際よく肉を焼きながら話しかけて来ました。
「お嬢ちゃんは冒険者かい?」
「え? あ、いえ、違いますけど」
急に話しかけられてちょっと慌ててしまいましたけど、ちゃんと返事をすることが出来ました。
「そうなのか? 杖なんか持ってるからてっきり冒険者かと思ったんだが……てことは旅人かなんかかい?」
「まあ、その様なものです」
「そうか。どこから来たのかは知らんが、もし次の行き先が決まってないなら取り敢えずこの国を離れた方がいいぞ。近々帝国との戦争が起こるからな」
「えっと、あなたは逃げなくていいんですか……?」
「はっはっは! 俺は生まれも育ちもこの街だ。なら、もしこの国が負けて侵略者共に殺されるならこの街で最後を迎えようと思ってな!」
「そう、ですか」
「お嬢ちゃんはまだ若いんだからよ、死に場所なんか考えねえでしっかり生きることを考えろよ?」
「はい……」
「おっと。そら、焼き上がったぞ。熱いから気を付けな」
「ありがとうございます」
私は店主から串焼きを受け取って屋台を離れると、次の屋台に向かいながら通りを歩く人々を眺めて先程の店主の言葉を思い出します。
同じ街で暮らす住人でも、その心中は当然ながら千差万別。
戦争に対する恐怖に囚われている人がいれば、どんな結果になろうと訪れる運命を受け入れようとしている人もいる。
でも……出来ることなら先程の店主の様な人達が帝国に蹂躙される様は見たくありません。これは気合を入れなければなりませんね。
心中で密かに気合を入れ直し、次々に屋台を巡って買い物を済ませていきます。
(この後は私と雄二君の衣類を買って終わりですね)
街中で噂されている戦争の話を聞いて、もうすぐ自分が本当に戦争に参加すると思うと何だかそわそわして落ち着かなくなってきました……。
早く買い物を終わらせて雄二君の所に戻りましょう。今では彼の隣は私の人生の中で一番安らげる場所となっていますから。




