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人外勇者の魔調合  作者: 木ノ下
25/31

22 次の一手

 調合が終わったことを感覚で理解し、閉ざしていた瞼を開いていく。

 最初に目に映ったのは荒れ果てたハーピィの巣の惨状と、夕日に照らされ始めた岩盤。

 目の前に鎮座していた邪竜の死体は綺麗さっぱり消え、胸部に刺さっていた槍だけが地面に落ちていた。

 軽く視線を巡らせてみるが毒大鬼になった時の様に違和感は感じない。あの時は身長が一気に伸びたが今度はそんなことはない様だ。

 体にも特に問題は感じない。消失していた腕も下半身も再生しているし五感も生きている。

 もっと細かく全身を調べてみようとした時、背後から人の気配がした。

 それが誰かなど考えるまでもない。この数週間で慣れ親しんだ魔力の気配を感じ、心配をかけたことを謝って無事に調合が成功したことを先に報告しようと笑みを浮かべて振り返る。


「雄二君、大丈夫です――」


 思った通り振り返った先にいた恵理は、俺の表情を見て安堵の息を吐きながら、にっこりと笑って声をかけようと口を開き――――台詞を中途半端に途切れさせて笑顔のままその場でピシッと固まった。


「え?」


 どうした? 何故急に固まった? 頭に疑問符を浮かべながら見ていると、土気色に近かった恵理の顔がみるみる真っ赤に染まっていった。よく見ると耳や首まで赤くなっている。

 見てるこっちが心配になる程の劇的な変化に戸惑ったが、そこで恵理の目が俺の体の一点を凝視しているのに気付いた。

 どうやら俺の腰の辺りを見ている様だが……。

 恵理の視線を追って俺も視線を下げていくと――


 パオ~ン!


 それはそれは御立派なゾウさんが堂々とお披露目されているではありませんか。


「……」


 俺はゆっくりと天を仰ぐ。

 ああ、夕日に染まった空は綺麗だなあ…………なーんて現実逃避してる場合じゃない。

 俺と恵理の間に嫌な沈黙が漂い始めた。

 考えてみれば当然の事態だ。邪竜との戦いで俺の下半身は覆っていた布ごと引き千切られていたのだから再生すればすっぽんぽんになるに決まっている。

 額からダラダラと冷や汗を流している俺の前で、恵理はマグナム級のゾウさんを完全な不意打ちで目にしたことで硬直してしまっている。限界まで見開かれた両目は段々グルグルと渦を巻き始めて口はわなわなと震え始めた。


「い、い、いい……!」


 ああ、これは……。

 俺はデジャブを感じる恵理の様子を見て、両手の人差し指を耳に持っていってしっかりと両穴を塞いだ。 そして――


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁈」


 爆発しそうな程に顔を真っ赤にした恵理の甲高い悲鳴が辺りに木霊した。






 顔を両手で覆って蹲ってしまった恵理から離れ、俺は彼女のローブを借りて腰に巻いている。

 最初は羽織っていたマントを代わりに使おうと思ったのだが、見つけたマントは無残に引き裂かれてズタボロになっていたため、やむなく恵理の物を借りることになった。


「ゆ、雄二君のあ、ああ、あれに、私のロ、ローブが……!」

「……」


 ちょっとぉ⁈ 使いにくくなることを言わないでくれるかなあ⁈ てか、ずっと見てたんかい!

 蹲っていると思ったら、顔を覆う指と指の隙間から俺の方を覗き見て何やら危険なことを口走っているのが聞こえて来た。

 見てない様でその実バッチリ俺の方を見ている恵理から意識を外し、ローブを裂いてスリットを入れてからそれを腰より少し上の方から巻く。

 何故腰に巻くのにわざわざスリットを入れたかと言うと――


 フリフリ。フリフリ。


 それは俺の尾てい骨から伸びてユラユラと揺れている闇色の鱗に覆われた尻尾の様な物――と言うかまんま尻尾が原因だ。


「はあ……」


 恵理からローブを受け取って移動する時に気付いたんだが、何だか尻がムズムズすると思って後ろを振り返ったら、なんと俺の尾てい骨から尻尾が伸びているのが見えたのだ。

 一瞬目が点になって固まった後、まじまじと見詰めて観察していると、どうやらこの尻尾は俺の意志で自由に動かすことが出来るのがわかった。適当に揺らして遊びながらローブを巻いていたんだが、尻尾のせいで普通に巻いても裾が捲れ上がって丸見えになってしまうのでスリットを入れることになったという訳だ。

 恵理にもさっきから俺の尻尾は見えているはずなのだが……それよりもインパクトのでかい物を先に目にしてしまったせいか特に何も言ってこない。

 まさかの尻尾に度肝を抜かれたが、俺の体の変化はこれだけではない。


「ふんっ」


 肩甲骨の辺りに力を入れる様に意識すると、段々肩甲骨が盛り上がっていき、俺の背中でバサッと巨大な翼が広がった。

 さらに視線を動かして右肩の方を見れば、そこには尻尾と同じ様に肩口から指先まで闇色の鱗に覆われた右腕がある。

 左腕と胴体の方には鱗はないが、新たに手に入れた〈暗黒鱗精製〉のスキルを使えば邪竜の様に全身を堅牢な鱗で覆うことも出来る。スキルを解除すれば精製した鱗は消えるが、右腕だけは鱗で覆われたままだった。

 おそらくだが、これは調合した時の邪竜が上半身の三分の一と片腕を丸ごと消失した状態だったからなのかもしれない。もし欠損のない完全な状態で調合していたら最初から俺の全身は鱗に覆われていたかもな。

 まあ、あくまで推測なので実際の所はわからないが。

 今は特に必要ないので翼は引っ込めておくが、翼を展開して全身に鱗を精製した俺の姿は人型の竜と言える。それだけで相手に威圧感を与えることも出来そうだ。

 ちなみに相変わらず体内は半透明のスライム状態だ。……別にいいけどね? その御蔭で俺には魔法攻撃以外ダメージはないし。

 外見的特徴だけ見てもとんでもないことになっているが、統合されて進化したスキルの方も凄かった。

 基本的にはそれぞれのスキルの能力を合わせ、それをさらに強化した物なのだが、その中でもさっき少しだけ説明した〈暗黒鱗精製〉と鬼の名を冠するスキルは群を抜いている。


〈鬼体〉

 全ステータスを一・五倍にし、ダメージを負う毎にさらにステータス上昇。さらに、魔法攻撃による痛覚軽減する。


〈邪鬼眼〉

 視界に入れた対象の動きを阻害。さらにスキルを一部使用不能にし、レベル差・能力差に応じてステータスを減少させる呪いをかける。


〈暗黒鱗精製〉

 全身の至る箇所に一定威力以下の魔法攻撃を吸収し、その一部を自身の魔力へと変換する暗黒鱗を自由に精製出来る。防げる魔法の威力の上限はスキル所有者のレベルと魔防により変動する。


〈外道鬼の激咆〉

 強力な音の衝撃波を発生させる。衝撃波を浴びた者の五感を阻害し、一定確率で気絶・恐慌・混乱のいずれかの状態にする。対象とのレベル差・能力差によって確率は変動する。


〈閻鬼〉

 スキル所有者の怒りが一定に達することで発動可能。発動中、使用者の意識は破壊衝動に呑み込まれる代わりに全ステータスを元のステータスの二・五倍まで上昇。さらに〈状態異常無効〉〈再生力超強化〉〈魔力回復速度超上昇〉のスキルを獲得。


 「こんなん勝てる奴いんの?」ってレベルだ。

 いくつか〈状態異常無効〉のスキルを持っている奴には効果がなさそうな物もあるが、勇者以外には持っている人間や魔物を見たことがないから充分役に立つだろう。

 〈閻鬼〉に関しては使い道に困るが……まあ、もしもの時に使うとしか言えないな。

 これだけでも充分な戦力になる程強力で凶悪なスキルなんだが……一つだけどうしても気になるスキルがある。


〈眷属殺し〉

 邪神、または邪神の眷属に対してダメージ上昇。


 〈眷属殺し〉ってのは……おそらくあの邪竜が眷属だったんだろう。で、それを倒したからこのスキルが手に入ったんだと思う。スキルの効果に関してはいたってシンプルでわかりやすい。問題なのは――


「邪神って……いんの?」


 そう、このスキルの説明文を読むと、さも当たり前の様に邪神なんて馬鹿げた存在がいることを示しているのだ。

 どう考えてもラスボス的存在だし、明らかに邪竜より強いよな?

 そんなのと戦いたくないんですけど……。

 まさか、邪竜を殺した俺達に報復に来たりとか……おおう、考えただけで背筋に怖気が走ったぜ。

 せっかく苦労して邪竜を倒したってのに、また厄介ごとを抱え込んだのか……。 

 いや、まてよ。今回の調合で俺もかなり強くなったし……邪神が襲って来ても案外何とかなるんじゃないか?

 ……うん。ひとまず邪神のことは放置にしとくか。大体、俺には見ず知らずの邪神のことよりももっと考えなければならない大事な問題がある。

 邪神のことは、唯達を助け出してから時間があった時にでも考えよう。

 少し離れた場所で蹲っている恵理に鑑定を発動してみると、彼女のスキルにも〈眷属殺し〉が加わっていた。後で伝えておくか。

 取り敢えず、邪神のことはこれ位にして残りの能力に関してだ。

 新しく手に入れたスキルの他にも、今回は新たに竜魔法がステータスに加わった。

 どうやら俺も邪竜の様にブレスを使える様になるみたいなんだが、ブレスの他にもいくつか別の竜魔法がある様だ。

 どれもこれも強力な分、消費する魔力も多い。まあ、俺の魔力量ならそれ程気にはならないがな。

 実際に試すのはまた今度にしてそろそろ恵理の所に戻ろう。

 さっきからの恵理の反応を見ていると忘れそうになるが相当体力を消耗しているはずだ。さっさと拠点に戻って休ませてやりたい。

 そう思って恵理の所に戻ったんだが――


「……」

「(ちらっ、ちらっ)」


 恵理は顔を覆ったまま、俺に背中を向けて時折ちらちらとこっちを窺うばかりで正面を向いてくれない。手の隙間から見える頬はまだ赤いままだ。

 よっぽど俺のゾウさんを見た衝撃がでかかったらしい。

 まあ、俺も迂闊だったと反省しているが、このままこうしている訳にもいかない。

 仕方ないので俺から近付いて強引に抱え上げようと手を伸ばし――


「ひゃああああ⁈」

「うおお⁈」


 恵理の肩に指先が触れた瞬間悲鳴を上げられた。


「ま、待ってください⁈ わ、私、まだ心の準備がぁ⁈」

「ちょっ、落ち着け恵理⁈ てか何の準備だよ⁈」

「い、今はまだ駄目ぇぇぇぇぇ⁈」


 混乱の状態異常にかかった様に訳の分からないことを抜かして暴れる恵理を何とか落ち着かせようとしたのだが、一向に落ち着く気配がないので〈蜘蛛糸〉で両手両足を縛って強引に肩に担いだ。

 その時に『い、いきなり緊縛プレイなんて⁈』などと、また訳のわからんことを言っていたが埒があかないので無視した。

 歩いているうちに騒いでいた恵理もついに体力の限界が来た様で、静かになったと思ったら肩に担がれたまま眠っていた。

 恵理が眠っているうちにさっさと拠点に戻って来たはいいんだが……本来なら俺達を迎え入れてくれる洞窟があるはずのそこは、崩落した岩盤によって完全に入口が塞がれていた。

 それを見てしばし呆然と立ち尽くしてしまったが、おそらく邪竜との戦闘の余波や衝撃がここまで伝わって崩れてしまったのだろう。洞窟と戦場となったハーピィの巣はそれ程離れている訳ではないし、邪竜も好き放題にブレスを撃ちまくっていたからな……。

 これを全部どかすのは時間がかかるし、かと言って吹き飛ばそうものなら余計に酷くなる可能性もある。

 一番いいのは恵理に土魔法で作り直してもらうことなんだが……本人は魔力切れで眠っている。回復して目を覚ますにはまだまだ先になるだろう。


「仕方ない……」


 俺は近くの邪魔な岩をどかしてなるべく平らな地面を作り、そこに〈蜘蛛糸〉を敷き詰めて簡易ベッドにする。その上に恵理を寝かせ、鞄の中から薪を取り出して火を熾す。恵理のローブは俺が借りているから山の中で完全な夜になれば相当冷えるだろう。風邪を引かせる訳にはいかないからな。

 恵理の方は一先ずこれでいいとして、次に食料として森で狩って来た動物の肉を取り出して丸焼きにする。

 普段だったら恵理に肉だけ食うのは禁止されているが、今日ぐらいはいいだろう。

 俺は焼けた肉をムシャムシャと咀嚼してどんどん胃に収めていき、十分もかからず食事は終了した。

 食事が終わってしまえば他にすることがなにもない。残っているのはせいぜい寝ること位だが……調合した直後のせいなのか全身に気力が満ちていて全然眠くない。

 元々魔物になってからはそれ程睡眠を必要としなくなっていたのもあるが、これでは間違いなく眠れないだろう。

 と言う訳で、いっそ開き直って寝ないことにした。

 火が消えない様に薪をくべ続けないといけないし、今日は一晩中星空でも眺めて過ごすとしよう。

 顔を上げると今日の太陽の仕事はすでに終わりを告げ、代わりに闇に覆われた空には満点の星々と二つの月が顔を出し始めている。

 俺は足を伸ばして腕を腰の後ろに着き、リラックスした体勢になる。

 ふと傍らに目をやると、そこにはすやすやと穏やかな寝息を立てて眠る恵理がいる。

 何となく手を伸ばして恵理の頭をそっと撫でると、細く指通りのいい絹糸の様な髪の感触が伝わって来た。

 そのままサラサラと優しく撫でていると、くすぐったかったのか恵理が軽く身じろぎした。一瞬手を離そうかと思ったが……恵理の口元が笑みの形に緩んでいるのを見て、再び撫でるのを再開した。

 恵理の気持ちよさそうに眠る様子を見ていると、俺の頬も自然と緩んで来る。

 今日の恵理は本当に頑張ってくれた。

 恵理がいなかったら俺は今ここにいないだろう。彼女の援護がなかったら俺は何回死んでいたことか……。

 俺達二人を合わせても明らかに格上の存在である邪竜を前にして怖かっただろうに。恵理が体を震わせていたのはしっかりと見ているし、触れた体を通して伝わって来た。それでも逃げずに立ち向かったことは本当に凄いことだ。

 邪竜へと立ち向かった勇気。死に至る可能性を秘めたアイテムを躊躇うことなく使う度胸。俺を信じて戦場で魔法の構築に集中することの出来る精神力。

 今日邪竜に勝って生き残れたのは間違いなく恵理の――いや、こう言えば彼女は文句を言うかもしれないな。勝てたのは俺と恵理、二人の力だ。


「ふぅ……」


 吐き出した吐息が薄らと白く色付いている。段々周囲の気温が下がって来た様だ。新たに薪をくべてから立ち上がり、バロール山脈の麓に広がる広大な大森林を眺める。

 恵理には起きてから説明するが、俺達は明日でバロール山脈を下りる。

 もう充分レベルは上がったというのもあるが、おそらく今の俺達ではここの魔物を相手にしてもさらにレベルを上げるには相当な経験値が必要になる。

 それに、戦争まであと二週間程しかない。そろそろ次の行動に移った方がいいだろう。


「必要な力は得た。あとは――」


 遥か遠く――次の目的地である王都(・・)を見据え、一人拳を握り締める。


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