21 外道鬼
「雄二君! しっかりしてください!」
邪竜との死闘を制した後、俺は何とか邪竜の手の中から這い出て地面へと降りた(落ちたとも言う)。
死に至るまではいかなかったものの、完全に効果時間が過ぎた【紅月の血】の影響で全身がピクリとも動かなくなってしまった。
まあ、今の俺の状態じゃ動けたとしても動かせるのは首と右腕しかないんだが。
そんなボロボロの状態の俺を見た恵理は、自分も魔力欠乏症の影響で歩くのも辛いのを我慢して必死に俺の元まで来て回復薬をかけてくれたのだが、その後に最後に邪竜に捕まった時に抵抗を止めたことを酷く怒られ、一発頬を張られた。
一応説明はしたが、『あんな竜のことなんか考える必要ないじゃないですか! そんなことより自分の命を大切にしてくださいよ!』と怒鳴られた。
目尻に涙を溜めた恵理に言われたことはかなり堪えた。
確かに俺の行動は単なる自己満足に過ぎない。何も出来ずに目の前で俺が死ぬのを見ることになったかもしれない恵理からしたら溜まった物じゃないよな。きっと立場が逆だったら俺も恵理と似た様なことを言っていたかもしれない。
あの時俺が優先すべきは生きるために足掻くことだった。今は深く反省しているし、次は間違えない。それに、口にはしなかったがあれだけ俺のことを心配してくれる恵理に嬉しくなったのもある。今度はあんな顔はさせないさ。
まあ、そんなこんなでぷんすか怒っていた恵理だったのだが、俺の体が回復薬をかけても一向に再生する兆しが見えないことに気付くと、さっきから泣きそうな――と言うか、泣きながら鞄の中に何か役に立ちそうな物はないかと探している。
だが、おそらく俺の傷は【紅月の血】を使用したことによる副作用が治まっても再生することはない。
例え回復薬を使ったとしてもだ。
今の俺の状況は単に薬の副作用で体に負荷が掛かっているせいで再生が阻害されているのではなく、もっと根本的な――俺の存在を構成する核とも言える部分の働きに支障が来しているのだと思う。
目で見た訳ではないが感じることが出来る。
人間に心臓がある様に、魔物にとっての心臓である魔石が俺の中に存在しているのを。そして、それが俺の肉体の構成を阻害する程傷付いていることが。
おそらく邪竜との戦闘中にどこかしら傷付いていたのだろう。思い当たる節としては邪竜に握り潰されかけた時に血の代わりに紫色の液体を吐いた時だが……。まあ、原因は今はどうでもいい。問題なのはこのままでは俺はいずれ死んでしまうということだ。
本来、魔物の肉体を構成する核である魔石は一度傷付くと二度と修復することが出来ない。完全に砕かれることなく僅かに欠けた程度ならすぐに死んでしまうことはないが、それでも一度傷が付いたらその部分からどんどん崩壊が進み、遠くないうちに完全に消滅することになる。
勿論このことは誰かに教わった訳じゃない。予想でしかないが、おそらく魔物として生まれ変わった日に、魔物の本能ともいう部分に刻み込まれたのだろう。
いつの間にか俺の脳に完全に定着した知識としていつでも引き出せる様になっていた。気付いたのはついさっきだけどな。
ん? 死んでしまうってわかってる割には焦ってない?
そりゃそうだ。この法則が当てはまるのは普通の魔物だけ。人間から魔物へと変化した俺は克服するための手段をすでに持ち得ている。
傷付いた魔石を元の形に治すことは出来ないが、混ぜ合わせて作り変えることは可能だ。
まあ、今までも何度かやってきた方法だな。そのために――
「恵理、ちょっと頼みがある」
「ああっ、どうすれば……⁈ って、えっ? 何ですか? 何か治す方法があるんですか⁈」
さっきからテンパり過ぎて錯乱気味の恵理に手を貸してもらおう。
「ああ。悪いんだが、俺の手が邪竜に届く場所まで連れて行ってくれるか?」
「はあっ! はあっ! はあっ!」
「悪いな……疲れてるのに面倒なこと頼んで」
「い、いえっ、大丈夫ですから……!」
俺は歩くことが出来ないので、恵理に俺の上半身を抱えてもらって何とか邪竜の近くまで運んでもらったんだが……恵理の方もすでに限界近くまで体に負担が掛かっていたので相当辛そうだった。
残っていた回復薬をがぶ飲みして僅かに体力を回復しながらも、荒い息を吐いて額に珠の汗を浮かばせながら女の子が必死に俺を運ぶ姿を見ていると本当に申し訳なく思った。今度何かお礼でもしよう。
俺の手が邪竜に触れられる場所に置いてもらい、恵理には少し離れている様に言う。
「何をするんですか?」
「これから邪竜と俺の肉体を調合する」
俺が何をしようとしているのか聞いた瞬間、恵理が息を呑んだ。
そういえば魔石を調合する所は見せたことがあったが、魔物の肉体を丸ごと使う所は見せたことがなかったな……。
これから行うことに恵理は不安そうな表情を見せていたが、体を修復するにはこうするしかないことを説明すると、少しだけ不安げな様子を残しながらも納得して少し離れた場所まで下がった。
さーて、まずは調合結果を確認しようかね。
【メイン:霧島 雄二&サブ:邪竜の死体】
名前:霧島 雄二
種族:外道鬼
職業:調合師
LV:63
体力:9889
魔力:10058
攻撃:8688
防御:9364
魔功:8703
魔防:8549
敏捷:6896
魔法:火魔法、竜魔法
スキル:剣術、槍術、鬼体、感覚強化、鑑定、調合、猛毒精製、高速再生、邪鬼眼、暗黒鱗精製、外道鬼の激咆、閻鬼、消化、繁殖、夜目、精力絶倫、統率、蜘蛛糸、強酸液、麻痺鱗粉、刃翼、高速飛行、眷属殺し、魔力感知、魔力遮断、全属性耐性、毒耐性、麻痺耐性、言語理解
鬼体【身体強化+腕力強化+脚力強化+頑丈】
感覚強化【視覚強化+嗅覚強化+聴力強化】
猛毒精製【猛毒液+毒牙+毒爪】
高速再生【増殖+脱皮+再生】
邪鬼眼【威圧+邪竜眼+竜圧】
暗黒鱗精製【性質変化(硬皮+石化)+邪竜鱗精製】
外道鬼の激咆【咆哮+竜の咆哮】
閻鬼【逆鱗】
「ぶほっ⁈」
い、いかん、思わず吹いてしまった。脇に立っている恵理が急に吹き出した俺を見て目を丸くしてビックリしている。
色々言いたいことはあるんだが、まず名前!
何だ「外道鬼」って! どっから「外道」持って来た⁈
毒か⁈ 毒ばっか使ってたからなのか⁈
くそっ、思わず心の中で叫んでしまったではないか……! どういうネーミングセンスしてやがる!
はあ……落ち着くんだ俺。納得はしていないが名前は一先ず置いておいて他のステータスだ。
まず基本的な能力値だが……うん、とんでもないことになってるな。
魔力にいたっては一万を超えているし、他のも似たり寄ったりなのばかりだ。唯一敏捷だけが低く見えるが、それはあくまで俺のステータスを基準にした話であって、この世界の人間……いや、勇者から見てもこのステータスは異常だろう。
こんなん邪竜が相手だって楽勝だわ。
次にスキルだが。こっちはいくつか数が減っている。だが、それは単になくなったという訳ではなく、複数のスキルを統合してより強力なスキルへと進化する様だ。他にも名前が変わって別のスキルへと変化している物もある。
気になるスキルがいくつかあるが、一先ずどれも強力な能力なのでそれに関しては文句はない。だが……やはり名前が納得いかないものがある。〈邪鬼眼〉とか……。
いったい誰が決めているのか知らんが、種族名やら一部のスキル名やら……一言物申したい。
まあ、内容自体はさっきも言った通り文句はないし、このままだといずれ死んでしまうので調合はするが……。
「あのう、雄二君……?」
おおう。ステータスを開いてからの俺の百面相を見て恵理が奇妙な人を見る目になってしまった。
「いや、何でもない。大丈夫だ」
……どうせ選択肢はないんだからさっさと調合してしまおう。
「恵理、始めるから離れてろよ」
「はい」
恵理に一言声をかけてから俺は邪竜との調合を開始した。
私の目の前で上半身だけとなった雄二君がキラキラと光る紫色の粒子へと変わっていく。視線を上げた先では邪竜の体も端の方からどんどん崩れ、闇色の粒子となっていくのが見えました。
二色の粒子は混ざり合いながら一つの流れをとり、今は半円形のドームの様な形となって流れています。キラキラと光る粒子が一つの意志の元に流れる様子は、まるで早送りにされた星の動きを見ている様でとても幻想的です。
そして、無数の粒子によって構成されるドームの中心には、この世界に存在する紅い月の様に真っ赤な輝きを放つ直径五センチ程度の丸い石――魔物の核となる魔石があります。
この世界に存在する魔物なら例外なく体内に持っている魔石。人間で言えば心臓に当たるそれが雄二君の中に存在するのを見て、彼が紛れもない魔物なのだという事実を突き付けられた瞬間、胸にちくりとした痛みを感じました。
彼は今どんな気持ちで日々を過ごしているのでしょうか?
魔物となった己の体や、帰る場所を失ったこと。帝国に残された仲間の安否と彼らを助け出した後のこと。
普段雄二君がそのことで弱音を吐いているのを見たことはありませんが、口に出さないだけで悩んでいないはずがありません。
雄二君の目的であり、心の支えともなっている幼馴染。正直に言うと、その方たちの救出が無事に成功したとしても雄二君には何も救いがありません。いえ、下手をしたら酷く傷付くかもしれません。
すぐにではありませんが、再会したとしても結局その方達とは別れることになるんです。それも、一時的にではなく永遠に、です。
送還魔法を手に入れても魔物である雄二君は元の世界に戻ることは出来ない。
この場合の戻れないと言うのは、元の世界に戻っても普通の生活を送ることは出来ないというのもありますが、それ以前に今の雄二君の体では元の世界で存在することが出来ない可能性があります。
魔物の体には肉も骨も存在していますが、それを構成しているのはこの世界に存在している魔素という物質です。元は人間の雄二君も、魔物となった今では他の魔物と同じ様に魔素によってその肉体を構成しているはず。なら、魔素が存在するかもわからない元の世界に帰ったとして、もし魔素が存在していなかったら雄二君は肉体を維持出来なくなって消滅してしまう可能性があります。実際には戻ってみないとわかりませんが、おそらく魔法などが空想上の産物でしかなかったことを考えると、元の世界には魔素は存在していないか……あったとしても限りなく濃度が薄い確率の方が高いと思われます。
こんな分の悪い賭けに出る訳にはいきません。
これらの理由がある限り、雄二君は幼馴染の皆さんが元の世界へ還るのを見送るしかない。
そして、それが雄二君にとって大切な人であればある程その辛さは大きくなる。
その時が来ても私は雄二君をこの世界に一人残す様なことはしないと決めているので、私なんかでも少しは救いになれればいいと思いますが……それでも、辛いものは辛いでしょうしね。
……まあ、雄二君の話を聞く限り必ずしもそうなるとは思いませんが。
特に雄二君の話の中によく出て来た唯さんは……もしかしたら私と同じ選択をするかもしれません。
雄二君は気付いてないみたいですけど……唯さんって絶対彼のこと好きですよね? あと、唯さん程ではないですけど雪さんも少し怪しい気がします。
話を聞いただけですので憶測に過ぎませんが……きっと当たってると思います。
え? 何でそんなことがわかるのか、ですか? それは……私も彼女達と同じですから。
驚きました? それとも予想通りでしょうか?
最初は単なる憧れに過ぎなかったのですけどね。
多分初めて出会った時に他の勇者に襲われていた所を助けてもらったのがきっかけだと思いますが、決定的な出来事がいつだったかと聞かれると私にもよくわかりません。
強いて言えば、雄二君と一緒にお風呂に入った時にお互いを名前で呼ぶ様になった時でしょうか。あの日を境に私の中の天秤が一気に傾き、そのまま彼との共同生活を経て自然とこの気持ちは成長していったのかもしれません。
こんなこと誰かに話したら単純な女だって笑われるでしょうか?
でも、私は後悔していません。
それに、訳のわからないまま何も知らない世界に召喚されて出会った人々の中で、初めて本当に心を許せて、頼りになって、私を守ってくれる人でしたから。そんな人を好きになるのって自然なことだと自分では思っています。
自分の気持ちを自覚する様になってからは頑張って雄二君に抱き着いたりしようかなって思っていた時がありましたけど……恥ずかしくてあと一歩が中々踏み出せませんでした。
唯さんは凄いですね。あんなことを普段から平気でしてたなんて……。
でも、邪竜との戦いで私の魔力をギリギリまで籠めた魔法でも倒し切れず、このまま殺されるのかと思った時にすごく後悔しました。
何も伝えないまま雄二君とお別れすることになるかもしれないことが、とても辛くて悲しかった。
だから、生き残ることが出来た今は、今度は後悔しない様にもっと積極的に彼に接しようと思います。この期に及んでも告白する勇気がない自分が情けないですけどね……。
でも、唯さんや……もしかしたら雪さんも。彼女達のことを考えるとここで告白するのはフェアじゃないように思うんです。
だから気持ちを伝えるのはまだ先です。でも、アピールをする位は許してくれますよね?
目下の目標はもっと雄二君に私のことを意識してもらえるようになることでしょうか。
おそらく明日にでもバロール山脈を下りることになるでしょうし、戦争までに残された時間は殆どありませんから有効に使うようにしましょう。
「……」
私が考え事をしている間も雄二君の調合は着々と進み、目の前で魔石を取り巻くように流れていた粒子は中心にある魔石に取り込まれて段々少なくなっています。
粒子が取り込まれる度に魔石を包み込む光は大きくなり、その光は段々人の形をとっていきます。それは雄二君の復活が近いことを示すことに他なりません。
すでに周りの粒子は殆ど残っていない。
この美しい光景をもっと見ていたいという気持ちもありますが、今は一秒でも早く雄二君の声が聞きたい。
最初はなんて言って声をかけましょうか? おかえりなさい? それともお疲れ様?
考えるまでもないですね。その時心に浮かんだ言葉をそのまま伝えればいいんです。
今日の戦いを生き延び、再び雄二君の声を聞くことが出来る喜びに鼓動が高鳴るのを感じながら、疲労で意識を失いそうになる体に鞭打っていつでも声をかけられるように口の中を湿らせて彼の復活を待ちます。
……この時の私は全く予想出来ませんでした。まさか雄二君を迎える第一声が悲鳴になるなんて。




