EP 7
無断転生者、佐藤タケル。手帳を見せたら終わりました
三十人の書類は、五日で片づいた。
村の集会所を借り、机を並べ、キャルルと自警団員三人と俺で流れ作業にした。氏名、年齢、出身、加入時期、担当区域、受け取った金額。全員分を突き合わせると、嘘をついた者が自動的に炙り出される。
六日目の朝、俺は手を止めた。
「合いません」
「え?」
キャルルが、人参ジュースを持ったまま顔を上げた。
「三十人全員が、同じことを言ってます。頭の顔を見たことがない、と」
「そういう組もありますよね。名前だけの親分とか」
「いえ。これは逆です」
俺は調書の束を、机に扇のように広げた。
「全員、頭から直接指示を受けています。ただし、顔は見ていない。声だけ。しかも指示の内容が、細かすぎる」
俺は一枚を抜き出した。
「家族割引の適用条件。四人以上で二割引き。なぜ四人なのか、三十人の誰も説明できない」
「……値付けをした人が、別にいる」
「はい。しかも」
俺は、別の一枚を重ねた。
「この組、三年前に十人だったのが、今は三十人です。売上は四倍。取り立てで一度も村を襲っていない。襲わないほうが儲かると理解している」
キャルルの兎耳が、ぴんと立った。
「……山賊じゃないですね、それ」
「経営です」
◇◇◇
その日の昼過ぎ、村の広場が騒がしくなった。
子供が走ってきて、キャルルのパーカーの裾を引っ張った。
「村長! 変なのが来た!」
「変なの?」
「ヘンな喋り方のお兄ちゃん! ルナキンで、お金払わないで座ってる!」
俺とキャルルは、顔を見合わせた。
ルナキンのポポロ支店は、街道沿いの二十四時間営業のファミレスだ。神官や魔王のサボり場として有名で、店員は多少のことでは動じない。
その店員が、通報を上げてきたということは。
俺はバイクのエンジンをかけた。
◇◇◇
窓際のボックス席に、男が一人で座っていた。
二十代半ば。肉づきのいい体。上等な服をだらしなく着崩している。テーブルの上に足を投げ出し、ドリンクバーのグラスを三つ並べていた。
俺の鼻が、先に反応した。
場違いな匂い。この世界の土にも鉄にも草にも混ざろうとしない、異物の匂い。
男は俺たちを見て、へらりと笑った。
「お、なんだ。ようやく面白そうなのが来たな」
訛りがない。生まれつきこの言葉を喋っている人間の音ではなかった。
「嘆きの荒野交番、巡査長のリオンです」
「けいさつ? うわ、マジか。こっちの世界にも警察あんの? ウケる」
男は足を下ろした。
「俺、佐藤タケル。二十六。前世は都内でシステム開発やってた。……って、通じるよな。あんたも転生者だろ」
「西の廃坑の件で伺いました」
「あー。あれ、潰したのあんたか」
タケルは、まったく動じなかった。
「もったいねえなあ。あれ、俺の設計なんだよ。サブスク型の安全保障サービス。解約率ほぼゼロ、粗利八割。前世でこんな事業モデル組めてたら、俺、独立できてたわ」
「人が搾り取られてます」
「取られてねえだろ。襲われてねえんだから」
男は、指を一本立てた。
「価値を提供して、対価をもらってる。ただの商売だよ。あんたらが勝手に犯罪だって言ってるだけで、こっちには法律なんかねえんだから」
キャルルが、一歩前に出た。
白い兎耳が、真上に立っている。
「ポポロ村第四十三代村長、キャルル・ムーンハートです。村から出て行ってもらえますか」
「村長? この子が?」
タケルが、初めてキャルルを見た。
そして、下品に笑った。
「うっわ、マジか。コスプレじゃなくて? こんな世界だから通用すんだよな、そういうの。前世だったらタピオカ屋のバイトだろ」
空気が、変わった。
俺の右手が動くより先に、キャルルが消えた。
◇◇◇
百メートル五秒台。
人間の目で追える速度ではない。テーブルを蹴った音と、店の空気が裂ける音が同時に鳴った。
ダブルトンファーの先端が、男の顎へ跳ね上がる。
月影流、顎砕き。
命中しなかった。
タケルは座ったまま、右手を上げていた。トンファーの先が、その掌に収まっている。ぴたりと止まっていた。
「……え」
キャルルの兎耳が、固まった。
「うるせえなあ」
タケルが、手首をひねった。
キャルルの体が、そのまま店の壁まで吹き飛んだ。壁板が砕け、皿が落ちて割れる。
「村長!」
店の外から、蹄の音が飛び込んできた。
マンミアだ。左腕のシールド『アグニ』を構え、下半身の四肢に闘気を集中させている。
「チャージタックル!」
音速に近い突進が、テーブルごと男に叩き込まれた。
止まった。
タケルは、片手でシールドの縁を掴んでいた。
推定百八十馬力の突進が、成人男性の左手一本で受け止められている。
「なに、この人。馬?」
タケルが、掴んだシールドを軽く押した。
それだけで、マンミアの巨体が後ろへ滑り、店の入り口を突き破って外へ転がり出た。
「ぐ……っ!」
「あー、疲れた。座るわ」
男は、また足を投げ出して座り直した。
「言っとくけど、俺【無限成長】持ちだから。戦うたびに永続で強くなる。上限なし。四ヶ月でこの辺の魔物じゃ相手にならなくなったわ」
タケルは、ドリンクバーのグラスを傾けた。
「だからさ。無理なんだよ、あんたら」
◇◇◇
俺は、壁際で膝をついているキャルルを見た。
骨は折れていない。呼吸も乱れていない。月兎族の耐久は人間の比ではない。
だが、兎耳が震えていた。
届かなかった、という顔をしていた。
「村長」
「……リオンさん、逃げてください。この人、」
「大丈夫です」
俺は、テーブルの間を歩いた。
タケルが、面倒くさそうに顔を上げる。
「なあ、お巡りさん。あんた、なんでそんなちまちましたことやってんの」
「仕事なので」
「せっかく異世界来たんだぜ? 俺、前世じゃ月百八十時間残業してたんだ。でもこっちじゃ誰も俺に指図できねえ」
男の目の奥が、暗く光った。
「俺、もう二度と頭下げねえって決めてんの」
「そうですか」
俺は、胸ポケットに手を入れた。
黒い手帳を抜き、開いて、掲げる。
「——大宇宙管理局 執行部、現地採用。巡査長リオン・フォン・アルディス」
瞬間。
店内の空気が、固まった。
タケルの胸の前に、半透明の画面が強制的に展開する。本人が呼び出したものではない。外側から引きずり出された表示だ。
【ユニークスキル】無限成長
【状態】——凍結
カチン、と。
どこか遠くで、錠前が下りるような音がした。
「……え?」
タケルが、自分の掌を見た。
「え、なに。おい。なんだこれ」
俺は手帳を閉じ、歩み寄った。
「【犬のお巡りさん】。この世界ではハズレスキル扱いですが、正確には違います」
一歩。
「大宇宙管理局は、無断でこの世界に流れ込む転生者を管理しています。ただ、本局はどこも人手不足でしてね。だから、この世界で暮らしている人間を現地で採用して、権限だけを渡す」
二歩。
「執行部の現地採用組です。俺は、その一人です」
三歩。
「そして執行部員が身分を提示した時点で、対象に付与された能力は行使できなくなる。それが、この手帳の意味です」
「ふ……ふざけんな!」
タケルが立ち上がり、拳を振りかぶった。
速くない。
ただの、酒を飲んだ二十六歳の男の拳だった。
俺は左手でそれを受け止め、袖を掴み、腰を落として体を回した。
——大外刈り。
男の背中が床に叩きつけられ、息が止まる音がした。うつ伏せに返し、腕を背中側に固定する。
かちり、と手錠が鳴った。
「痛ぇ! おい待て、俺は選ばれたんだぞ! 女神に選ばれて——」
「選ばれてません」
俺は、男の背中を膝で押さえたまま言った。
「無断転生です。手続きを踏んでいない。あなたがその力を持っていること自体が、そもそも違法なんですよ」
「そんなの、俺のせいじゃねえだろ! 勝手に落とされたんだ!」
「ええ。そこは同情します」
俺は、男の顔を覗き込んだ。
「俺も勝手に落とされた口なので」
タケルの動きが、止まった。
「だから、最初にちゃんと聞いたんです。西の廃坑の件で伺いました、と。あなたはそれを笑って、そこの村長を壁に叩きつけた」
俺は立ち上がり、時計を見た。
「恐喝の教唆、組織的犯罪の主導、および傷害の現行犯で逮捕します。時刻、十三時二十八分」
◇◇◇
店の外は、人だかりになっていた。
ゴーレム君に引き渡したタケルが、後ろ手に縛られたまま引きずられていく。その姿を見て、村人が声を上げた。
歓声ではなかった。
最初は、ざわめきだった。
それが、じわじわと大きくなって、拍手に変わった。
誰かが叫んだ。
「おまわり! 何やったんだ、今!」
俺はヘルメットを被りながら答えた。
「身分を名乗って、事情を聞いて、逮捕しました」
「それだけか!?」
「それだけです」
拍手が、大きくなった。
俺はバイクにまたがりながら、少し困っていた。褒められるような手順を踏んだ覚えがない。全部、規定通りにやっただけだ。
「リオンさん」
いつの間にか、キャルルが隣に立っていた。
埃を払いながら、こちらを見上げている。
白い兎耳が、真上に立っていた。震えはもう止まっている。
「あの手帳、なんですか」
「身分証です」
「見せただけで、あの人の力が消えました」
「はい」
「……すごいですね」
「給料分ですよ」
キャルルは、しばらく黙っていた。
それから、ふわりと笑った。
「リオンさん。一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「その現地採用、お給料はいくらですか」
「手取り十四万円です」
キャルルの兎耳が、ぴくりと止まった。
背後で、ようやく起き上がったマンミアが、シールドを地面に落とした。
「…………は?」
「月十四万です。家賃と食費と光熱費は引かれた後なので、実質は悪くないです」
「リオンさん」
「はい」
「うちの自警団長、年収一千万なんですけど」
「知ってます」
「私、それでいいと思ってたんですけど」
キャルルは、両手で顔を覆った。
兎耳が、ふにゃりと垂れた。
「……今、すごく、村としての体裁が」
◇◇◇
その夜。
留置房の鉄格子の向こうで、タケルは膝を抱えていた。
凍結されたステータス画面が、まだ胸の前に浮いている。消えない。ずっと見えている。
俺は給湯室のボタンを押した。
チーン、と音がして、納豆定食が出てくる。
「……なあ」
盆を差し入れた俺の背中に、掠れた声がかかった。
「あんたも、前世でさ。誰にも助けてもらえなかったろ」
俺は足を止めた。
「ええ」
「なんで、こっち側になったんだよ」
俺は、少しだけ考えた。
それから、答えた。
「配属です」
「……は?」
「希望なんか出してません。勝手に落とされて、勝手に配属されて、気づいたら十七年経ってました」
俺はデスク室へ向かいながら、肩越しに言った。
「うち、三食出ますよ。冷めないうちにどうぞ」
タケルは、しばらく盆を見ていた。
それから、震える手で箸を取った。
◇◇◇
押収した帳簿の最終ページに、俺は指を置いた。
上納先の欄。三本の剣と、天秤の紋章。
タケルが吐いた供述と、突き合わせる。取り分は七割。受け取り窓口は、緩衝地帯の外にある代理人。その代理人の雇い主が——
『リオン巡査長』
賢者君が、低く鳴った。
『金額ガ大キ過ギマス。当機ノ会計処理能力ヲ超過』
「わかった」
俺は、証拠品袋を机に置いた。
「明日、金勘定のプロを呼ぶ」
読んでいただきありがとうございます。
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