EP 8
お掃除しますわ〜
「撃て!」
マンミアの号令で、自警団が一斉に引き金を引いた。
魔導ライフルの光弾が、三十発。
ガルムの体に当たった。
そして、跳ね返った。
火花が散っただけだった。濡れたような黒い毛皮が、光弾を全部弾き返している。跳弾が柵に突き刺さり、木片が飛んだ。
「効いておりません!」
「下がってください!」
俺は、M870を構えた。
ゼロ距離に近い距離から、散弾を三発。
同じだった。粒が毛皮の表面で弾けて、そこで止まる。中まで通らない。
『照合。ガルムノ体毛ハ、魔導金属繊維ト同等ノ硬度デス』
「通らないってことか」
『ハイ』
ガルムが、前足を上げた。
振り下ろされた爪が、石畳を三枚まとめて砕いた。
俺は横に転がってかわし、砕けた石の破片が防刃服の背中を叩いた。
◇◇◇
「——お待ちなさい!」
村の内側から、声がした。
全員が振り返った。
柵の上に、小豆色の芋ジャージが立っていた。
青銀色の長い髪が、夜風になびいている。足元は、すり減った健康サンダル。
そして、両手で、巨大な何かを抱えていた。
木製の箱だ。上部に、硬貨を入れるための格子の隙間がある。神社の賽銭箱そのものの形をしていて、底からホースが伸び、先端に吸い込み口がついている。
箱の側面に、達筆でこう書かれていた。
『御志』
「お掃除しますわ〜」
◇◇◇
リーザが、柵から飛び降りた。
賽銭箱を地面に据える。ホースの先を、両手で構えた。
ガルムが、彼女を見た。
そして、突進した。
「リーザ、避けて!」
キャルルの声が、いつの間にか隣から飛んだ。
リーザは、避けなかった。
彼女は、吸い込み口をまっすぐ獣に向けた。
「三年間! 五円玉を数えて生きてきた私を!」
箱の中で、何かが回転し始めた。
「舐めるなですわああああ!」
空気が、鳴った。
◇◇◇
ガルムの体から、光が引き剥がされていった。
数字だった。
半透明のステータス画面が獣の体表に浮かび上がり、その数値が、端から順に吸い込み口へ吸い寄せられていく。
『攻撃力 四二〇〇 → 三一〇〇 → 一八〇〇』
『防御力 五八〇〇 → 三三〇〇 → 九〇〇』
『素早さ 三一〇〇 → 二〇〇〇 → 七〇〇』
賽銭箱の中で、じゃらじゃらと音がしていた。
硬貨の音だ。
数値が、そのまま金に変換されて溜まっていく音だった。
「ま、まだですわ! もっと! もっと出しなさい!」
ガルムが、初めて後ずさった。
突進の勢いが落ちた。四本の足が、地面を掴みきれずに滑っている。
そして、首の鎖にぶら下がっていた小さな宝石が、きらりと光って、ホースに吸い込まれた。
リーザが、吸引を止めた。
肩で息をしながら、親指を立てた。
「おまけも吸っておきましたわ!」
◇◇◇
「リーザさん、よくやりました」
俺は、M870を構え直した。
防御力が、五八〇〇から九〇〇まで落ちている。
これなら通る。
そう思って、引き金を引いた。
散弾が、毛皮に食い込んだ。
食い込んで、止まった。
「……浅い」
『体毛ノ硬度ハ、ステータストハ別ノ物理特性デス。吸引ノ影響ヲ受ケマセン』
「数値じゃなくて、素材の問題か」
『ハイ。散弾デハ貫通シマセン。必要ナノハ、貫通力デス』
俺は、上を見た。
夜空に、桜色が浮かんでいる。光る板を三枚展開して、実況をしていた。
「——で、今こんな感じなんだけど、人魚姫が謎の掃除機で敵のステータスを吸いました。意味わかんないよね。私も分かんない」
「キュララ!」
俺は、叫んだ。
「弾!」
「はい?」
天使が、板の向こうから顔を出した。
「キュララは武器屋じゃないんだけど〜」
◇◇◇
俺は、ガルムの爪をかわしながら、答えた。
「晩飯抜きにするぞ」
空中の動きが、止まった。
「……は?」
「聞こえましたか」
「ちょ、待って。待って待って待って」
キュララが、急降下してきた。
「それ、本気?」
「本気です」
「明日の朝ごはんも?」
「三食です」
「三食!?」
彼女は、頭の輪っかをぺたぺた触った。
「私、今、食費ゼロなんだけど」
「知ってます」
「その食費、巡査長の給料から天引きされてるんだよね」
「知ってます」
「つまり、私の三食を握ってるのは」
「俺です」
沈黙。
三秒。
「……は〜い」
キュララが、背中に手を伸ばした。
「M4カービン」
◇◇◇
黒い小銃が、放り投げられた。
俺は、M870を背中に回して、それを受け取った。
セレクターを確認。マガジンを叩いて、装填。
肩付け。
「賢者君。弾種は」
『五・五六ミリ。フルメタルジャケット。貫通力、散弾ノ四倍』
「十分だ」
ガルムが、こちらを向いた。
赤い目が、また一瞬だけ動きを止めた。
その一瞬で、十分だった。
引き金を絞った。
フルオート。
連射音が、夜の村に響き渡った。
毛皮が、今度は抜けた。ステータスを剥がされた獣の皮膚に、五・五六ミリが次々と潜り込んでいく。
ガルムが、悲鳴を上げた。
前足が崩れた。
俺は、マガジンを撃ち尽くして、銃口を下げた。
「——キャルル村長!」
「はいっ!」
◇◇◇
白い影が、跳んだ。
村長邸の屋根から、垂直に二十メートル。
夜空に一度静止して、落ちてきた。
キャルルの右脚に、銀色の闘気が纏わりついていた。
「月影流——」
膝が、ガルムの顎の真下に入った。
「顎砕き!」
四メートルの巨体が、浮いた。
四本の足が全部、地面から離れた。
獣の頭が跳ね上がり、首が仰け反り、体が宙で無防備に泳いだ。
自警団が、息を呑んだ。
◇◇◇
そのときだった。
「まぁまぁ」
柵のほうから、のんびりした声がした。
全員が振り返った。
ふわふわのドレスが、そこに立っていた。
寝間着の上にショールを羽織っただけの格好で、髪も下ろしたままだった。手には、光る杖。
ルナは、宙に浮いている獣を見上げて、小首を傾げた。
「あら。ずいぶん大きなワンちゃんですわ」
「ルナさん、下がって——」
「では」
彼女は、杖を、ふわりと横に振った。
「私のマンティラちゃんの、餌になって下さいね♡」
◇◇◇
地面が、盛り上がった。
石畳が内側から押し上げられて、砕けた。
そこから、緑色の何かが噴き出した。
茎だった。
直径一メートルはある太い茎が、うねりながら伸び上がっていく。三メートル。六メートル。十メートル。
先端が、開いた。
花だった。
巨大な、ピンク色の花。花弁の内側にびっしりと並んだ棘が、投光器の光を弾いている。花の中央から、透明な液体がだらだらと滴っていた。
甘い匂いがした。
その花が、宙に浮いたガルムを、真下から迎えに行った。
ぱくり。
音は、それだけだった。
四メートルの魔獣が、頭から丸ごと、花の中に消えた。
◇◇◇
花が、閉じた。
そして、咀嚼が始まった。
村が、静まり返った。
自警団の三十人が、誰一人動かなかった。バズーカを持った農夫が、それを取り落としたのにも気づいていなかった。
もごり。
もごり。
花の内側で、何かが砕ける音がしていた。
キュララの配信のコメント欄が、止まっていた。
三十秒ほど経って、花が開いた。
中は、空だった。
そして、花弁の縁がわずかに震えて、ぺっ、と何かを吐き出した。
からん、からん。
石畳の上に転がったのは、ガルムの牙が二本と、拳ほどの黒い魔石が一つだった。
ルナが、花を見上げて、頬に手を当てた。
「まぁ、マンティラちゃん」
彼女は、にっこり笑った。
「好き嫌いは、いけませんわよ♡」
◇◇◇
俺は、M4を下ろした。
隣で、キャルルが着地した姿勢のまま固まっていた。
その向こうで、リーザが賽銭箱を抱えたまま白目を剥いていた。
上空で、キュララが板を落としかけていた。
「……キャルル村長」
「……はい」
「この中で一番ヤバいのは、あのサイコパスだな」
「うん……」
キャルルの白い兎耳が、力なく垂れていた。
その先で、ルナが花に向かって手を振っていた。
「もうおやすみなさい、マンティラちゃん♡」
巨大な食蟲植物が、嬉しそうに身をくねらせて、するすると地面に潜っていった。
石畳が、元通りに戻った。
跡形もなかった。
◇◇◇
俺は、振り返った。
鮫島剛が、地面に座り込んでいた。
自分が呼び出した魔獣が、花に食われるところを、最初から最後まで見ていた。
彼は、動かなかった。
俺は、歩み寄って、しゃがんだ。
「鮫島さん」
「……」
「立てますか」
「……」
返事がなかった。
俺は、手錠を取り出した。
かちり、と片方をかける。
鮫島が、初めて口を開いた。
「……なあ」
「はい」
「なんだよ、この村」
彼は、震える声で言った。
「警察がいて、戦車があって、掃除機で敵の能力吸う女がいて、空から天使が実況してて、最後は花が食うのかよ」
「そうですね」
「……なんだよ、それ」
「緩衝地帯です」
俺は、もう片方をかけた。
「時刻、午前一時五十三分。傷害未遂、公務執行妨害、危険生物の無許可使用。その他の容疑については、後ほど」
◇◇◇
自警団が、鮫島を交番へ運んでいった。
俺は、石畳の上に落ちたものを見ていた。
ガルムの牙が二本と、黒い魔石が一つ。
「賢者君」
『ハイ』
「この魔石、価値は」
『A級魔獣ノ核デス。市場価格、銀貨八〇〇枚カラ一二〇〇枚』
「……千二百万」
『牙ト合ワセレバ、モウ少シ上振レシマス』
俺は、手帳を開いて、メモを取った。
明日、帰属の書類を作らなければならない。ガルムの討伐は、村の防衛行動として行われた。したがって、取得物は村の共有財産になる。
その書類を、明日中に作る。
俺は、手帳を閉じて、立ち上がった。
そのとき、視界の隅で、何かが動いた。
柵の陰だった。
小豆色の芋ジャージが、しゃがんでいた。
賽銭箱を横に置いて、石畳の上の牙と魔石を、じっと見ていた。
まばたきもせずに。
俺は、その背中を三秒ほど見てから、気づかなかったことにして、バイクへ歩いた。
明日、書類を作る。
今夜のところは、それでいい。
そう思った。
それが、甘かった。
読んでいただきありがとうございます。
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