↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/34

EP 8

お掃除しますわ〜

「撃て!」

 マンミアの号令で、自警団が一斉に引き金を引いた。

 魔導ライフルの光弾が、三十発。

 ガルムの体に当たった。

 そして、跳ね返った。

 火花が散っただけだった。濡れたような黒い毛皮が、光弾を全部弾き返している。跳弾が柵に突き刺さり、木片が飛んだ。

「効いておりません!」

「下がってください!」

 俺は、M870を構えた。

 ゼロ距離に近い距離から、散弾を三発。

 同じだった。粒が毛皮の表面で弾けて、そこで止まる。中まで通らない。

『照合。ガルムノ体毛ハ、魔導金属繊維ト同等ノ硬度デス』

「通らないってことか」

『ハイ』

 ガルムが、前足を上げた。

 振り下ろされた爪が、石畳を三枚まとめて砕いた。

 俺は横に転がってかわし、砕けた石の破片が防刃服の背中を叩いた。

◇◇◇

「——お待ちなさい!」

 村の内側から、声がした。

 全員が振り返った。

 柵の上に、小豆色の芋ジャージが立っていた。

 青銀色の長い髪が、夜風になびいている。足元は、すり減った健康サンダル。

 そして、両手で、巨大な何かを抱えていた。

 木製の箱だ。上部に、硬貨を入れるための格子の隙間がある。神社の賽銭箱そのものの形をしていて、底からホースが伸び、先端に吸い込み口がついている。

 箱の側面に、達筆でこう書かれていた。

『御志』

「お掃除しますわ〜」

◇◇◇

 リーザが、柵から飛び降りた。

 賽銭箱を地面に据える。ホースの先を、両手で構えた。

 ガルムが、彼女を見た。

 そして、突進した。

「リーザ、避けて!」

 キャルルの声が、いつの間にか隣から飛んだ。

 リーザは、避けなかった。

 彼女は、吸い込み口をまっすぐ獣に向けた。

「三年間! 五円玉を数えて生きてきた私を!」

 箱の中で、何かが回転し始めた。

「舐めるなですわああああ!」

 空気が、鳴った。

◇◇◇

 ガルムの体から、光が引き剥がされていった。

 数字だった。

 半透明のステータス画面が獣の体表に浮かび上がり、その数値が、端から順に吸い込み口へ吸い寄せられていく。

『攻撃力 四二〇〇 → 三一〇〇 → 一八〇〇』

『防御力 五八〇〇 → 三三〇〇 → 九〇〇』

『素早さ 三一〇〇 → 二〇〇〇 → 七〇〇』

 賽銭箱の中で、じゃらじゃらと音がしていた。

 硬貨の音だ。

 数値が、そのまま金に変換されて溜まっていく音だった。

「ま、まだですわ! もっと! もっと出しなさい!」

 ガルムが、初めて後ずさった。

 突進の勢いが落ちた。四本の足が、地面を掴みきれずに滑っている。

 そして、首の鎖にぶら下がっていた小さな宝石が、きらりと光って、ホースに吸い込まれた。

 リーザが、吸引を止めた。

 肩で息をしながら、親指を立てた。

「おまけも吸っておきましたわ!」

◇◇◇

「リーザさん、よくやりました」

 俺は、M870を構え直した。

 防御力が、五八〇〇から九〇〇まで落ちている。

 これなら通る。

 そう思って、引き金を引いた。

 散弾が、毛皮に食い込んだ。

 食い込んで、止まった。

「……浅い」

『体毛ノ硬度ハ、ステータストハ別ノ物理特性デス。吸引ノ影響ヲ受ケマセン』

「数値じゃなくて、素材の問題か」

『ハイ。散弾デハ貫通シマセン。必要ナノハ、貫通力デス』

 俺は、上を見た。

 夜空に、桜色が浮かんでいる。光る板を三枚展開して、実況をしていた。

「——で、今こんな感じなんだけど、人魚姫が謎の掃除機で敵のステータスを吸いました。意味わかんないよね。私も分かんない」

「キュララ!」

 俺は、叫んだ。

「弾!」

「はい?」

 天使が、板の向こうから顔を出した。

「キュララは武器屋じゃないんだけど〜」

◇◇◇

 俺は、ガルムの爪をかわしながら、答えた。

「晩飯抜きにするぞ」

 空中の動きが、止まった。

「……は?」

「聞こえましたか」

「ちょ、待って。待って待って待って」

 キュララが、急降下してきた。

「それ、本気?」

「本気です」

「明日の朝ごはんも?」

「三食です」

「三食!?」

 彼女は、頭の輪っかをぺたぺた触った。

「私、今、食費ゼロなんだけど」

「知ってます」

「その食費、巡査長の給料から天引きされてるんだよね」

「知ってます」

「つまり、私の三食を握ってるのは」

「俺です」

 沈黙。

 三秒。

「……は〜い」

 キュララが、背中に手を伸ばした。

「M4カービン」

◇◇◇

 黒い小銃が、放り投げられた。

 俺は、M870を背中に回して、それを受け取った。

 セレクターを確認。マガジンを叩いて、装填。

 肩付け。

「賢者君。弾種は」

『五・五六ミリ。フルメタルジャケット。貫通力、散弾ノ四倍』

「十分だ」

 ガルムが、こちらを向いた。

 赤い目が、また一瞬だけ動きを止めた。

 その一瞬で、十分だった。

 引き金を絞った。

 フルオート。

 連射音が、夜の村に響き渡った。

 毛皮が、今度は抜けた。ステータスを剥がされた獣の皮膚に、五・五六ミリが次々と潜り込んでいく。

 ガルムが、悲鳴を上げた。

 前足が崩れた。

 俺は、マガジンを撃ち尽くして、銃口を下げた。

「——キャルル村長!」

「はいっ!」

◇◇◇

 白い影が、跳んだ。

 村長邸の屋根から、垂直に二十メートル。

 夜空に一度静止して、落ちてきた。

 キャルルの右脚に、銀色の闘気が纏わりついていた。

「月影流——」

 膝が、ガルムの顎の真下に入った。

「顎砕き!」

 四メートルの巨体が、浮いた。

 四本の足が全部、地面から離れた。

 獣の頭が跳ね上がり、首が仰け反り、体が宙で無防備に泳いだ。

 自警団が、息を呑んだ。

◇◇◇

 そのときだった。

「まぁまぁ」

 柵のほうから、のんびりした声がした。

 全員が振り返った。

 ふわふわのドレスが、そこに立っていた。

 寝間着の上にショールを羽織っただけの格好で、髪も下ろしたままだった。手には、光る杖。

 ルナは、宙に浮いている獣を見上げて、小首を傾げた。

「あら。ずいぶん大きなワンちゃんですわ」

「ルナさん、下がって——」

「では」

 彼女は、杖を、ふわりと横に振った。

「私のマンティラちゃんの、餌になって下さいね♡」

◇◇◇

 地面が、盛り上がった。

 石畳が内側から押し上げられて、砕けた。

 そこから、緑色の何かが噴き出した。

 茎だった。

 直径一メートルはある太い茎が、うねりながら伸び上がっていく。三メートル。六メートル。十メートル。

 先端が、開いた。

 花だった。

 巨大な、ピンク色の花。花弁の内側にびっしりと並んだ棘が、投光器の光を弾いている。花の中央から、透明な液体がだらだらと滴っていた。

 甘い匂いがした。

 その花が、宙に浮いたガルムを、真下から迎えに行った。

 ぱくり。

 音は、それだけだった。

 四メートルの魔獣が、頭から丸ごと、花の中に消えた。

◇◇◇

 花が、閉じた。

 そして、咀嚼が始まった。

 村が、静まり返った。

 自警団の三十人が、誰一人動かなかった。バズーカを持った農夫が、それを取り落としたのにも気づいていなかった。

 もごり。

 もごり。

 花の内側で、何かが砕ける音がしていた。

 キュララの配信のコメント欄が、止まっていた。

 三十秒ほど経って、花が開いた。

 中は、空だった。

 そして、花弁の縁がわずかに震えて、ぺっ、と何かを吐き出した。

 からん、からん。

 石畳の上に転がったのは、ガルムの牙が二本と、拳ほどの黒い魔石が一つだった。

 ルナが、花を見上げて、頬に手を当てた。

「まぁ、マンティラちゃん」

 彼女は、にっこり笑った。

「好き嫌いは、いけませんわよ♡」

◇◇◇

 俺は、M4を下ろした。

 隣で、キャルルが着地した姿勢のまま固まっていた。

 その向こうで、リーザが賽銭箱を抱えたまま白目を剥いていた。

 上空で、キュララが板を落としかけていた。

「……キャルル村長」

「……はい」

「この中で一番ヤバいのは、あのサイコパスだな」

「うん……」

 キャルルの白い兎耳が、力なく垂れていた。

 その先で、ルナが花に向かって手を振っていた。

「もうおやすみなさい、マンティラちゃん♡」

 巨大な食蟲植物が、嬉しそうに身をくねらせて、するすると地面に潜っていった。

 石畳が、元通りに戻った。

 跡形もなかった。

◇◇◇

 俺は、振り返った。

 鮫島剛が、地面に座り込んでいた。

 自分が呼び出した魔獣が、花に食われるところを、最初から最後まで見ていた。

 彼は、動かなかった。

 俺は、歩み寄って、しゃがんだ。

「鮫島さん」

「……」

「立てますか」

「……」

 返事がなかった。

 俺は、手錠を取り出した。

 かちり、と片方をかける。

 鮫島が、初めて口を開いた。

「……なあ」

「はい」

「なんだよ、この村」

 彼は、震える声で言った。

「警察がいて、戦車があって、掃除機で敵の能力吸う女がいて、空から天使が実況してて、最後は花が食うのかよ」

「そうですね」

「……なんだよ、それ」

「緩衝地帯です」

 俺は、もう片方をかけた。

「時刻、午前一時五十三分。傷害未遂、公務執行妨害、危険生物の無許可使用。その他の容疑については、後ほど」

◇◇◇

 自警団が、鮫島を交番へ運んでいった。

 俺は、石畳の上に落ちたものを見ていた。

 ガルムの牙が二本と、黒い魔石が一つ。

「賢者君」

『ハイ』

「この魔石、価値は」

『A級魔獣ノ核デス。市場価格、銀貨八〇〇枚カラ一二〇〇枚』

「……千二百万」

『牙ト合ワセレバ、モウ少シ上振レシマス』

 俺は、手帳を開いて、メモを取った。

 明日、帰属の書類を作らなければならない。ガルムの討伐は、村の防衛行動として行われた。したがって、取得物は村の共有財産になる。

 その書類を、明日中に作る。

 俺は、手帳を閉じて、立ち上がった。

 そのとき、視界の隅で、何かが動いた。

 柵の陰だった。

 小豆色の芋ジャージが、しゃがんでいた。

 賽銭箱を横に置いて、石畳の上の牙と魔石を、じっと見ていた。

 まばたきもせずに。

 俺は、その背中を三秒ほど見てから、気づかなかったことにして、バイクへ歩いた。

 明日、書類を作る。

 今夜のところは、それでいい。

 そう思った。

 それが、甘かった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。