EP 9
ここは質屋とちゃうぞ!
鮫島剛の裁判は、三日後に開かれた。
場所は、ポポロ村の集会所。裁判長はキャルル、記録はニャングル、検察役は俺。弁護人には、村の教師が立った。
一年半前の前村長ロップの件で一度やっているので、二度目だ。手順は村の人間も覚えている。
罪状は、四つ。
一、詐欺。掛軸の件と、情報商材の販売。
二、無断転生およびユニークスキルの無断行使。
三、危険生物の無許可使用。
四、魔獣コロシアム剣闘奴隷刑からの逃走。
鮫島は、最初の半日、一切を否認した。
「俺は被害者だ。あの女が石で払った」
「その主張は、記録に残します」
俺は、淡々と答えた。
「ただ、あなたが渡した掛軸の原価は銅貨三枚です。記録は、両方残ります」
午後になって、彼は崩れた。
崩れ方は、あっけなかった。
「……もういいよ」
彼は、被告人席で、天井を見上げた。
「四百年だろ。どうせ。三百九十七年残ってんだから」
◇◇◇
判決は、二日目に出た。
主文は、こうだった。
一、被告人のユニークスキル【ステータス偽装】の凍結を、継続する。
二、旧刑の残余については、ルナミス帝国の司法に移送する。
三、ただし、緩衝地帯およびポポロ村における被害の弁済については、労役をもってこれに充てる。
そして、労役先。
「シーラン国、マグローザ漁船」
キャルルが読み上げた瞬間、傍聴席の隅で、芋ジャージが立ち上がった。
「異議ありませんわ!」
「リーザちゃん、被告じゃないんだから座って」
「うちの国の漁船、万年人手不足ですのよ」
リーザは、胸を張った。
「深海王国シーラン第一王女として、正式に受け入れを表明いたしますわ。ちょうどよかったですわ♡」
鮫島が、ゆっくりと振り返った。
「……漁船?」
「ええ。マグローザ漁ですわ」
「マグローザって、あの」
「体長十二メートルの回遊魚ですわ。銛で突きますのよ」
鮫島の顔から、血の気が引いた。
「俺、攻撃力四なんだけど」
「魚を殴るわけではありませんわ」
「そういう問題じゃなくて……」
「船酔いは、三日で慣れますわよ」
「三日で慣れるの、体質による……」
◇◇◇
裁判が終わったのは、夕方だった。
村人が帰っていったあと、集会所には俺とニャングルだけが残った。
猫は、机の上に押収品を並べていた。
情報商材の冊子が十二冊。偽装の切れた金メッキの時計の、残骸。魔獣カプセルの破片。
そして、ガルムの牙が二本と、黒い魔石が一つ。
「巡査長さん」
「はい」
「この魔石、どうしますのん」
「書類を作っています」
俺は、机に紙を置いた。
「ガルムの討伐は、村の防衛行動でした。したがって、取得物は村の共有財産になります。個人の戦果ではありません」
「そらそうですわな」
ニャングルは、煙管をふかした。
「ただ、ちょっとややこしいですで」
「はい」
「ステータスを吸うたんは人魚姫。撃ったんはあんさん。蹴り上げたんは村長。食うたんはエルフのお嬢さん。囲んどったんは自警団三十人」
猫は、指を折った。
「個人配分やったら、計算だけで三日かかりますわ」
「だから、村に帰属させます」
俺は、ペンを走らせた。
「その方が、早い」
「それが正解ですわ」
ニャングルが、牙を一本つまみ上げた。
「ほんで、換金はうちの支店でやりますわ。明日の朝一番に、正規の鑑定をかけて——」
そこで、猫の耳が、ぴくりと動いた。
「……巡査長さん」
「はい」
「牙、二本ありましたな」
俺は、机を見た。
牙が、一本しかなかった。
◇◇◇
そのころ。
ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店の、夜間窓口。
閉店後の暗い建物の前に、小さな影が立っていた。
芋ジャージの中に、何かが膨らんでいる。
リーザ・シーラン・リヴァイアサンは、窓口のベルを三回鳴らした。
鳴らしてから、左右を確認した。
誰もいない。
「……完璧ですわ」
彼女は、自分の胸に手を当てた。
(落ち着きなさい、リーザ。あなたは悪いことをしていませんわ)
(私が吸いましたの。私の掃除機で、私が吸いましたのよ)
(つまり、これは私のものですわ)
(世の中には、先取特権という言葉がありますもの)
彼女は、深呼吸をした。
三年間、五円玉を数えて生きてきた。パンの耳を主食にしてきた。廃棄弁当のために、ゴミ箱の蓋を開ける戦いを繰り返してきた。
今、芋ジャージの中には、銀貨千二百枚の価値がある。
一千二百万円。
(これで……これで私は……!)
「はい、どちらさんですやろ」
窓口の内側の照明が、ついた。
◇◇◇
リーザは、跳び上がった。
窓の向こうに、猫がいた。
和装スーツ。首から下げた金無垢のチェーン。片手に煙管、片手に算盤。
ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店長、ニャングル。
「ニャ、ニャングル……なぜ、こんな時間に」
「支店長が支店におって、なんか悪いことありますか」
「い、いえ」
リーザは、引きつった笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと換金をお願いしたくて。夜分にすみませんわ」
「へえ。何を換金で」
「その」
彼女は、芋ジャージの中から、それを取り出した。
ガルムの牙が一本と、黒い魔石が一つ。
窓口の台に、そっと置いた。
「これですわ」
◇◇◇
ニャングルは、煙管を咥えたまま、それを見た。
しばらく、見た。
煙が、一筋、天井へ昇っていった。
「……人魚姫はん」
「はい」
「これ、なんぼで換金したいんですか」
「銀貨、千枚ほどで」
「ほう」
「い、いえ! 八百でも結構ですわ! なんなら七百五十でも!」
「値切り交渉が下手すぎますわ」
ニャングルは、算盤を台に置いた。
「ほんで、これ、どこで手に入れはりました」
「私が、吸いましたの」
リーザは、胸を張った。
「三日前の夜、あの魔獣のステータスを吸引したのは、この私ですわ。つまり、あの獣を弱らせたのは私。よって、その果実は私のものですの」
「ほう」
「法律的にも、正当な主張ですわよね?」
「巡査長さんに聞いてみますか」
「それはやめてくださいませ」
◇◇◇
ニャングルは、煙管を灰皿に置いた。
それから、椅子から降りて、窓口の台に両手をついた。
猫の目が、細くなった。
「あんなあ」
声が、低かった。
「それ、村の共有財産やろ」
リーザの肩が、跳ねた。
「い、いえ、ですから私が」
「今日の昼、集会所で帰属の書類が作られとります。ガルムの討伐は村の防衛行動。取得物は村の資産。巡査長さんが、三時間かけて書いとりました」
「……三時間」
「三時間ですわ」
ニャングルは、算盤を引き寄せた。
「ほんで、もう一つ」
彼は、顔を上げた。
「ここは質屋とちゃうぞ!」
リーザが、びくりと跳ねた。
「ゴルドスマイル銀行は、金融機関ですねん! 出所の怪しいブツを夜中に持ち込まれて、はいそうですかで金出すような看板やったら、うちは三日で潰れとるわ!」
「わ、私は怪しくは」
「怪しいわ! 夜中の十一時に! 芋ジャージの中から! 魔石出してくる客が! 怪しないわけないやろ!」
猫は、算盤を叩いた。
「四十年商売しとるけどな。ジャージの腹から商品出してくる客に、金出したことは一遍もありまへん!」
◇◇◇
「で、ですけど」
リーザは、後ずさった。
「これは、私の正当な取り分で」
「取り分がほしいんやったら、明日の朝、正規の手続きで請求せえ」
「そ、その」
「なんや」
リーザは、俯いた。
「……正規の手続きだと、村に入りますでしょう」
「入りますわ」
「私の手元には、一円も」
「入りまへんな」
彼女は、小さな声で言った。
「……私、三年間で、二千百円しか稼いでませんのよ」
ニャングルの耳が、ぴくりと動いた。
猫は、しばらく黙っていた。
そして、煙管を咥え直した。
「……人魚姫はん」
「はい」
「その気持ちは、分かりますわ」
「ニャングル……」
「ワテも、若い頃に一遍だけ、商品に手ぇつけようか思たことがありますねん」
彼は、窓の外を見た。
「腹が減って、どうしようもなかった日にな」
「……どうされましたの」
「殴られましたわ」
リーザが、まばたきをした。
「……え?」
「幼馴染に」
ニャングルは、窓口の奥に向かって、大きく息を吸った。
そして、叫んだ。
「——キャルル!」
◇◇◇
背後で、気配が動いた。
リーザが、振り返った。
窓口の外、街灯の下に、白い兎耳が立っていた。
パーカーのフードを下ろして、両手を腰に当てた村長が、じっとこちらを見ていた。
「リーザちゃん」
「……あ、あら。キャルル。奇遇ですわね」
「三十分前から、そこの塀の上にいました」
「……」
「兎耳なので」
キャルルは、にっこり笑った。
真紅の瞳が、街灯を弾いて光っていた。
「心音、ずっと聞こえてました。すごく速かったですよ」
リーザが、じりじりと横へ動いた。
「キャ、キャルル。落ち着いてくださいませ。話せば分かりますわ。私はただ、少しばかり生活が苦しく」
「うん」
「三年で二千百円ですのよ?」
「うん」
「酌量の余地が」
「あります」
キャルルは、頷いた。
そして、右手を後ろに引いた。
「でも、うち、私刑はやめたので」
白い兎耳が、ぴんと立った。
「これは、お仕置きです」
◇◇◇
リーザの視界が、白くなった。
月兎族の通常時の膂力は、推定百二十馬力である。
もっとも、キャルルは加減をしていた。していなければ、頭が飛んでいた。
それでも、拳は、まっすぐ顔面に入った。
「ひでぶ!?」
芋ジャージが、宙を舞った。
二回転して、街灯の柱に背中から激突し、ずるずると落ちた。
窓口の中で、ニャングルが目をそらした。
「……相変わらず、ええパンチですわ」
◇◇◇
翌朝。
交番のデスクで、俺は換金の書類を確認していた。
机の向かいに、リーザが正座している。
鼻に、綿が詰まっていた。
「王女様」
「……はい」
「昨夜の件、調書を取りました」
「……はい」
「ただ、窃盗としては立件しません」
リーザが、顔を上げた。
「……なぜですの」
「帰属の書類が、まだ施行前だったからです」
俺は、紙を指さした。
「昨夜の時点では、あの牙と魔石の所有者は、法的に確定していませんでした。作成中だっただけで、効力は今朝から発生します」
「……つまり」
「昨夜の時点では、誰のものでもなかった」
俺は、判を押した。
「罪にはなりません」
リーザは、しばらく黙っていた。
それから、ぼそりと言った。
「……なら、なぜ殴られましたの」
「それは、村長の判断です」
「理不尽ですわ」
「俺も、そう思います」
「思うなら止めてくださいませ!」
「間に合いませんでした」
「塀の上に三十分いた人を止められないんですの!?」
「三十分、気づきませんでした」
◇◇◇
換金は、その日の午前中に終わった。
ニャングルが正規の鑑定をかけ、算盤を弾いた。
「A級魔獣の核が一つ、牙が二本。市場相場から手数料を引いて」
猫は、算盤を閉じた。
「銀貨、千二百枚ですわ」
「一千二百万円です」
「へえ。村の会計に入れときますわ」
俺は、書類に署名した。
ふと、手を止めた。
「ニャングルさん」
「へえ」
「これ、使い道は決めましたか」
猫が、顔を上げた。
煙管を咥え直して、にやりと笑った。
「決まってますがな」
彼は、窓の外を指さした。
煙管の先が向いた方角に、村の中心の通りがある。
その角に、看板が立っていた。
円い皿が、くるくると回っている絵が描かれた、赤い看板だった。
読んでいただきありがとうございます。
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