↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/34

EP 5

村長宅の掛軸と、犯人の末路

 翌朝、俺は精麦所から採った匂いを追っていた。

 犬の五感というのは、便利なようで面倒なものだ。三日以上経った匂いは追えない。雨が降れば消える。人が多い場所では、他の匂いに埋もれる。

 だが、条件が良ければ、線になって見える。

 嘘の匂いと、異物の匂い。その二つが混ざった線が、精麦所の裏窓から北西の森へ伸びていた。

 森の中で、線が一度止まっていた。

 草が踏み荒らされている。何かを広げて、しばらく立ち話をした跡だ。

 そこから、線は二つに分かれていた。

 一本は、街道へ。隣町の方角へ、まっすぐ。

 もう一本は。

 ポポロ村の方角へ、ふらふらと蛇行しながら伸びていた。

 俺は、バイクにまたがった。

◇◇◇

 蛇行する線を追って、たどり着いたのは村長宅だった。

 玄関を開けると、リビングから声がした。

「いや、だから! これ、絶対おかしいって!」

「言っても無駄ですわ。あの女、聞きませんもの」

「でも、飾っちゃったよ? 床の間だよ?」

 中に入ると、三人が床の間の前に固まっていた。

 キャルル、リーザ、キュララ。三人とも、腕を組んで難しい顔をしている。

 その床の間に、掛軸が一本、下がっていた。

 墨で描かれた、雪の山。川。小さな舟。舟の上に、豆粒のような人影が一つ。

 そして、その前に。

「まぁ、やっぱり素敵ですわ♡」

 ルナが、正座して、うっとりと見上げていた。

◇◇◇

 俺は、掛軸に近づいた。

 鼻で息を吸う。

 匂った。

 嘘の匂いが、紙にべったりと染みついている。そして、その奥に、異物の匂い。

 精麦所の部屋と、同じ匂いだった。

「賢者君」

『ハイ』

「これを、鑑定してくれ」

『了解シマシタ』

 三秒。

『紙。墨。印刷。原価、銅貨三枚』

 キュララが、吹き出した。

『ナオ、表示偽装ノ痕跡アリ。持続時間、残リ二十六時間』

「……偽装」

『ハイ。鑑定結果ノ文字表記ノミヲ、外部カラ書キ換エテイマス。物質ソノモノニ変化ハアリマセン』

 俺は、掛軸の鑑定表示を見た。

『国宝指定 伝説の絵師 雪舟丸 真筆「寒江独釣図」 推定価格 金貨三千枚』

 文字だけが、堂々としていた。

◇◇◇

「ルナさん」

「はい?」

「これ、いくらで買いましたか」

「金貨二千枚ですわ♡」

 キャルルが、頭を抱えた。

「二千枚……」

「お安くしていただきましたの。最初は三千枚と仰っていましたわ」

「値引きされてるのが一番腹立ちますわ」

 リーザが、掛軸を睨みつけた。

「巡査長。これ、銅貨三枚ですのよね」

「三枚です」

「六十六万倍ですわ」

「暗算が速いですね」

「金の計算だけは、誰にも負けませんの」

◇◇◇

「で、ルナさん」

 俺は、湯呑みを両手で包んだ。

「支払いは、どうされましたか」

「純金でお支払いしましたわ♡」

 ルナは、掛軸を見上げたまま答えた。

「ポポロ山の石から作ったものです。硬くて、いい石でしたのよ」

 リビングが、静かになった。

 俺の頭の中で、全部が繋がった。

 偽物の掛軸を、偽物の金で買った。

 売った男は、四十八時間で表示が剥がれる紙を渡した。

 買った女は、七十二時間で石に戻る金を渡した。

 双方が、自分だけが得をしたと思っている。

 そして、先に剥がれるのは。

「……賢者君」

『ハイ』

「石の持続時間は」

『推定、残リ五十時間』

 俺は、天井を見た。

「二十四時間、差がある」

『ハイ』

◇◇◇

「……それ、偽金で購入したなら」

 俺は、湯呑みを置いた。

「反社の財産にはならんが。気を付けるように」

 ルナが、こちらを向いた。

「まぁ。巡査長様は、この絵が偽物だとご存じでしたの?」

「今、鑑定しました」

「そうですの」

 ルナは、掛軸に目を戻した。

 そして、にっこり笑った。

「でも、この絵、素敵ですわ」

 俺は、何も言わなかった。

 横で、リーザが腕を組んでいた。

「巡査長」

「はい」

「ちょっと甘いような。優しいような」

 リーザの目が、細くなっていた。

「あなた、いつもなら書類を三十枚くらい書いて、犯人を縛り上げてくるでしょう。なのに、今日は随分あっさりしてますわね」

 俺は、湯呑みの底を見た。

「犯人の末路を考えるとな」

 リーザの眉が、上がった。

「……末路?」

「あと五十時間で、あの男の手元の金貨は、全部石に戻る」

 俺は、窓の外を見た。

 隣町の方角だ。

「二千枚だ。抱えて歩けば、腰をやる重さだ。あの男は今、自分が大金持ちになったと思ってる」

「……」

「五十時間、好きに使うだろうな」

 キュララが、頭の輪っかをぺたぺた触った。

「……ねぇ、それって」

「はい」

「使い切る前に、石になるってこと?」

「どこで使うかによります」

 俺は、湯呑みを傾けた。

「ただ、あの手の男が大金を持って最初に行く場所は、だいたい決まってます」

◇◇◇

 事案として整理しようとして、俺は三十分で行き詰まった。

 机に白紙を広げて、ペンを持ったまま動かなくなった。

「リオンさん?」

 キャルルが、覗き込んできた。

「どうしました」

「……構成要件が」

「こうせいようけん」

「詐欺罪の成立には、四つの要素が要ります」

 俺は、指を折った。

「欺く行為。相手の錯誤。財産の交付。そして、故意」

 紙に書いた。

「男の側は、全部揃っています。偽装を使って、価値を偽って、金を受け取った。完全な故意です」

「はい」

「問題は、ルナさんの側です」

 俺は、ペンを置いた。

「三日で石に戻ると知っている金を、支払いに使った。欺く行為、相手の錯誤、財産の交付。三つまで揃っています」

 キャルルの兎耳が、ぴくりと倒れた。

「……四つ目は」

「故意です」

 俺は、リビングの床の間を見た。

 ルナが、まだ掛軸を眺めていた。

「ルナさん」

「はい?」

「あの金貨、三日で石に戻りますよね」

「ええ、戻りますわ」

「それを、相手は知らなかった」

「そうですわね」

「……教えてあげようとは、思いませんでしたか」

 ルナは、きょとんとした顔をした。

 本当に、心の底から不思議そうな顔だった。

「だって」

 彼女は、小首を傾げた。

「三日もあれば、お買い物には十分ですわよね?」

◇◇◇

 リビングが、静まり返った。

 俺は、ペンを置いた。

「……この人、本気で三日で十分だと思ってる」

「思ってます」

 キャルルが、即答した。

「帝都でも同じでした。『三日以内に使えば損はしませんわ』って」

「損は、するんですよ」

「言いました。四十回くらい言いました」

「……」

「無駄でした」

 俺は、額を押さえた。

「故意が……認定できない……」

 鼻で息を吸っても、この人からは何も匂わない。

 嘘も、悪意も、後ろめたさも。

 本気で、親切のつもりでいる。本気で、三日あれば足りると思っている。

 ここまで無防備な悪は、法律が想定していない。

◇◇◇

 結論として、俺は書類を二枚書いた。

 一枚目は、鮫島剛に対する被疑者調書の下書きだ。詐欺、無断転生およびスキルの無断行使。

 二枚目は、こうなった。

『錬金術による金銭の授受に関する注意書

 一、変成魔法によって生成された貨幣は、持続時間の経過後に元の物質へ戻る。

 二、これを支払いに用いる行為は、相手方に財産上の損害を与える。

 三、三日という期間は、支払いを受けた者にとって十分な時間ではない。

 四、以後、支払いには本物の貨幣を用いること。

 五、本物の貨幣を持っていない場合は、周囲の者に相談すること。

    ※これは、あなたが悪いのではありません。法律と、経済の都合です』

 ルナは、これを両手で受け取って、じっと読んだ。

 上から、下まで。指でなぞりながら。

 そして、顔を上げた。

「……経済の都合なら、仕方ありませんわね♡」

 彼女は、署名した。

 流麗な字だった。

「これからは、キャルルに相談しますわ」

「……え」

「キャルルは、いつも払ってくださいますもの♡」

 キャルルが、その場に崩れ落ちた。

◇◇◇

 翌日の午後。

 村長宅の床の間の前に、五人が集まっていた。

 全員が、掛軸を見上げていた。

「あと、五分ですわ」

 リーザが、時計を睨んでいた。

「なんで全員で見てるんですか」

「撮れ高だからだよ」

 キュララが、光る板を構えていた。

「これ、配信していい?」

「掛軸が村長宅にあるので、第四条に抵触します」

「じゃあ壁だけ映す」

「……どうぞ」

 五分が過ぎた。

 掛軸の鑑定表示が、ゆらりと揺れた。

『国宝指定 伝説の絵師 雪舟丸 真筆「寒江独釣図」 推定価格 金貨三千枚』

 文字が、溶けるように消えた。

 そして、代わりに出た。

『紙                    推定価格 銅貨三枚』

 キュララが、腹を抱えて笑い出した。

 リーザが、両手を天に掲げた。

「出ましたわ! ただの紙! 六十六万倍の紙ですわ!」

 キャルルが、白い兎耳を垂らして呻いた。

「二千枚……」

 俺は、ルナを見た。

 ルナは、掛軸を見上げたまま、まばたきをした。

「まぁ」

 彼女は、ぽつりと言った。

「お名前が、変わりましたわ」

「……ルナさん」

「はい」

「それ、偽物です。銅貨三枚の、印刷です」

「ええ、そう書いてありますわね」

 ルナは、頷いた。

 それから、また掛軸を見上げた。

 雪の山。川。小さな舟。一人で釣りをしている、豆粒のような人影。

 彼女は、にっこり笑った。

「でも、この絵。やっぱり、素敵ですわ♡」

◇◇◇

 全員が、黙った。

 俺は、手帳を閉じた。

 この人には、被害感情が一切ない。

 偽物だと分かっても、絵が気に入っているので、何も損をしていない。だから、被害届が出ない。被害届が出なければ、詐欺の立件は難しくなる。

 もっとも。

「賢者君」

『ハイ』

「石までの残り時間は」

『残リ二十四時間デス』

 俺は、窓の外を見た。

 隣町の方角の空が、うっすら赤くなっていた。

 夕方だった。

 あの男は今頃、人生で一番いい思いをしている頃だろう。

「……明日の、この時間か」

『ハイ』

「管轄外だな」

『隣町ハ、ルナミス帝国領デス』

「そうか」

 俺は、湯呑みを傾けた。

 空だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。