↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/34

EP 4

 掛軸と、偽金と、生き延びた詐欺師

 鮫島剛、三十五歳。

 前世は、都内で情報商材を売っていた。自称ITコンサルタント。実際のところ、扱っていたのは中身のない冊子と、月々のサロン会費だけだった。

 死んだのは、下らない理由だった。取り立てから逃げて、階段を踏み外した。

 目が覚めたら、異世界だった。

 そして、女神だか何だかに押し付けられたスキルが、これだ。

【ステータス偽装】

 物や人のステータス画面、鑑定結果の文字表記だけを、自由に書き換えられる。

 ただし、変わるのは文字だけだ。剣の攻撃力を九千九百と書き換えても、切れ味は一ミリも変わらない。自分のレベルを九十九にしても、スライムに殴られれば骨が折れる。

 最初は、外れスキルだと思った。

 三日で考えが変わった。

 この世界の人間は、鑑定結果を疑わない。むしろ、自分の目より鑑定を信じる。

「異世界、チョロすぎだろ」

 それが、鮫島の口癖になった。

◇◇◇

 森の中で、鮫島は素早く準備をした。

 懐から、丸めた紙を取り出す。

 タローマンの日用品コーナーで、銅貨三枚で買った掛軸だ。安物の印刷で、墨絵の山と、小さな舟が一艘描かれている。三百円の量産品である。

 広げて、皺を伸ばす。

 それから、指先を当てた。

『国宝指定 伝説の絵師 雪舟丸 真筆「寒江独釣図」 推定価格 金貨三千枚』

 鑑定表示が、書き換わった。

 鮫島は、時計を確認した。金メッキで、表示だけが『ミスリル製・時間精度±0.01秒』になっている安物だ。

 効果時間は、四十八時間。

 二日あれば、十分だ。金さえ受け取れば、その日のうちに隣町へ消える。

「……よし」

 鮫島は、破れたスーツの襟を直し、木の陰から出た。

◇◇◇

「もし、そこのお嬢さん」

 声をかけると、ドレスの女が振り返った。

 鮫島は、息を呑んだ。

 思っていた以上に、上玉だった。淡いエメラルドグリーンの髪に、翡翠の瞳。ドレスは見たこともない織りで、裾に縫い込まれた金糸が日の光を弾いている。

 何より、手に持った杖だ。

 鮫島の鑑定眼——といっても、ただの勘だが——が告げていた。あれは、本物だ。

「まぁ、こんにちは♡」

 女は、ふわりと笑った。

「道に迷っておいでですか?」

「いえいえ、私は。むしろ、お嬢さんのほうが」

「ええ、迷っておりますの」

「……ああ、そうですか」

 あっさり認められて、鮫島は一瞬調子を崩した。

「では、村までお送りしましょう。ついでに、と言ってはなんですが」

 彼は、掛軸を取り出した。

「これを、見ていただけませんか」

◇◇◇

 このとき、森が、ざわめき始めていた。

 鮫島には、聞こえていない。

 だが、ルナには聞こえていた。

『ルナ様』

『ルナ様、あいつ嘘つきです』

『匂いがします。ねじれた匂い』

『詐欺師です』

『ルナ様を騙そうとしています』

『ギルティ?』

『ギルティ?』

『ギルティ』

 鮫島の足元の下草から、蔦が一本、伸び始めた。

 音もなく、ズボンの裾を登っていく。

 二本目。三本目。

 膝を越え、腰を越え、背中を伝って、首筋に向かっていく。

 鮫島は、掛軸を広げることに夢中だった。

「私はですね、コレクターでして。こういうものを、本当に大切にしてくださる方にしか、お譲りしないんです」

『ギルティ』

『ギルティ』

『絞めますか』

『絞めましょう』

 蔦の先端が、鮫島の喉の高さまで来た。

 あと、五センチ。

◇◇◇

「まぁ」

 ルナが、口を開いた。

「そんなこと言っちゃいけませんわ」

 蔦が、止まった。

「この方は、親切な方ですわよ。迷っている私に、声をかけてくださったのですから」

 彼女は、下草に向かって、指を一本立てた。

「めっ♡」

 蔦が、するすると鮫島の体から抜け落ちていった。

 音もなく、草むらへ戻っていく。

 鮫島は、掛軸から顔を上げた。

「……はい? 何か仰いましたか」

「いえ、独り言ですわ♡」

 鮫島は、自分が今、首を絞められる寸前だったことに、一切気づいていない。

 背中が少しだけ痒かったが、虫だと思って掻いた。

◇◇◇

「それで、この掛軸ですが」

 鮫島は、話を戻した。

「鑑定してみてください。どうぞ、遠慮なく」

 ルナは、掛軸に目をやった。

『国宝指定 伝説の絵師 雪舟丸 真筆「寒江独釣図」 推定価格 金貨三千枚』

 鮫島は、女の顔を観察していた。

 いつもなら、ここで表情が変わる。目を見開いて、息を呑んで、値段の桁を数え直す。そこから先は、いくらでも転がせる。

 だが、女は。

「まぁ……」

 鑑定表示を、見ていなかった。

 絵を、見ていた。

「素敵ですわ♡」

「……はい?」

「この、舟の上の方。お一人で、雪の中で釣りをしていらっしゃるのね」

 ルナは、翡翠の瞳を細めた。

「寒いでしょうに。でも、きっと、この静けさが好きなんですわ」

 鮫島は、二秒ほど固まった。

 それから、慌てて頷いた。

「そ、そうなんですよ! さすがお目が高い! この絵の真髄は、まさにそこでして」

「おいくらですの?」

「金貨三千枚ですが」

 鮫島は、指を二本立てた。

「お嬢さんのような、絵の分かる方には、特別に二千枚で」

「まぁ、お安くしてくださるの?」

「ええ。私は、値段より、行き先を大事にしたいので」

「では、お支払いしますわ♡」

◇◇◇

 ルナは、足元を見た。

 森の地面に、小石が散らばっている。

 彼女は、杖の先を、ゆっくりと横に振った。

 光が走った。

 ざあ、という音がして、地面の石が一斉に舞い上がった。

 そして、落ちてきたときには、金貨になっていた。

 二千枚。

 枯れ葉の上に、山になって積み上がった。

 鮫島は、口を開けたまま動けなかった。

「あの……お嬢さん、今、何を」

「錬金術ですわ♡」

 ルナは、にこにこしていた。

「数えてくださいます? 二千枚あるはずですけれど」

 鮫島は、膝をついた。

 震える手で、一枚を取り上げる。

 重い。冷たい。縁の刻印まで正確だ。

 彼は、金貨に歯を当てた。跡がついた。

 本物の金だ。

「……っ」

 喉から、変な音が漏れた。

「あの、お嬢さん。これ、どこで」

「そこの石ですわ」

 ルナは、地面を指さした。

「ポポロ山の石です。硬くて、いい石ですのよ」

 鮫島は、笑い出しそうになるのを必死で堪えた。

 石が金になる。

 この女は、石を金に変えられる。

 つまり、この女は、無限の財布だ。

「……異世界、チョロすぎ」

「はい?」

「いえ! 何も! ではこれ、たしかにお譲りします!」

◇◇◇

 鮫島は、脱いだスーツの上着を広げて、金貨を包んだ。

 二千枚は、想像以上に重かった。抱えると、腰が悲鳴を上げた。

「お、重……」

「お持ちできますの?」

「持てます持てます! 全然!」

 彼は、よろめきながら立ち上がった。

「それでは、私はこれで。素晴らしいお取引でした」

「こちらこそ、ありがとうございます♡」

 ルナは、掛軸を両手で抱えて、深々と一礼した。

「大切にしますわ」

「ええ、ええ。ぜひ」

 鮫島は、背を向けて歩き出した。

 十歩ほど進んだところで、耐えきれずに口の端が吊り上がった。

(二千枚だぞ。二千枚。銅貨三枚の紙が、二千枚だ)

(しかもあの女、また石を金に変えられる。次は五千枚だ。いや、一万枚いける)

(——俺、ここで人生上がりだな)

 彼は、森を抜けて、隣町へ続く街道に出た。

 振り返らなかった。

◇◇◇

 ルナは、掛軸を抱えたまま、その背中を見送った。

「いい方でしたわ♡」

 彼女は、くるりと向きを変えて歩き出した。

 村長宅とは、正反対の方向だった。

『ルナ様』

 足元の下草が、囁いた。

『あの男、嘘をついていました』

「ええ、そうかもしれませんわね」

『では、なぜ』

「だって」

 ルナは、掛軸を持ち上げて、光にかざした。

 雪の中の、小さな舟。

 一人で釣りをしている、豆粒のような人影。

「この絵、素敵ですもの」

 彼女は、にっこり笑った。

「絵の値打ちは、お値段で決まりませんわよ♡」

『……ルナ様は、お優しいです』

『ルナ様は、お優しいです』

『でも、道が逆です』

「まぁ」

◇◇◇

 その日、二つの時計が動き始めた。

 一つは、掛軸にかけられた偽装の時計だ。

 国宝の表示が、ただの紙に戻るまで、残り四十八時間。

 もう一つは、金貨に変わった石の時計だ。

 二千枚の金が、二千個の石に戻るまで、残り七十二時間。

 偽物を、偽物で買った取引だった。

 そして、先に剥がれるのは、詐欺師のほうだった。

 その差は、ちょうど、二十四時間。

 鮫島剛は、その差を知らないまま、金貨を抱えて隣町の門をくぐった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。