↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/34

EP 8

 確定申告、緩衝地帯支部

 翌朝、俺はキュララに謝りに行った。

 二〇三号室の扉を叩いて、開いた瞬間に言った。

「住民登録です」

「え?」

「あなたの居場所を天界に伝えたのは、十日前の住民登録です」

 キュララは、寝間着のまま立っていた。

 しばらく、まばたきをしていた。

「……あー」

 そして、頭を掻いた。

「そういうこと」

「はい」

「なるほどね」

 彼女は、畳に座り込んだ。

「じゃあ、巡査長のせいじゃん」

「はい」

「めっちゃ謝ってくれる?」

「謝ります」

「土下座は?」

「します」

 俺は、膝をついた。

 キュララが、慌てて飛び上がった。

「待って待って待って! 嘘だから! するなって!」

「しますが」

「しないで! 気持ち悪いから!」

◇◇◇

 彼女は、畳の上であぐらをかいて、頬杖をついた。

「あのさ、巡査長」

「はい」

「私、三年間ずっと、いつか来ると思ってたの」

「……督促が」

「うん」

 キュララは、天井を見た。

「天界を脱走するときに、規程は読んでるからね。二割取られるって知ってた。知ってて、払わなかっただけ」

「なぜですか」

「払い方が分かんなかったから」

 彼女は、あっさり言った。

「調べれば分かったと思うよ。でも、調べたら払わなきゃいけなくなるじゃん。だから調べなかった」

「……」

「で、三年経った」

 彼女は、頬杖を崩した。

「だから、これ、巡査長のせいじゃないの。私が三年サボった分の請求が、たまたま今日来ただけ」

◇◇◇

 その日から、交番は缶詰になった。

 作業は二つ。

 一つ、代理店四社への告訴状を完成させること。

 二つ、キュララの三年分の申告書を作ること。

「……なんで申告するの?」

「天界に納付するには、収入と支出の内訳が要ります」

 俺は、机に白紙を並べた。

「督促状には『下界収益の二割』と書いてあります。収益とは、収入から必要経費を引いたものです」

「つまり」

「経費が増えれば、納付額が減ります」

 キュララの目が、光った。

「じゃあ、経費いっぱい書けばいいじゃん」

「実際に使った分だけです」

「えー」

「架空計上は、犯罪です」

「ちぇ」

◇◇◇

 役割分担は、こうなった。

 俺が書式を作る。ニャングルが計算する。キャルルが記録を整理する。キュララが記憶を絞り出す。

 そして、リーザ。

「私は、何をすればよろしいんですの」

「王女様も、三年分の申告をお願いします」

 人魚姫の動きが、止まった。

「……私も、ですの?」

「路上興行の収入があります」

「……」

「三年分、お願いします」

 リーザは、しばらく黙っていた。

 それから、震える手でペンを取った。

 そして、三分で書き終えた。

「……できましたわ」

 俺は、受け取った。

【三年間の総収入】

 一年目 七百二十円

 二年目 八百六十円

 三年目 五百二十円

 合計 二千百円

「……二千百円」

「二千百円ですわ」

 リーザは、胸を張った。

「ちなみに、内訳の九割が五円玉ですの」

 ニャングルが、算盤を一度だけ弾いた。

「申告不要ですな」

「勝ちましたわ!」

「なんで勝った顔してんの」

 キュララが、机を叩いた。

「三年で二千百円だよ!? 負けてるでしょ!」

「私は納税義務がありませんの」

「威張るところそこ!?」

◇◇◇

 地獄が始まったのは、支出の仕分けだった。

 ニャングルが、ペンを構えた。

「ほな、生活費から行きますわ。キュララはん、三年間の食費は」

「ゼロ」

「ゼロ?」

「うん。食べ物、買ったことない」

 猫の耳が、ぴくりと動いた。

「……どうやって食べてはったんですか」

「もらった」

「誰に」

「リスナー」

 ニャングルが、ペンを置いた。

「巡査長さん」

「はい」

「もらいもんは、経費になりまへん」

「知ってます」

「ほんで」

 猫の目が、細くなった。

「もらいもんは、贈与ですわ」

◇◇◇

 贈与には、税がかかる。

「え、待って」

 キュララが、身を乗り出した。

「もらったのに、税金取られるの?」

「取られます」

「なんで! 私、頼んでないよ!」

「呟きましたよね」

「呟いただけじゃん!」

「呟いたら届く人は、頼んだのと同じです」

 彼女は、頭を抱えた。

 ニャングルが、帳面をめくった。

「順番に洗いますわ。この特上寿司、誰が払いましたん」

「リスナー」

「この高級家電は」

「リスナー」

「このお洋服は」

「リスナー」

「この、お茶碗は」

「リスナー」

 猫のペンが、止まった。

「……キュララはん」

「なに」

「三年間で、自分の金で買うたもん、一個でもありますか」

 キュララは、部屋を見回した。

 畳の上に、彼女の全財産が置かれている。

 鞄が一つ。カメラが一つ。光る板が一つ。

「……カメラと、鞄」

「二つだけですか」

「二つだけ」

「その板は」

「企業案件でもらった」

 ニャングルが、帳面に顔を伏せた。

◇◇◇

 三日目の深夜。

 交番のデスク室は、紙で埋まっていた。

 俺が書いた書式が、床に積み上がっている。数えるのをやめた。

 キャルルは、椅子に座ったまま兎耳を垂らしていた。

 リーザは、床で丸くなって寝ていた。二千百円の申告を終えた女は、平和な寝顔をしていた。

 ニャングルは、算盤を抱えたまま計算を続けている。

 そしてキュララは、机の向かいで、記憶を絞り出していた。

「……二年目の七月に、たぶん帽子をもらった」

「誰にですか」

「わかんない」

「金額は」

「わかんない」

「どこにありますか」

「捨てた」

 俺は、ペンを止めた。

「……キュララさん」

「ごめん」

「いえ」

「ほんとにごめん」

 彼女は、机に突っ伏した。

「私さ、三年間、ずっと『もらった』でやってきたの。何をもらって、いくらのもので、誰からもらったか、一個も覚えてない」

「……」

「今日、初めて数えようとして、分かった」

 彼女は、顔を上げた。

 アメジストの瞳が、赤くなっていた。

 泣いてはいなかった。眠いだけだった。たぶん。

「私、三年間、一回も自分の生活してなかったんだね」

◇◇◇

 その言葉に、誰も答えなかった。

 ニャングルの算盤が、かたかたと鳴っていた。

 それが止まった。

「……巡査長さん」

「はい」

「終わりましたわ」

 猫が、帳面を閉じた。

 三日と、十一時間。

 俺の書いた申告書は、九百四十枚になっていた。

◇◇◇

「三年間の収益、銀貨五百九十万枚」

 ニャングルは、静かに読み上げた。

「ただし、この収益のうち、実際にキュララはんの手に渡ったんは、銀貨三百枚」

「三十万円です」

「へえ」

 猫は、帳面を叩いた。

「納付すべき額は、収益の二割。銀貨百十八万枚」

「……十一億八千万」

「へえ」

「督促状は、十四億でした」

「あれは、総収入に対して計算されとります。経費を引いとらん」

 ニャングルは、煙管を咥えた。

「九百四十枚書いたおかげで、二億二千万減りましたわ」

 俺は、ペンを置いた。

 右手が、震えていた。

「キュララさん」

「はい」

「十一億八千万です」

「うん」

「代理店から戻る見込みが、十一億五千万」

「うん」

「足りない分は」

 俺は、暗算した。

「三千万です」

◇◇◇

 沈黙が落ちた。

 最初に口を開いたのは、キュララだった。

「……三千万」

「はい」

「二億五千万じゃなくて?」

「九百四十枚書いたので」

 彼女は、床に積まれた紙の山を見た。

 それから、俺を見た。

「……二億二千万、紙で減ったの?」

「はい」

「紙で」

「はい」

 キュララは、立ち上がった。

 そして、紙の山の前にしゃがみ込んだ。

 一枚、手に取った。

「これ、全部、巡査長が書いたの?」

「はい」

「三日で九百四十枚?」

「三日と十一時間です」

 彼女は、その紙をじっと見ていた。

 それから、小さく笑った。

「……寿司の二百四十枚のとき、私、意味あるのって聞いたよね」

「聞かれました」

「意味、あったね」

「あります」

◇◇◇

 だが、三千万は残っている。

「ニャングルさん。何か手は」

「ありますわ」

 猫は、即答した。

「三つほど」

「聞かせてください」

「一つ」

 ニャングルは、指を立てた。

「キュララはんの活動を、ポポロ村の広報事業として再構成しますねん。村が発注者、キュララはんが受注者。緩衝地帯は課税権の外やさかい、天界の取り分も——」

「それ、脱税です」

 猫の耳が、倒れた。

「ちゃいます。節税ですわ」

「実態が伴っていません」

「伴わせたら、よろしいですやん」

 俺は、ペンを取り直した。

 少し、考えた。

「……伴わせましょう」

 ニャングルが、顔を上げた。

「へ?」

「実態を、作ります」

◇◇◇

「キュララさん」

「はい」

「あなた、この村で何をしていますか」

 彼女は、きょとんとした。

「え? 配信」

「何を配信していますか」

「んー、納豆の話とか」

「あと」

「規約の読み上げ」

「それを見た人は、何をしましたか」

 キュララの動きが、止まった。

「……特定班、解散した」

「はい」

「あと、みんなで村のお金買った」

「はい」

 俺は、手帳を開いた。

「賢者君。ポポロ村の対外広報予算は」

『計上ナシデス』

「村の対外的な情報発信を担当している者は」

『存在シマセン』

「この一ヶ月で、村に流入した外貨は」

『銀貨四十二万枚』

 俺は、手帳を閉じた。

「村長」

 椅子で船を漕いでいたキャルルが、飛び起きた。

「はいっ」

「ポポロ村に、広報担当を置いてください」

 白い兎耳が、ゆっくりと立ち上がった。

◇◇◇

 キュララが、口を開けた。

「……え、私?」

「あなたです」

「え、でも、私、遊んでるだけだよ」

「あなたが読み上げた規約で、特定班が解散しました」

 俺は、指を一本立てた。

「あなたが呟いたことで、村に四億二千万が入りました」

 二本目。

「あなたが村の位置を隠したことで、村の防衛が保たれました」

 三本目。

「これは、広報です」

 キュララは、俺を見ていた。

 頭の輪っかが、ちかちかと点滅した。

 消えていた光が、戻りかけていた。

「……でもさ」

「はい」

「それ、ちゃんとやったら、税金かかるよね」

「かかります」

「天界にも、取られるよね」

「取られます」

「じゃあ意味なくない?」

 俺は、ペンを取った。

「意味はあります」

 俺は、白紙を一枚引き寄せた。

「今までは、一銭も手元に残りませんでした。これからは、残ります」

◇◇◇

 ニャングルが、算盤を取った。

 猫の目が、久しぶりに金貨の色に光っていた。

「巡査長さん」

「はい」

「それ、本気でやりますか」

「やります」

「ほな、契約書が要りますわ。村と、キュララはんの」

「作ります」

「業務範囲、成果指標、報酬の算定根拠、期間、解約条項」

「全部、書きます」

「あと、天界への納付の手続きも」

「書きます」

「三千万の分割返済の申請も」

「書きます」

 猫は、煙管を咥えた。

 そして、にやりと笑った。

「……何枚になりますやろな」

 俺は、白紙の束を引き寄せた。

「数えません」

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。