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【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


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EP 7

 天界からの督促状

 結論から言うと、優先度は低くなかった。

 翌朝、俺が封筒を渡すと、キュララは畳の上で三秒それを見て、封蝋の紋章を確認した瞬間、頭の輪っかがぶつりと消えた。

 電球が切れるみたいに。

「……あー」

 彼女は、封筒を受け取らなかった。

「開けて」

「ご本人宛ですが」

「いいから開けて」

 俺は、封を切った。

 中身は、一枚だった。

 上質な紙に、隙のない書式で印字されている。読む前から、これが何なのかは分かった。

 役所の紙は、どの世界でも同じ顔をしている。

◇◇◇

『天界セレスティア財務局 徴収第三課

 キュララ・アルセルラ 殿

 貴殿は下界降下後、天界籍を保持したまま下界において継続的収益活動を行っております。

 天界籍保持者規程第九条に基づき、下界収益の二割を天界へ納付する義務があります。

 貴殿の納付実績は、降下後、零件です。

 滞納額 銀貨 一,四〇〇,〇〇〇枚

 納付期限 本状到達後三十日

 期限内に納付なき場合、天界籍の強制抹消および下界資産の差押えを執行します』

◇◇◇

 俺は、二度読んだ。

「賢者君」

『ハイ』

「銀貨百四十万枚は」

『一四億円デス』

 畳の上で、キュララが仰向けに倒れた。

「……いち、じゅう、ひゃく」

「十四億です」

「うん」

 彼女は、天井を見たまま言った。

「私さ、払ってたよ?」

「払っていましたか」

「うん。たぶん」

「たぶん」

「……」

 キュララが、身を起こした。

「どこに払うんだっけ、これ」

◇◇◇

 二十分後、ニャングルが二〇三号室に呼ばれた。

 猫は、督促状を読んで、煙管を落とした。

「……十四億」

「うん」

「三年で、十四億」

「うん」

「キュララはん」

 ニャングルは、正座した。

「納めた記録は」

「たぶん、ある」

「どこに」

「口座に」

「どの口座ですのん」

「……あるでしょ、なんか。そういうの」

 猫が、床に額をつけた。

「巡査長さん」

「はい」

「この方、口座を把握してはりまへん」

「みたいですね」

「三年で百億動かして、口座を把握してまへん」

「みたいですね」

「……人間ですのん、これ」

「天使です」

◇◇◇

 その日の午後、交番のデスク室に五人が集まった。

 机の上に、キュララの持ち物が全部並べられた。

 鞄が一つ。カメラが一つ。光る板が一つ。そして、紙の束が少し。

「以上ですか」

「以上」

「三年分の記録は」

「これ全部」

 俺は、紙の束をめくった。

 半分は、配信の企画メモだった。残りは、広告代理店から来た契約書の写し。

 帳簿は、一枚もなかった。

「キュララさん」

「はい」

「帳簿は」

「ちょうぼ」

「帳簿です」

 キュララは、しばらく黙っていた。

 それから、真顔で聞いた。

「……なにそれ」

◇◇◇

 ニャングルが、椅子から落ちた。

「巡査長さん」

「はい」

「ワテ、今日はもう帰りますわ」

「待ってください」

「いや、あきまへん。これ、あきまへん。四十年商売しとりますけど、帳簿を知らん人間は初めてですわ」

「ニャングルさん」

「見たことないんですわ、そんな生き物」

 猫は、床にへたり込んだまま、キュララを指さした。

「この方、三年で百億動かして、自分がなんぼ持っとるか一遍も数えたことがないんですわ」

「数えたことあるよ」

「いつですか」

「……去年」

「なんぼでした」

「わかんない」

「数えてまへんがな!」

◇◇◇

 説明を聞くと、こういう仕組みだった。

 キュララの収入は、投げ銭、企業案件、グッズ印税、メンバーシップ収益の四本。

 全部、別の代理店が管理している。

 支出は、機材費、企画費、スタッフの給料、そして生活費。

 生活費は、リスナーが払っている。

 つまり彼女は、入る金も出る金も、自分の手を一度も通していない。

「代理店が振り込んでくるでしょう」

「振り込まれてる」

「どこに」

「口座」

「口座番号は」

「代理店が知ってる」

「残高は」

「代理店が知ってる」

 ニャングルが、煙管を咥えたまま呻いた。

「……巡査長さん。これ、もしかして」

「はい」

「この方、自分の金の在り処を一個も握ってはらへんのと違いますか」

 俺は、督促状を見た。

「たぶん、そうです」

◇◇◇

 その日の夜、キャルルが口を開いた。

 ずっと黙って、飴玉を舐めていた彼女が、ぽつりと言った。

「キュララちゃん」

「ん?」

「シェアハウスの家賃、誰が払ってた?」

「……え」

「四階建て、丸ごと借りてたよね。月に銀貨二千枚」

 キュララが、まばたきをした。

「……私?」

「払った記憶ある?」

「……」

 沈黙が落ちた。

 キャルルは、白い兎耳を垂らした。

「私、三分の一だけ自分で払ってたの。自分の部屋の分」

「え、なんで?」

「なんとなく」

 彼女は、飴玉の袋を弄んだ。

「元姫だから。王宮出るとき、お金の話で揉めたんです。だから、自分の分は自分で払うって決めてて」

 キュララは、しばらくキャルルを見ていた。

「……先輩、偉いね」

「偉くないよ。怖かっただけ」

◇◇◇

 三日かけて、洗った。

 ニャングルが代理店四社に照会をかけ、キャルルが記録を整理し、俺が照会の書式を作った。リーザは、届いた書類を種類別に分ける係になった。

 三日目の夜、猫が算盤を置いた。

「……出ましたわ」

 全員が、顔を上げた。

 ニャングルは、帳面を開いた。

「三年間の総収入、銀貨七百二十万枚」

「七十二億です」

「へえ。ほんで、支出」

 猫は、指を折った。

「機材費、銀貨三十万枚。企画費、二百十万枚。スタッフの人件費、百八十万枚」

「合わせて、四十二億」

「へえ」

 ニャングルは、次のページをめくった。

「ここからですわ」

「何がですか」

「代理店の手数料」

 猫の指が、止まった。

「……四社合計で、銀貨二百六十万枚」

 俺は、暗算をやめた。

「二十六億です」

「収入の、三十六パーセントですな」

 ニャングルは、煙管を咥えた。

「相場は、多くても二割ですわ」

◇◇◇

 キュララは、帳面を覗き込んでいた。

 表情が、なかった。

「……それ、多いの?」

「多いですわ」

「どのくらい」

「十六パーセント分、余計に抜かれとります」

 猫は、算盤を弾いた。

「三年で、銀貨百十五万枚」

「……十一億五千万」

「へえ」

 俺は、督促状を見た。

 滞納額、十四億。

 抜かれた分が、十一億五千万。

「ニャングルさん」

「へえ」

「これ、訴えられますか」

「契約書、どうなってますやろ」

 猫は、机の上の契約書の写しを引き寄せた。

 めくった。一枚、二枚、三枚。

 そして、途中で手が止まった。

「……巡査長さん」

「はい」

「サインがおまへん」

◇◇◇

 四社の契約書、全部。

 キュララの署名欄が、空白だった。

「……なんで」

 キュララが、契約書を見ていた。

「私、サインした記憶ないもん」

「したことないんですか」

「たぶん、ない」

「では、この契約は」

 ニャングルが、契約書を持ち上げた。

「成立してまへんな」

 猫の目が、金貨の色に光った。

「つまり、この三年間、四社はなんの権限もなく、この方の金を扱うとったことになりますわ」

 俺は、立ち上がった。

「賢者君」

『ハイ』

「無権限で他人の金銭を管理し、手数料名目で報酬を取得する行為は」

『帝国刑法、業務上横領ニ該当シマス』

◇◇◇

 その夜、俺は書式を作った。

 告訴状。四通。

 書きながら、キュララが横で見ていた。

「……ねぇ」

「はい」

「これ、出したらどうなるの」

「捜査が始まります」

「捕まる?」

「捕まるかどうかは、俺が決めることではありません」

 俺はペンを止めた。

「ただ、十一億五千万は、たぶん戻ってきます」

「……戻ってきたら、天界に払える?」

「足りません」

 俺は、正直に言った。

「十四億に対して、十一億五千万です」

「……二億五千万、足りない」

「はい」

 キュララは、畳の上であぐらをかいた。

 頭の輪っかが、まだ暗いままだった。

「ねぇ、巡査長」

「はい」

「私、どうやって二億五千万作るの」

 俺は、答えなかった。

 答えが、まだなかったからだ。

◇◇◇

 キュララが帰ったあと、ニャングルが残った。

 猫は、算盤を抱えて、机の前に座っていた。

「巡査長さん」

「はい」

「一個、気になっとることがありますねん」

「なんですか」

「この督促状、なんで今来たんですやろ」

 俺は、督促状を見た。

「……三年、来なかったものが」

「へえ」

 ニャングルは、煙管に火を入れた。

「天界の役所が、三年も取りっぱぐれに気づかんかった、いうことがありますやろか」

 俺は、しばらく黙っていた。

「……気づいていた」

「たぶん」

「では、なぜ今」

「そこですわ」

 猫は、煙を吐いた。

「何かが、変わったんですわ。三年間ほっといてええもんが、今月から放っとけんようになった」

 俺は、督促状の日付を見た。

 発行日は、十日前。

 俺は、手帳をめくった。

 十日前。

 この村で、何があったか。

「……賢者君」

『ハイ』

「十日前、この村で起きたことは」

『照合シマス。——キュララ・アルセルラ、ポポロ村へ転入。住民登録、就労許可、撮影許可ノ三件ガ受理サレテイマス』

 俺は、ペンを置いた。

「ニャングルさん」

「へえ」

「あの人、天界を脱走してきたんですよね」

「そう聞いとります」

「つまり、三年間、住所不定だった」

 猫の耳が、ぴくりと立った。

「……ああ」

「先月まで、天界はあの人の居場所を知らなかった」

 俺は、督促状を机に置いた。

「知ったのは」

「この村に、住民登録した時ですわ」

 俺は、自分の押した受理印を思い出した。

 十日前の、あの朝。

 書式を三回突き返して、四回目に通した、あの一枚。

「……俺が、教えたんですね」

「そうなりますな」

 ニャングルは、静かに言った。

「合法ですわ。どこにも落ち度はおまへん」

 窓の外で、赤色灯が回っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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