↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/34

EP 5

村が、観光地になりかけた

「両替手数料ですわ」

 猫は、あっさり認めた。

 翌朝、交番のデスク室。ニャングルは椅子の上に飛び乗って、煙管に火を入れながら言った。

「一件あたり、銀貨〇・三枚。三万一千件で、九千三百枚」

「九百三十万円です」

「へえ」

「三日で」

「へえ」

 俺は、手帳を開いた。

「ニャングルさん。これ、俺の返金処理に紛れてやりましたね」

「紛れてまへん。堂々とやりましたわ」

 猫は、煙を吐いた。

「巡査長さんが『手伝ってくれ』言うたさかい、手伝いましたんや。ほんで、手伝うには送金経路が要る。経路を作るには両替所が要る。両替所には手数料が要る。どこにも嘘はおまへんで」

 その通りだった。

 筋が、完璧に通っていた。

「開設の届出は」

「出しましたで。三日前に」

 ニャングルは、鞄から紙を出した。

「ほれ、受理印。あんさんが押しはりましたやろ」

 俺は、その紙を見た。

 確かに、俺の印が押してあった。

 三日前。返金処理の初日。徹夜明けの、午前四時。

「……覚えていません」

「せやろな」

 猫は、にやりと笑った。

「あんさん、あんとき三十六時間起きとりましたもん」

◇◇◇

「賢者君」

『ハイ』

「両替所の開設届を、俺が受理した時刻は」

『三日前、午前四時十二分デス』

「その直前、俺は何をしていた」

『三十七通信網分ノ返金書式ヲ作成中デシタ』

「……賢者君」

『ハイ』

「止めろよ」

『受理要件ニ不備ハアリマセンデシタ』

 俺は、額を押さえた。

「ニャングルさん」

「へえ」

「九百三十万、どうするんですか」

「村に入れますわ」

 猫は、あっさり言った。

「ゴルド商会の取り分は三割。残り七割は、ポポロ村の財政へ」

「……村に」

「うち、村の財務担当ですねん」

 ニャングルは、算盤を弾いた。

「今月の村の予算、ちょうど足りてまへんでした。防空ドームの拡張費でね。これで埋まりますわ」

 俺は、しばらく黙っていた。

 違法ではなかった。

 届出は出ていて、受理したのは俺で、金は村に入り、使途は防衛設備だ。

 どこにも、手帳を出す隙がない。

「……ニャングルさん」

「へえ」

「次から、徹夜明けの俺に書類を持ってこないでください」

「善処しますわ」

「今、嘘の匂いがしました」

「そら、猫ですさかい」

「関係ないです」

◇◇◇

 その日の昼、キャルルが交番に飛び込んできた。

 白い兎耳が、真上に立っていた。

「リオンさん」

「どうしました」

「うちの村、探されてます」

 俺は、湯呑みを置いた。

「……探されている?」

「キュララちゃんの配信のコメント欄です」

 彼女は、光る板を持っていた。借り物らしい。

 画面に、文字の帯が流れていた。

『緩衝地帯ってどこ』

『地図見たけど載ってない』

『村の名前わかる人いる?』

『背景の山の形からいけそう』

『日照角度から緯度出せる』

『交番の人に会いに行きたい』

『#交番の人に給料を の続報求む』

 俺は、画面を見た。

 最後の一行で、手が止まった。

『特定班、集合』

◇◇◇

「キュララさん」

 二〇三号室の扉を叩くと、十秒で開いた。

 彼女は、畳の上で寝転がっていた。寝間着のまま、光る板を天井にかざしている。

「あ、巡査長。おはよ」

「今、何時だと思いますか」

「んー、昼」

「正午です」

「じゃあ合ってるじゃん」

 俺は、部屋に入らずに言った。

「コメント欄を見ましたか」

「見たよ」

 彼女は、板を下ろした。

「特定班でしょ」

「……ご存じなんですね」

「知ってるよ。私が育てたんだもん」

 キュララは、起き上がった。

 あぐらをかいて、こちらを見る。

「昔、犯人追う配信やってたの。空から追いかけて、視聴者に情報集めさせて、三分で名前と住所出すやつ」

「……三分」

「うん」

「何人くらいで、やるんですか」

「数百人かな。通信解析とか、地図の読める人とか、そういうのが勝手に集まるの」

 彼女は、あくびをした。

「で、あの人たち、今ヒマなんだよね。私が追跡配信やめたから」

「やめたんですか」

「うん。飽きて」

◇◇◇

 俺は、村長邸へ向かった。

 キャルルは、机の前で腕を組んでいた。

 飴玉の袋が、机の上で潰れていた。握りつぶしたらしい。

「リオンさん」

「はい」

「うちの村、自警団が魔導戦車を二両持ってます」

「知ってます」

「農民がバズーカを磨いてます」

「知ってます」

「地下に、核シェルター並みの避難所が網の目みたいに掘ってあります」

「……それは、初耳です」

「今、言いました」

 キャルルは、兎耳をぴくりと動かした。

「観光客が来たら、どうなると思います」

「……」

「死にます」

 彼女は、真顔だった。

「うちの自警団、村の入り口に指向性地雷が埋めてあるんです。手動起動なので、普段は安全なんですけど」

「普段は」

「マンミアさんが、判断します」

「……マンミアさんの判断基準は」

「『村に無断で近づく武装集団』です」

 俺は、額を押さえた。

「武装していない観光客は」

「たぶん、大丈夫です」

「たぶん」

「五十人来たら、わかりません」

◇◇◇

 俺は、交番に戻って、白紙を並べた。

「賢者君」

『ハイ』

「配信ガイドラインを作る」

『了解シマシタ』

「条文を起こす。第一条から」

 三時間かかった。

 出来上がったのは、十七条だった。

 夕方、二〇三号室に持っていった。

 キュララが、それを受け取った。

 一枚めくった。

 二枚めくった。

 三枚目で、彼女は紙を下ろした。

「多いって」

「多くありません」

「十七条って何」

「十七条です」

「多いじゃん!」

 彼女は、畳を叩いた。

「せめて三つにして! 三つならみんな覚えるから!」

「削れません」

「なんで!」

「全部、必要だからです」

 俺は、一枚目を開いた。

「第一条。村の防衛設備、およびその一部を映してはならない。これには、自警団の装備、車両、地下構造物、通信設備を含む」

「うん」

「第二条。地形、日照、星位、その他から村の位置を推定しうる映像を公開してはならない」

「うん」

「第三条。村内の固有名詞のうち、村外に公開されていないものを発音してはならない」

「……」

「第四条。村人の顔、声、体格、種族的特徴のうち、個人を識別しうるものを——」

「あ、ごめん」

 キュララが、手を上げた。

「もういい」

◇◇◇

 彼女は、十七枚の紙を膝に乗せて、しばらく黙っていた。

 それから、ぽつりと言った。

「……これ、私が悪いんだよね」

「いいえ」

 俺は、即答した。

「え」

「ガイドラインが必要になったのは、村に配信が入ってきたからです」

「だから、私のせいでしょ」

「そうです」

「そうじゃん」

「でも、悪くはありません」

 俺は、畳に膝をついた。

「危険なものが入ってきたら、規則を作る。それが俺の仕事です。あなたが悪いから作るんじゃなくて、必要だから作るんです」

「……」

「村の入り口に柵を立てるのと、同じです」

 キュララは、紙の束を見ていた。

 頭の輪っかが、いつもより暗かった。

 それから、彼女は顔を上げた。

「ねぇ」

「はい」

「これ、配信していい?」

「……何をですか」

「これ」

 彼女は、十七枚を掲げた。

「読み上げる」

◇◇◇

 配信のタイトルは、こうなった。

『【規約】これから守ること全部読みます』

 午後八時。

 キュララは、畳に正座していた。

 いつもの地雷系ではなく、なぜか簡素な白い服を着ていた。

「はい、みんなこんばんは」

 彼女は、紙を持ち上げた。

「今日はね、規約を読みます。以上です」

 文字の帯が、流れた。

『は?』

『なにそれ』

『規約?』

『読み上げるの?』

「第一条。村の防衛設備、およびその一部を映してはならない。これには、自警団の装備、車両、地下構造物、通信設備を含む」

 彼女は、淡々と読んだ。

 声に抑揚がなかった。あえて、つけていなかった。

「第二条。地形、日照、星位、その他から村の位置を推定しうる映像を公開してはならない」

 文字の帯が、止まった。

 そして、また流れ始めた。

『声がいい』

『なんか落ち着く』

『読み上げASMR』

『眠くなってきた』

『天使ちゃんの朗読、初めて聞いた』

「第三条。村内の固有名詞のうち——」

◇◇◇

 三十分後。

 同時接続が、四百万を超えていた。

『規約読み上げASMR』

『これ需要ある』

『毎週やってほしい』

『第七条好き』

『第七条どこ』

『巻き戻した』

 俺は、部屋の隅で見ていた。

 隣で、ニャングルが煙管を咥えたまま呆然としていた。

「……巡査長さん」

「はい」

「規約を読んどるだけでっせ」

「はい」

「四百万人が、規約を聞いとります」

「はい」

「意味が分かりまへん」

「俺もです」

◇◇◇

 最後の条文を読み終えて、キュララは紙を下ろした。

「——第十七条。以上」

 彼女は、カメラを見た。

「で、一個だけ言っときます」

 文字の帯が、少しだけ止まった。

「村の場所、探さないで」

 彼女の声は、いつもより低かった。

「探さないでっていうか、探しても無駄だから。私も言えないし、言ったらここ追い出されるし」

『えー』

『会いに行きたかった』

『なんで』

『交番の人に給料渡したい』

「あー、それね」

 キュララは、ちょっと笑った。

「あの人、受け取らないよ」

『は?』

『なんで』

『8000万あったよね』

『全額返ってきたけど』

『なんで返ってきたんだろうと思ってた』

「全部返したの、あの人。八万二千四百十七件、三日かけて」

 文字の帯が、一瞬、空白になった。

「規程で受け取れないんだって。だから、返した。手作業で」

 彼女は、頬杖をついた。

「で、私が『欲しくなかったの?』って聞いたら、『欲しかった』って言ったの。三十秒考えたって」

『三十秒』

『人間じゃん』

『三十秒で戻ってくるの強すぎる』

『8000万を3日で返すほうが労力やばくない?』

「そうなんだよね」

 キュララは、笑った。

「受け取るより、返すほうが大変なの。でもあの人、大変なほうをやるんだよ」

◇◇◇

 配信が終わったあと、コメント欄に一つの動きが出た。

『特定班、解散でいいですか』

『了解』

『撤収』

『会いに行くのやめます』

『規約守ります』

『#交番の人に給料を は続けます』

 翌朝、キャルルが交番に来た。

 光る板を持って、俺の前に置いた。

「リオンさん。特定班、解散したそうです」

「……解散」

「はい。キュララちゃんが言ったからって」

 俺は、画面を見た。

 文字の帯が、まだ流れていた。

『天使ちゃんが守れって言ったから守る』

『規約読み上げ、また聞きたい』

『第七条、結局どれ?』

「……第七条は、映像の保存期間についてです」

「言わないでください。第三条です」

「……すみません」

◇◇◇

 その夜、二〇三号室の前を通ると、扉が開いていた。

 キュララが、畳の上に十七枚を並べていた。

「キュララさん」

「あ、巡査長」

 彼女は、顔を上げた。

「見て。私、第七条だけ暗記した」

「なぜ第七条を」

「一番人気だったから」

 彼女は、紙を指さした。

「あのさ」

「はい」

「私、三年間、規約って破るものだと思ってたんだよね」

「……」

「配信の規約とか、天界の規約とか。全部、抜け道を探すためにあるって」

 キュララは、畳の上の紙を手で撫でた。

「でも、これ、守らせるために作ったんじゃなくて、守るために作ったんでしょ」

 俺は、答えた。

「そうです」

「そっか」

 彼女は、紙を揃えた。

 そして、一番上の一枚を持ち上げて、言った。

「ねぇ、これ、来週も読んでいい?」

「どうぞ」

「毎週やろうかな。シリーズ化」

「十七条しかありませんが」

「じゃあ増やして」

「……増やしません」

◇◇◇

 その翌日の朝、村の郵便受けに、封筒が一通入っていた。

 村の郵便受けは、村長邸の前にある。ポポロ村に届く郵便は、全部そこに集まる。

 キャルルが、それを持ってきた。

「リオンさん。これ、キュララちゃん宛なんですけど」

「差出人は」

「書いてないんです」

 彼女は、封筒を差し出した。

 上等な紙だった。この世界のものではない手触りがする。

 そして、封蝋が押してあった。

 俺は、その紋章を見た。

 翼と、天秤。

 見たことのある図柄だった。

 十七年前、荒野の交番の前で、六枚の翼を持った女が立っていたとき。

 彼女の胸当てに、同じ紋章が刻まれていた。

「……賢者君」

『ハイ』

「この紋章は」

『照合完了』

 賢者君の声が、いつも通り平坦に言った。

『天界セレスティア、財務局』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。