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【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


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EP 2

 手取り十四万の内訳と、クビになる条件

 懲戒解雇。スキル剥奪。

 その八文字を三回読み返して、俺は事務机に突っ伏した。

「ふざけんな。不労所得じゃなかったのかよ」

 ブラック企業の影が、異世界にまで追いかけてきたような気がして背筋が凍る。屋根も飯も金も、全部この【犬のお巡りさん】から出ている。クビになった瞬間、俺と母さんは何もない荒野に取り残されるわけだ。

「リオン? どうしたの、難しい顔して」

 仮眠室から出てきた母さんが、寝袋に包まれたまま首を傾げた。髪に寝癖が立っている。昨夜は温かいシャワーを浴びて、羽毛の寝袋で眠って、朝まで一度も起きなかったらしい。追放された翌朝の顔ではない。

「なんでもない。ちょっと、雇用契約書を読んでただけ」

「こよう……?」

「働き方の話。母さん、朝飯にしよう」

 給湯室のボタンを押す。チーン、という音とともに、炊きたての米麦草の飯、豆腐とワカメの味噌汁、そして納豆と生卵が出てきた。

「まあ、昨日のお肉と違って、今日は随分と質素なのねぇ。このネバネバしたお豆はどうやって食べるの?」

「タレとカラシを入れて、百回くらい混ぜる。それを飯に乗せる」

 母さんは不思議そうな顔で納豆をかき混ぜ、恐る恐る一口食べた。

 次の瞬間、顔がパァッと明るくなる。

「美味しい! なにこれ、ご飯が無限に食べられちゃうわ!」

 ズズッと味噌汁をすする音が、荒野のど真ん中の交番に響く。前世では朝飯といえば五分でゼリー飲料を流し込むだけだった俺にとって、座ってゆっくり食べる朝食は涙が出るほど贅沢な時間だ。

 しかし、感傷に浸っている場合ではない。

 俺には調べなければならないことがある。

◇◇◇

 交番の間取りを、改めて頭に入れる。

 入り口を入ってすぐがデスク室。事務机とロッカー、そして『指名手配』のポスターが貼られた掲示板。なぜか全部ルナミス語で書かれている。

 奥に進むと、取調べ室。仮眠室。給湯室。シャワールーム。武器庫と装備庫。証拠品保管室。そして、鉄格子のついた留置房が二つ。

「……留置房。使う日が来るのかね、これ」

 そして事務机の上には、黒い四角形。

 電源ボタンを押すと、ブォォン、と低い音がして画面が光った。ルナミス帝国の紋章と、地球儀のマークが交差する起動画面。

『ピロッ。起動完了。AI賢者君デス。リオン巡査、着任オ疲レ様デス』

「賢者君。聞きたいことがある」

『ドウゾ』

「この『懲戒解雇』ってのは、具体的にどうなったら発動するんだ」

『説明シマス。当該スキルハ、大宇宙管理局規定ニ基ヅク階級職デス。毎月一度、昇級試験ガ実施サレマス。判定項目ハ三ツ』

 画面に、無機質な項目が並んだ。

 一、学科試験(法令および職務知識)

 二、勤務態度(巡回記録・報告書の提出状況)

 三、民意の信頼度(管轄内住民からの評価)

『合格点ヲ満タセバ昇級。基本給ガ上ガリ、新規装備ガアンロックサレマス。逆ニ、三項目ガ著シク基準ヲ下回ル状態ガ続イタ場合、戒告、減給、懲戒解雇ノ順ニ処分ガ下リマス』

「……つまり、寝てるだけだと詰む」

『ソウナリマス』

 俺は頭を抱えた。

 だが、よく読むと「一日二十四時間、血の汗を流して働け」とは書いていない。要するに、最低限の巡回をして、近隣住民とそこそこ良好な関係を築いて、報告書を出していればいい。

 前世の営業職で培った、あの技術が火を吹く時だ。

 外回りと称して公園のベンチで昼寝をしつつ、日報だけは完璧に仕上げるあのテクニック。町内を適当に自転車で回って、おばちゃんに笑顔で挨拶して「頑張ってるお巡りさんアピール」をする。それだけでいいなら、前世のノルマに比べれば天国みたいな業務内容だ。

「よし、方針は決まった。適度に働き、基本は事勿れ主義。ご近所トラブルだけを笑顔で仲裁して、手取り十四万を死守する」

『承知シマシタ。ナオ、階級一覧ヲ表示シマスカ』

「階級?」

『ハイ。巡査ハ最下級デス』

 俺は思わず身を乗り出した。

「見せてくれ」

 画面が切り替わる。

【階級一覧】

 巡査   現在階級。自転車・警棒・手錠・交番支給

 巡査長  盾、魔導制圧散弾銃、巡査ゴーレム一体、PX機能、一二五ccバイク

 巡査部長 通信機、巡査ゴーレム三体、偵察ドローン、軽パトカー

 警部補  巡査ゴーレム五体、自爆ドローン、完全防護服、パトカー

 警部   巡査ゴーレム十体、MP5、装甲車

 警視   SATゴーレム五体、防弾シールド強化、ドローン部隊、指揮車

 警視正  SATゴーレム二十体、特殊狙撃班、爆発物処理班、大型装甲車

 警視長  機動隊ゴーレム百体、ヘリコプター召喚、広域通信網

 警視監  全ゴーレム強化、大規模結界、魔物鎮圧部隊

 警視総監 ゴーレム無制限、警察本部召喚、異世界全域通信網、治安維持結界

「……おい」

 最後の方、明らかに一個人の持っていい戦力ではない。

 というか、ゴーレム。部下だ。俺に代わって働いてくれる存在だ。

「賢者君。この巡査ゴーレムってのは、命令できるのか」

『ハイ。巡査長以上ノ階級デ一体支給。指揮権ハ巡査長ニ帰属シマス』

「……部下、か」

 前世で二十五年間、ずっと命令される側だった。誰かに「これやっといて」と言えたことなど一度もない。

 そして俺はもう一度、一覧の一番上に目を戻した。

「賢者君。階級が上がると、基本給はいくら上がる」

『一階級ニツキ、二万円』

「じゃあ巡査長になったら手取り十六万か」

『イイエ』

 画面に、新しい一文が出た。

『維持費モ同時ニ二万円上昇シマス。PX機能、ゴーレム稼働費、車両整備費ガ加算サレル為デス。手取リハ、一四〇〇〇〇円デ固定サレマス』

「…………」

「…………は?」

『手取リハ、生涯一四〇〇〇〇円デ固定サレマス』

「昇進しても給料増えないのかよ!」

『ソウナリマス』

 俺は事務机に再び突っ伏した。

 なんだこの制度。責任と装備だけが増えて、財布の中身は永遠に十四万。

 どこの世界にもあるんだな、こういうの。

◇◇◇

 昼過ぎ。

 俺はデスク室の窓から、ぼんやりと荒野を眺めていた。

 母さんは畑を作ると言って、ズタ袋から持ち出した太陽芋の苗を外の土に植えている。追放された翌日に畑を作り始める女、強すぎる。

 そのとき、視界の隅で、机の上の何かが光った。

 チャリン。

 チャリン、チャリン、チャリン。

 事務机の上に、金貨が落ちてきていた。どこから出ているのかもわからない。ただ、ぽとり、ぽとりと、規則正しく積み上がっていく。

 数えた。十四枚。

『給与ガ支給サレマシタ。金貨一四枚。以上デス』

 俺は、金貨の山をじっと見つめた。

 前世。給料日。スマホの通知を開いて、振り込まれた額面から家賃と光熱費と奨学金と、ストレス発散の飲み代を引いていくと、手元にはほとんど何も残らなかった。あれだけ怒鳴られて、あれだけ謝って、残るのは数万円だった。

 今、目の前にあるのは十四万円。家賃も光熱費も食費も、既に引かれた後の金額だ。

 使い道が、全部自由。

「……ふっ」

 笑いが漏れた。

 俺は金貨を一枚つまみ上げ、光にかざしてみる。ずしりと重い。本物だ。

「母さん」

 外に向かって声を張り上げる。土まみれの母さんが顔を上げた。

「なぁに、リオン」

「今度、この金でタローマンに行こう。欲しいもん買っていいよ」

 母さんは目を丸くして、それから、ふにゃりと笑った。

「じゃあ、園芸用の良いスコップが欲しいわ」

「……もっと他にあるだろ」

◇◇◇

 夕方。

 巡回の予定も特にないまま、俺は交番の引き戸を開けて外に出た。パトロールの真似事でもして、勤務態度の点数を稼いでおこうと思ったのだ。

 そこで、足が止まった。

 交番の入り口の、ちょうど三和土のあたり。

 泥だらけの、小さな靴が片方だけ置かれていた。

 子供のものだ。俺のより少し大きい。相当履き込まれていて、底が減っている。

「……賢者君。落とし物だ」

 俺は靴を拾い上げた。

 乾いた泥の匂いに混じって、かすかに汗の匂いがする。新しい。今日のものだ。

 顔を上げて、荒野を見渡す。赤茶けた大地。転がる岩。夕日が長い影を作っている。

 その、岩陰。

 こちらを見ている目が、あった。

 一つではない。二つ、三つ、四つ。

 ぱっと引っ込む。小さな足音が、複数。

(……子供? こんな荒野に?)

 俺は靴を握りしめたまま、その場に立ち尽くした。

 赤色灯が、背後でクルクルと回っている。

 この交番は、どうやら本当に、誰も来ない場所に建ったわけではないらしい。

読んでいただきありがとうございます。

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