↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/34

第一章「嘆きの荒野交番、開設します」

過労死しました。異世界で交番をもらいました

「お客様は神様だろ! この不良品どうにかしろ!」

 休日の家電量販店。フロアに響き渡る怒声に、俺——高杉隼斗は本日五十回目の、角度四十五度の謝罪を繰り出していた。

 カウンターに叩きつけられているのは、液漏れした百円の乾電池だ。保証期間はとうの昔に切れている。どう見ても経年劣化。それでも男は、交通費を寄越せと三十分怒鳴り続けている。

(ああ、お客様。それ、うちの管轄外なんですけど)

 心の中でだけ呟く。口に出せば終わりだ。うちの会社は「クレームは営業の恥、全て笑顔で自己処理しろ」という昭和の根性論がまかり通る職場で、上に報告すれば逆に三時間の説教が確定する。

 連日のサービス残業。終わらないノルマ。食事はコンビニのゼリー飲料だけ。俺のHPとMPは、とっくの昔にマイナスを振り切っていた。

「申し訳ござ……い、ま、せ……」

 ズキリ、と。

 心臓が握り潰されるような痛みが走った。視界が暗転し、床のPタイルがものすごい速さで顔に迫ってくる。

「え? おい、ちょっと待て、俺は何もしてねえぞ!」

 最後に聞こえたのは、クレーマーの焦った声だった。

(あ、やった……。これで明日、会社に行かなくて済む)

 そんな安堵にも似た思考を最後に、高杉隼斗二十五歳の人生は幕を閉じた。

◇◇◇

 次に目を覚ますと、真っ白な空間の真ん中にコタツがあった。

 飲みかけの缶ビール。食べかけのポテトチップス。灰皿。そしてコタツに寝転がり、スマホに向かって奇声を上げている、くすんだピンクの芋ジャージの女。背中には、申し訳程度の白い羽。

「キャアアッ! 月人くぅぅん、今のウインク最高ぉぉ! スパチャ、スパチャしなきゃ!」

「……あの、すいません。俺、死にました?」

「あぁん? 死んだのよ、過労死。あたしは世界神ルチアナ。永遠の十七歳。はい転生ね、剣と魔法の世界。テンプレ」

「え、待ってください、チート能力とかは」

「うるさいわね、今いいとこなの! ほら、スキル適当に付けたげるから!」

 女神は画面をテキトーにスワイプし、ポンとタップした。

「よし、なんか付与したわ。じゃ、達者でね」

「なんか付与したって、何を——」

 食い下がろうと一歩踏み出した瞬間、ルチアナがコタツを蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。その足元には、イボイボの敷き詰められた健康サンダル。

「推しの配信の邪魔すんなっつってんでしょォォオオオ!」

 ドゴォンッ。

 鼻っ柱にイボイボがめり込む感触を最後に、俺の意識は宇宙の彼方へ吹き飛ばされた。

◇◇◇

 そこから、三年。

 俺はルナミス帝国アルディス伯爵家の三男坊、リオン・フォン・アルディスとして、順調にすくすく育った。

 母は第三夫人のマリア。元はホームセンター『タローマン』の園芸コーナーでパートをしていた平民だ。セメント袋を笑顔で担ぐ姿に父が惚れたらしい。貴族の妻なのにドレスを着ず、作業着のサロペットで庭の芋を掘っている。俺はこの人が好きだ。

 そして今日、三歳になった俺は、広間の祭壇の前に立たされている。

 スキル検査。この世界で、人生が決まる日だ。

「リオン、大丈夫よ。どんな結果でも、あなたは母さんの宝物だからね」

 母が俺の手を握る。その手は、震えていた。

 俺はペタリと水晶に触れた。

 光。浮かび上がる文字。

【犬のお巡りさん】

 広間が、水を打ったように静まり返った。

「……犬の、お巡りさん?」

「なんだそれは。魔法でも闘気でもないぞ」

「ぷっ、くくくっ……伯爵家の息子が、犬っころの衛兵?」

 嘲笑がさざ波のように広がっていく。長男は炎魔法と剣術、次男は土魔法と闘気強化。そこへ来て、犬のお巡りさんである。

「素晴らしいスキルですこと。血は争えませんわね。タローマンのパート上がりから生まれた子ですもの」

 第一夫人が扇子で口元を隠して笑う。

 そして上座から、父グレゴール・フォン・アルディス伯爵が、赤黒く染まった顔で立ち上がった。

「——なんだ、そのフザケた名は!」

「あ、あなた、この子はまだ三歳で……」

「黙れ、マリア! 所詮は平民の嫁の息子ということか!」

 父は俺たちを見下ろし、決定的な一言を放った。

「アルディス伯爵家に、犬っころの居場所など無い。貴様ら、母子ともにこの家から出て行け」

 母が悲鳴を上げる。衛兵が俺たちの腕を乱暴に掴む。母は「ごめんね、ごめんねリオン」と繰り返しながら、大粒の涙をこぼしていた。

(——よし、言質は取った)

 跡継ぎ争いも、マナー講座も、領地経営も、これで全部おさらばだ。

◇◇◇

 荷馬車が止まったのは、日がすっかり落ちた頃だった。

「ここが伯爵領の境界線、嘆きの荒野だ。魔獣の餌になるか野垂れ死ぬかは勝手にしろ」

 衛兵は荷物のズタ袋ごと俺たちを放り出し、土煙を上げて去っていった。

 乾いた風。赤茶けた大地。遠くから聞こえる獣の遠吠え。木も洞窟もない。三歳児とか弱い女が一晩越せる場所ではない。

「……大丈夫よ、リオン。母さんが絶対に守るから。昔、資材置き場で野宿したこともあるの。まずは風を凌げる窪地を探して、火を——」

 母の声は震えていた。強がりなのは明らかだった。

 それでも、俺のために母親をやろうとしている。その横顔を見て、腹の底に何かが灯った。

 俺は母の腕からするりと降り、両足で荒野の土を踏みしめた。

「リオン!? 危ないわ、離れちゃ——」

「大丈夫だよ、母さん。もう無理しなくていい」

 三歳児の舌足らずをやめて、二十五歳の声で言った。

「え……? リオン、あなた、喋り方が……」

「ずっと黙っててごめん。ここからは、俺の仕事だ」

 何もない空間に、右手を突き出す。魔力を練り上げ、強く念じた。

「——『交番召喚』」

 パァンッ。

 荒野のど真ん中に魔法陣が展開し、光の柱が立ち昇った。地面がゴゴゴと鳴動し、四角い建物が下からせり上がってくる。

 ガラス張りの引き戸。掲示板。そして屋根の上で、クルクルと回る赤い光。

 赤色灯だ。

 入り口の看板には、ルナミス語でこう書かれていた。

『アルディス領 嘆きの荒野交番』

「え……お家? 魔法で、お家が建ったの……?」

 腰を抜かしかけている母の手を引いて、俺は引き戸を開けた。

 ウィーン。

 ブワッと温風が二人を包み込む。外の刺すような寒さが嘘のように、室内は適温に保たれていた。蛍光灯。グレーの事務机。奥に並ぶいくつかの扉。

「暖房が効いてる。奥は仮眠室で、寝袋がある。シャワーも出るよ。壁は魔獣が突っ込んできても壊れない」

「……リオン、これ……」

「母さん。腹、減ってるだろ」

 俺は給湯室の配膳ボックスの前に立ち、ボタンを押した。

 チーン。

 扉が開く。湯気を立てる丼と、熱い緑茶を乗せたお盆が現れた。出汁と醤油の甘じょっぱい匂いが、狭い交番いっぱいに広がっていく。

「どうぞ。カツ丼」

 母は震える手で箸を取り、黄金色のカツと半熟卵のかかった飯を一口、口に運んだ。

 そして、目を見開いたまま固まった。

「…………っ!」

 ボロボロと、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「なにこれ……美味しい……すっごく、美味しい……っ」

 それは追放された時の涙ではなかった。温かい部屋で、温かい飯が食えた。ただそれだけの、安堵の涙だった。

「よかった。朝は納豆定食、夜はカップ麺だ。食費は一生タダだよ」

「リオンっ……あなた、すごい子ねぇ……!」

 母がタローマン仕込みの馬鹿力で抱きしめてくる。骨が軋む。

 外では魔獣が吼え、冷たい風が吹き荒れている。だが、この四角い建物の中だけは、完全な安全地帯だった。

 俺は母の背中を叩きながら、空中に浮かぶ半透明の画面に目をやった。

【名前】リオン・フォン・アルディス

【階級】巡査

【ユニークスキル】犬のお巡りさん

【給与】月給 一八〇〇〇〇円

    交番維持費 −四〇〇〇〇円

    手取り 一四〇〇〇〇円

 家賃ゼロ。光熱費ゼロ。食費ゼロ。

 その上で、毎月十四万円。

 前世で血反吐を吐いて営業成績を上げても、みなし残業という魔法の言葉で一円も増えなかった俺の給料。それが今、ただ息をしているだけで振り込まれると言っている。

「……不労所得、万歳」

 もう誰にも謝らない。もう誰にも怒鳴られない。ここで母さんと、静かに暮らす。

 そう決めた、その時だった。

 画面の一番下。さっきまで見えていなかった小さな注意書きが、じわりと浮かび上がってきた。

『※警告:完全な職務放棄が確認された場合、戒告、減給、

 最悪の場合は懲戒解雇(スキル剥奪)となります』

「…………え?」

 赤色灯が、クルクルと回っていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。