EP 3
五円玉と、虹色スパチャ
リーザの処分は、訓告で済ませた。
被害額は銀貨三十枚。被害者は不詳。本人の弁明は「フードロスの未然防止」。
俺は調書を書き、本人に読み聞かせ、署名させた。
「……これ、記録に残りますの?」
「残ります」
「一生?」
「一生です」
「母に知られたら、私、海に帰されますわ」
「王女様の母君に、ポポロ村の訓告記録を照会する権限はありません」
リーザが、涙目で俺を見上げた。
「……本当ですの?」
「本当です」
「巡査長」
「はい」
「あなた、意外といい人ですのね」
「三十貫分の書類を書いたのは俺です」
「…………」
「二度目はありません」
◇◇◇
翌日の昼、広場に二つの人だかりができていた。
正確には、一つの人だかりと、一つの空き地だった。
空き地のほうに、みかん箱が置かれている。
その上に、芋ジャージが立っていた。
「——本日もご清聴ありがとうございますわあああ!」
拍手は、一人分だった。
太陽芋の畑から帰ってきた農夫が、鍬を担いだまま手を叩いて、そのまま通り過ぎていった。
リーザは、深々と一礼した。
それから、足元の空き缶を覗き込んだ。
中身を掌に出す。
五円玉が、三枚。
「……ふふっ。今日も大盛況ですわ」
そして、彼女は顔を上げた。
五メートル先を見た。
◇◇◇
五メートル先に、人だかりがあった。
その中心で、キュララが地面に座っていた。
あぐらではない。膝を崩して、両手を後ろについて、だらしなく座っている。
その前に、光る板が浮いていた。
「——でさぁ、今日の朝ごはんなんだけどね」
彼女は、あくびをしながら喋っていた。
「納豆っていうのが出てきたの。白いご飯の上に、茶色くてネバネバしたやつ乗せるやつ。知ってる? あれさ、混ぜるんだって。何回混ぜるかで味が変わるらしくて」
文字の帯が、猛烈な勢いで流れていた。
「で、五十回混ぜた。……うん、五十回」
『混ぜた回数の話を15分してる』
『なんで見てるんだろう』
『納豆の話で同接300万』
『天才か?』
『癒される』
「……で、思ったんだけど、これ百回混ぜたらどうなるの?」
その瞬間だった。
板の横が、虹色に光った。
一度ではない。
連続して、何十回も。
「うわ、ありがと〜! え、なにこれ。百回混ぜろって? いいよ、じゃあ今度やる」
虹色が、加速した。
俺は、後ろで見ていたニャングルに聞いた。
「……今の、なんですか」
「投げ銭ですわ」
猫の目が、細く光っていた。
「一件、銀貨五枚から百枚」
「今、何件ありました」
「三百二十七件ですな」
俺は、暗算をやめた。
◇◇◇
三十分後。
キュララが配信を切った。
のびをして、光る板を畳んで、立ち上がった。
「あー、疲れた」
その背後で、みかん箱の上から、小さな音がした。
膝から落ちる音だった。
「……なぜですの」
リーザが、地面に手をついていた。
「なぜ」
「リーザ?」
「なぜですのおおおおお!」
人魚姫が、跳ねた。
キュララに飛びかかるのではなく、彼女の目の前に着地して、指を突きつけた。
「私は! 三十分! 全力で! 歌いましたのよ!」
「うん」
「発声練習を三時間やって、喉を温めて、腹から声を出して、三曲歌いましたわ!」
「すごいね」
「五円玉が、三枚ですわ!」
リーザは、掌を開いた。
五円玉が、三枚。合計十五円。
「あなたは!」
彼女は、キュララを指さした。
「そこに座って! 納豆の話を! しただけですわよね!?」
「うん」
「なぜですの!?」
キュララは、少し首を傾げた。
それから、にっこり笑った。
「んー、需要」
「じゅ、じゅよ……」
リーザが、白目を剥いて後ろに倒れた。
◇◇◇
「勝負ですわ」
交番に運び込まれたリーザは、目覚めて三分でそう言った。
「アイドル対決ですわ。ステージは広場、同時刻、同条件。審査は投げ銭の総額」
「負けるよ?」
「ですから勝負ですのよ!」
キュララは、机の上のみかんを剥きながら言った。
「や、勝負にならないって言ってるの。だって私、九千五百万人いるもん。リーザ何人?」
「……三十七人ですわ」
「三十七人」
「あなたに取られたので、今は九人ですわ」
「九人」
キュララが、みかんを剥く手を止めた。
「……え、九人?」
「九人ですの」
「三年で九人?」
「三年で三十七人まで増やしましたのよ! それをあなたが!」
「あー、うん。そうだったね」
天使は、みかんを一房、口に入れた。
「じゃ、やろっか」
「よろしくて!?」
「うん。撮れ高になるし」
◇◇◇
対決は、その日の夕方に組まれた。
場所は、村の広場。
リーザのみかん箱を中央に置き、五メートル離れた位置にキュララの配信位置を取る。開始時刻は同時。三十分一本勝負。
審査員は、俺だった。
「なぜ俺なんですか」
「公正だからですわ」
「村長では」
「あの人、キュララの保証人ですのよ」
「ニャングルさんは」
「あの猫、両方に賭けてますわ」
広場の隅で、猫が帳面を開いていた。
「はいはい、賭けの締め切りは開始五分前ですわ。現在、キュララはん一・〇一倍、人魚姫はん八十七倍」
「……ニャングルさん」
「へえ」
「それ、賭博です」
猫の手が、止まった。
「……賭博ですか」
「賭博です」
「胴元が取るのは」
「取らなくても賭博です」
「……解散」
◇◇◇
開始五分前。
俺は、広場の真ん中に立っていた。
右にみかん箱。左に桜色の天使。
村人が、三十人ほど集まっていた。
その光景を見ながら、俺は手帳を開いた。
そして、あるページを見た。
「……賢者君」
『ハイ』
「ポポロ村路上興行規則、第三条を読み上げてくれ」
『了解シマシタ』
電子音が、平坦に読み上げた。
『第三条。同一区域内における路上興行の許可は、一日一組までとする。ただし村長が公益上必要と認めた場合は、この限りでない』
俺は、手帳を閉じた。
そして、広場の中央から、両方に向かって言った。
「——両方、許可を取り消します」
◇◇◇
広場が、静まり返った。
「……は?」
「なんですって?」
二人が、同時にこちらを向いた。
「同一区域内の路上興行は、一日一組までです」
俺は、手帳を掲げた。
「本日の許可は、朝の時点でリーザさんに下りています。キュララさんの配信は、その五メートル隣で行われました」
「え、私、配信だよ? 興行じゃなくない?」
「対価を受け取っていますね」
「……投げ銭は」
「投げ銭は対価です」
キュララの頭の輪っかが、ちかちかした。
「じゃあ、朝のやつも」
「違反です」
「……私、朝から納豆の話しかしてないんだけど」
「納豆の話でも、対価が発生していれば興行です」
◇◇◇
リーザが、勝ち誇った。
「ふふっ。ふふふふ! ざまあありませんわね! つまり、私の勝ちですわ!」
「王女様」
「はい」
「あなたの許可も取り消します」
「なぜですの!?」
「同一区域で二組が実施された時点で、規則違反が成立しています」
俺は、書式を出した。
「主催者双方に、是正を求めます。今日の分の投げ銭は、両者とも一旦預かります」
キュララが、飛び上がった。
「待って待って待って! 今日の分って」
「いくらですか」
「……百二十万くらい」
「預かります」
「ちょっと!」
「王女様は」
「十五円ですわ」
「預かります」
「十五円を!?」
◇◇◇
三分後。
広場の隅に、芋ジャージと地雷系が、肩を並べてしゃがんでいた。
二人とも、こちらに背を向けている。
ひそひそと話していた。
「……ねぇ、リーザ」
「なんですの」
「あいつ、やばくない?」
「やばいですわ」
「私たち、今日、何もしてないよね?」
「歌っただけですわ」
「納豆の話しただけだよ」
二人は、同時に振り返った。
目が、合った。
そして、二人同時に立ち上がった。
「——同盟ですわ!」
「組むわ!」
◇◇◇
俺は、その様子を見ていた。
隣で、キャルルが飴玉を舐めている。
「リオンさん」
「はい」
「あれ、狙ってやりました?」
「何がですか」
「あの二人、昨日まで殴り合ってたんですけど」
キャルルは、白い兎耳をこちらに向けた。
「共通の敵を作ると、人って仲良くなるんですよ」
「……規則を適用しただけです」
「ふーん」
「本当です」
「リオンさん、心音、ちょっと乱れましたよ」
俺は、湯呑みを傾けた。
空だった。
◇◇◇
翌朝。
交番の引き戸が、勢いよく開いた。
「——請願ですわ!」
芋ジャージと地雷系が、並んで立っていた。
リーザが、巻物を突き出した。
「ポポロ村路上興行規則、第三条の改正を求める請願書ですわ!」
「……請願」
「同一区域における興行の組数制限を、一日一組から無制限に改めることを求めます!」
俺は、巻物を受け取った。
「請願は、村長宛です。交番ではありません」
「村長は、この女の保証人ですわ」
「……」
「よって、公正な第三者であるあなたに提出しますの」
筋は通っていた。
通っていたので、俺は巻物を開いた。
署名欄が、並んでいた。
一枚目。二枚目。三枚目。
巻物が、床に落ちて転がった。
そのまま、デスク室を横切り、廊下に出て、給湯室の前まで転がっていった。
俺は、巻物の端を持ったまま立ち尽くした。
「……キュララさん」
「ん?」
「これ、署名は何件ですか」
天使は、指を折った。
「んー。昨日の夜、配信で募集したから」
彼女は、にっこり笑った。
「八千万くらい?」
読んでいただきありがとうございます。
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