↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/34

第二章「帝都・炎上編」

 月収二億が、家賃三万に引っ越してきました

 その日、ポポロ村の空に、桜色のものが落ちてきた。

 俺は畑の見回りの途中だった。太陽芋の畝の間を歩いていると、頭上で妙な音がした。

 羽ばたく音ではない。もっと軽い、紙をめくるような音だ。

 見上げると、光っていた。

 輪っかだ。頭の上で、ネオンみたいにピカピカ光る輪っかが、こちらに向かって降下してきている。

「——はいっ、到着ー!」

 広場の中央に、砂埃を上げて着地した。

 背中に、小さな白い翼。二枚。あの面積で飛べる理屈が分からない。

 桜色のツインテール。アメジストの瞳。上着は袖が異様に長くて、スカートには謎のベルトが何本も垂れている。この世界のどの民族衣装にも当てはまらない。

 彼女は、浮かんでいる光る板に向かって、両手でハートを作った。

「みんな見てる〜? 今日からね、私、緩衝地帯に住みまーす」

◇◇◇

「嘆きの荒野交番、巡査長のリオンです」

「わっ、早っ」

 天使が、振り返った。

「着地して十秒だよ? 何、この村、警察の反応こんな早いの?」

「畑にいたので」

「畑に警察いるんだ」

「見回りです」

 彼女は、光る板を軽く押した。

 板が、ふわりと浮いて、俺の顔の高さで止まった。

「あ、ちょっと映ってもらっていい? ほら挨拶して」

「待ってください」

 俺は、手を上げた。

「今、撮っていますか」

「撮ってるよ。配信中」

「撮影の許可は、どちらで取られましたか」

 天使が、まばたきをした。

「……許可?」

「はい」

「え、いる?」

「要ります」

◇◇◇

 交番のデスク室に、桜色の天使が座っていた。

 椅子の上で膝を抱えて、足をぶらぶらさせている。頭の輪っかが、蛍光灯より明るい。

「キュララ・アルセルラ。二十歳。天使族」

 彼女は、ペンを回しながら言った。

「職業は、ゴッドチューバー。登録者は、ゴッドチューブが千五百万、下界の魔導通信網が八千万」

「合わせて」

「九千五百万。まあ、重複あるけど」

 俺は、手を止めた。

「この大陸の人口は」

「三千万ちょっとだったかな」

「……はみ出てませんか」

「海の向こうにもいるからね」

 彼女は、けらけら笑った。

「で、今回の企画が『【検証】メガゴッドチューバーが緩衝地帯で底辺生活してみた』。一ヶ月住んで、撮れ高取って帰るだけ。ね、簡単でしょ?」

「住民登録と、就労許可と、撮影許可が要ります」

「三つ!?」

「三つです」

◇◇◇

 書式は、その場で渡した。

 一回目。

「撮影範囲の記載が曖昧です」

「え、村全体って書いたじゃん」

「村全体だと、住居の内部も含まれます」

「入んないよ」

「入らないなら、そう書いてください」

 二回目。

「公開範囲の記載がありません」

「え、公開でしょ。配信だもん」

「どの通信網に、どの期間、どの地域向けに出すのかを書いてください」

「……全世界に、永久に」

「そう書いてください」

「怖くない? 今の」

 三回目。

「村長の同意欄が、空欄です」

 キュララが、机に突っ伏した。

「……ねぇ」

「はい」

「役所じゃん」

「役所です」

「え、認めるんだ」

「認めます」

 俺は、湯呑みに緑茶を注いで、彼女の前に置いた。

「ここ、緩衝地帯で唯一の役所なので」

◇◇◇

 村長邸の扉を叩くと、中から声がした。

「はーい、開いてます」

 入ると、キャルルが机で書類を見ていた。パーカーにショートパンツ。白い兎耳が、俺を見てぴょこんと立つ。

「あ、リオンさん。ちょうどよかった、ハンコ——」

 言いかけて、止まった。

 俺の後ろの、桜色を見たからだ。

 しばらく、部屋が静かだった。

「……キュララちゃん?」

「あ、キャルル先輩!」

 天使が、飛びついた。

「久しぶりー! 村長どう? 順調?」

「うん、まあまあ……じゃなくて、なんでここに?」

「企画」

「企画」

「底辺生活ドキュメンタリー」

 キャルルの兎耳が、ゆっくりと横に倒れた。

「……うちの村、底辺だと思われてるの?」

「えっ、違うの?」

「農家の平均年収、五百万」

 キュララの動きが、止まった。

「……は?」

「村内総生産、六億七千万」

「え」

「あと、村の防衛費が」

「キャルル村長」

 俺は、止めた。

「第二条に抵触します」

「あ、ごめんなさい」

◇◇◇

 同意欄に判を押しながら、キャルルが言った。

「二人、帝都で一緒に住んでたんです。シェアハウスで」

「そうなんですか」

「あと、もう一人いたんですけど」

 その瞬間だった。

 村長邸の扉が、蹴破られるような勢いで開いた。

 小豆色の芋ジャージが、風のように飛び込んできた。

「——聞きましたわよ」

 青銀色の長髪。エメラルドグリーンの瞳。足元は、ゴム底のすり減った健康サンダル。

 リーザ・シーラン・リヴァイアサン。十六歳。深海王国シーラン第一王女。現在、ポポロ村在住の地下アイドル。

 彼女は、部屋の真ん中で立ち止まり、桜色の天使を指さした。

「あなた——」

「あ、リーザ」

「なぜ、ここにいますのおおおお!」

◇◇◇

 リーザが、飛びかかった。

 キュララが、悲鳴を上げて机の裏へ転がり込む。

「返しなさい! 私の! おじさんを!」

「またそれ!?」

「三十七人ですわ! 私が三年かけて、みかん箱の上で泥水を啜りながら育てた、三十七人の五円玉おじさんを!」

「だから、ウインクしただけだって!」

「それが暴力ですのよ!」

 芋ジャージと地雷系が、村長邸の床を転がった。

 書類が舞い、椅子が倒れ、インク壺が転がった。

 キャルルが、立ち上がった。

 そして、二人の首根っこを片手ずつで掴んだ。

 ぐいっ。

 両方の足が、床から離れた。

「ぐえっ」

「うぐぐ」

「はい、ストップ」

 キャルルは、にっこり笑っていた。

 ぶら下がった二人は、じたばたと足を動かしている。月兎族の通常時の膂力は、推定百二十馬力。十六歳の人魚と、二十歳の下級天使を両手で吊るすのは、彼女にとって荷物を持つのと変わらない。

「うち、村長室なので。騒ぐなら外で」

「……はい」

「……はぁい」

◇◇◇

 撮影許可が下りたのは、夕方だった。

 入居手続きは、ニャングルが十分で終わらせた。

「ポポロ・コーポ、二〇三号室。木造モルタル三階建て、一LDK、耐魔防音魔法施工済み。家賃は月額三万円、光熱費とマナWi-Fi込み。敷金礼金なし」

 猫は、契約書を差し出した。

「保証人は、どなたにしますか」

「保証人?」

「保証人ですわ」

「……えーと」

 キュララが、天井を見た。

「リスナー?」

「人間でお願いします」

「九千五百万人いるけど」

「一人でお願いします」

 結局、キャルルが判を押した。

「いいの? 私、家賃払ったことないよ」

「……不安になること言わないで」

◇◇◇

 二〇三号室は、六畳の和室と小さな台所がついていた。

 畳が敷かれている。窓から村の広場が見える。

 キュララは、部屋の真ん中に立って、ぐるりと見回した。

「……うわ」

「どうしました」

「せま」

「六畳です」

「私の前の部屋、四十八畳のリビングがあったんだけど」

「四十八」

「あと、二階に配信スタジオと、三階に衣装部屋と、あと物置が二つ」

 俺は、部屋を見た。

「ここは、六畳です」

「うん、それはもう分かった」

 彼女は、畳に座った。

 そして、しばらく黙っていた。

 それから、小さく言った。

「……でもさ」

「はい」

「あっちのリビング、私、ほとんど使ってなかったんだよね」

「……」

「広すぎて、なんか落ち着かなくて。結局、いつもソファの端っこにいた」

 キュララは、畳を手のひらでぺたぺた叩いた。

「ここ、全部が端っこじゃん」

 俺は、何も言わなかった。

 彼女は、すぐに顔を上げて、いつもの声で言った。

「あ、これ配信していい?」

「第一条に抵触しなければ」

「なにそれ」

「これから説明します」

◇◇◇

 その夜、交番で日報を書いた。

 新規転入者、一名。撮影許可、一件。

 書き終えて、ペンを置いたところで、キャルルが引き戸を開けて入ってきた。

「まだ起きてました?」

「これからです」

「これから寝るんじゃなくて?」

「これから起きます」

「……寝てください」

 キャルルは、机の前に座った。

 飴玉の袋を、指で弄んでいる。

「あの子のこと、どう思いました?」

「……派手ですね」

「そうじゃなくて」

 キャルルは、兎耳を少し傾けた。

「あの子、月収二億なんですよ」

「聞きました」

「でも、あの子の心音、帝都にいたときからずっと同じなんです」

 俺は、顔を上げた。

「……同じ、とは」

「速いんです。ずっと」

 キャルルは、自分の胸を指さした。

「三年間、一日も休んでないんですって。本人が言ってました。笑いながら」

 彼女は、飴玉を一つ、机に置いた。

「だから、一ヶ月くらいなら、いいかなって」

◇◇◇

 翌朝、交番の窓から外を見て、俺は湯呑みを取り落とした。

 村の入り口に、荷馬車が並んでいた。

 一台、二台ではない。

 数えた。

 四十台あった。

「賢者君」

『ハイ』

「あれは、何だ」

『照合シマス。——荷馬車四十台。積荷ハ、食料品、衣類、家具、魔導機器、装飾品、菓子、生花』

「差出人は」

『個別ニ異ナリマス。総数、二千三百十七名』

 俺は、手帳を掴んだ。

「……二千三百十七人」

『ハイ。全テ、「キュララ・アルセルラ様宛」トナッテオリマス』

 窓の外で、荷馬車の列が、まだ増えていた。

 その中に、真っ赤な箱がいくつも混ざっている。

 湯気が、立っていた。

 温かい。

 つまり、料理だ。

 ここは、荒野を越えないと来られない緩衝地帯である。

「……賢者君」

『ハイ』

「緩衝地帯に、輸入という概念はあるか」

『アリマセン』

「関税は」

『アリマセン』

「食品衛生の基準は」

『アリマセン』

 俺は、立ち上がった。

「全部、無いのか」

『ハイ。緩衝地帯ハ行政区分上、イズレノ国ニモ属サナイ為、輸入・関税・検疫ニ関スル規定ガ、一切存在シマセン』

 外で、荷馬車の御者が荷台を開けた。

 真っ赤な箱の蓋が開き、白い湯気が上がる。

 その匂いが、風に乗って交番まで届いた。

 酢飯と、魚の匂いだった。

 そして、村の広場から、けたたましい足音が聞こえてきた。

「——ちょっと待ってくださいや!」

 煙管をくわえた猫が、三つ揃えの裾を翻して走ってくる。

 ニャングルの目が、金貨の色に光っていた。

「巡査長さん! 今! 今、この村に! 無税の物資が! 四十台!」

「ニャングルさん」

「関税、関税ですわ! 緩衝地帯通過税、本日より制定しますで!」

「ニャングルさん」

「一台につき銀貨十枚、いや二十枚! 四十台で八百枚、日銭で八十万ですわ!」

 俺は、手帳を開いた。

「それ、根拠法がありません」

 猫の足が、止まった。

 しばらく、俺を見上げていた。

 それから、煙管を咥え直して、にやりと笑った。

「——ほな、作ったらよろしいですやん」

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。