↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【手取り14万の交番暮らし】ハズレスキルで追放された伯爵三男、荒野で母を養っていたら帝国最強の法執行官になっていた  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/34

EP 14

高飛びラビリンス、終着

 クランの申請書は、出発の前日に完成した。

 その晩、リーザが便箋を広げて母への手紙を書いていると、封筒に妙なものが挟まっているのに気づいた。

「スポンサー様。これ、なんですの」

 差し出されたのは、飛行船の半券だった。

 三ヶ月前の日付。行き先は、ルナミス帝国北端の乗り換え港、グレンハーフ。

「どこで手に入れました」

「ファンの方が、紙をくださいますの。裏が白い紙は、歌詞を書くのに使えますから」

 リーザは、当然のように言った。

「私、五円玉をくださる方が三十七人いますのよ。皆さん、いろんな所からいらっしゃいますの」

 俺は、半券を裏返した。

 搭乗者氏名の欄に、薄く押印の跡が残っている。写しを取ったときのインク移りだ。

 賢者君に照合させた。

『照合完了。氏名——ロップ・ポポロ。ポポロ村第四十二代村長。特A級指名手配』

◇◇◇

 深夜、ポポロ村の村長邸に全員が集まった。

「三ヶ月前の半券です」

 俺は、机に置いた。

「グレンハーフは、大陸北端の乗り換え港です。ここから先は、魔皇国行きか、東大陸行きの二択になる」

「三ヶ月前に乗り換えたなら、もうどっちかに行ってるやろ」

 ニャングルが、煙管をふかしながら言った。

「行ってません」

「なんでですのん」

「これを見てください」

 俺は、リーザから預かった紙の束を広げた。

 彼女のファンが投げ銭と一緒に置いていった紙。チラシの裏、包み紙、使用済みの伝票。その中から、俺が抜き出した七枚。

「全部、グレンハーフ発行の紙です。日付は先月と今月」

「……同じ人からですの?」

 リーザが、首を傾げた。

「いえ。七人、違う人です」

 俺は、リーザを見た。

「王女様。あなたのファンの三十七人、どこから来ていますか」

「えっと……行商の方が多いですわ。あとは、飛行船の乗務員の方とか」

「その人たちが、グレンハーフで同じ紙を受け取っている」

 俺は、七枚のうち一枚を指さした。

「これ、賭場の払戻票です」

 ニャングルが、煙管を取り落とした。

「……グレンハーフのカジノでっか」

「七枚中五枚が、同じ賭場のものです」

 猫は、算盤に飛びついた。

「そらそうやわ。金持って逃げた爺さんが、三ヶ月も同じ港に留まっとる理由。愛人とイチャついてるからと違う。——擦ってますねん」

 キャルルの兎耳が、ぴんと立った。

「擦ってる」

「積立金、数千万ですやろ。ファーストクラスと高級宿と女と賭場。三ヶ月あったら、綺麗に溶けますわ」

 ニャングルは、算盤を弾いた。

「ほんで、溶けたら、次の船には乗れませんねん」

◇◇◇

 グレンハーフ港は、三日かかった。

 到着したのは夕方だ。魔導飛行船の巨大な係留塔が六本、空に向かって立っている。港湾ビルの中は、乗り継ぎ客と荷運びと客引きで、身動きが取れないほど混んでいた。

「……人、多いですわね」

 リーザが、芋ジャージの襟を掴んだ。

「ここで探すんですの? 一人を?」

「探しません」

 俺は、待合所の中央を指さした。

 円形の吹き抜けになっていて、二階の回廊から一階が見下ろせる構造だ。

「王女様。あそこで歌ってください」

「……え?」

「ゲリラライブです」

 リーザの目が、丸くなった。

「許可は」

「三日前に取りました」

 俺は、書類を掲げた。

「港湾管理局に申請済みです。屋内公演、三十分。書式は一発で通りました」

 ニャングルが、後ろで唸った。

「……あんさん、三日前からこれ計画しとったんでっか」

「書類には時間がかかるので」

◇◇◇

 配置を確認した。

 一階の待合所、東出口にマンミア。ケンタウロスの巨体で塞げば、車両も人も通れない。

 西出口に、キャルル。

 二階の回廊に、ゴーレム君。上から全体を見下ろす。

 そして、係留塔の受付窓口にニャングル。

「ほんで、うちは何をしますのん」

「ゴルド商会の名義で、グレンハーフ発の全便に照会をかけてください」

「なんの照会ですか」

「乗客名簿の、与信です」

 ニャングルの目が、光った。

「……与信」

「ゴルド商会は、飛行船会社の債権も持ってますよね」

「持ってますわ」

「では、支払い能力に疑義のある乗客の搭乗を、一時保留にできますか」

「できますけど、それ」

 猫は、にやりと笑った。

「——そら、逃げ道を全部塞ぐ言うことですやん」

「合法です」

「合法ですわ。えげつないけど」

◇◇◇

 午後六時。

 待合所の中央に、みかん箱が置かれた。

 村から持ってきた、いつものやつだ。

 その上に、青銀色の髪の少女が立った。小豆色の芋ジャージ。すり減った健康サンダル。トイレットペーパーの芯を巻いた自作マイク。

 最初、誰も見なかった。

 乗り継ぎ客は急いでいる。客引きは仕事をしている。誰も、みかん箱の上の芋ジャージを気にしない。

 リーザは、深々と一礼した。

「——深海王国シーラン第一王女、リーザ・シーラン・リヴァイアサンですわ! 本日は、皆様に歌を届けに参りました!」

 そして、歌い出した。

 待合所が、変わった。

 最初に足を止めたのは、荷物を担いだ行商だった。次に、子供連れの女。次に、係留塔の整備員。

 三十秒で、吹き抜けの下に人が溜まり始めた。

 一分で、二階の回廊にも人が並んだ。

 三分で、待合所の動線が完全に止まった。

 人魚族の歌には、バフ効果がある。長旅で疲れ切った乗り継ぎ客の疲労が、聴いているだけで抜けていく。理由が分からないまま、全員が足を止める。

 俺は、二階の回廊から見下ろしていた。

「賢者君」

『ハイ』

「一階、動いている人間は」

『三名。東出口ヘ向カウ者一名、西出口二名』

「西の二人は」

『乗務員デス。制服ヲ着用』

「東の一人」

『高齢男性。歩行速度、異常。周囲ノ流レト逆行シテイマス』

 俺は、手すりを掴んだ。

 歌が響く待合所の中で、たった一人、背を丸めて出口へ向かっている老人がいた。

 上等だった外套が、すり切れている。

◇◇◇

 東出口の前で、老人の足が止まった。

 通路を、ケンタウロスの巨体が塞いでいた。

「……どいてくれんかね。船に、乗るんじゃ」

「船は出ません」

 マンミアが、静かに言った。

「全便、保留になっております」

「な、なぜじゃ」

「支払い能力に疑義があるそうです」

 老人が、振り返った。

 西出口には、白い兎耳が立っていた。

「ロップさん」

 キャルルが、そこにいた。

 老人の顔が、固まった。

「……キャルル、坊か」

「村長です」

 キャルルは、まっすぐ立っていた。

「第四十三代村長、キャルル・ムーンハートです」

 ロップは、後ずさった。

 そして、その後ろに、俺が立っていた。

◇◇◇

「ピピ〜ピピピ〜♪」

 老人は、明後日の方角を見て、口笛を吹いた。

「……ワシは知らん。何も知らんよ〜」

「ロップ・ポポロさんですね」

 俺は、手帳を開いた。

「嘆きの荒野交番、ポポロ村駐在、巡査長のリオンです」

「人違いじゃ。ワシはロップではない」

「では、身分証を拝見できますか」

「……落とした」

「身分証がない場合、港湾規定により、その場で拘束されます」

 ロップの口笛が、止まった。

 俺は、書類を一枚取り出した。

「業務上横領、および詐欺の容疑で、逮捕状が出ています。発行はポポロ村。受理は大宇宙管理局執行部」

「逮捕状じゃと……? ポポロ村に、そんなもんは」

「先月、できました」

 俺は言った。

「あなたが村長だった頃には、確かにありませんでした」

 老人の膝が、落ちた。

「……ワシは」

 彼は、床に手をついた。

「ワシは、七十じゃぞ。鉱山になんぞ、送られたら死ぬ」

「送りません」

「……は?」

「裁判を受けていただきます」

 俺は、逮捕状を掲げた。

「時刻を読み上げます。十八時十四分」

◇◇◇

 押収品は、宿の部屋にあった。

 銀貨が二百三十枚。数千万円のうち、残っていたのはそれだけだった。

 だが、ニャングルが荷物の底から見つけたものが、本命だった。

「巡査長はん。これ」

 差し出されたのは、小さな革の手帳だった。

 口座番号と、暗証が並んでいる。

「……ゴルドスマイル銀行の、休眠口座ですわ。三ヶ月動いとらん」

 猫は、算盤を弾いた。

「残高、銀貨二万八千枚」

 キャルルが、息を呑んだ。

「積立金の、七割……」

「賭場で溶かしたのは、手持ちの分だけですわ」

 ニャングルが、煙管をくわえた。

「この爺さん、根っからの悪党と違いますな。悪党なら全部持って東大陸まで飛んどります。最後まで、逃げきる決心がつかんかったんですわ」

◇◇◇

 三週間後、ポポロ村の集会所で、裁判が開かれた。

 村の歴史で、初めてのことだった。

 裁判長はキャルル。記録はニャングル。検察役は俺。弁護人には、村の教師が立った。

 傍聴席は満席で、入りきらない村人が外の窓に張りついていた。

 審理は、五日かかった。

 証拠が読み上げられ、証人が呼ばれ、被告人が発言を許された。ロップは、最初の三日間、口笛を吹いて何も認めなかった。四日目に、崩れた。

「……女に、いい格好がしたかったんじゃ」

 七十歳の老人は、被告人席で泣いた。

「四十年、村長をやった。誰も褒めん。誰も見ん。爺さん爺さんと言われて、書類に判を押すだけじゃ。そこへ、あの人が来て、ワシを立派な男だと言うた」

 誰も、何も言わなかった。

「……阿呆じゃ。分かっとる。ワシは、阿呆じゃ」

 判決は、五日目に出た。

 労役十二年。ポポロ村の公共事業への従事。年齢と健康状態を考慮し、地下鉱山への移送は行わない。

 横領金の返還。押収済みの銀貨二万八千二百三十枚を、全額村へ。

 そして、村長職にあった四十年間の功績を、量刑に反映する旨が付記された。

 主文が読み上げられ終わったとき、集会所は静かだった。

 拍手も、罵声もなかった。

 ただ、傍聴席の最前列で、キャルルが顔を覆っていた。

 白い兎耳が、震えていた。

◇◇◇

 閉廷後、俺は集会所の裏で、彼女を見つけた。

 壁に背を預けて、しゃがみ込んでいた。

「村長」

「……見ないでください」

「もう見ました」

 キャルルは、膝に顔を埋めたまま言った。

「私、今日、人を一人も殺さなかったんです」

「はい」

「一年半、村長をやって、初めてです」

 兎耳が、ぺたりと垂れた。

「去年の春に鉱山に送った、あの十六歳の子。名前、イルヴァって言うんです」

 彼女は、顔を上げた。

 真紅の瞳が、真っ赤だった。

「私、覚えてるんですよ。一人だけ、ずっと」

 俺は、何も言わなかった。

 言えることが、なかった。

 しばらくして、キャルルが立ち上がった。

 涙を拭って、こちらを見た。

「リオンさん」

「はい」

「ドンガンの鉱山って、記録が残ってますかね」

「……賢者君に照会させます」

「お願いします」

 キャルルは、深く頭を下げた。

「探したいんです。三十年分、全員」

 俺は、頷いた。

「では、書類を作りましょう」

 彼女は、泣きながら笑った。

「……ふふっ。やっぱり、そこなんですね」

「一番大変なんですよ、そこが」

◇◇◇

 翌朝、交番の掲示板に、一枚の紙を貼った。

 クランの申請書だ。ニャングルが三度書き直させて、ようやく形になった。

 団体名の欄は、まだ空白のままだった。

「スポンサー様! 名前! 名前は決めましたの!?」

「まだです」

「私、考えましたわ! 『リーザ・シーラン・リヴァイアサン親衛隊』!」

「却下です」

 俺はバイクのエンジンをかけた。

 ヘルメットの中で、ポケットの人参柄のハンカチが、かさりと鳴った。

「行きます。冒険者ギルド中央支部へ」

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。