EP 14
高飛びラビリンス、終着
クランの申請書は、出発の前日に完成した。
その晩、リーザが便箋を広げて母への手紙を書いていると、封筒に妙なものが挟まっているのに気づいた。
「スポンサー様。これ、なんですの」
差し出されたのは、飛行船の半券だった。
三ヶ月前の日付。行き先は、ルナミス帝国北端の乗り換え港、グレンハーフ。
「どこで手に入れました」
「ファンの方が、紙をくださいますの。裏が白い紙は、歌詞を書くのに使えますから」
リーザは、当然のように言った。
「私、五円玉をくださる方が三十七人いますのよ。皆さん、いろんな所からいらっしゃいますの」
俺は、半券を裏返した。
搭乗者氏名の欄に、薄く押印の跡が残っている。写しを取ったときのインク移りだ。
賢者君に照合させた。
『照合完了。氏名——ロップ・ポポロ。ポポロ村第四十二代村長。特A級指名手配』
◇◇◇
深夜、ポポロ村の村長邸に全員が集まった。
「三ヶ月前の半券です」
俺は、机に置いた。
「グレンハーフは、大陸北端の乗り換え港です。ここから先は、魔皇国行きか、東大陸行きの二択になる」
「三ヶ月前に乗り換えたなら、もうどっちかに行ってるやろ」
ニャングルが、煙管をふかしながら言った。
「行ってません」
「なんでですのん」
「これを見てください」
俺は、リーザから預かった紙の束を広げた。
彼女のファンが投げ銭と一緒に置いていった紙。チラシの裏、包み紙、使用済みの伝票。その中から、俺が抜き出した七枚。
「全部、グレンハーフ発行の紙です。日付は先月と今月」
「……同じ人からですの?」
リーザが、首を傾げた。
「いえ。七人、違う人です」
俺は、リーザを見た。
「王女様。あなたのファンの三十七人、どこから来ていますか」
「えっと……行商の方が多いですわ。あとは、飛行船の乗務員の方とか」
「その人たちが、グレンハーフで同じ紙を受け取っている」
俺は、七枚のうち一枚を指さした。
「これ、賭場の払戻票です」
ニャングルが、煙管を取り落とした。
「……グレンハーフのカジノでっか」
「七枚中五枚が、同じ賭場のものです」
猫は、算盤に飛びついた。
「そらそうやわ。金持って逃げた爺さんが、三ヶ月も同じ港に留まっとる理由。愛人とイチャついてるからと違う。——擦ってますねん」
キャルルの兎耳が、ぴんと立った。
「擦ってる」
「積立金、数千万ですやろ。ファーストクラスと高級宿と女と賭場。三ヶ月あったら、綺麗に溶けますわ」
ニャングルは、算盤を弾いた。
「ほんで、溶けたら、次の船には乗れませんねん」
◇◇◇
グレンハーフ港は、三日かかった。
到着したのは夕方だ。魔導飛行船の巨大な係留塔が六本、空に向かって立っている。港湾ビルの中は、乗り継ぎ客と荷運びと客引きで、身動きが取れないほど混んでいた。
「……人、多いですわね」
リーザが、芋ジャージの襟を掴んだ。
「ここで探すんですの? 一人を?」
「探しません」
俺は、待合所の中央を指さした。
円形の吹き抜けになっていて、二階の回廊から一階が見下ろせる構造だ。
「王女様。あそこで歌ってください」
「……え?」
「ゲリラライブです」
リーザの目が、丸くなった。
「許可は」
「三日前に取りました」
俺は、書類を掲げた。
「港湾管理局に申請済みです。屋内公演、三十分。書式は一発で通りました」
ニャングルが、後ろで唸った。
「……あんさん、三日前からこれ計画しとったんでっか」
「書類には時間がかかるので」
◇◇◇
配置を確認した。
一階の待合所、東出口にマンミア。ケンタウロスの巨体で塞げば、車両も人も通れない。
西出口に、キャルル。
二階の回廊に、ゴーレム君。上から全体を見下ろす。
そして、係留塔の受付窓口にニャングル。
「ほんで、うちは何をしますのん」
「ゴルド商会の名義で、グレンハーフ発の全便に照会をかけてください」
「なんの照会ですか」
「乗客名簿の、与信です」
ニャングルの目が、光った。
「……与信」
「ゴルド商会は、飛行船会社の債権も持ってますよね」
「持ってますわ」
「では、支払い能力に疑義のある乗客の搭乗を、一時保留にできますか」
「できますけど、それ」
猫は、にやりと笑った。
「——そら、逃げ道を全部塞ぐ言うことですやん」
「合法です」
「合法ですわ。えげつないけど」
◇◇◇
午後六時。
待合所の中央に、みかん箱が置かれた。
村から持ってきた、いつものやつだ。
その上に、青銀色の髪の少女が立った。小豆色の芋ジャージ。すり減った健康サンダル。トイレットペーパーの芯を巻いた自作マイク。
最初、誰も見なかった。
乗り継ぎ客は急いでいる。客引きは仕事をしている。誰も、みかん箱の上の芋ジャージを気にしない。
リーザは、深々と一礼した。
「——深海王国シーラン第一王女、リーザ・シーラン・リヴァイアサンですわ! 本日は、皆様に歌を届けに参りました!」
そして、歌い出した。
待合所が、変わった。
最初に足を止めたのは、荷物を担いだ行商だった。次に、子供連れの女。次に、係留塔の整備員。
三十秒で、吹き抜けの下に人が溜まり始めた。
一分で、二階の回廊にも人が並んだ。
三分で、待合所の動線が完全に止まった。
人魚族の歌には、バフ効果がある。長旅で疲れ切った乗り継ぎ客の疲労が、聴いているだけで抜けていく。理由が分からないまま、全員が足を止める。
俺は、二階の回廊から見下ろしていた。
「賢者君」
『ハイ』
「一階、動いている人間は」
『三名。東出口ヘ向カウ者一名、西出口二名』
「西の二人は」
『乗務員デス。制服ヲ着用』
「東の一人」
『高齢男性。歩行速度、異常。周囲ノ流レト逆行シテイマス』
俺は、手すりを掴んだ。
歌が響く待合所の中で、たった一人、背を丸めて出口へ向かっている老人がいた。
上等だった外套が、すり切れている。
◇◇◇
東出口の前で、老人の足が止まった。
通路を、ケンタウロスの巨体が塞いでいた。
「……どいてくれんかね。船に、乗るんじゃ」
「船は出ません」
マンミアが、静かに言った。
「全便、保留になっております」
「な、なぜじゃ」
「支払い能力に疑義があるそうです」
老人が、振り返った。
西出口には、白い兎耳が立っていた。
「ロップさん」
キャルルが、そこにいた。
老人の顔が、固まった。
「……キャルル、坊か」
「村長です」
キャルルは、まっすぐ立っていた。
「第四十三代村長、キャルル・ムーンハートです」
ロップは、後ずさった。
そして、その後ろに、俺が立っていた。
◇◇◇
「ピピ〜ピピピ〜♪」
老人は、明後日の方角を見て、口笛を吹いた。
「……ワシは知らん。何も知らんよ〜」
「ロップ・ポポロさんですね」
俺は、手帳を開いた。
「嘆きの荒野交番、ポポロ村駐在、巡査長のリオンです」
「人違いじゃ。ワシはロップではない」
「では、身分証を拝見できますか」
「……落とした」
「身分証がない場合、港湾規定により、その場で拘束されます」
ロップの口笛が、止まった。
俺は、書類を一枚取り出した。
「業務上横領、および詐欺の容疑で、逮捕状が出ています。発行はポポロ村。受理は大宇宙管理局執行部」
「逮捕状じゃと……? ポポロ村に、そんなもんは」
「先月、できました」
俺は言った。
「あなたが村長だった頃には、確かにありませんでした」
老人の膝が、落ちた。
「……ワシは」
彼は、床に手をついた。
「ワシは、七十じゃぞ。鉱山になんぞ、送られたら死ぬ」
「送りません」
「……は?」
「裁判を受けていただきます」
俺は、逮捕状を掲げた。
「時刻を読み上げます。十八時十四分」
◇◇◇
押収品は、宿の部屋にあった。
銀貨が二百三十枚。数千万円のうち、残っていたのはそれだけだった。
だが、ニャングルが荷物の底から見つけたものが、本命だった。
「巡査長はん。これ」
差し出されたのは、小さな革の手帳だった。
口座番号と、暗証が並んでいる。
「……ゴルドスマイル銀行の、休眠口座ですわ。三ヶ月動いとらん」
猫は、算盤を弾いた。
「残高、銀貨二万八千枚」
キャルルが、息を呑んだ。
「積立金の、七割……」
「賭場で溶かしたのは、手持ちの分だけですわ」
ニャングルが、煙管をくわえた。
「この爺さん、根っからの悪党と違いますな。悪党なら全部持って東大陸まで飛んどります。最後まで、逃げきる決心がつかんかったんですわ」
◇◇◇
三週間後、ポポロ村の集会所で、裁判が開かれた。
村の歴史で、初めてのことだった。
裁判長はキャルル。記録はニャングル。検察役は俺。弁護人には、村の教師が立った。
傍聴席は満席で、入りきらない村人が外の窓に張りついていた。
審理は、五日かかった。
証拠が読み上げられ、証人が呼ばれ、被告人が発言を許された。ロップは、最初の三日間、口笛を吹いて何も認めなかった。四日目に、崩れた。
「……女に、いい格好がしたかったんじゃ」
七十歳の老人は、被告人席で泣いた。
「四十年、村長をやった。誰も褒めん。誰も見ん。爺さん爺さんと言われて、書類に判を押すだけじゃ。そこへ、あの人が来て、ワシを立派な男だと言うた」
誰も、何も言わなかった。
「……阿呆じゃ。分かっとる。ワシは、阿呆じゃ」
判決は、五日目に出た。
労役十二年。ポポロ村の公共事業への従事。年齢と健康状態を考慮し、地下鉱山への移送は行わない。
横領金の返還。押収済みの銀貨二万八千二百三十枚を、全額村へ。
そして、村長職にあった四十年間の功績を、量刑に反映する旨が付記された。
主文が読み上げられ終わったとき、集会所は静かだった。
拍手も、罵声もなかった。
ただ、傍聴席の最前列で、キャルルが顔を覆っていた。
白い兎耳が、震えていた。
◇◇◇
閉廷後、俺は集会所の裏で、彼女を見つけた。
壁に背を預けて、しゃがみ込んでいた。
「村長」
「……見ないでください」
「もう見ました」
キャルルは、膝に顔を埋めたまま言った。
「私、今日、人を一人も殺さなかったんです」
「はい」
「一年半、村長をやって、初めてです」
兎耳が、ぺたりと垂れた。
「去年の春に鉱山に送った、あの十六歳の子。名前、イルヴァって言うんです」
彼女は、顔を上げた。
真紅の瞳が、真っ赤だった。
「私、覚えてるんですよ。一人だけ、ずっと」
俺は、何も言わなかった。
言えることが、なかった。
しばらくして、キャルルが立ち上がった。
涙を拭って、こちらを見た。
「リオンさん」
「はい」
「ドンガンの鉱山って、記録が残ってますかね」
「……賢者君に照会させます」
「お願いします」
キャルルは、深く頭を下げた。
「探したいんです。三十年分、全員」
俺は、頷いた。
「では、書類を作りましょう」
彼女は、泣きながら笑った。
「……ふふっ。やっぱり、そこなんですね」
「一番大変なんですよ、そこが」
◇◇◇
翌朝、交番の掲示板に、一枚の紙を貼った。
クランの申請書だ。ニャングルが三度書き直させて、ようやく形になった。
団体名の欄は、まだ空白のままだった。
「スポンサー様! 名前! 名前は決めましたの!?」
「まだです」
「私、考えましたわ! 『リーザ・シーラン・リヴァイアサン親衛隊』!」
「却下です」
俺はバイクのエンジンをかけた。
ヘルメットの中で、ポケットの人参柄のハンカチが、かさりと鳴った。
「行きます。冒険者ギルド中央支部へ」
読んでいただきありがとうございます。
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