EP 12
ポポロ村、私刑をやめます
寄合は、集会所で開かれた。
村の代表が四十人ほど。壁際には入りきらない村人が立ち見をしている。人口千人の村で、これだけ集まるのは珍しいことらしい。
正面の机に、キャルルが座った。両脇に、自警団長マンミアと、ゴルド商会のニャングル。
俺は、末席に立っていた。
「では、始めます」
キャルルが、書面を掲げた。
「議題は一つ。嘆きの荒野交番を、ポポロ村の正式な公的機関として認めるかどうか」
ざわめきが起きた。
「認めた場合、村の司法権の一部を、交番に委ねることになります。つまり——」
キャルルは、息を吸った。
「ポポロ村の掟、即日鉱山送り。あれを、廃止します」
集会所が、水を打ったように静まり返った。
◇◇◇
最初に立ったのは、マンミアだった。
蹄が、床板を強く鳴らした。
「自警団最高責任者として、反対を表明します」
彼女は、俺の方を見なかった。まっすぐキャルルだけを見ていた。
「私は巡査長の仕事ぶりを、この目で見ました。技量も、人格も、疑っておりません。西の廃坑では、私が届かなかった相手を制圧していただいた」
マンミアの声は、震えていなかった。
だからこそ、重かった。
「だが、それとこれは別です」
「……マンミアさん」
「村長。我々の掟は、抑止力です」
彼女は、集会所の全員に向き直った。
「この村に手を出せば、裁判もなく地下の鉱山に沈む。それが緩衝地帯じゅうに知れ渡っているから、賊は他所を狙う。三十年、それでこの村は千人を守ってきました」
頷く者が、何人もいた。
「その抑止力を、今日、自分から捨てるのですか。代わりに何を置く。逮捕と、取り調べと、書類ですか。三日かかると聞いております」
マンミアは、俺を見た。
初めて、まっすぐに。
「巡査長。私はあなたを信じている。だが——あなた一人が倒れたら、この村はどうなる」
◇◇◇
答えが出せなかった。
実際、その通りだったからだ。
俺が過労で倒れれば、交番は止まる。俺が死ねば、スキルごと消える。ポポロ村は三十年かけた抑止力を捨てた状態で、明日から丸腰になる。
賭けとしては、あまりに分が悪い。
「——ほな、うちから一つよろしいか」
煙管の音がした。
ニャングルが、机の上に飛び乗った。小さい体が、ようやく全員から見える高さになる。
「自警団長はん。ええ話ですわ。筋が通っとる」
「……ならば」
「せやけど、数字が合いまへん」
猫は、算盤を机に置いた。
「この三十年で、掟に基づいて鉱山なり漁船なりに送った人間、何人ですか」
マンミアが、言い淀んだ。
「……正確な記録は」
「無いんですわ」
ニャングルが、遮った。
「記録が無いんです。裁判がないさかい、調書もない。誰が、何をして、どう処分されたか、数えられませんねん」
猫は、算盤の玉を弾いた。
「うち、商人ですよって、数えられんもんは信用しません。抑止力言うんは効果の話ですやろ。効果は測定できて初めて効果ですわ」
「……む」
「ほんで、測定できる数字はこっちにあります」
ニャングルは、書類の束を掲げた。
「西の廃坑の件。逮捕三十人、死者ゼロ、調書三十通。この調書から出てきた情報で、緩衝地帯十七箇所のみかじめ、全部止まりました。総額十三億の搾取が、止まったんです」
ざわめきが、起きた。
「三十年の掟が防いだ被害、測定不能。十日の書類が止めた被害、十三億」
猫は、算盤を閉じた。
「うちは、賛成しますわ」
◇◇◇
次に立ったのは、村の老農夫だった。
麦わら帽子を胸に抱えている。バズーカを磨いていた男の一人だ。
「わしは、反対でも賛成でもない。ただ、一つ言わせてくれ」
老人は、キャルルを見た。
「村長。おめえさん、去年の春、最初の判決を出したよな」
キャルルの兎耳が、ぴくりと動いた。
「十六の小僧だ。パンを三つ盗んで、鉱山に送った」
「……はい」
「あんとき、わしらは安心した」
老人は、帽子を握りしめた。
「新しい村長が甘くなかった、これで村は大丈夫だと、みんなで安心した。……で、家に帰って、飯を食って、寝た」
老人の声が、少し掠れた。
「わしは、あの小僧の顔を覚えとらん」
集会所が、静かになった。
「名前も覚えとらん。親がおらんかったことだけ覚えとる。それだけだ」
老人は、座った。
「わしは、そういう安心の仕方をしてきた。……それだけ言いたかった」
◇◇◇
キャルルが、立ち上がった。
白い兎耳が、垂れていた。
「……ありがとうございます」
彼女は、一度だけ深く息を吸った。
「私、リオンさんに最初に会ったとき、言われたんです。それは私刑です、って」
真紅の瞳が、集会所を見渡した。
「腹が立ちました。じゃあ誰が裁くんですかって、言い返しました。だって、本当に誰も来なかったから」
キャルルは、机の上の書面を手に取った。
アルディス伯爵家の、権益放棄の書面だ。
「でも、昨日、初めて紙が来ました」
彼女は、それを掲げた。
「三十年、私たちから搾り取っていた家が、頭を下げて、書式を三回直させられて、この紙を書きました」
村人が、身を乗り出した。
「殴ってないんです。脅してもいない。誰も鉱山に送っていない。……ただ、手続きを積んだだけで、伯爵家が自分から手を引いたんです」
キャルルの手が、震えていた。
「私、それを見て、思ったんですよ。あ、こっちのほうが強いんだって」
◇◇◇
彼女は、書面を置いた。
「マンミアさん」
「……はい」
「一つだけ、聞かせてください」
キャルルは、自警団長を見た。
「マンミアさんは、掟を廃止したら村が守れなくなると言いました。でも、本当にそれだけですか」
マンミアの尾が、びくりと揺れた。
「……何が、言いたいのです」
「掟を執行してきたの、マンミアさんですよね」
空気が、変わった。
「鉱山に引き渡す役、ずっとマンミアさんが一人でやってました。村長は判決を出すだけ。連れて行くのは、いつもあなたでした」
「……それが、私の職務です」
「二十五年間、騎士として民を守ると誓ってきた人が」
キャルルは、静かに言った。
「裁判なしで人を沈める役を、一人で背負ってきたんです」
マンミアの巨体が、わずかに沈んだ。
「私、あなたの心音も毎日聞いてるんですよ」
キャルルは、自分の耳を指さした。
「引き渡しの日の夜、いつも乱れてます。三年前から、ずっと」
集会所が、静まり返った。
マンミアは、しばらく動かなかった。
やがて、左腕のシールド『アグニ』を、そっと床に下ろした。
金属の音が、長く響いた。
「……村長」
「はい」
「私は、剣も鎖も、民を守るために使えと教わりました」
ケンタウロスの声が、初めて掠れた。
「人を、地面の下に沈めるためだとは、教わっておりません」
彼女は、頭を下げた。
「反対を、撤回します」
◇◇◇
決は、挙手で採られた。
賛成、圧倒的多数。
キャルルが、立ち上がった。
「ポポロ村第四十三代村長、キャルル・ムーンハートとして宣言します」
白い兎耳が、真上に立っていた。
「本日をもって、ポポロ村は私刑を廃止します」
拍手が起きた。
最初はまばらで、それから、集会所が揺れるほどになった。
「そして、嘆きの荒野交番を、ポポロ村の正式な公的機関として認めます。巡査長リオンには、ポポロ村駐在を兼務していただきます」
キャルルは、俺を見た。
「リオンさん。受けていただけますか」
俺は、前に出た。
「一つ、確認させてください」
「どうぞ」
「駐在を兼務すると、管轄が三倍になります。書類も三倍です」
「……はい」
「その場合、給与はどうなりますか」
キャルルが、きょとんとした。
「賢者君」
『ハイ』
「ポポロ村駐在兼務の場合、手取りはいくらになる」
『一四〇〇〇〇円デス』
「…………」
『兼務手当二万円ガ加算サレ、同時ニ管轄拡大ニ伴ウ交番維持費ガ二万円上昇シマス』
「変わらないのか」
『ハイ』
集会所が、しんとした。
誰かが、小さく言った。
「……十四万?」
「あの人、十四万なの?」
「うちの倅の見習いより低いぞ」
マンミアが、シールドを取り落とした。
「巡査長。それは、労働問題では」
「そう思います」
「思うだけなのか!」
ニャングルが、机の上で頭を抱えた。
「あかん。あかんて。緩衝地帯の治安、月十四万で回っとるて、こんなん外に言うたら村の信用が落ちますわ」
「では、どうすれば」
「知りませんがな! 大宇宙管理局に労基入れてください!」
「遠いんですよ」
◇◇◇
その夜、交番に戻ると、机の上に紙が一枚置かれていた。
村の紋章が入った、正式な辞令だった。
『嘆きの荒野交番 巡査長リオン殿 ポポロ村駐在を委嘱する 第四十三代村長 キャルル・ムーンハート』
その下に、小さく手書きで付け足しがあった。
『追伸 お給料は出せませんが、うちの村、食堂は無料にします。カツ丼はないですけど。 キャルル』
俺は、辞令を掲示板に貼った。
リーザが、仮眠室から顔を出した。
「スポンサー様。何を貼ってますの」
「辞令です」
「昇進ですの!? お給料上がりましたの!?」
「上がりませんでした」
「なんですのそれ! 私、五円玉二枚から始めましたけど、ちゃんと増えてますわよ!」
「増えてるんですか」
「今日は四枚でしたわ!」
俺は、日報を書き始めた。
ペンを走らせていると、ノートPCが低く鳴った。
『リオン巡査長』
「なんだ」
『執行部ヨリ、追加通達デス』
画面が切り替わった。
緩衝地帯の地図が表示され、その上に、赤い点が次々と灯り始める。
一つ、二つ、五つ、十。
『管轄外ニ、無断転生者反応——多数』
俺はペンを置いた。
赤い点は、二十を超えて、まだ増えていた。
どれも、ポポロ村より、ずっと遠い場所だった。
読んでいただきありがとうございます。
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