9.首なし鎧
「なんと説明したものか」
お嬢様は言葉を選ぶように少しだけ黙りこんで、またすっかり動かなくなってしまった首なし鎧を見つめました。
「ゴーレムって、分かるか?」
「動く泥人形のこと?」
「そうだ。あれに近い。無機物に命令を書き込み、そのとおりに実行させる。街の門番として配置したり、なにかを守らせたり。使役魔法に近いが、リアルタイムに細かい命令を下されているわけではない」
「じゃあ、生きてるわけじゃないんだね」
かかしさんはそれでもなお心配なようで、わたくしを離そうとしませんでした。そういえば、抱きかかえられるのは久しぶりです。なんだか嬉しい。
「ってことは、持ち主が近くにいるってこと?」
ふと別の可能性に気づいたかかしさんは慌てて辺りを見回しますが、お嬢様はゆっくりと首を振りました。
「いや、いないだろう。先ほども言ったが、これはかなり古い魔術によるものだ。古く、単純。だが、それゆえに、術式がかなり長持ちする。数十年は経過しているんじゃないかと思う」
「うーん?造りがシンプルだから、なかなか壊れないオモチャ、みたいな?」
「そんなところだ」
持ち主のいない鎧は、ここでたった一人で、何をしているというのでしょうか。そう思うと、なんだかその姿がさみしく見えました。
元は立派な鎧だったのでしょうが、苔や錆に覆われて、鈍色にくすんでいました。
「かなりの骨董品だが、気に入った。持ち主がいないなら、俺がもらっても問題ないだろう」
「もらうって言っても、どうやって?触るだけでものすごい怒るじゃん、この子」
「なに、簡単だ」
お嬢様はぐるりと腕を回し、好戦的な笑顔を浮かべました。
「命令を書き換える」
「どうやって?」
「離れて見ていろ。トトは守れよ」
「やな予感がする!」
なにかを察したかかしさんは、わたくしを抱えたまま立派な大木の後ろに隠れました。わたくしもツタの隙間からこっそりお嬢様の様子をうかがいます。
「とは言え――」
首なし鎧の間合いのギリギリに立ったお嬢様は、靴の爪先でトントンと地面を打ちました。すると、茶革の靴は発光し、銀色の靴に変化したのです。そういえば、あれは魔道具だとおっしゃっていたような。
「壊さないようにしないとな。この体なら……どうにかなるだろう」
そう言うや否や、お嬢様は間合いに踏み込むと、強烈な蹴りを鎧の左脇腹に食らわせたのです。金属と金属がぶつかるような、派手な音が森にこだましました。
しかし、生物でない鎧はまったく怯むことなく、体勢を崩しながらも素早く逆の手に斧を持ち替え、振り下ろしました。お嬢様はそれを紙一重の差でかわし、ぐるりと回転し、振り下ろされた斧を持つ右手に、踵落とし。
勢いあまって、右手ごと地面に埋まる斧。鎧は数秒だけ固まりました。お嬢様はその隙に、鎧の首元に軽く触れました。
「……!? どこだ?」
触れられた途端に鎧はまた条件反射のように、地面から引き抜いた斧を振り上げました。足元が突然不安定になり、お嬢様は体勢を崩しました。鎧はその隙を見逃さず、お嬢様目掛けて斧を振ります。
「見てらんない、見てらんないよ〜〜……」
かかしさんはずっとわたくしの背中に顔を埋めたり、こわごわと覗いたり、また埋めたりしています。怖い映画を見ているときのよう。
しかしそこは、我らがお嬢様。かなり無茶な体勢から、素早く斧を蹴り上げました。あの靴は、いったいどのような素材でできているのでしょうか。斧の打撃を食らっても、傷ひとつ付いていないようです。
鎧のほうはと言うと、その衝撃で斧が手からすっぽ抜けてしまったようで、まるで電池が切れてしまったオモチャのようにその場に立ち尽くしてしまいました。蹴り上げられた斧はくるくると回転しながら吹き飛ばされ、近くの木に刺さってようやく止まりました。
かかしさんとわたくしはホッと胸を撫でおろし、ツタの陰から顔を覗かせます。
「終わった?大丈夫?」
ところが、お嬢様はすぐに返事をしませんでした。目の前の鎧を見つめ、それから、弾き飛ばした斧のほうへと向かっていきます。
「……お嬢様?」
「……そうか、勘違いをしていた」
わたくしが心配してたずねると、これはおそらくわたくしに向けた返事ではなさそうな独り言が返ってきました。
幹に突き刺さった斧の柄に触れようとして、思いとどまったように手を下ろし、ようやくお嬢様はこちらを振り返りました。
「こっちが本体だ」
「本体?」
「鎧のほうが、本体だと思っていた。違った。魔術がかけられているのは斧のほうだ」
つまり……どういう……
「どうりで、鎧に触れても手応えがないと思ったんだ。なかなかおもしろいことをする」
わたくしとかかしさんが揃って首を傾げている様子を見て、お嬢様はふっと鼻で笑うとかかしさんを手招きしました。
「おまえ、死なないと言っていたな」
「え?うん」
「俺たちの役に立つと言ったな」
「それに近しいことは言ったかも」
「よし。おまえがこの斧を抜け」
「待って待って。やな予感するんだけど。大丈夫なやつなんだよね?」
次第に笑顔が引きつり始めるかかしさんに対し、お嬢様はなんだか楽しそうな笑顔でいらっしゃいます。
「おまえは大丈夫だろう?俺は大丈夫じゃない。だから、頼む」
「そんなかわいい顔で言ってもねえ、仕方ないなあとはねえ、なるんだな、これが」
お嬢様の眩しい笑顔に射抜かれたのか、はたまた、圧に屈したのか。あれだけ渋っていたはずのかかしさんは、ほとんど間を置かずに斧を引き抜きました。
「……あれ?」
それはあっさりと、いとも簡単に抜けてしまいました。なにかが起こることを覚悟していたかかしさんは拍子抜けして、斧を見て、それからお嬢様を振り返ります。
「抜けたよ?なにも……」
ざくり。
かかしさんの左腕が、足元に転がりました。
「起こらな……く……ないねえ……」
わたくしが見たままのことをお伝えすると、かかしさんが自ら、ご自身の左腕を切り落としたように見えました。なんの前触れもなく、なんの躊躇いもなく。
お嬢様はその様子をじっと見守っていましたが、その表情からは笑顔が消えて、なにかを見定めるときの真剣な眼差しへと変わっていました。
「だいたい分かった」
「俺はわかんないことだらけなんだけど」
「すまないな。俺はこの体を傷つけるわけにはいかないもので」
「まあねえ。普通は腕とかくっつかないもんね」
お嬢様はかかしさんの左腕を拾うと、まだかなりフレッシュな断面を元あった場所にくっ付けました。数秒くらい固定していただけで、あら不思議、腕はまた元の位置におさまってしまいました。
わたくしはこれらの出来事を、あら不思議、で済ませていいのか疑問でございます……魔法の世界はたいへんにエキセントリックでございます……
「あのさ、俺はけして自分で自分の腕を落とそうなんてしてないわけ。つまり、この斧は、」
かかしさんはそう言いかけて、再び、斧を振り上げました。それはつまり、彼自身がそうしようと思っているわけではなくて。
「持ち主を、殺そうとしている……!?」
「その通り」
勢いよく振り下ろされた斧は、今度はかかしさんの足を目掛けていましたが、切先が体にたどり着く前にお嬢様が素早く斧を蹴り上げました。
斧は再び弧を描き、今度は少し離れた地面に突き刺さりました。




