10.ブリキの木こり
――その斧は、木こりの男の仕事道具だった。
誰かが木こりを亡き者にしたいと願い、斧に呪いをかけた。
斧は木こりの足を切り落とした。
男の足は、ブリキの足に挿げ替わった。
斧は木こりの腕を切り落とした。
男の腕は、ブリキの腕に挿げ替わった。
もう一度、繰り返した。
男は止まらない。
斧はとうとう、木こりの頭を切り落とした。
男の頭は、ブリキの頭には挿げ替わらなかった。
男は動かなくなった。
斧も、もう動かなくていいのだと知った。
***
「……そう、じゃあ、めっちゃ性格悪いヤツが斧くんのご主人を間接的に殺したってことね。エグいやり方すんじゃん」
「なにか、別の目的があったのかもしれないが。おおかた、そんなところだろう」
地面に刺さったままの斧に手をかざしたお嬢様は、かけられた術の解析のようなものを行ったらしく、そこから推定された事のあらましを教えてくれました。
「もしわたくしが、ご主人様に危害を加えるようにと強制されたらと思うと、たいへんにゾッといたします……」
「小犬ちゃんはモノじゃないんだし、大丈夫でしょ?小犬ちゃんが実際のところなんなのかは知らないけどさあ」
露骨に落ち込んでしっぽの下がるわたくしを、かかしさんは慰めてくれましたが、お嬢様はそれに同調はしませんでした。
「魂に干渉する魔術が無いわけではないぞ。現に、これだって物質に魂が在ると見立てた魔術だ。絶対とは言い切れん」
「そこはさ、もう少し寄り添うとか――まあいいか」
なにか言いかけたかかしさんは、両手のひらだけ軽く上げて首を振り、言葉を切りました。気遣ってくれたようです。大丈夫でございます、わたくし、お嬢様のマジレスもそれはそれで好ましく思っておりますので!
「それじゃ、斧くんはかわいそうだけど置いていくしかないね。……ないよね?なにしてるの?」
かかしさんが切り出した時にはもう、お嬢様は地面に刺さった斧を引き抜いて、その手に持っていました。
先ほどはわざわざかかしさんに持たせましたのに!?なぜ!?
「言ったろ、命令を書き換える」
「持っちゃダメなんじゃないの!?」
「おまえが持ったときに、おおよその発動条件は分かったから問題ない」
「ははぁ、俺ってすごく役に立つってことだね!」
かかしさんの皮肉をやや無視して、お嬢様は手に持った斧に向き直りました。斧全体が、ぼんやりと青く光ります。そういえば、いちばん始めにドロシーお嬢様の体を治したときも、同じように青く光っておりました。『彼』の魔法の色、なのでしょうか。
すると、斧から黒い靄のようなものが滲み出てきました。まるで、水に溶け出した黒いインクのように、空気中に揺らめいています。
それが生き物のように意思を持って、お嬢様の腕を取り込もうとした瞬間。お嬢様がなにか唱えました。わたくしにはそれがなにか聞き取れませんでした。魔法の言葉とか、呪文のようなものなのかもしれません。
バチン、と鋭い破裂音。黒い靄は弾かれて、ぐったり――という表現がぴったりなほど、枯れた植物のように、今にも地面にしたたり落ちそうになっていました。
「命令を書き換えるって言ってたけど、なんて書き換えるの?」
かかしさんが合間に口を挟みます。わたくしと同様に、魔法に関してはちんぷんかんぷんなようですが。
「そうだな、書き換えるとするなら……」
わたくしたちにも聞き取れる言葉で、お嬢様が答えます。
「――『我が身を守れ』。シンプルでいいだろう」
「いいね」
かつての呪いと、真逆です。けれど、誰も幸せにしない呪いよりもいいに決まっています。木こりさんにとっても、斧さんにとっても。
お嬢様は斧を持ったまま、沈黙したままの首なし鎧に近づいて、中途半端に開いたままの手に斧の柄を握らせました。
鎧はしっかりと斧を握り、お嬢様に跪きました。
これって……あまりにも……
「「かぁっこいい〜〜〜〜……!!」」
わたくしとかかしさんが、ハモリました。
「なにが」
「かっこいいじゃんね、なんかさあ」
「ええ!騎士に傅かれるお嬢様、光景が素晴らしすぎるといいますか……」
「ロマン感じるよね〜」
お嬢様はいつも通り、ワケが分かりませんといった顔で、はしゃぐわたくしたちに対して呆れているようです。鎧はというと、無言で立ち上がり、お嬢様のそばに控えていました。頭がないので、お話ができないのはそうなのですが。
意思疎通ができるかは今のところ分かりませんが、お嬢様を守ってくださるならば彼もわたくしたちの仲間です。
「じゃ、そろそろ進もうか。斧くんも一緒に。……鎧くん?斧くん?」
「どっちでもいいんじゃないか」
そして、わたくしたちの仲間になるのなら。呼び名はやはり、童話のとおり――
「ブリキの木こりさん、にいたしましょう!」
「長い」
「本体はブリキでも木こりでもないしねえ」
うぅ、不評でございました……
***
新しい仲間を加えたわたくしたち一行は、再び黄色いレンガの道に戻り、歩みを進めて行きました。ブリキの木こりさん(わたくしはこう呼ぶことに決めました!)は、先頭に立って、道を塞ぐ蔓やツタを切り落としてくれていました。
ところどころ日が差して、見たことがない変わった形の花が咲いている場所もありました。苔まみれだった森の様子が、なんだか変わったように思いました。
「なんだか明るくなってきたのはいいけど……」
最後尾のかかしさんは不安そうに周囲を見回します。口を開いたそのタイミングで、遠くから獣の唸り声が聞こえてきました。
「……なんか、これはこれで物騒というか」
お嬢様はやや後方を気にするそぶりを見せて、立ち止まりました。木こりさんもお嬢様から離れる気はないために、同じように立ち止まってこちらを向いています。
「転移しているな」
「え!?いつの間に。気づかなかった……」
足元の黄色いレンガの道を、お嬢様は爪先でコンコンと叩きました。靴は一瞬だけ青く光りましたが、レンガの道は沈黙したままでした。
「言っただろう、道はたどる者ごと転移を繰り返す。……あの森から別の森へと転移したらしい」
「ええと……まあ、明るくて安全で穏やかな森にコース変更してくれるんなら、別にかまわないんだけど……」
かかしさんは、そうであってほしいという願望を込めてお嬢様の返答を待ちますが、それよりも先に別の獣の声が響いてきたために、表情は苦笑いに変わりました。
「明るくて刺激的で退屈しない森にコース変更されているな」
「言わなくていいってぇ」
「おそらくここは――」
お嬢様が言いかけた瞬間、後方の茂みから中型の獣が飛び出してきました。お嬢様めがけて、一直線。
わたくしが危ないと叫ぶより先に、お嬢様が振り向くより先に。木こりさんが獣の首を、刎ね飛ばしました。
胴体と分かれてずいぶんと身軽になった首を、お嬢様がちょうどよくキャッチしました。わたくしの世界にあった動物図鑑のどのページにも載っていない、不気味な造形の頭。
「――魔物の森。妙な場所に飛んだな」
「見せなくていいってぇ」
なぜか獣――もとい、魔物の頭をパスしようとするお嬢様に対して、かかしさんは片手を振って拒絶していました。そんな、ボールみたいに……!物騒でございます……




