8.森
進むにつれて、この静かな森はより深く、暗くなってゆきました。背の高い木々が葉をたくさんつけているせいで、陽の光が遮られ、足元には苔やシダのようなひっそりとした植物が絨毯のように這っています。
黄色いレンガの道は、そんな木々の根っこや苔たちの間を無遠慮にくねくねと続いていて、なるほど、これが魔法の道であるということも納得できました。道の上には小さな虫や落ちた葉がいくつかある程度で、苔が生えたり、根が張ったりはしていませんでした。この道はずっとここにいるわけではないのです。
足元は快適とは言いがたい状態でしたが、お嬢様は歩調を落とさずに進んでゆきます。わたくしは足元はあまり関係のない歩き方……でございますので、お嬢様のすぐ後ろをふわふわと浮いてついて行きました。
一方、苦労しているのはかかしさんでした。森に入った頃からあの麻袋は外していましたが、いくら視界良好であっても足元良好、というわけではありませんでした。根っこにつまずかないようになんとか乗り越えて、苔の上をすべらないように慎重に。そうやっていると、いつのまにかお嬢様との距離が開いているのでした。
「嬢ちゃん、待ってぇ。置いてかないで」
「?」
かかしさんを振り返り、ものすごく不思議そうな顔をするお嬢様。彼の苦労の理由にまったく見当がつきません、といった表情です。
「なにかあったか」
「ペース早いね、すごいよ。疲れないの?」
「俺としては、ゆっくり進んでいるつもりだが」
「うそ、信じらんない」
配慮の加減を分かっていないご様子。かかしさんは苦笑いを浮かべて、ねえ?とわたくしに同意を求めましたので、わたくしは曖昧にしっぽを振っておきました。
しばらく歩くと、少しだけひらけた場所に出ました。ささやかな小川が流れ、木漏れ日がいくつか細く細く差しています。そこに、苔にすっかり覆われた小屋が佇んでいました。
「誰か住んでは……いなさそうだな」
お嬢様は腕を組んで小屋の外観をまじまじと見つめます。扉があった場所は口を開けたままになっていて、中もずいぶんと荒れ果ててしまっているようでした。小屋の周りには錆びついた斧やバケツが転がっていて、それもほとんど苔に飲み込まれてしまっておりました。
「木こり小屋みたいだね。長いこと留守にしているみたいだけど」
切り分けられた木はすっかり腐って、苔やきのこ、小さな虫たちの寝床になっていました。かかしさんはしゃがみ込んで、小さな虫をつつきます。
「咬まれた」
余計なことをするからでは。
小川のそばで少し休憩をして、再びレンガの道を進みます。道は相変わらず険しく、地面は湿り気をおびていて、いつ足を取られるか分からない状態でした。
「この道っ……さあ……!俺たちにたどらせる……気はあるわけ……!?」
「あるかないかで言えば、ない。来訪を歓迎しているわけではないからな」
「それもそっか!」
縦横無尽にうねる根っこの間を通りすぎる道に文句を言って、かかしさんはくたびれたように近くのツタを掴みました。ところが、丈夫そうに見えたその太いツタは、かかしさんが少し体重をかけただけで簡単にちぎれてしまいました。
「うわッ!!」
文字通りの頼みの綱を失ったかかしさんは、足を滑らせて木の向こう側へ転倒してしまいました。
「ご無事でいらっしゃいますか」
「イテテ……いや、ご無事じゃなくてもご無事になるのが俺のいいところ、なんだけど……」
軽口の余裕はあるようで、よかった。わたくしが覗き込むと、地面にひっくり返ったかかしさんは頭を押さえながら立ちあがろうとしているところでした。
わたくしの姿を見つけようとキョロキョロあたりを見回したところで、わたくしを見つけるより先に視線が止まります。わたくしもつられて、そちらを見ます。
「……わ、」
「……えっ」
そこに。
斧を振り上げた、首なしの鎧が、いました。
「ウワーーーーーッッ!!!!!!」
「イヤーーーーーッッ!!!!!!」
叫ぶわたくしとかかしさん。その瞬間、お嬢様がわたくしの真横をすり抜けてかかしさんのそばへ着地しました。かっこいい。かっこよすぎます。
攻撃を覚悟して頭を抱えたかかしさんでしたが、お嬢様の登場によりこわごわと顔を上げました。
何も起こらない。そう、何も起こらないのです。
かかしさんと鎧の間に立ちはだかったお嬢様は、警戒をゆるめることはせず、目を細めてそれを見つめます。鎧は斧を振り上げた姿勢のまま、微動だにしませんでした。
「……珍しいな。古い魔術だ」
「……なに?動かない?襲ってこないの?」
お嬢様は返事のかわりにわたくしとかかしさんに下がるように合図をしました。かかしさんは素早く近くの木の幹の後ろに隠れ、様子をうかがっています。わたくしもかかしさんにならって、お嬢様の様子を見守ります。
わたくしたちが十分に距離をとったのを見て、お嬢様も数メートルほど離れました。そして、足元に落ちていた木の枝を拾うと、それを鎧に向かって放ります。
枝が鎧の胸元に当たり、コツンと音を立てた瞬間。置物のように動かなかった鎧が目にも止まらぬ速さで斧を振り下ろしました。枝は地面に落ちる前に斧を突き立てられ、着地と同時にまっぷたつに分かれてしまいました。
「え、……えぇ?」
一連の出来事に驚いたかかしさんは、なぜかわたくしをギュッと抱きしめていました。わたくしもびっくりしましたので、されるがままになってしまいました。
一方のお嬢様は冷静そのもので、口元に手を当てて一連の出来事を見つめていました。度胸が違いすぎる。魂の男前具合がまったく及びません。
「……いいな、これ」
お嬢様が呟きます。
「まだ使えそうだ。欲しいな」
欲しい、とは?
お嬢様にしてはめずらしく、表情が明るいように見えました。わくわくしている、子供のような、そんな表情です。
「生きてるの?それ」
かかしさんはわたくしを抱えたまま、おそるおそる木の陰からお嬢様の元へ近づきます。鎧にはあまり近づきたくないのか、少しだけ腰が引けていました。




