7.田園風景
***
爽やかな、朝。
小鳥の囀り、少し冷たい空気。湿った草の匂い。
懸垂をする、お嬢様。
「おはよう、トト。起きたか」
見間違いであってほしい……
しかし、けして寝ぼけたわたくしが見間違えたわけではなく。頭上の木の枝で、お嬢様は筋トレに励んでいらっしゃいました。それも、スカートで。おやめいただきたい。
切り株の上に座ったままのかかしさんは、すっかり消えてしまった焚き火の跡をこれまた遠い目で見つめていました。どうやら気を遣っていただいているようです。
わたくしたちの反応など意にも介さず、お嬢様は身軽な動作で木の根元に着地しました。手についた木屑をパンパンと払って、わたくしを見て微笑みました。
「よし、じゃあ行くか」
うぅ、好き……!!お顔が……!!
周囲には相変わらずの田園風景が広がっていましたが、進むにつれてぽつぽつと小さな家が建っているのを見つけました。農作業をしている人の姿も見えます。
「わあ、人がいらっしゃいますよ、お嬢様!」
「そりゃ、いるだろうな」
そういえば、こちらに来てからというもの。ふつうの人をお見かけしていなかったものですから、つい嬉しくてはしゃいでしまいました。よかった、ふつうの人たちがいます!家から生えた足とか、クールな魔法使いさんとか、死なないかかしさんとか魔物とかではなく、ふつうの人!
「おや、見かけない顔だね。こんにちは」
農作業中のひとりがグイッと腰を伸ばした際に、お嬢様を目に止めて、ほがらかに挨拶をしてくれました。青い作業服を着た、体格のよい、優しそうな農夫のおじさんです。
「ああ、精が出るな」
少女の返答にしては渋すぎる……
「エッ……ええと、おつかいかな?このあたりの魔物は多くはないが、ひとりでは危ないから気をつけるんだよ」
おじさん、ちょっと面食らったご様子でしたが、すぐにお嬢様の心配をしてくれました。
「心配無用だ。ありがとう」
もう少し『お嬢様』への擬態をしていただけないものか……
あっけに取られたおじさんは、それからふと後方のかかしさんに気づいてそちらに視線をやって、ヒッと息を飲みました。もしかして、かかしさんの傷だらけの顔に驚いてしまったのかもしれない。わたくしがこっそり振り返ると、かかしさんはなぜかあの麻袋を再び装着していました。
しかも、目のところだけ穴が空いている。
すっごい不審者です。
「あの……なぜそれをかぶっているのですか……?」
「だって、ホラ。俺の顔見て驚かせちゃったら悪いじゃん、と思って」
「袋をかぶった人間がいるのもかなり驚くのではないでしょうか?」
「どっちのほうが不審者レベルが高いと思う?」
「いい勝負ですね。接戦かと」
「やば。詰んだわ」
一方のお嬢様は、軽口を叩くわたくしとかかしさんも、ぽかんと口を開けたままこちらを見送るおじさんも置いて、ずんずんと進んで行きました。
その可憐なお姿ゆえか、途中途中で農夫のみなさまに声をかけられていましたが、威風堂々たる立ち振る舞いで対応されていました。「ご苦労」とか言ってました。覇王の風格。
しかし、言われてみれば。元は『東の魔女』、つまりこの国では偉い方だったのでしょうから、『彼』の対応は至極真っ当なものなのかもしれません。
「あの、お嬢様」
「どうした」
「東西南北の魔女のみなさまは、その国の王様のような立ち位置なのでしょうか?」
「国によるな」
お嬢様は歩きながら、風に揺れる前髪を押さえました。
「西や南はそうなんじゃないか?北は……あいつは王というよりも研究者……オタクみたいなもんだし」
研究者、のままで良かったのでは。
「この国ではどうなのでしょう」
「さあな。少なくとも、政には向かなかったんだろう」
かかしさんのいる手前、どこか他人事のようにご自分のことを語るお嬢様は、肩をすくめて笑っていました。
「魔女はその国の『力』を示す。魔物の脅威からの防衛や、他国への牽制。それゆえに、それなりの権力も持つはずだが……俺は……『東の魔女』は、王になりたかったわけじゃなかった」
「お嬢様……」
のどかな田園風景に、おだやかな気性の人々。彼ら国民を見るお嬢様の目はどこか優しくて、きっと『彼』だった頃は、自身が権力を得ることよりも国民たちの平和な暮らしを守ろうとされていたのではないかと思いました。
王ではなくても。上に立つものとして、その振る舞いはとても立派に見えました。
「そう、俺はただ、戦いたかっただけだ」
……ん?
「俺は強くなりすぎてしまったから、魔法を使うとあっという間に勝負がついてしまう。拳での戦闘なら、まだいくらか楽しめる。そうして魔物を倒し続けていたら、いつのまにか魔女だなんだと祭り上げられた。政治にも国の運営やらにも興味はないし、わからん。いい迷惑だ」
思ってたんと違う。
「仕方ないからやれと言われたことはやっていたが、面倒な仕事ばかりだった。結界を張れだの瘴気の浄化をしろだの。……そういえば、『魔女』の俺は死んだから、晴れて自由の身か?それはいいな」
もはやぜんぜん自分ごととして語ってらっしゃいましたが、後ろのかかしさんを振り返ると彼は道端の古びたバケツに向かって「小犬ちゃん、これ前が見づらいや」と話しかけておりましたので、たぶん聞いてなさそうです。
「それに、この体もいい。貧弱だが、それゆえに鍛え甲斐がある。リセットも悪くないな」
お嬢様の体がムキムキになってしまったらどうしましょう……
やっぱりこの方、お優しくはあるのですが、根っからの戦闘狂というか、脳筋というか。男前では、いらっしゃるのですけれど。
***
黄色いレンガの道は、田園風景を抜けて、鬱蒼とした森の中へと続いておりました。
「ええ、森の中に行くの?危なくない?」
昼間なのに薄暗い森の入り口を覗き込んで、かかしさんは不安なご様子。
「道がそうしろと言うなら、やむを得ない」
「これって回り道とかできないの?森の外をぐるっと、とかさあ」
「無理だな。この森の外に道が続いているか分からない」
お嬢様はためらわずに森の中へと進んで行きます。
「エメラルドの……目的地への行き方は少し特殊でな。このレンガをたどる、これだけだが、これしかない。そもそも、都の場所が固定されていない。転移魔法も受け付けていない」
分割でエメラルドの都って言っちゃってますね。
「道そのものが道をたどる者ごと転移を繰り返すから、この森を抜けたらおそらく別の場所に出ると思われる。だから、道を外れることができない。……俺が見てもややこしすぎる魔法で、手がつけられん。大人しく従うしかないというわけだ」
「ふーん。エメラルドの……都?ってなに?」
「……」
かかしさんの質問に、お嬢様は少しだけ気まずそうな顔をしました。本人なりに一生懸命隠したり、ごまかしたりしているつもりだったようです。ぜんぶ言ってましたが。
「わかったわかった、聞かないよ。ごめんって」
また気を遣われていました。




