6.新しい仲間
「いやあ、助けてくれてありがと。きみたちが来てくれなかったら、俺はあのままかかしとして一生を過ごすことになってたろうな」
けらけらと笑うこの男性こと、かかしさん。飾り気のないぼろぼろの服装をしています。年齢は三十代くらいに見えますが、とにかく傷だらけで、判断は難しそうでした。
「で、おまえは何者だ?」
地面に座る彼を腕組みして見下ろすお嬢様。とてつもない貫禄です。
「人間じゃないかな〜、とは、思うんだけど」
「思う?」
「正直なところ、分っかんないんだよな、これが!いつからか、死ねなくなっちゃって……」
かかしさんは自分の鎖骨あたりをトントンと指差しました。先ほどまであの棒が突き刺さり、穴が開いていたはずの場所がすっかり塞がっていたのです。治ってしまった古傷のような痕だけが、名残としてありました。
「すごい、これも魔法なのですか?」
「魔法じゃないな」
わたくしの質問に、お嬢様が先に答えました。かかしさんも同じように頷いて、くたびれたようにため息をつきます。
「それもさ、分かんないわけ。バラバラにされても生きてるし、焼かれても生きてるし。死なないっていうか、生き返るっていうか。そんなのを繰り返してたら、記憶も曖昧になっちゃって」
ナチュラルにものすごいことを言ってます。
「まあいいやってブラブラしてたら、黒い鳥たちに襲われてさ。でも俺って、腹の足しにならねえらしくて?他の獲物をおびき寄せるための罠にされちゃったりして……」
そこまで一息に話してから、彼はハッとしたように言葉を切りました。
「……あれ?黒い鳥たちは?」
「俺が全部打ち落とした」
「マジで言ってる?」
マジでございます。
かかしさんは半信半疑な様子で立ち上がり、先ほどまで戦場となっていた小麦畑のほうへ向かいました。が、黒い羽で埋め尽くされた様子が見える程度のところで立ち止まると、すごすごと戻ってきました。
「びっくり」
ですよねえ。
「きみたちの方こそ、いったい何者なわけ?」
そういえば、わたくしたちの存在はあまり第三者に話すべきではないと魔法使いさんに釘を刺されていたのでした。旅の目的も、最終的な目的地も、それは同じです。お嬢様をうかがうようにちらりと見上げると、案の定お嬢様も困ったようにウーンとうなっていました。
なにかこう……怪しまれないような設定でいきましょう……!
「俺たちは……」
こう……当たり障りのないような……!
「……わ、ワケあって言えない旅をしている者たちだ」
ああっ!嘘がつけない性格!全部言った!!
「そっか、いろいろあるんだね」
かかしさんが大雑把でよかった!
「それならさ、俺も一緒について行ってもいい?」
あれ!?どうしてそうなった!?
「俺は行くあてないしさ。暇だし。きみたちの旅の助けになるかもしれないぜ」
「ならん。足手まといだ」
あまりにも容赦のないお嬢様。
「女の子だけじゃ危ないって〜」
「俺に危険など存在しない」
「話し相手になるし〜」
「俺にはトトがいる。十分だ」
ときめき。
「よし!それじゃ、よろしく!いい旅にしよう!」
強引に決められてしまいました……。
お嬢様は面倒くさそうに頭を左右に振って、邪魔なら置いて行くからなと宣言してから再び歩き始めました。わたくしと、かかしさんがその後を追います。
「……え、その魔物の死体はなに?どうすんの?」
「夕飯だ」
「えぇー!!魔物食べんの!!嘘だろ!?」
大丈夫でしょうか……
***
もうすっかり日が暮れて、今日の旅はここまでにいたしましょうということになりました。あいにく付近には都合のいい小屋なども見つからなかったので、ほどよい背丈の木と、いくつかの切り株が集まった場所で休むことにしました。
「お嬢様、お味のほどは?」
「可もなく不可もない味だな」
「不可もないのかあ、意外」
お嬢様はあれから見事な手捌きで、ヤギのようなヒツジのような魔物をあっという間に解体して、これまた手早く起こした焚き火にくべて、宣言通りに『今日の夕飯』に仕上げてしまいました。
とは言っても、捌いて、焼いただけ。シンプルかつワイルドなお食事です。お嬢様はかかしさんにも食事をすすめましたが、彼は笑って手をひらひらと左右に振りました。
「ありがとう。でも俺、食べなくても死なないから」
「遠慮することはないが」
「食べても味覚とかほとんどないし〜」
「難儀な体だな」
先ほどは魔物を食べるということに過剰反応していましたのに、当人はもう食事を不要とする体でいらっしゃるようでした。そういった意味では、ちょっとだけ親近感をおぼえます。
わたくしも食事を摂る必要性がないもので、お嬢様は結局おひとりですべての骨付き肉を食べ終えてしまいました。その細いお体のどこに収納されていったのでしょうか。
「……以前のお嬢様は、お肉を召し上がることは苦手でいらしたのですが」
わたくしがぽつりと言うと、お嬢様は「ああ、」と腑に落ちたように返しながら最後の骨を軽く放りました。
以前のお嬢様、――ドロシーお嬢様は。少し、お体の弱いところがありましたので、脂っこい肉料理などを召し上がると具合が悪くなってしまう場面がありました。お食事の量だって、そんなにたくさんは召し上がれなかったのです。
「最初に……この体にしたことは、怪我の修復もそうだが、それ以外にもいろいろと手を加えさせてもらった。驚くほど貧弱な体だった」
お嬢様は自分の手のひらを見つめて、それを握ったり、開いたりしながらそう呟きました。
「手を加えた……!?その、ええと、ヘンなことはなされていらっしゃらないですよね……!?」
「なにを想像しているのかは知らんが、してない。普通の体に戻した、それだけだ」
聞き捨てらなぬといきり立つわたくしを片手間にいなして、お嬢様は切り株から立ち上がり、そのあたりの草むらにためらいもなく横になりました。
「寝る。おやすみ」
なんて無防備な!
「おやすみ〜」
かかしさんは変わらずヘラヘラと笑いながら、小さくなった焚き火のそばで片手を振りました。
「俺はほら、寝なくても平気だから。小犬ちゃんは寝たら?」
こいぬちゃん……いつのまにかそう呼ばれるようになっていました……
実のところ、わたくしも睡眠は不要ではあるのですが。死んでからというものずっと、お嬢様が眠るときは眠り、目覚めるときに、目覚める。生きていたときの習慣をずっと続けておりましたので、どうしようかと迷いました。
お嬢様の身に迫る危険があるなら、夜通しでも守ってさしあげたい。いえ、このお嬢様はわたくしより、というかこの世界のなによりも強いのかもしれませんが。
けれど、せっかく体を得た今、わたくし、どうしてもやりたいことがあったのも本心でございまして……!
そっと、横になったお嬢様の隣に座ってみました。死んでからずっとできなかった、添い寝です。近くにいても絶対に触れ合えなかったお嬢様に、またくっつけるときが来るなんて!
嬉しさのあまり無意識でしっぽがぱたぱたと揺れてしまい、きっと起こされてしまったであろうお嬢様はそれでもわたくしを咎めることはしませんでした。




