5.かかし
「……ほんとうに、申し訳ございません、お嬢様」
「なにがだ」
情けなくうなだれたわたくしが切り出したところ、お嬢様は腕組みをしながら空を見上げ、視線をこちらにやらずに返しました。
「わたくしの考え無しのせいで、あなたを危険な目に遭わせてしまって……」
「まあ、それはそうかもしれないが」
そしてふと、くくりつけられたままのかかしに目をやりました。わたくしもつられて視線を追います。近くで見てはじめて、その凄惨さに気がつきました。
それは、串刺しになっている人間でした。
人間が、串刺しになっていました。
びっくりしすぎて二回言いました。
「あれぇ……誰かいる……?誰かいたら、下ろしてほしいんだけど……」
串刺しの人間が、喋っている。
かかしの彼は、声色と体格からおそらく男性と思われました。頭には麻袋がかぶせられており、そのせいでこちらを認識できないようで、もごもごと動くたびに麻袋から溢れた血が伝ってゆきます。左の鎖骨の辺りからは棒状のものが突き出しており、それは彼の体の中を通って、逆側の太腿あたりから飛び出して地面と繋がっておりました。
あまりにも目を覆いたくなる惨状であるのに、当の本人はどうにも緊張感に欠ける口調で、こちらに語りかけてきていました。
「この世界の人間は……串刺しになってもお元気でいらっしゃるのですか……?」
「そんなわけあるか」
お嬢様はぴしゃりと否定すると、品定めをするようにかかしさんをまじまじと見て、それから頭上のカラスたちを一瞥しました。真っ暗な雲のように立ち込める彼らはなにかの機会を伺っているのか、まだこちらに降りてこようとしません。
「これは、囮だ。こいつを助けようと近づいてきた人間を食おうっていう魂胆だな。人間の性質を利用した、嫌なやり方をする」
「わたくしは犬なのに、まんまと罠に……!」
「気にするな。おまえはいい奴だ」
優しい。
「おそらく、このかかしに触れた途端に奴らは一斉に襲ってくる。この柵の外へ逃げても一緒だな。トト、おまえはなるべく身を低くして、草の陰に隠れていろ」
「お嬢様は?あれらとどうやって戦うのですか?」
「ちょうどいい棒がある」
え?
お嬢様はニヤリと悪そうな笑みを浮かべて、かかしさんの足元の棒の部分を掴みました。その瞬間、弾かれたように空の暗雲がいっせいに降り注いできました。
「これ、借りるぞ」
「え、あ、下ろしてくれるの?ありが」
かかしさんの淡い期待は、すさまじい遠心力によってかき消されました。
こともあろうにお嬢様は、かかしさんがついたままの棒を頭上に向かってものすっごい勢いで振りかぶったのです。たくさんのカラスたちと正面衝突したかかしさんは、かわいそうなくらいの勢いですっぽ抜けて、畑の外へと飛んで行きました。
もしかして、とどめ、刺しちゃった……!?
生死のほどを確認しに行きたい気持ちは山々なのですが、カラスが次々と降ってくるためにわたくしも動くことができませんでした。お嬢様はというと、かかしさんがすっぽ抜けてしまったことにたいへん残念そうな様子を見せてから、手に持った長い棒をまっぷたつに折りました。
それを両手に構えると、目にも止まらぬ早さで次々とカラスたちを殴打。踊るようにくるくると回り、舞い散る羽根の中で楽しそうに棒を振り回すお嬢様。
これはまるで、打楽器の演奏――!?
「無傷!」
真っ黒に塗りつぶされた畑の中で、片腕を掲げて高らかに勝利宣言をするお嬢様。まさに、フルコンボ……!
「トト!無事か?」
「ええ、もちろん」
おそるおそる草むらから這い出すわたくしを見て、ニッコリ笑うお嬢様。その笑顔が大好きなわたくし、布のしっぽがぶんぶんと揺れてしまいます。
「よかった。おまえはさっき、俺を危険な目に遭わせてすまないと言ったが、気にするな。俺はたいていの場合、危険な目に遭わない」
遭っては……いると思うのですが……
「だから安心しろ。俺は強いからな」
「お嬢様……!」
多少なりとも強引なところはありますが、この方の強さはたしかにわたくしを安心させてくれる力があるようです。それに、わたくしを気遣ってくれる優しさも。お嬢様の体を預かってくれるのが、彼でよかった……。
「このカラスは……食えるかな……」
……やっぱり、ちょっと心配かもしれない。
***
カラスを今晩の前菜にすることを諦めたお嬢様は、真っ黒な地面を踏み越えると先ほど吹き飛ばしたかかしさんのところへ向かいました。彼は無事でしょうか。
少し離れたところの畑の柵に、彼は引っかかっていました。物干し竿で揺られるシーツのように、くの字に折れ曲がって引っかかっていましたが、曲がってはいけない方向のくの字になっていました。絶対無事じゃないです。
「おい」
「……」
「お嬢様、この方はもうお亡くなりになっているのでは……。せめてわたくしたちでお墓を……」
お嬢様……棒でツンツンするのはやめてさしあげて……
ところが、数回のツンツンのあと、その体がびくっと震えたのです。麻袋の中からうめき声が聞こえて、じたばたと暴れた結果、頭から柵の下へ落ちました。
「いってぇ!!なんだよ、なにが起こったんだ!?」
「生きてる……!」
「……!ああ、誰かそこにいる?真っ暗でなにも……」
わたくしが驚きのあまり呟いた声に反応した彼は、ようやく頭にかぶせられた麻袋に気づき、それを外そうと手間取っていました。
見かねたお嬢様がやや強引に麻袋を掴み、ぐいっと引き剥がしました。その中の顔は……ひどい傷跡にまみれていましたが、それでも、ごく普通の人間に見えました。彼は突然周囲が明るくなったために眩しそうに目を覆って、それからおずおずとわたくしたちを見ました。
わたくしを見て、それからお嬢様を見て。
「……やあ、かわいいお嬢さん。はじめまして」
と、ウインク付きで軟派な様子を見せました。
「わたくし、この方苦手です」
「俺も同意見だ」
「なんでぇ!?」
これは犬としてのジェラシーというか……お嬢様が魅力的なことはたいへんに同意見なのですが……今は彼女の中身が別の方とはいえ……たいへんに複雑な気持ちです……!




