2.敵襲
「そうと決まれば、あまりのんびりしてても仕方ないな。とっとと探しに行くぞ」
お嬢様――もとい、東の魔女と名乗ったその人は、なぜだかご自身の体、つまり我が家の下からニョッキリ生えている二本の足から、かなり乱暴に靴をむしり取ろうとしていました。
『なぜ、セルフ追い剥ぎを』
「これ、魔道具だから。なにかと役に立つ」
『ちなみに気になっていたのですが、東の魔女さまは、男性でいらっしゃるのでしょうか?』
「どっからどう見てもそうだろうが」
今はどっからどう見ても可憐なお嬢様なのですが。
あえてツッコミを口に出さなかったのですが、わたくしの言いたいことをおおよそ察したであろう彼女は、元・ご自身の体のふくらはぎあたりをバシバシと叩きながら言いました。
「『東の魔女』っつーのは、肩書きみたいなもんだ。この国は東西南北の四つに分かれていて、それぞれ最も強い魔法使いが『魔女』の称号を得る」
わたくしのお嬢様が、男性の足をたたいている……解釈違いでございます……
「魔法使いのほとんどは女だが、俺はたまたま天才だった。俺の実力に肩書きが追いついていない」
『あのう、そもそもなのですが、先ほどから魔法、とおっしゃいますけれど、それはおとぎ話に出てくる、あの魔法のことなのでしょうか?』
「……はあ?」
怪訝な顔をするお嬢様も素敵です。
心の尻尾を振り回すわたくしをよそに、元・ご自身の足から強奪した革靴をじっと眺めてしばらく黙り込んでいました。そして、なにやら困り果てたようにこめかみを押さえてぼやき始めました。
「……魔法を、知らない?」
『ええ、少なくともお話の世界のことだと』
「ああ、なるほど。そういうことか。……そういうことでいいのか?分からん」
ぶつぶつと自問自答をしながら、手に取った革靴を履こうとしています。ずいぶんとサイズが大きい男性用の靴に思えるのですが……
ところが、わたくしの心配をよそに、お嬢様の細い足には大きすぎるその靴は、ぼんやりと青く光って、あら不思議。ぴったりサイズの女性用のブーツに変わってしまいました。
『すごい!まるで魔法みたいです!』
「魔法だな」
つま先をトントンと打ち付けながら、つまりだな、と口を開きかけたお嬢様は不意に後ろを振り返りました。開けっぱなしの扉から、なんだか生ぬるい風が吹いてきたように感じます。
『なんでしょうか……?』
「……来る」
なにが、を問う前に。お嬢様は外へ飛び出して行きました。わたくしも慌てて追いかけます。先ほどまで春の陽気に包まれていた草原は、灰色の雲に覆われていました。そして何やら大きな鳥が、いやな鳴き声をあげながらこちらに向かってくるのが見えます。
鳥?あれは、ほんとうに鳥でしょうか?わたくしが昔、追いかけていた小鳥たちよりよほど――
「――ギャハハッ!ナンカ落ちてきたと思ったら、人間の小娘ハッケ〜ン!ラッキー!」
ぜんっぜん小鳥じゃなかった!こわい!!
現れたのは、三匹の大きな鳥ではない生き物。コウモリのような翼、頭には大きなツノ。イメージとしては彫刻のガーゴイルでしょうか。それが、自由自在に飛び回り、ぎゃあぎゃあと言葉を話しているのです。こわい!
「オレが見つけたんだから、オレの獲物だ!」
「バーカ、早いモン勝ちだろ!」
こわいけれど、怖がっている場合ではありません!わたくしには目もくれず、彼らは明らかにお嬢様を獲物として見ているようでした。
『お嬢様!逃げてください!』
「なんで?」
なぜかお嬢様は悠然と構えており、心なしか楽しそうなご様子にも見えます。わたくしのほうが慌ててまくし立てました。
『なんで、ですって!?食べられてしまいます!かつてのあなたは素晴らしい魔法使いだったかもしれませんが、今のあなたは非力なお嬢様なんですよ!』
「そうなんだよな。こんな細っこい腕に、貧相な体。せっかく鍛えたモノがぜんぶリセットされた、そんな気分だ」
『いま貧相って言いましたか!?』
「なんでキレんだよ」
ガーゴイルたちは狙いを定めるように、頭上でぐるぐると旋回していました。しかし、次の瞬間。三匹が一斉にお嬢様の元へ急降下してきました。
『お嬢様っ!!』
「グワッ!?」
「ギャッ!?」
「グェッ!?」
弾け飛ぶガーゴイルたち。
拳をまっすぐ突き上げるお嬢様。
……え?え?
「あーダメだ、やっぱり力が出ねえ。筋肉が足りなさすぎる」
見間違いでなければ、惚れ惚れするほどの見事なフォームのアッパーカットがガーゴイル一体の顎に直撃、残りの二体を巻き込んで吹き飛ばしていたように、見えました。
『ま、魔法……ですか?』
「ん?魔法じゃねえよ、どう見ても。普通のパンチ」
『普通のパンチ!?!?』
お嬢様はその威力に納得できないのか、不服そうに肩をぐるぐる回していました。一方、吹き飛ばされたガーゴイルたちはもっと納得がいっていません。ふらふらとよろめきながら警戒するように距離をとります。
「な、なんだァ、小娘!おまえ、何をしやがった!?」「キサマ、魔女か!?」
「だから普通のパンチだって言ってんだろ」
「フン、少々油断したが、まあいい!スグに八つ裂きにして食ってやる!」
ガーゴイルたちはそう叫ぶと、大きな翼を激しく羽ばたかせました。鋭い風が巻き起こり、家の外壁が切り裂かれていきます。なんという威力でしょう!
するとお嬢様は軽やかに地面を蹴り、鋭い風を避けながら屋根に飛び乗り、そして、跳躍。はるか頭上にいたガーゴイルの眼前に迫ると、またもその顔面に拳を叩き込みました。背後に迫るもう一匹には振り向きざまにもう一発。後続の最後の一匹へ、強烈な回し蹴り。
ぜんっぜん魔法を使わない。普通のパンチが過ぎる。
再び屋根の上に着地したお嬢様は、地面にはたき落とされたガーゴイルたちを見下ろしながら首をゴキっと鳴らして言いました。
「おいおい、拍子抜けだな。もう少し楽しめると思ったんだが。女子供の拳にやられてどうする、殺す気でかかってこいよ」
わ、わたくしのお嬢様が、戦闘狂になってしまった。
「なんなんだ、この強さ……!」「聞いたことがある、東の国に、魔法を使わずオレたち魔物を殺せるイカれた野郎がいると……!」「実在するのか、そんなヤツ……!」
ガーゴイルたちは戦々恐々といった様子。ツノは折れ、クチバシはひしゃげてしまっており、無理もありません。
「間違いない、この強さ……東の凶拳、凶拳の魔女だ!」
『……そんな名前で呼ばれているんですか?』
「いや知らん。変なあだ名つけないでほしい」
ガーゴイルたちがすっかり戦意を喪失している様子を見て、お嬢様は屋根から軽やかに降りてきました。それすらも人間離れしている動作だと思うのですが。
距離を詰められたガーゴイルたちはジリッと後ずさります。
「もういい、つまらん。肩慣らしにもならない。とっとと――」
失せろ、と言いかけたその時。お嬢様がわたくしに覆い被さるように地面に伏せました。あまりにも一瞬で、何が起きたか理解するよりも前に。
「…え」「…あ」「…?」
ガーゴイルたちもお嬢様がなぜ伏せたのか分かっていないようでした。不思議そうな顔のまま、その顔がすべり落ちて、草むらに転がっていきました。
同じタイミングで、わたくしたちの家の上半分がずるりと斜めに崩れ落ちていきました。
先ほどのガーゴイルたちの放った鋭い風などより、もっと凶悪なものがわたくしたちの頭上を駆け抜けていったのです。もしお嬢様が即座に伏せなかったら、それは頭上などではなく、お嬢様の首を切り裂いていたのでしょう。
『お嬢様、一体なにが』
「ケガはないか」
『わたくし、体がありませんので』
「そうだな。だが、あれの攻撃は魂にすら干渉する可能性がある。無事ならいい」
お嬢様はそう言うと、ゆっくりと立ち上がりました。ガーゴイルが現れたときと比べものにならないくらい、真剣な表情で草原の向こうを見つめます。
風がいつのまにか止んでいて、空気が妙に重たく感じました。なにもないはずの空間がぐにゃりと歪んで、人影がひとり、現れました。
「避けましたか。――ならば、あなたが」
今度は、魔物ではありませんでした。見たところ、普通の人間の姿に見えました。今の気候には不釣り合いな、真冬用の黒いコートを羽織った男性のようです。落ち着いた口調のわりに、なにやら穏やかではなさそうな空気が漂っておりますが。
「……面倒なヤツが来たな」
『お知り合いですか?』
「まあな。あれは『北の魔女』だ」
彼が……北の魔女……!
彼が……
どうして先ほどから、男性ばかりが魔女を名乗っているのでしょうか……




