17.ヤマネコ
さて、わたくしたちは王様の背に乗り、無事に大裂け目を越えることができました。
そのあともいくつかの地割れが行く手を阻んでいましたが、王様はもう文句を言いませんでしたので、わたくしたちの旅はとても順調に進んでいました。
その晩は、森の少し開けた場所で夜を明かすことになりました。快適とは言いがたい場所ではありますが、王様のおかげでほかの魔物に襲われる心配はありません。ぐっすりと眠ることができました。
翌朝。わたくしたちが目を覚ますと、目の前には大きな川が広がっておりました。
「川などあったか?」
王様が警戒を滲ませながらそう聞くと、寝ずの番をしていたかかしさんはあまり驚いた様子もなく返事をしました。
「転移したんじゃないかな。夜中に霧が立ち込めてさあ、森だしそういうこともあるかな〜なんて思ってたけど、霧が晴れたらこうなってたわけ」
やはり、レンガの道ごと二度目の転移をしたようです。わたくしたちは王様に、この不思議な道の仕組みを簡単に説明しました。
「奇妙な道とは思ったが、なるほどな。しかしこの道とやら、此度は川を渡れと言っているようだ」
川に向かってためらいなく直進するレンガたちは、おそらく川底に整列していると思われましたが、いくら水が澄んでいるとはいえかなりの深さがありそうで、その様子を目視することはできませんでした。
そのかわり、水面にぼんやりと光る黄色の道筋が浮かんでいます。少しばかり曲がりくねりながら、対岸へ向かって伸びているようでした。この道は親切なのか意地悪なのか、わかりませんね。
「この程度なら泳げるな」
「それは嬢ちゃんだけだから」
お嬢様はというと、近くに自生していた桃のような果実を朝食がわりに頬張りながら、その湖のように広大な川を眺めておりました。相変わらずの脳筋発想です。かかしさんに冷静に突っ込まれていました。
「気合いで水面を歩くことも」
「わー。また陛下のすごいお力を借りたいなー。やっぱり飛べる方がいるってすごくありがたいなー」
「貴様に言われても嬉しくない」
お二人の間に挟まるってすごくたいへんそう。わたくしとしては、かかしさんの存在がありがたいです。
結局また王様のお力添えをいただくことになり、わたくしはかかしさんに抱えられ、王様の背中に乗りました。
王様はわたくしたち全員を背に乗せてもものともせず、大きな翼で軽々と舞い上がりました。水面の上をすべるように飛びながら、黄色の道を見失わないよう低空飛行を保って進んでいきます。
ほどなくして対岸にたどり着きました。黄色いレンガの道は川岸からまっすぐ草原へと伸びていました。
その先に広がるのは、明るい緑の草原。鮮やかな花々が色とりどりに散っており、なだらかな丘が続いています。見晴らしもよく、とても美しい光景でした。
「久々に歩きやすいルートを用意してくれたみたい。よかった」
かかしさんが呟きましたが、お嬢様も王様もあまりピンと来なかったようで、同意してくれたのはブリキの木こりさんだけでした。斧の刃先でコツンと鎧を叩いて、それを返事の代わりにしていました。
わたくしたちがいた世界にはなかった、夢のような美しい風景。つい心を奪われながら歩いていたところ、黄色いレンガの上にこれまた黄色い塊があるのを見つけました。
それは、元の世界でいうところのヤマネコのような生き物でした。けれどヤマネコよりもずっと大きく、形も歪です。あれもきっと魔物なのでしょう。
わたくしたち――というより、最後尾にいた王様に気づいたヤマネコは、ほかの魔物と同じように慌てて逃げ出そうとしたのですが、はたと思いとどまったように足を止めました。
「これはこれは、強大なお力を持つ御方」
そう言って恭しく前脚を折り、礼儀を示しました。
わたくしたちは顔を見合わせたあと、おそらくほかの誰でもなく王様に話しかけているのだろうと判断し、王様に道を譲りました。
王様はやたらともったいをつけながら、前へ進み出ます。
「ふむ、何か用でもあるのか」
「おそれながら、偉大なる御方。この先へ行かれるのであれば、わたくしどもの話を聞いていただけないかと」
「話すがよい」
王様はこれでもかというほど尊大な態度で、ヤマネコを見下ろしました。実に久々の王様ムーブです。
黄色いヤマネコは、痩せた体で懸命にへりくだりながら、ぺこぺこと頭を下げていました。火の玉のように揺らめく赤い瞳に、大きく裂けた口。毛並みはあちこちねじれています。ヤマネコは必死に続けます。
「この先は元々、我らのナワバリであったのですが、この美しい環境を気に入ったヨソモノが住みつき、荒らしまわっているのです。我らの仲間も、かなりの数がヨソモノに食い殺されてしまいました。どうか、お知恵かお力をお貸しいただきたいのです」
「我に何の利点がある?」
「やつらはこの先に立ち入るものに容赦をしません。道理の通じぬ者たちです。きっとあなたさまにも危害を加えることでしょう」
「なるほど。この先へ進めば、いずれ我の道を阻むというわけか。ならば貴様らのためではなく、我が妻のために、そやつらを殲滅するとしよう」
「ははあ、奥方様」
「奥方様じゃねえ」
ヤマネコが慌ててお嬢様にも礼をしたので、お嬢様はまたもや訂正をしなければなりませんでした。
「して、その厄介なヨソモノというのはどのような存在なのだ」
王様が問います。
ヤマネコは何やら口にするのをはばかるように細い耳をペタリと伏せて、小さな声で告げました。
「ネズミどもにございます、偉大なる御方」
「ネズミ?」
ネズミといえば、わたくしたちの世界では、ネコなどの捕食者に狩られる側の存在でした。つまり、食べられる側。それゆえに不思議に思い、お嬢様たちを見上げました。どうやらこの世界でも事情は同じらしく、お嬢様もかかしさんも、不思議そうな顔をしておりました。
「ええと……ここにいるネズミは、きみたち――ネコくんたちよりも大きくて強いの?」
かかしさんが口を挟むと、ヤマネコはかかしさんにも恭しく礼をしてから、続けます。
「いえ、お連れのお方。一匹一匹は矮小な存在なのでございますよ。我々も、ネズミどもなどとるに足らぬ存在と認識しておりました。しかしながら、今回は違うのでございます」
ヤマネコはとぼとぼと数歩、丘の上へと進みます。わたくしたちもつられて進むと、目の前には広大な花畑が広がっておりました。
美しい光景です。けれど、なにかが違う。
緑の下で、なにかが蠢いている。
「やつらの脅威は、数でございます。何千、何万という数が、この丘に住みついてしまった。一歩足を踏み入れたが最後、やつらに群がられ、骨まで残さず食われてしまうのです」
ぞわり。想像するだけで、背筋が凍ります。
もし自分が、ネズミの群れの中に放り込まれたらと思うと。小さな牙が、無数に襲いかかってきたらと思うと。一対一では簡単に勝てる相手でも、数の暴力の前では意味をなしません。
「無茶なお願いであるということは重々承知しております。ですが、我々の種族は川を渡れぬのです。どこにも行き場がない。どうか、お力添えをお願いしたいのです」
ヤマネコの悲痛な訴え。お嬢様は腕組みしながら丘の向こうを見つめています。王様もその隣で真剣な表情をしながら立っていました。
お嬢様はため息をつきながら、言いました。
「要するに――全部倒してしまえばいいんだな?」
あ、なんかそんな気がしていました。
「すべて焼き払ってしまえばいいのだろう?」
王様もあっけらかんと答えます。なにがそんなに難しい問題なのか分からない、といった様子です。
ヤマネコはそんな二人を見て、いたく感動したと言わんばかりに頭を下げて何度もお礼を言いました。
「ああ!ありがとうございます、ありがとうございます!偉大なる御方、奥方様!これほどのお力をお持ちながら、御心も寛大でいらっしゃるなんて!」
「これ、いつまで訂正させる気かね」
「ずっとじゃないかな」
奥方様呼びにうんざりした様子のお嬢様に、生ぬるい笑顔を浮かべるかかしさん。王様がいる限りずっとなのではないかと、わたくしも同意見でございます。




