16.大裂け目
***
「して、我が妃となる娘よ、課せられた使命とはいったいどのようなものだ?」
「妻でも妃でもねえっての」
カリダの王を仲間に加えたわたくしたちは――いえ、ほとんど強引に同行してきたのですが、ともかくとして。引き続き、得体の知れないものたちの蔓延る森の中を進んでおりました。
しかしながら、わたくしたちの後ろを泰然と進む獣の王を恐れてか、ほかの魔物たちは息をひそめて姿を現さなくなってしまいました。
道理を知らぬ小さな虫たちだけは、果敢に立ち向かってくるのですが、これはブリキの木こりさんがあっさり打ち落としてしまいます。
つまり、お嬢様はとても退屈していました。
挙句の果てに王様が口を開くたびに求婚なさるので、なかなかにうんざりした様子。ひたすらに前だけを見て進んでおりました。
「あんまりしつこく聞いちゃ嫌われるぜ、陛下」
かかしさんがそっと口を挟みます。
と、いうのも。わたくしとかかしさんの現在位置は、列の先頭を行くお嬢様と最後尾を歩く王様のちょうど中間地点でございました。ですので、この微妙な空気感に常にさらされているのでございます。ちょっとだけ、気まずい。
そんなかかしさんの気遣いなど意にも介さず、王様がぎろりと鋭い目でかかしさんを見下ろしたので、かかしさんはヒェッと短く悲鳴をあげて身を竦ませました。
「……それは困るな」
「え?」
けれど返ってきたのは、予想外のセリフ。わたくしもかかしさんも、目を丸くします。
「あの娘は我が妻となるべき存在。嫌われてしまっては困る」
「なんで好感度がまだマイナスじゃないって思えるんだろうね」
尤もだとは思いますが、わたくしに振らないでいただきたいです。
「ところで、貴様はあの娘の何だ」
幸いなことに、王様はかかしさんの命知らずな発言について言及することはありませんでしたが、そのかわりに別の疑問をぶつけてきました。
「なんだろ。お友達かな」
「なった覚えはない」
お嬢様は振り返らないまま、すかさず訂正を入れました。
「違うと言っているぞ」
「じゃあ、小犬ちゃんのトモダチ。いいでしょ」
「わたくしはちょっぴり嬉しいです、お友達」
わたくしが布製のしっぽを振っていると、王様は目を細めて、探るような視線を向けてきました。
「……その魔術まみれの布切れも、あちらのがらくたも。我が妻は奇妙なものばかり従えているな」
「これ、魔法の布なんだね」
かかしさんがわたくしの布製のしっぽをつつきました。
「ええ、魔法使いさんにいただいたので、そうなのかもしれません。どういう仕組みのものかは、分かりかねますが」
「小犬ちゃんも嬢ちゃんも、謎が多いからな〜」
かかしさんはケラケラと笑います。彼はわたくしたちのことを意識して追及しないようにしてくれているので助かっているのですが、王様はそうはいかない様子。
お嬢様や魔法使いさんもそうでしたが、魔法を使える方々は、魔法に関するものを見極める力があるようです。カリダたちも例外ではないのでしょう。
「最も奇妙なのは貴様だがな」
「俺?あはは、俺も分かんないよ。なんか分かったら教えてくれるとありがたいな」
そんな王様の目をもってしても、かかしさんの存在はよく分からないようです。彼が一番の謎です。
王様は呆れたように視線を逸らして、鼻を鳴らしました。
「布切れの犬に、古びた武具に、それから、生きる屍、か。ううむ、我が妻ながら、ずいぶんと変わったものを集めるのが好きらしい」
「そうそう、そこに陛下も加わったから、晴れて珍妙コレクションの一員ってわけ」
「我が珍妙だと?」
かかしさん、王様のことを怖がっているのかおちょくりたいのか、どちらなんでしょう……
そんな他愛のないやりとりをしていると、ふと前方をいくお嬢様たちの足が止まりました。
なんと、その先の地面がありませんでした。崖というより、地面に入った大きな亀裂が、森を横切っているのです。その地割れは左を見ても右を見てもずっと遠くに広がっていました。
おそるおそる崖下を見下ろすと、尖った岩がこちらを向いて、誰かが落ちてくるのを今か今かと待ち構えているように見えます。生きたものが落ちたならば、ひとたまりもなさそうです。
道標の黄色いレンガの道は、地面の裂け目でぷっつりと途切れていました。が、よく見ると向こう岸にその続きが伸びているのが見えました。つまり道はわたくしたちに、どうにかして渡れというわけです。
「あちゃー、どっかに橋とかないのかな」
かかしさんが頭をかきながら言いますが、お嬢様が首を振りました。
「人の手が入るような場所じゃないからな。ないだろう」
「そうだった、残念。じゃあどうしよう、飛べたらいいんだけど……」
そこまで言いかけて、かかしさんはハッとしたように王様を見ました。そうです、カリダたちは背中に大きな翼を持っていました。もちろん、王様も。黒い大きな翼が、背中に折りたたまれているのでした。
「陛下に乗せてもらって、向こう側まで渡ればいいんじゃない?」
「貴様らを背中に乗せるだと?我に駄獣の真似事をしろというのか?」
王様の表情がピクリと動きます。やはり彼は王たる者、誰かを背に乗せて運ぶような行為は、屈辱にあたるのかもしれません。
「だが……しかし……我が妻のためならば……特別に乗せてやらんことも……」
「いや、いい。これくらいなら跳べる」
「「「跳ぶ!?!?」」」
木こりさん以外で見事にハモりました。木こりさんもちょっとびっくりモーションをしています。
王様がせっかくゴニョゴニョしておりましたのに、そんなことはお構いなしなお嬢様はなにやら屈伸運動をしておりました。しかしこの裂け目は数十メートルはあろうかという幅なのです。ジャンプでどうにかなるとは到底思えません。
「余裕だ。ついでにおまえたちを抱えて跳んでやってもいい」
が、そこをどうにかしちゃうのが我らがお嬢様。あいかわらず男前です。
「じゃあ優しく運んでもらっちゃおっかな〜。ねえ、小犬ちゃん。斧くんも」
かかしさんが便乗しながらチラリと王様を見ると、彼はお嬢様の言葉をにわかには信じがたい様子で言葉に詰まっていました。
「じゃあ、木こりから。斧を落とすなよ」
「待て!我が妻よ、無謀なことをするな。我の力が必要であろうから……」
「いいって。無謀でもないし」
「我であればおまえたちをまとめて一度で運ぶことができるのだぞ」
「嫌がってたから、さっき」
「嫌がってなどいない」
ゴニョゴニョしてましたが。
お嬢様と王様はしばらく謎の押し問答をしておりましたが、結局、王様がわたくしたちを乗せて運ぶという案が採用されたようでした。はじめにあんなに渋っていたのはなんだったのでしょう。
「まったく、我が妻は意固地な奴だ。我ほどの力を持つ者が手を貸すのだぞ。素直に我を頼ればよいものを……」
「必死にならないと、なんでも一人で解決しちゃうからね、あの嬢ちゃん。がんばんなよ、陛下」
ぶつぶつとぼやく王様に、かかしさんがそっと助言をしました。お嬢様へのアプローチは、どうやら一筋縄ではいかないようです。




