13.獣の王
「ていうか、あの二匹を見逃してよかったの?」
かかしさんはご自身の散らばったパーツをかき集めながらお嬢様にたずねました。かなりスプラッターな光景ですが、どこか見慣れてきてしまった自分がおります。
「戦意喪失した相手を殺しても、なあ」
「それもそうだけど、そうじゃなくて……あ、斧くん、そこの俺の足取ってくれる?」
どうやら、かかしさんの体の修復は、パーツがあればそれをくっつけたほうが早く、なければ生えてくるのを待つ、という仕組みのようです。
「よし、治った。……つまり、あの二匹は王様とやらに嬢ちゃんのこと報告するわけでしょ。そしたら、直々にお出ましになっちゃうかもしれないじゃん」
「こちらから探す手間が省けていいだろう」
「……嬢ちゃん、今日はねえ、力試しの散歩に来たんじゃねえのよ。ここは別に通りすぎるだけでいいの。そうでしょ」
「……」
ものすごい正論をぶつけられ、お嬢様はちょっとだけ気まずそうに目を逸らしました。ちょっと……楽しくなっちゃったんですね……
「ま、まあ、でも。もしかしたら、お嬢様の強さが知れ渡ったことで、この森に住むカリダのみなさまは恐れをなして近づいてこないかもしれませんし……王様というかたも、わざわざ戦おうとはなさらないかも……」
わたくしがささやかなフォローをすると、かかしさんはこれ以上なにか言っても仕方ないと判断したのか、小さく笑いました。
「まあ、これは嬢ちゃんと小犬ちゃんの旅だからね。俺がなんか言うのも無粋か」
そんなことはないです!軌道修正、とても大切です!
「……おまえの言うとおりだ。そうだな。自分の欲求を優先するわけにはいかない。必要最低限の戦闘にとどめるよう、努力する……」
モゴモゴと口ごもる様子はあれど、思い直してくださったようです。
「そうそう。避けられる戦いは避けて、なるべく安全に行こうよ」
「避けられない場合は?」
「それは仕方ないかも」
「それなら……」
お嬢様は言葉を切って、親指でご自身の後方を指しました。後方の茂みが、騒がしい。バキバキと木々の折れる音、慌てて飛び立つ虫や鳥たち。
「これも仕方ない、で、済ませてくれるよな」
お嬢様の真後ろに、真っ黒な獣が現れました。
先ほどのカリダたちより一回り以上も大きな、獣。
「こ、今回だけ、なら……!」
かかしさんはわたくしをすばやく抱きしめると、木こりさんの背後に隠れながら頷きました。
「よかった!」
あぁっ、笑顔が眩しい!
お嬢様はとびきりの笑顔を浮かべると、あらためて、黒い獣に向き合いました。
なんと立派な獣でしょうか。説明されずとも分かります。きっと、あれがカリダたちの王なのでしょう。
全身はとにかく黒く、頭部は獅子のものでしょうか。豊かな鬣に覆われています。
瞳は金色で、頭部から大きなツノが四本生えており、これも金色。下半身はカリダたちと同じように爬虫類の――というよりは、空想上のドラゴンの特徴に似ているように見えました。この世界、ドラゴンもどこかにはいそうですね。
背中からは大きな翼が生えており、全身のいたるところを金色の装飾品で飾っておりました。とても威厳のある佇まいです。
彼――黒い獣は、まだ言葉を発しませんでした。目の前の相手を見定めるように、鋭い瞳で見下ろしていました。
「あーっ、陛下、待ってってば!」
張り詰めた雰囲気にそぐわない声が、黒い獣の後方から聞こえました。聞き覚えがあります。
息を切らした赤脚のカリダが、黒い獣のそばに降り立ちました。次いで、青脚も着地をしました。彼も息を切らしています。よほど急いで来たのでしょう。
「して、これがそうか」
黒い獣がようやく口を開きました。低く響く声をしています。
「ええ、我々を容易く屠る実力を持った、人間の娘です」
青脚が答えました。
「なるほど」
黒い獣はわずかに目を細めました。その目がどこか愉悦に満ちたような気がして、わたくしは思わず背筋が震えてしまいました。ちなみに、かかしさんもです。
「小娘よ」
「なんだ」
揺るがぬ不遜。かっこいい。男前です。
「貴様の実力、確かめさせてもらうぞ」
「いいだろう。望むところだ」
望んじゃダメなんですけどね!
「その代わり、あいつらには手を出すな」
お嬢様はわたくしたちを指して言いました。
「無論だ。守るものがあってはお互いに本気を出せまい」
黒い獣は二頭のカリダたちに目配せをしました。二頭は了承を示すように目をつむり、それからわたくしたちのところへ歩み寄ってきました。
「え、なになに」
動揺するかかしさん。カリダたちはわたくしたちの両脇に座ると、二頭同時になにかを唱えました。あたりをぼんやりした光が包み込みます。
「簡単な結界を張ったよぉ。これで多少は大丈夫」
「これが終わっても、あんたたちに手は出さない。王が約束されたからな」
どうやら、わたくしたちを守ってくださるようです。つまり、二人の決闘を邪魔しないため、ではあるのですが。
「……あれ?きみ、なんで生きてるの?さっき殺したと思ったんだけど」
赤脚がかかしさんに気づき、不思議そうに鼻を近づけて匂いを嗅いでいます。かかしさんはヒェッと息を呑みましたが、一旦は危害を加えられないと理解したためか、なんとか平静を装っていました。
「あー……企業秘密ってやつ。ナイショ」
「キギョーヒミツってなに?」
謎のごまかしをしています。
ちなみにブリキの木こりさんは、お嬢様を守ろうとウロウロしていたのですが、お嬢様が一言、「下がっていろ」と告げてからは結界の中で大人しくなってしまいました。
そう、木こりさんも。当然、かかしさんも、わたくしも。お嬢様と黒い獣の間に入ることなどできないのです。
お嬢様は確かにお強いけれど、あの大きさの魔物に勝てるものなのでしょうか。凶拳の彼であったらなら、いざ知らず。
「お嬢様……」
つい呼んでしまった声に気がついて、お嬢様はわたくしを振り返りました。わたくしの不安を察してくださったのか、優しい笑みを浮かべます。
「心配するな、トト」
「でも……」
「この身体には、一切の傷をつけない」
力強く言い切るお嬢様。やはり、わたくしはこのかたを信じていいのでは――
「この貧弱な体で、無傷。相手もかなりの手練。なかなかの難度だ、悪くない。久々に楽しめそうだ」
……ん?
もしかして、ハードモードを楽しんでいる?
慌てて頭上のかかしさんの顔を見ると、ほぼ諦めたような表情で無言のまま首を左右に振られました。お手上げである、と伝わってきます。
そうでした、このかた。そもそも、戦闘狂なんでした……あえての修羅の道を選ぶ御仁……どうかお嬢様のお身体が無事でありますように……!




