表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神戸駆けるバンビ! 〜奈良県民JK、ギャルとワイルド系イケメンのいる定時制高校に放牧される〜  作者: みょんたま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/73

【休憩回】〜I got into uni〜

 エベレストの標高8,000メートル付近。死と隣り合わせの静寂が支配する山荘で、天馬の父は凍てつく指先を震わせながら荷造りをしていた。

 その時、極限の孤独に沈んでいた彼のスマホが、場違いな電子音を奏でた。海外の若者が日常的に使うアプリ、WhatsAppからのメッセージだ。


【tenma. : I got into uni.】(大学に受かった)


 父は、唇を噛み締めて静かに頷いた。窓の外、エベレストは今日もただ静かに、神のごとく鎮座している。妻であるエマが最後に目にした景色を、彼は何年もここで見守り続けていた。

 父は震える指で画面を繰ると、妻の父親――長年絶縁していた義父へ、意を決して電話をかける。


「Emma, watch over me.」(エマ、俺を見守っていてくれ)


 喉の奥に溜まった雪のような冷たさを咳払いで吐き出し、彼は発信ボタンを押した。


「It's been a long time, sir. Please! don't hang up. Tenma... Tenma got into a university in Japan.」

(義父さん、お久しぶりです。どうか!電話を切らないでください。天馬が、天馬が日本の大学に合格したんです)


 一気に捲し立てた。風がヒュウと山荘の隙間を吹き抜け、頬を撫でる。


「You don't have to forgive me. But please, could you at least reach out to Tenma? I am still on the mountain searching for Emma. I can't go back to Japan.」

(私は、いいです。でもどうか、天馬にだけは連絡をしてあげていただけないでしょうか。私はまだ、山でエマを探しています。日本には帰れません)


 電話の向こうで、深い溜息が聞こえた。


『Ha. The absolute gall you have to call me. Just hearing your voice makes me physically sick.』

(は。よく電話をかけられたものだな。貴様の声を聞くだけで虫唾が走るわ)


 父は目をぎゅっと閉じた。それでも、電話を切らなかった。


『...But. Tenma has Emma’s eyes. I shall send him a gift.』

(それでも……天馬は確かにエマの瞳を受け継いでいる。彼にお祝いを贈るとしよう)

 

 父はほっと一息ついた。

 

『I appreciate you informing me.』

(知らせには、感謝する)


 冷徹に電話は切れた。だが、3秒もたたずに着信音が再び鳴り響く。先ほどとは比べ物にならないほど荒々しい着信だった。


 『YOU!!Are you telling me Tenma is living in Japan all by himself?! The boy is only seventeen, isn't he?! What on earth were you thinking?!』

(お前、まさか、天馬は今一人で日本で暮らしているのか?!あの子はまだ17歳じゃなかったか!?何を考えているんだ!!!)


 父は、ガックリと肩を落とした。先ほどまでの悲壮感をどこへやら、急に肩の力を抜いて、まるで近所の友人にでも話すような、ひどく軽薄な口調に戻った。


『Oh, relax, will you? He’s perfectly fine on his own. He’s much tougher than you think.』

(あー、落ち着けって。あいつは一人で完璧にやってるよ。お前が思うよりずっとタフなんだから)


『Tougher?! He is just a child! You have no right to leave him like that!』

(タフだと?!あの子はまだ子供だぞ!そんな風に放っておく権利が貴様にあるのか!)


 父は呆れたように鼻で笑った。


「Listen, you stubborn old man. No wonder Emma ran off to the mountains—you’re just too much! Tenma is a man now. He chose this life himself, and he’s doing great. Don't act like you’ve been 'worried' all these years!」

(おいおい、この頑固ジジイ。そんなんだからエマも山に逃げ出したんだよ、お前は本当にうるせぇな!天馬はもう男なんだ。自分の意思で選んだ道だし、立派にやってるよ。今さら『心配してた』みたいな顔するんじゃねぇよ!)


『I can't just sit here. I must go to Japan at once...』

(こうしてる場合じゃない、今すぐ日本へ飛ばなければ……)


 父は少しだけ目を細め、静かに付け加えた。


「But... thanks. He’s going to be happy to see you. Just... don't scare him off.」

(……でも、ありがとな。あいつ、お前に会ったら喜ぶよ。頼むから、怖がらせるんじゃねぇぞ)


 数日後。尼崎市のマンションの前に、一台の黒塗りの高級車が滑り込んだ。

 そこから降りてきたのは、英国から直行したイギリス人の祖父と、控えめに寄り添う日本人の祖母だった。


 「天馬、久しぶりね」


 祖母は涙目に天馬を抱きしめた。

 突然の訪問に、天馬は自宅前で呆然と立ち尽くすしかなかった。


「Tenma! We are taking you to England, right now!」

(天馬!今すぐイギリスへ行くぞ!!)


 祖父は息巻く。祖母が「まあまあ」と諭すが、祖父の興奮は収まらない。天馬は戸惑いながらも、二人を自室へと招き入れた。

 しかし、玄関を開けた瞬間、祖父の顔色は凍りついた。


 イギリスの広大な邸宅で育った彼から見れば、天馬の部屋はまるで犬小屋のようだった。

 ソファ一つない。ちゃぶ台と、小さな冷蔵庫だけ。隣の寝室にはベッドがあるだけの質素な空間。本棚すらなく、参考書が床に山積みになっている。


「How on earth are you surviving in a place like this...?」

(……一体、どうやってこんなところで生計を立てているんだ……)


 天馬は申し訳なさそうに、淡々と答えた。

 祖父が買ってくれた母名義のこのマンションを守るため、元々あった家具は売ったこと。学費と食費は自分で稼いでいること。夜間の道路工事や、清掃の仕事をしていること。


「For heaven's sake... do you have any savings at all?」

(いい加減にしてくれ……一体、貯金はいくらあるんだ?)


「Well, actually... I just bought my girlfriend a Tiffany necklace, so... I’m afraid I don’t have much left.」

(えーと、実は……この間、彼女にティファニーのネックレスを買っちゃってね。だから……残念ながら、あんまり残ってないんだ)


 その言葉を聞いた瞬間、祖父の脳裏に、今は亡き娘エマの胸元がフラッシュバックした。彼女が初めて贈られたネックレスを嬉しそうに自慢した、あの笑顔。

 それが、今、孫の手によって別の誰かに受け継がれている。


 瞬間、祖父は喉が裂けそうな叫び声を上げた。


「NOOO!!!!」


 そして、天馬の父に対して抱いていた怒りを含め、すべてを捲し立てる。


「Are you two completely daft?! You can't feed yourselves on poetry and romantic rubbish! Start saving! Start investing! You bloody morons!」

(お前ら父子は馬鹿なのか!?ロマンで生活はできんのだ!!!貯金しろ投資しろ馬鹿者ー!!!)


 そこからは嵐のような数時間だった。天馬は大阪が誇る家電の殿堂、ヨドバシカメラ マルチメディア梅田に拉致され、部屋には不釣り合いなほど最新の家電が爆買いされた。家具フロアではソファ、本棚、ダイニングセットまで揃えられ、質素だった部屋がみるみる「生活のできる空間」へと変貌した。


 すべてが終わり、祖父はふうとため息をつき、額の汗を拭う。

 彼はソファに座る天馬の前に立ち、真っ直ぐにその目を見た。


「Tenma, please forgive me for leaving you on your own for so long. Your father and I... we were both wrong. We were foolish.」

(天馬、今日まで君を放置してきたことを許してくれ。君の父と私は……どちらも間違っていた。私たちが愚かだったんだ)


 天馬は、破顔した。

 孤独だと思っていた。でも、違った。

 母と同じ、自分と同じヘーゼルアイが、まっすぐに見つめてくる。


「My dear grandson.」

(可愛い孫よ)


 祖父に抱きしめられたその腕は、驚くほど温かかった。


 天馬は、次の長期休暇にはイギリスへ行くことを約束した。

 尼崎の小さな部屋には、買い揃えられた家具の木の香りと、春の柔らかな風が吹き込んでいた。


 その夜、天馬のスマホに一件の通知が届いた。祖父からである。

 イギリスの銀行口座から、5,000ポンド(約100万円)が1年ごとに4回送金される予約がセットされていた。四年分の学費のつもりなのだろう。


『Tenma, I have just transferred 5,000 pounds to your account.Use it wisely for your studies, and do not spend it on ‘romantic nonsense’ like your father!』

(天馬、たったいまお前の口座に5,000ポンドを送金した。学業のために賢く使うのだぞ。父親みたいに『ロマンチックな無駄遣い』に使うんじゃないぞ!)



 天馬は驚いて、母の遺影を見つめた。

 母が優しく微笑んでいる。


 天馬は、くすりと笑った。

 父は相変わらずで、祖父は相変わらず頑固だ。





 けれど、その不器用な愛の形に、天馬は少しだけ胸を熱くしていた。

リアクションや、☆☆☆☆☆を★★★★★に変えていただけると、執筆の励みになります^^

感想、ご指摘、ブクマも大歓迎です!


ちょっと急きょ書きたくなり、予定になかった話を書き上げました。

あと数話で終わりです。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ