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神戸駆けるバンビ! 〜奈良県民JK、ギャルとワイルド系イケメンのいる定時制高校に放牧される〜  作者: みょんたま


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66/73

走り抜けたんねん。(`・∀・´)キリ。

 秋は、一瞬の突風のようにあっという間に過ぎ去っていった。


 天馬は兵庫教育大学を、すずは神戸大学を目指すと決めた。

 目標を定めた瞬間、二人の世界は確かに少しだけ広がったような気がした。


 けれど、広がった世界に待っていたのは、ロマンチックな未来などではなく、容赦ない分厚さの問題集と、無慈悲な単語帳と、解いても解いても終わらない過去問の山だった。


「……クリスマス、どうする?」


 十二月の初め。冷え込んできた放課後の図書館で、すずが消え入りそうな小さな声で切り出した。

 向かいの席で、般若のような顔で英語長文を睨みつけていた天馬が、のそりと顔を上げる。


「勉強」

「だよね」

「ケーキは食べる?」

「食べたい。チョコのやつ」

「じゃあ、ケーキを五分で食べて勉強」

「クリスマス感、風速で過ぎ去るね」

「受験生やから」


 天馬は、世界平和について語るかのような大真面目な顔で言った。すずは思わず吹き出してしまう。


 二人の机の上には、もはや親の顔より見ている英単語帳、国語の問題集、そしてすずの相棒であるファミリアブルーのステンレスボトル。


 天馬の前には、佐伯先生の赤ペンによって、まるで事件現場のように真っ赤に染め上げられた小論文のコピーが置かれていた。


『感情はええ。もっと具体例を書け、文字で殴れ!』

『ここ、ええやん。消すなアホ』

『お前の言葉で書け。借りてきた猫みたいな文にするな』


 佐伯先生の赤ペンは、妙に文字が大きくてうるさい。けれど、そこには紙が焦げ付きそうなほどの確かな熱があった。


「天馬くん、小論文の調子はどう?」

「佐伯先生に、俺の文章は石碑みたいに硬すぎると言われました」

「石碑」

「あと、図書館で圭太にも見つかって、読まれました」

「圭太くんにも?」

「『感動させようとしてる熱意は伝わりますけど、文章のノリが役所の申請書ですね。これで落ちたら不服申し立てするんですか?』って言われました」

「相変わらずの激辛……!」

「年下にあのトーンで言われると、シャーペンの芯をへし折りたくなります」


 天馬は低い声で、本気で悔しそうに言った。

 けれど、文句を言いながらも、その大きな手はしっかりとペンを握り直している。

 腹を立てながらも、直す。ムカつきながらも、アドバイスを貪欲に吸収する。

 天馬の目は、完全に本気だった。


 すずも、負けていられなかった。

 長文読解に容赦なく赤線を惹き、呪文のような単語をノートに叩きつけ、志望理由書を何度も破り捨てては書き直す。


 正直、すべてを投げ出して逃げ出したくなる日もあった。

 深夜、あまりの眠さに文字が全部「謎の幾何学模様」に見える夜もあった。

 それでも、顔を上げれば隣に天馬がいる。同じように唇を噛み締め、己の山と戦っている。

 だから、すずもまたペンを持てたのだ。


 クリスマスイブの夜、二人は本当に約束通り、ケーキを食べて勉強した。

 駅前の小さなケーキ屋で買った、紙皿もつかないショートケーキ。それを図書館の外の凍えるようなベンチで、こっそりと突っ突いた。


「メリークリスマス」

 すずが白い息を吐きながら言うと、天馬はプラスチックのフォークを握ったまま、深く頷いた。

「メリークリスマス」

「来年は、もうちょっとまともなクリスマスにしたいね」

「来年は、大学生かもしれない」

「『かもしれない』は禁止。なるの」

 すずが少しムキになって言うと、天馬は寒さで少し赤くなった目元を、ふっと緩めた。

「……おん。なる」


 その返事は、静かだった。けれど、夜の寒さを撥ね退けるくらい、確かに強かった。


 ■■■


 一方その頃。

 白玲花は、避難先である『聖ミカエルこどもの家』でクリスマスを迎えていた。

 最初のうちは、それはもう、世界が滅亡したかのような大荒れっぷりだった。


「陸と! クリスマス! デート! 街のイルミネーションをバックに『寒いね♡』って言って陸のポケットに手を突っ込むやつやりたかったぁぁぁーーーー!!」


 食堂で、巨大なモミの木の飾りにこれでもかと八つ当たり気味にオーナメントを叩きつけながら、玲花は絶叫した。


 シスターが聖母のような微笑みを浮かべ、金色の星の飾りをそっと手渡してくる。

「玲花さん、その有り余るパッションは素晴らしいですが、キリストの生誕祭ですのでもう少し穏やかに。ほら、小さい子たちもあなたの可愛い飾り付けを楽しみにしていますよ」


「うう……っ、あのみんなしてキラキラした目で私を見てくる幼児たちを人質にされたら、私、全面降伏するしかないじゃないですか……っ!」


 玲花はブツブツと文句を言いながらも、いざ作業が始まれば、持ち前のプロ根性(元インフルエンサー)を発揮し始めた。


「ちょっとそこ! そのリボンの角度、映えない! 左右非対称は美しくないわ、待って、玲花お姉ちゃんが黄金比に変えてあげる!」

「れいかおねえちゃん、これどこにつけるー?」

「そこ! 天才! あなた色彩感覚の悪魔的センスあるわ! でももうちょい右!」

「みぎってどっち?」

「お箸持つ方! ……って、あんた左利きじゃん! あーもう、全員まとめて誘拐したいくらい可愛いな!」


 夕方になる頃には、施設の食堂は玲花のプロデュースによって、どこかのテーマパーク顔負けの映え空間に変貌していた。


 いざパーティーが始まると、保育士の資格を持った職員のお姉さんたちの動きは、まさに圧巻の一言だった。

 押し寄せる幼児の群れを華麗に誘導し、ケーキを正確無比なスピードで切り分け、ギャン泣きした子の涙を瞬時にストップさせ、おもちゃの奪い合いを笑顔のままマッハで調停する。


 それはまるで、高度な訓練を受けた特殊部隊のようであり、同時に優しい魔法のようでもあった。

 絶対に怒鳴らない。急かしもしない。けれど、混沌とした戦場を完璧にコントロールしている。


 玲花は、サンタ帽を思いっきり斜めに被った小さな女の子のツインテールを結び直してあげながら、その様子を呆然と見つめていた。


「……お姉さんら、マジでプロやな。人間何回目?」

「ん? 何が?」

 職員の一人が、トナカイのカチューシャを直しながら笑う。

「だって、こんなに怪獣がいっぱいおるのに、誰一人置いてけぼりにしてへんやん」

「あはは、置いていかへんようにするのが、私たちの仕事やからね」


 その言葉が、玲花の胸のド真ん中に、すとんと落ちた。


 置いていかない。

 それは、自分がこれまでの人生で、狂った母親から弟たちを守るために、ずっと心の中で叫び続けてきた言葉だった。

 ヨンチョリも、ヒョンジンも、下のチビたちも、絶対に置いていかない。

 でも、女子高生一人の力では、いつもすり切れて限界だった。


「ねえ」

 玲花は、口の周りに見事なヒゲのように生クリームをつけた男の子の顔をウェットティッシュで拭きながら、努めて軽いトーンで聞いた。

「その、ほいくし?さんって、どうやったらなれるん?」

「私? 私は通信の短大で、働きながらコツコツ勉強して実習行って資格取ったよ。めちゃくちゃハードやけどね」

「へぇー……通信」


 玲花の頭の中で、パズルのピースがカチカチと音を立てて噛み合い始める。

 働きながら。資格。子ども。誰も置いていかない仕事。


「よし、じゃー玲花それやるわ」

「えっ、今決めたの!?」

「うん」

「カルピスおかわりするくらいの軽さで決めるねんね!?」

「重く決めたら足すくんで怖くなるから、これくらいフッ軽で決めるのが玲花流やねん」


 玲花はサンタ帽のポンポンを揺らしながら、にやっと笑った。

「陸の家に転がり込んだらー、昼間は働きながらー、通信で保育士の資格取ってー、でもビジュアル枠としてインフルエンサーも絶対に諦めへんから、業界初の『超絶可愛いギャル保育士インフルエンサー』としてバズる」

「情報量と属性が渋滞しとる」

「『保育園で使える映えヘアアレンジ』とか、YouTubeで絶対再生数回ると思うねん」

「……いや、意外とガチのビジネスプランでびっくりしてるわ」


 職員のお姉さんは大笑いした。けれど、その目は決して玲花を子ども扱いして馬鹿にしていなかった。

「でも玲花ちゃん、冗談抜きで向いてると思うよ。あなた、子どもの目線に下りて話すの、天才的に上手やもん」

「……! ほんま?」

「うん。子どもたち、みんな玲花ちゃんのこと大好きやしね」

「……そっか」


 玲花は、一瞬だけ言葉を失い、それから顔が真っ赤になるのを隠すようにサンタ帽を深く被り直した。


 その夜、消灯時間ギリギリに、玲花は陸に電話をかけた。


「陸ーーーー!!」

『ぶっ! ……お前、声のボリューム調整弁ぶっ壊れとんか。耳キーンなったわ』

「玲花、将来のビジョン決まったから今すぐ全宇宙に共有する。私、保育士になる。で、インフルエンサーもやる」

『は?』

「あと、資格取ったら即、陸の家に引っ越す」

『それは前から聞いてる』

「弟らも一匹残らず連れてく」

『それも想定内や』

「じゃあ、オールオッケーやな!」

『何がやねん』

「私たちの、未来」


 電波の向こうで、陸が少しだけ言葉を詰まらせた。

 それから、静かだけれど腹の据わった声が返ってくる。


『……おう。その未来をちゃんとオッケーにするために、俺は今、足場組んどんねん。だから、お前はそこでお利口に耐えとけ』

「はいはい」

『はいは一回。……メリークリスマス、玲花』

「……っ、はーい! メリクリ!」


 電話を切った後、玲花はベッドの上でゴロゴロとのたうち回った。

 窓の外には、尼崎の冷たい夜空。けれど、施設のベッドは、前よりもずっと温かかった。

 


 ■■■



 そして、年末。

 なぜか、金本道路建設のエース・陸は、猛烈に走っていた。


 場所は、極寒の武庫川河川敷。

 朝。吐き出す息が真っ白に凍りつくような時間帯である。

 陸は、いつもの泥にまみれた作業着ではなく、全身ガチのスポーツジャージに身を包み、鬼気迫る表情でダッシュを繰り返していた。


 偶然、現場に向かう途中の天馬がそれを見かけ、自転車を止めて激しく眉をひそめた。


「……陸さん」

「ぶはっ、はぁ、はぁ! ……おう、天馬か」

「何してるんですか。何かの修行ですか」

「見たらわかるやろ、ランニングや。陸・ザ・ランナーや」

「現場の肉体労働だけで、カロリーは消費し尽くしてるはずでは?」

「これはあれや、健康維持や。大人たるもの、セルフケアが大事やねん」

「嘘ですね」

「嘘ちゃうわ!」


 天馬が「ゴミを見るような目」でじっと見つめると、陸はわかりやすく目を泳がせ、不自然に上を向いて口笛を吹き始めた。完全に、何か良からぬことを企んでいる顔だった。


 別の日、すずも河川敷の向こうを新幹線のような速度で爆走していく陸を目撃した。

 学校で玲花にそのことを伝えると、玲花は爪をいじりながら不敵ににやにやした。


「陸な、最近プロのアスリートくらい走り込んでんねん」

「えっ、やっぱり? なんで走ってるの?」

「知らん。『俺の筋肉が走れと叫んでいる』とか意味不明なこと言うてる」

「筋肉の呼び声……」

「絶対嘘やん。でもな」

 玲花は、嬉しそうに頬を緩めた。

「何かに向かって本気でドタドタ走ってる陸、野生のクマみたいで超かっこいいから、玲花は全面的に肯定することにした」

「玲花ちゃん、陸くんに激甘やね」

「甘いで? 陸には常に和三盆まぶして出荷する勢いやから」


 すずは笑いながら、参考書を開いた。

 年末が近づくにつれ、受験のプレッシャーは容赦なく牙を剥いてくる。空気はどんどん張り詰め、冗談を言う余裕すら削り取られていくようだった。


 大晦日の夜。

 すずは家で、母と二人で静かに年越しそばをすすった。

 母は体調が良い日で、短くなった髪をオシャレなニット帽で隠し、すずの器に「はい、合格天ぷら」とエビ天を大盛りに乗せてくれた。


「年が明けても、やっぱり勉強漬け?」

「うん。共通テスト、もうすぐそこやから」

「倒れない程度にしときなさいよ。ママ、学費の準備は万端やけど、あんたの健康だけは買われへんからね」

「うん。ありがとう、ママ」


 ふとスマホを見ると、天馬から短いメッセージが届いていた。


【年が明けても、一秒も休まず勉強します】


 すずは思わずクスッと笑ってしまい、すぐに文字を返した。


【私も同じ。負けへんよ】

【来年、二人で絶対に大学生になろう】

【なる!】


 画面に躍る「なる」の二文字を見つめていると、胸の奥からじわじわと熱い塊が込み上げてきた。



 ■■■


 年が明けた。

 しかし、受験生にとって「お正月」などという概念は存在しない。三が日が明けると同時に、すずと天馬は吸い込まれるように図書館のいつもの席へと戻った。


 神社へ初詣に行く時間すら惜しい。一分一秒が惜しい。

 けれど――


 一月十日の朝だけは、全く違った。


 その日の早朝、すずは天馬と一緒に、鈴木家のリビングのテレビの前に正座していた。

 ソファには、すずの母も「何が始まるの?」と興味津々で座っている。


 「すみませんこんな早朝にお邪魔して。」

「いいのよ、勉強もするって聞いてるし。」


 天馬とすずの母は、すっかり顔馴染みになっていた。

 あの時、勇気を出して挨拶して良かったと思いながら、天馬はすずの家に遊びにきていた。


 画面に映し出されていたのは、西宮神社の表大門前。

 まだ日が昇りきらない、凍てつくような早朝の空気。そこに、異常な熱気を孕んだ男たちの群れがひしめき合っていた。


 ニュース番組のアナウンサーが、マイクを引きちぎらんばかりの興奮気味の声で実況している。


『さあ、まもなくです! 午前六時! 伝統の開門神事・福男選びが、ここ西宮神社で始まろうとしています!』


 すずは、画面に顔を擦り付けんばかりに釘付けになった。

「天馬くん、陸くんは!? どこ!?」

「落ち着けすず、画面が揺れる。……あそこや。あの、一番前のブロックの、右から三番目」


 天馬が指差した先を凝視する。

 そこに、いた。

 金本道路建設の特製ジャージを身に纏い、周囲の屈強なラガーマンや陸上部員たちに負けない体躯で、獣のような目をしている男。

 間違いなく、陸だった。


 いつになくシリアスな表情で、肩を回し、足首をこれでもかと伸ばし、「ふんす!」とテレビ越しにも聞こえてきそうな勢いで鼻を鳴らしている。


「本当にいた! 陸くん、何やってるの!?」


 すずが叫ぶと、天馬の口元にも、呆れと、それを遥かに上回る深い信頼の混ざった笑みが浮かんだ。


「あの人、抽選(くじ引き)で、奇跡的に最前列の『Aブロック』を引き当てたんですよ。年末からずっと武庫川でダッシュしてて、何やってんかな〜って思ってたら、これが理由でした。」


 ソファから母が身を乗り出した。


「ええっ!? あの子、玲花ちゃんの彼氏さんでしょ? えらい男前な顔して、何に命賭けてるのよ!」


 画面の中の陸は、まさに人生のすべてを賭けたような、凄まじい「漢の顔」をしていた。

 大学受験でもない。資格試験でもない。

 なのに、なぜ彼はここで走るのか。


 すずは、胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。

「陸くん、どうして……」


「決まってますよ」


 天馬は、画面の中でギラギラと輝く陸の目を見つめながら、静かに、けれど確信を込めて言った。


「玲花ちゃんと、弟たちのために、あの人、本気で『神様の福』を強奪しに行ったんです」


 すずは、ハッと息を呑んだ。

 これから始まる、玲花と弟たちとの新しい生活。安全で、誰も置いていかない、自分たちの『最高の城』を作るために。

 陸は、泥臭く、己の肉体一つで、世界一の幸運を掴み取りに行こうとしているのだ。


 テレビの中で、大太鼓の音がドォン、ドォンと響き渡る。

 参加者たちの身体が一斉に前傾姿勢になり、門の前に張り詰めた緊張感が、極限まで膨れ上がった。


 アナウンサーの絶叫が響く。

『午前六時まで、あと、三秒、二秒、一秒――開門!!!』


 ガタン!!! と激しい音を立てて表大門が左右に開かれた。

 その瞬間、人間の地滑りのような怒涛の勢いで、男たちが一斉に境内へと飛び出していく。


「陸くん、走れぇぇぇーーーー!!」




 すずは思わず、テレビに向かって大声で叫んでいた。

 気がつけば、天馬がすずの手をがっしりと力強く握りしめていた。二人の視線の先で、金本道路建設のジャージが、狂ったような爆速で先頭集団へと躍り出た――。

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感想、ご指摘、ブクマも大歓迎です!

毎日更新予定です。完結約束、ハッピーエンドです(^ ^)

よろしくお願いします!

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