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神戸駆けるバンビ! 〜奈良県民JK、ギャルとワイルド系イケメンのいる定時制高校に放牧される〜  作者: みょんたま


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その手を掴みたい。

 ――三日前。


<だからね、このままだと、白くんが修学旅行に行けないんですよ>


 リビングの散らかったテーブルの上で、母のスマホがけたたましく鳴り続けていた。

 最初は無視していた。母宛ての電話に、玲花が出るべきではない。それくらいは、玲花にもわかっている。けれど、光る画面に表示された『小学校』の三文字を見た瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 ヨンチョリが、熱でも出したのかもしれない。

 怪我をしたのかもしれない。

 また、給食を食べきれなくて一人で泣いているのかもしれない。

 玲花は慌てて冷たいスマホを掴み、通話ボタンを押した。


「はい、白です」

<あ、お母さんですか?>

「あ、娘です。母、今ちょっと出られなくて」

<ああ……そうですか>


 電話の向こうで、担任らしき女性が少し困ったように、けれど事務的に息を吐いた。その些細な息遣いだけで、ろくでもない話だと直感した。


<そういう訳だからね、このままだと白くんが修学旅行に行けないんですよ。お母さんには何度も電話して、振り込むと言うてくれてたんですけど、一向にその気配がなくて。そうこうしてるうちに締切すぎるし、来月には修学旅行だしで>


 玲花は、スマホを握る手にぐっと力を込めた。指先が白くなる。


「修学旅行……」

<四万円です>

「四万……」

<あのね、申請すれば補助金で行けるからって、お母さんに伝えてください。市役所に行けばどうにかなるんですから>


 先生は、矢継ぎ早に説明した。

 修学旅行費。締切。補助金。申請。市役所。母親本人。

 知らない言葉ではない。でも、その全部が玲花の頭の中でばらばらに散らばって、ひとつの解決策になってくれなかった。


<それができないなら、支払っていただくか、白くんだけ行かないか、そのどっちかです>


 白くんだけ、行かない。

 無情なその言葉だけが、耳の奥にこびりついて離れなかった。

 電話が切れたあと、玲花はしばらく動けなかった。指先から、すっと血の気が引いていく。

 淀んだ空気の漂うリビングでは、母がソファに横になっていた。薄い毛布を蹴飛ばし、化粧の落ちきっていない顔で、泥のように眠っている。


「お、おんま」

 玲花は母の肩を揺すった。

「ねぇ、起きて。ヨンチョリの修学旅行費。ねぇ、起きてってば」

 母は返事をしない。鼻をつくような酒の匂いと、強い睡眠薬の匂いがした。

「おんま!」

 もう一度強く揺すっても、母は低くうめいただけで目を開けなかった。

 玲花は唇をきつく噛んだ。血の味がした。


 次に、市役所に電話をした。スマホを握る指が微かに震える。けれど、何もしないわけにはいかなかった。


<あーはい、出ますよ、補助金>

 電話口の声は、決して悪い人ではなさそうだった。悪い人ではないのに、玲花の胸はどんどん苦しくなっていった。

<でも、お母さんご本人が来てもらう必要がありますね>

「あの、母、来れなくて」

<え? 来れない? じゃあダメですね。学校に相談してください>

「学校から、市役所に相談してって言われて……」

<あーそうですか。学校がこちらに相談しろって? うーん、それならやっぱり、お母さんに来てもらうしか……>


 見えない壁に何度もぶつかっているみたいだった。

 学校に言え。市役所に言え。母が行け。

 母は起きない。母は行けない。では、どうすればいいのか。

 玲花は力なく礼を言って電話を切った。途方に暮れる、という言葉の本当の意味を、この時初めて体で理解した気がした。


 がちゃり、と玄関のドアが開く音がした。

「ただいまー」

 ヨンチョリの声だった。玲花は慌てて目元を拭い、顔を上げた。

「おかえり」

「ぬな〜!」

 ヨンチョリは小さな体で重いランドセルを揺らしながら靴を脱ぎ、中から少し皺の寄った冊子を取り出した。

「これ〜、修学旅行やねん。広島〜!」

 その小さな手には、『修学旅行のしおり』が宝物のように大事に握られていた。玲花の胸が、ぎゅっと雑巾のように絞り上げられた。

「ヨンチョリ、それ……」

「うん〜! 原爆ドーム行くねんて。あとフェリー乗るって! 大きいカバンとかいるねん。出して〜」

「あ、そうなん」

 玲花は、無理やり口角を上げて笑った。

「わー、マジか。あったかな、穴が空いてないやつ」

「あはは、穴空いてんの? うちのカバンはそれでもいーよ!」

「いいことあるかい」

「ええやん、テープ貼ったら」

「修学旅行にガムテ鞄で行く小学生、なかなか強いやろ」

「僕、強いから」

「強さの方向が違うわ」


 軽口を叩く。いつものように。笑って、突っ込んで、何でもない顔をする。

 けれど、ヨンチョリがしおりを抱えて無邪気に笑うたび、玲花の目の奥に熱い涙が溜まっていった。

 今までの自分のお金の使い方を思い出し、胃が痛くなった。


 何も考えずに使ってきた。

 馬鹿馬鹿しい買い物も、旅行も、

 全部全部やめておけばよかった…


 行かせたい。この子だけ行けないなんて、絶対に嫌だ。


 その夜のことだった。

 母がまた、ひどく酔って帰ってきた。正確には、帰ってきたのではなく、見知らぬ男二人に両脇を抱えられて玄関まで運ばれてきたのだ。

 インターホンが鳴り、玲花がドアを開けると、咽せ返るような酒と安っぽい香水、そして煙草の匂いが一気に流れ込んできた。


「りんかちゃん」

 細身の男が、にたりと笑った。

「……玲花です」

「れいかちゃん。ごめんごめん、お母さんと混ざってもうたわ」

 男は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。狐みたいな目だった。細くて、粘着質で、どこを見ているのかわからない。薄い唇が、綺麗な三角形を作っている。

 もう一人の大柄な男――山口は、母を支えながら気まずそうにしていた。

「すんません。だいぶ飲んでもうて」

「……いつものことなんで」


 騒ぎを聞きつけた弟二人がため息をつきながらやってきて、母の肩に腕を通してリビングへ引きずっていく。

 その時、細身の男が一歩前に出た。

「れいかちゃん、いま何歳なった?」

「十八歳ですけど」

「わー、おめでとう!」

 男は、大げさに手を叩いた。

「十八なったんや。ほな、うちの系列でアルバイトできるから、お金に困ったらいつでも連絡しておいで、ね?」

 そう言って、男――寺田冬至は、スーツの懐から一枚の名刺を取り出し、玲花に差し出した。

 薄暗い玄関の照明の下で、黒い文字がやけにくっきりと見えた。


 オズマグループ。

 営業部 部長。

 寺田冬至。

 電話番号。


「あ、あのっ」

 玲花は何かを言いかけて、口ごもった。

 修学旅行費。四万円。ヨンチョリのしおり。

 もし自分が無駄使いをして来なかったら。何度も行ったスターバックス。遊びに行った淡路島。みんなで行ったマクドナルド。少し背伸びして買った洋服。そして、それらをこれからも、我慢したくなど、なかった。

 その全部の感情が、喉の奥で硬い塊になって詰まった。


 寺田は、その迷いを見逃さなかった。

「うーん?」

 喉の奥から絞り出すような猫撫で声。優しそうで、芯の冷たい気持ち悪い声。

「何か困り事かなぁ。僕でよかったら聞きますよ〜」

 狐のような目が、さらに細くなる。舐め回すような視線に、玲花は背筋がぞわりとした。

 その時、リビングからヒョンジンの声が飛んだ。

「ぬな! おんま吐いたわ!!」

「うわー!!」

 玲花は名刺を握りしめたまま、母を振り返った。

「あ、あの、なんでもないです」

「ほんま、いつでも連絡してヤァ」

 寺田のまとわりつくような声が、玄関からリビングまで追いかけてくる。ヒョンジンが、露骨に眉を顰めた。

「ぬな、あいつ誰」

「知らん」

「知らんのに名刺もろたん」

「うるさい。洗面器取って」

「はいはい」


 玲花は名刺を鞄の中へ乱暴に押し込んだ。

 わかっていた。これが、どういう誘いなのか。

 夜のお店。母の周りに群がる大人たち。綺麗な服を着て、酒の匂いをさせ、笑っているのに目が笑っていない人たち。

 でも、お酒は二十歳からではなかったか。十八歳の自分は、何をさせられるのだろう。考えても、わからなかった。わからないことがひどく怖かった。

 それでも、四万円という重い数字が、その恐怖を少しずつ黒く塗りつぶしていった。


 翌日。

 定時制高校の教室で、玲花は珍しく無口だった。


「はいこんにちはぁ! お前ら今日も生きてるかー!」

 陸がいつものようにバカでかい声を出しながら教室に入ってきた。けれど、玲花は虚ろな目で宙を見つめたまま、ピクリとも反応しない。

「……おーい、白さーん。私、来ましたけども〜?」

「あ、きたん。お疲れ」

 がくっ。

 陸が大げさに肩を落とした。

「なんやそれ! 新しいパターン急にぶちこむなよ、準備でけてへんわっ」

 いつもなら、玲花は「知らんがな」と笑って蹴りを入れるところだった。でも、その日は張り付けたような薄い笑いを浮かべただけだった。


 すずは、すぐにその異変に気づいた。

 玲花ちゃんが、ツッコまない。それは、かなり異常事態だ。

「玲花ちゃん」

「んー?」

「明日、ママとご飯に行くんだけど、どんな服がいいかなぁ」

「うーん? 今日の服でええんちゃう」

 すずは、自分の服を見下ろした。胸元に、チキンラーメンのひよこがデカデカとプリントされた、どう考えても会社の人との食事には向かないふざけたTシャツ。

「……玲花ちゃん」

「何?」

「今日の私は、たぶん、かなり変だよ」

「そうなん?」

「そうなんです」

 玲花は、ぼんやりと空返事をした。

 やっぱりおかしい。すずの胸がざわざわと波打った。


 その休み時間。

 玲花は、鞄の中でしわくちゃになるまで握りしめていた名刺を取り出した。指がかすかに震えている。誰にも見られないように、そっと廊下の窓際へ行く。

 番号を押す。呼び出し音が、やけに長く、耳障りに感じた。


『はいはい〜』

「あ、もしもし。玲花です」

『おおー! どうしたの?』

「話、聞かせてください」

 電話の向こうで、寺田の声が少しだけ低く、ねっとりとしたものに変わった。

『……お金に、困ってんやな?』

 玲花は、息を飲んだ。心臓が早鐘を打つ。

「……はい」

 言ってしまった。もう、後戻りできない気がした。

「私、今すぐお金が必要なんです。私、なんでもします」

『ほうほう。ほいで、いまどこぉ?』

「あ、あの、今、三宮で」

『わっ、奇遇! 俺も今三宮! すぐ行くわ』

「え?」

『そこ、俺の母校なのよー。終わったら、下のタクシー乗り場、きてな』


 電話が切れた。玲花は、しばらく真っ暗になったスマホの画面を見つめていた。

 今、何かが決まってしまった。でも、何が決まったのかは、まだわからない。


 その数メートル後ろ。すずは、何かがおかしいと思って玲花の後をつけていた。そして、壁の影で聞いてしまったのだ。


<今すぐお金が必要なんです>


 教室へ戻ると、玲花が机に置きっぱなしにしていた名刺を、すずが見つけていた。

 すずは、名刺の裏を見ていた。その顔が、みるみるうちに真っ青になる。

 風営法許可店舗一覧。いくつもの店名。横文字の店。読めない店。読んではいけない気がする店。

 ひらっ、と。すずの頭上から伸びてきた大きな手が、その名刺を奪い取った。天馬だった。

「何見てんの……」

 天馬は名刺の表、裏を確認した。次の瞬間、普段は冷静な天馬の顔が、見たこともないほど険しい怒りに染まる。

「これ、どういうこと?」

「ち、違うの!」

 すずは慌てた。

「私じゃなくて、これは……!」


 そこへ、玲花が戻ってきた。名刺を握りしめている天馬を見た瞬間、玲花の顔からさあっと血の気が引いた。

「勝手に人の見んとって!!」

「玲花ちゃん、違う、あの」

「何が違うん!」

 玲花の声が鋭く跳ねた。

 天馬が低く、地の底を這うような声で言う。

「玲花、お前何考えてん」

「あんたに関係ないやろ!!」

 教室の空気が、一瞬で凍りついた。陸も、佐伯先生も、周りにいた生徒たちも、一斉に玲花を見る。

 玲花は追い詰められたように早口で捲し立てた。

「これはっ、そう! スカウトされたの! 私が綺麗だから! 高校卒業したらおいでって言われただけで、別に今から働こうってわけじゃないから! だから別になんでもないから!」

 嘘だった。誰の目にも、怪しすぎた。

「じゃ、私今日は早退するから」

「ええええっ!?」

 すずが思わず声を上げる。


「待てや」

 教室の入り口から、陸の重く低い声が響いた。いつもの陽気なツッコミ声ではなかった。現場で足場が崩れかけた時に出すような、空気を切り裂く通る声。

「ヒョンジンから、ライン来とるぞ。お前の様子がおかしいって。何があってん」

 玲花の顔が一瞬だけ歪んだ。でも、すぐに引きつった笑顔を貼りつける。

「ベッツニー。ジャ!」

 玲花は、脱兎のごとく教室を飛び出した。

「玲花ちゃん!」

 すずが追いかける。だが、玲花は異常に速かった。廊下を駆け抜け、エレベーターのボタンを連打し、すずが追いつく直前に中へ飛び込む。

 無情にも扉が閉まる。すずの目の前で、階数表示が下がっていった。

「待って……!」

 もう一基のエレベーターは二十階で止まったまま動かない。すずは、非常階段の重い鉄の扉へ向かった。ヒールのある靴が、リノリウムの床で滑りそうになる。怖い。でも、止まれない。


 遅れて名刺を見た陸は、一瞬で状況の最悪さを悟った。その瞳の奥に、尋常ではない怒りの炎が青白く灯る。

「天馬、行くぞ」

「ああ」

 陸と天馬が非常階段に飛び込むと、すずが息を切らしながら階段を下りようとしていた。ここは二十五階。一階まで降りるには、果てしなく高い。

「すず、先生呼んでこい! 俺らが先に行く!」

「えっ、でも……」

「呼べ!」

 陸は一切ためらわなかった。太い鉄の手すりに両手をかけ、躊躇なく身を乗り出す。そして、重力を無視するように、そのまま下の踊り場へ一直線に飛び降りた。

 ダンッ!!

 骨が軋むような重い着地音が、コンクリートの非常階段に反響する。

「マジかよお前……」

 天馬が悪態をつきながらも、すぐに後を追った。

 二人は常軌を逸した速さだった。鉄の手すりを滑り降り、壁を蹴り、数段飛ばしというより「落下」に近いスピードで駆け下りていく。薄暗い非常階段に、二人の足音が雷鳴のように轟く。

 すずは、その背中を一瞬だけ見た。

 現場仕事で極限まで鍛え上げられた陸の体幹。長い脚と抜群の運動神経で、ほとんど跳ぶように空間を切り裂く天馬。理屈抜きにかっこよかった。

 でも、見惚れている場合ではない。すずは震える手でスマホを取り出し、佐伯先生に電話をかけた。


「あ、あ、ああ、せせせんせい!!」

『鈴木? どうした、過呼吸のカニみたいな声出して』

「玲花ちゃんが! 一階で! 黒尽くめの男に! お金! 名刺! 車!」

『情報が交通事故起こしとる! 落ち着け! 場所!』

「一階のタクシー乗り場です! 玲花ちゃんが、変な大人に、車に乗せられそうなんです!!」

 電話の向こうで、瞬時に空気が張り詰めた。

『わかった。すぐ行く。木村さんにも声かける。鈴木、お前は絶対に一人で前に出るな』

「でも」

『呼んだだけで十分えらい。今すぐ行く!』

 電話が切れた。すずは、ヒールを脱ぎ捨てて非常階段を駆け下りながら、泣きそうになった。

 呼んだ。大人を呼んだ。玲花ちゃんに、裏切ったと言われるかもしれない。嫌われるかもしれない。でも、もう、見なかったことにはできなかった。


 一階のタクシー乗り場。

 夜の闇に溶け込むような黒光りする高級車が、ぬるりと横付けされていた。そこから、黒づくめの男たちが出てくる。


「りんかちゃん」

「玲花です」

「れいかちゃん! うわー、今日もカワウィー!」


 寺田は、いつものように薄気味悪くにたりと笑った。隣の山口は、威圧するように無言で車のドアの近くに立っている。

「あ、あの……仕事、紹介してくれるって……」

「うん! 今日だけでも多分十五万くらい稼げる!」

「十五万……」

 玲花の喉がゴクリと鳴った。

 修学旅行費どころではない。食費も払える。滞納しているものも少し払える。ヨンチョリの鞄も買える。

「で、でも私、できるかな。お酒も飲めないし……」

「できるできるー!」

 寺田は、妙に明るいトーンで言った。

「玲花ちゃん、嫌いな食べ物、なあに?」

「え?」

「嫌いな食べ物」


 黒尽くめの男が、玲花に向けてニタリッと笑った。狐のような目は、どこを見ているかわからないほどに細い。


 玲花は、背骨から這い上がるような、冷たい泥を塗られたような悪寒を感じた。本能が、全細胞が「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。

 でも、鞄の中には、空っぽの集金袋が入っている。

 ヨンチョリのしおり。ヨンチョリの笑顔…。

 ゲームばかりさせてしまっている時の丸まった、背中。

 

 グッと視線を上げる。

 そうだ、私、絶対に、引けない!


「な、茄子です」

「茄子! おいしいのに〜。栄養もあって〜」

「は、はい」

「で、その茄子! それを食べて、口から出す! それだけで、五万もらえる! そんな仕事なのよこれは!」

「えっ」

「どう? やらへん? 困ってるんやろ? お金〜」

 

 寺田の声は甘かった。甘いのに、腐敗した生ゴミのような匂いがするみたいだった。玲花は、喉の奥がひゅっと鳴るのを感じた。

 何を言われているのか、半分しかわからない。でも、まともな人間のする仕事ではないことだけは確実だった。

 それでも。


「や、やります!!」

「わぁ嬉しい!」

 寺田は、さらに深く笑った。その目の奥には、底知れぬ悪意と、玲花を「肉の塊」としか見ていない絶対的な冷酷さがあった。

「じゃあ、乗ろっか」

 山口が車のドアを開ける。丸太のように太い腕が、玲花の細い腕を強引に掴んだ。

「え、あの」

「大丈夫やって」

 寺田が言う。

 「ちょっと説明聞くだけ。怖ない怖ない」

 玲花の足が、引きずられるように一歩、車の方へ動いた。


 その時だった。


「――どこ連れてくねん」


 地を這うような、凄まじい殺気を孕んだ低い声。

 陸がだった。

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