表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神戸駆けるバンビ! 〜奈良県民JK、ギャルとワイルド系イケメンのいる定時制高校に放牧される〜  作者: みょんたま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/73

男の決意。

※話数分けました!

「て、天馬くん!!!」


 すずは顔を真っ赤にして、天馬の口を両手で塞ぐように覆った。

 肩で激しく息をして、胸を大きく上下させている。結んでいたはずの髪がほどけかけて床に散らばり、床に押し倒されている。天馬を見上げる瞳は、涙を湛えたように潤んでいた。


 天馬は塞がれた口の向こうで、もう一度、とばかりに熱を帯びた顔を近づけてきた。薄い茶色の瞳が、獲物を逃がさない肉食獣のようにすずを捉えて離さない。


「だ、だめ!!」


 すずは耐えきれず、顔をそらした。

 そこでようやく天馬は、ハッと我に返ったように瞬きをし、ゆっくりと体を退かせた。


「……あー、早まりましたかね?」

 コクコクコクコクコクコク、と、すずは首がちぎれそうなほどのありえない速度で頭を振った。


 面談の後。

 人の来ない談話室の横、薄暗い階段の踊り場で、どちらともなく二人はキスをした。

 最初は、ただ触れ合うだけの優しいキスのつもりだった。しかし、その時、急に止まらなくなった天馬に押し込まれるようにして、すずは壁際から床へと追いやられ、キスの濃度がいつもの数倍にもなって襲ってきたのだ。

 甘い香水の匂いとともに、熱い舌がすずの歯を割って入り、息もできないほどに深く、貪るようにかぶりつかれた。未知の感覚に腰の奥が痺れ、もじもじと膝を擦り合わせたのを察知した天馬は、それで完全にたがが外れたように、さらに獣のように食らいついた。本能で動く天馬の大きな手がすずの腰をさすると、びくりと身体が大きく揺れた。


 少し離れて、息を継ぐ間もなく「もう少し」と吸い付こうとした瞬間に、すずに名前を呼ばれて、天馬は現実に引き戻された。

 それでももう一度と近づけたけれど、本気でダメだと言われたら、天馬にはそれ以上進むことはできなかった。


 ふと、遠くで予鈴の音が鳴った。

 天馬は、自分の腕時計をひらりと見ると、すっと普段の涼しげな顔に戻った。


「あ、時間だ。行こっか」


 何事もなかったかのように立ち上がり、すずの手を取って歩き出す。


 天馬は、前を歩きながら(あー、やってしまったなぁ)と内心で頭を抱えつつ、すずと過ごしたこの冬と、次いでやってきた春のことを思い返していた。



 ■■■


 冬は、思っていたより静かに来た。

 秋の武庫川で初めてキスをしてから、すずと天馬は少しずつだが恋人らしくなっていった。


 指を絡めて手を繋ぐことにも慣れた。

 天馬がバイト帰りに、冷たい風の中を迎えに来てくれる日もあった。

 武庫川沿いを少し歩いて、すずが肩をすくめて「寒い」と言えば、天馬が何も言わずに自分の首から温かいマフラーを外して、すずの首にぐるぐると巻いてくれる。

 すずが「天馬くんが寒いでしょ」と返そうとすると、天馬は決まって得意げに言った。

「父さんの教え」


 ――好きな子が寒そうなら、上着を貸せ。

 その直球すぎる教えは、冬の寒さが深まるにつれて、ますます絶大な効力を発揮した。


 十二月。

 母の、再度の手術が行われることになった。

 街中が浮き足立つ、クリスマスの少し前だった。

 病院の広いロビーには、小さなツリーが飾られていた。赤いリボン。金色の星。白い綿で作られた雪。

 すずはその前を通るたびに、胸の奥が少しだけきゅっと締め付けられた。

 世の中は、ケーキやプレゼントや、きらびやかなイルミネーションの話で持ちきりだ。でも、すずの今年のクリスマスは、病院の無機質な白い壁と、手術室の前の冷たくて硬い椅子と、点滴の管が繋がった母の手を握った感触だけでできていた。


「ごめんね」

 病室のベッドの上で、母が力なく言った。

「クリスマスが病院で」

「私は泣いてないよ」

「目ぇ潤んでる」

「乾燥してるだけ」

「病院、乾燥するもんなぁ」


 母は弱々しく笑った。

 けれど、その笑顔の奥にある、死への怖さや不安を、すずは痛いほど知っていた。前の手術の時よりも、すず自身も病気のことや現実の重さが、少しだけわかるようになっていたからだ。


 手術は、予定通り行われた。

 年末年始は、母はそのまま病院で過ごすことになった。

 クリスマスらしいことは、ほとんど何もできなかった。ケーキも、華やかなイルミネーションも、楽しいプレゼント交換もなかった。


 ただ、天馬が一緒にいてくれた。


 手術の当日、天馬は仕事の合間を縫って病院のロビーに来てくれた。

 作業着の上にコートを羽織っただけの姿で、冷え切った手にはコンビニの袋を持っていた。


「食べてる?」

 すずの青白い顔を見るなり、天馬はそう聞かれた。


「食べたよ」

「何」

「おにぎり」

「何個」

「一個」

「少ない」


 天馬は袋の中から、ゼリー飲料と、カイロ代わりに温められたコーンスープを出した。


「飲んで」

「天馬くん……」

「父さんの教え」

「もう、全部それだね」

「使える教えは、とことん使う」


 すずは、ふっと笑った。

 涙が溢れそうになりながら、それでも笑うことができた。

 クリスマスイブの夜。

 病院のロビーの端で、二人は並んで硬い椅子に座った。

 母は術後の麻酔で眠っていた。紗英は着替えを取りに一度家へ戻っている。

 病院の大きな窓の外には、少しだけイルミネーションが見えた。それは街の華やかなものではなく、ロータリーの植え込みに巻かれた、ささやかな小さな光だった。

 天馬は、すずの冷たい手を、自分の大きな手でしっかりと握っていた。


「何もできんで、ごめん」

 悔しそうな低い声で言われて、すずは首を振った。


「してくれてる」

「何を」

「一緒にいてくれてる」


 天馬は少し黙った。

 すずは、天馬の温かい手をぎゅっと握り返す。


「それが、今は一番嬉しい」


 天馬は、ほんの少しだけ目を伏せ、それからすずの肩を引き寄せた。


「なら、いる」

「うん」


 恋人同士になって、初めてのクリスマス。

 お洒落なレストランも、特別なデートもなかった。

 でも、消毒液の匂いがする病院のロビーで、ずっと手を繋いで温めてくれたことが、すずにとってはどんな宝石よりも最高のプレゼントだった。


 年が明けると、天馬はさらに忙しくなった。

 大学進学に向けて、本格的に貯金を始めたからだ。

 現場の仕事をできるだけシフトに入れる。学校へ来る。授業の合間に勉強する。夜はボロボロになった英単語帳を開く。休みの日も、声がかかれば現場へ行く。


「なかなか会えないね」

 すずが少しだけ寂しそうに言うと、天馬は心底申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめん」

「謝らなくていいよ。天馬くんにとって、大事なことだもん」

「でも、会いたい」

「……私も」


 直接会える日は激減した。

 けれど、LINEだけは毎日、途切れることなく続いた。


【tenma:今日、現場めっちゃ寒い】

【suzu:風邪ひかないでね。温かいもの飲んで】

【tenma:すずも】

【suzu:今日はママの通院の日だよ】

【tenma:終わったら連絡して】

【suzu:うん】

【tenma:好き】

【suzu:急に言わないで】

【tenma:毎日言う】

【suzu:心臓に悪いから】

【tenma:鍛えて】


 画面越しのそんな不器用なやり取りが、すずの心を支える日常になっていった。


 春休み。

 すずは勉強に打ち込んだ。

 それと同時に、中村楓に言われた言葉が、ずっと胸の中で燃え続けていた。


 ――自分の刃を研ぎなさい。


 すずは、朝に少しだけ外を走るようになった。

 走ると言っても、体力がないため最初はすぐ息が切れた。冬の終わりを告げる冷たい空気の中、武庫川の土手を、少し歩いて、少し走る。

 息を切らして帰ってきたら、母に笑われた。


「すずが朝から走ってる。明日は雪降るんちゃうか」

「体力つけるの」

「えらい」

「刃を研いでるので」

「部長の影響、強いなぁ」


 母は呆れたように笑った。でも、娘が前を向いていることが嬉しそうだった。


 天馬は、春休みも泥臭く働いていた。

 仕事の合間を縫って、少しだけ会う。

 会えたとしても、長い時間ではない。

 駅前で一時間だけ。

 武庫川の土手で三十分だけ。

 ベーカリーツバメの前で、すずのバイト終わりに少しだけ。


 それでも、顔を見て声を聞けるだけで嬉しかった。

 ただ、少しだけ距離が近づくと、天馬はいつも呪文のように呟いた。


「急がない」

「何が?」


「全部」

「全部?」


「手繋ぐのも、キスも、その先も」

「その先って言わないで!」


「急がない、急がない」


 天馬は、必死に自分に言い聞かせるように呟く。

 すずは呆れながらも、少しだけ笑った。


「誰に言ってるの?」

「俺」

「自分に?」

「うん。かなり必要」

「そんなに?」

「そんなに」


 天馬は真顔だった。

 その切実な真剣さが、少し可愛くて、でも少し危うくて、すずはまた心臓が忙しく跳ねた。


 そして、三年生になった。

 四月。天馬は十八歳になった。


 教室では、玲花が「十八歳おめでとうパーティーしよ!」と騒ぎ、陸が「金かからん範囲でな」と現実的な制限をつけた。

 結局、放課後の教室で、スーパーで買ってきた小さなお菓子とパックのジュースを机に並べるだけの、ささやかな誕生日会になった。


「天馬、十八歳!」

 玲花が百円ショップのクラッカーを鳴らす。パンッという音が教室に響く。

「おめでとう!」

「ありがとう」

「大人やん!」

「まだ全然そんな感じしないけど」

「法律上はだいぶ大人やで!」

「圧がすごいな」


 すずは、ポケットから小さな包みを取り出し、天馬に渡した。

 淡路島で買った貝殻のキーホルダーとは別に、英単語帳のリングにつけられるような、小さな革のストラップだった。


「これ、邪魔じゃなかったら」


 すずが差し出すと、天馬はそれを受け取り、手のひらに乗せてしばらく愛おしそうに見つめた。


「使う」

「ほんと?」

「絶対使う」

「そんなに?」

「すずがくれたから」


 すずはカッと顔を赤くした。

 玲花が横で「はいはい、ごちそうさまー!」と叫び、陸が「砂糖吐くわ」と呆れ顔でぼやいた。


 ジュースを飲み終えると、天馬は自分のカバンから使い古したノートを開いた。

 そこには、大学の名前、通信教育部、必要な学費、取得できる免許の種類、入学方法、そして働きながら学ぶための緻密な学習計画が、天馬の几帳面な字でびっしり書かれていた。


 天馬は、少し緊張した顔で、真っ直ぐに前を向いて言った。


「俺、先生になる」


 すずは、息を呑んで天馬を見た。

 その言葉は、今までにも何度か聞いていた。でも、その日の天馬の声は、夢を語る少年のものではなく、覚悟を決めた大人のように、ずっとはっきりしていた。


「小学校教諭の免許と、中学校英語、高校英語の免許を取りたい」

 玲花が「おお」と感嘆の声を上げる。陸は腕を組み、黙って聞いていた。


「普通の大学に行きたい気持ちはある。でも、金のこと考えたら、今の俺にはきつい」

 天馬は、ノートの数字に視線を落とす。

「だから、通信教育部のある大学に行く。入るだけなら、落ちる可能性は低い。現場で働いて金を貯めながら、基礎学力を上げて、自力で単位を取る」

「簡単じゃないよね」


 すずが心配そうに言うと、天馬は力強く頷いた。


「簡単じゃないと思う。働きながらやし、自分で計画立てて勉強せなあかんし」

「うん」

「でも、それで教員免許を取りに行く」


 天馬は顔を上げ、すずたちを見渡した。


「俺、ちゃんと先生になる」


 すずの胸の奥が、ぶわっと熱くなった。

 もう、ただの憧れや夢ではない。天馬は、現実の道を探し当てたのだ。

 自分の足で歩ける道を。お金がないから無理だと環境を言い訳にして諦めるのではなく、自分に合う泥臭い道を探して、そこへ進もうとしている。

 すずは、その横顔を心から尊敬した。


 その時、陸がゆっくりと拍手をした。

 ぱち、ぱち、ぱち。

 いつものからかうような乾いた音ではない。心からの、真面目で重みのある拍手だった。


「ええやん」

 陸が静かに言った。

「高校生活のバディとして、友達として、尼崎市民として、お前を支えるわ」

「尼崎市民いる?」


 玲花がすかさず突っ込む。


「いる。地元愛は大事や」


 陸は真顔で答えた。


「天馬、お前、通信はほんまに自分との孤独な戦いやと思うで。仕事しながら勉強続けるんは、体力も精神力もかなりきつい」

「わかってます」

「でも、お前ならできると思う」


 天馬は、少しだけ目を見開いた。陸は続ける。


「俺も、働きながら資格いくつか取った。この前、現場の主任にもなった」

「主任!?」


 すずが驚いて声を上げると、玲花が横から得意げに言う。


「そうやで。最近、ちょっと偉そうやねん」

「実際ちょっと偉いからな」

「腹立つ!」


 陸は低く笑った。


「俺も、天馬に現場で支えてもらってる。あいつ、見た目怖いし口数少ないけど、仕事はちゃんと全体を見るし、絶対に手ぇ抜かへん」

「……褒めてます?」


 天馬が照れ隠しに聞く。


「褒めてる」

「珍しい」

「茶化すな」


 陸は、大きな拳を天馬の前に突き出した。


「俺も支える。お前が先生になるまで」


 天馬は、差し出されたその拳をじっと見た。

 少しだけ黙り、何かを噛み締めるようにしてから、自分の拳を軽く合わせた。

 こつん。

 骨と骨がぶつかる、小さくも確かな音がした。


「お願いします」

「任せとけ。ガンガン仕事振ったるわ」


 二人は、拳を合わせたまま、少しだけ誇らしげに笑った。


 すずは、その光景を胸がいっぱいになる思いで見つめていた。

 陸は、もうただのクラスメイトではない。現場で泥にまみれて働き、資格を取り、主任になり、誰かの夢を支えられる大人になろうとしている。

 天馬も、自分の手で未来への扉を開き始めている。

 二人とも、ちゃんと前へ進んでいる。

 すずは、眩しいものを見るような尊敬の目で二人を見つめた。

 私も、もっと刃を研がなきゃ。そう強く思った。


 玲花も隣で拍手していた。

「いいやん。男同士の友情、めっちゃ熱いやん」

 いつものように無邪気に笑っている。

 けれど、その明るい瞳の奥が、ほんの少しだけ暗く沈み、疲れていることに、すずは気づいた。

 陸も、たぶん気づいているはずだ。

 でも玲花は、すぐに空気を変えるように明るい声を出した。


「じゃあ私は、天馬が先生になったら、保護者代表でクレーム入れに行くわ」

「何のクレームや」

「『先生がイケメンすぎて、うちの子が授業に集中できません!』って」

「帰れ」


 天馬が低く冷たく言い放つ。

 玲花はケラケラと腹を抱えて笑った。


 教室には、うららかな春の光が満ちていた。

 それぞれの抱える事情は、何ひとつ軽くなっていない。

 母の病気も。

 天馬のお金のことも。

 玲花の複雑な家のことも。

 陸の拭えない過去も。

 何も、魔法のようには解決していない。

 それでも、四人は同じ教室で笑い合っていた。


 十八歳になった春。

 未来はまだ遠くて、怖くて、見えないことばかりだった。

 でも、手を伸ばす先は、少しずつ確かに決まり始めていた。


 ――そして、日々はすぎ。

 進路に向けた三者面談が続く、ある日の放課後のこと。


 すずと天馬は、人気のない薄暗い階段の踊り場に立っていた。

 天馬の現場仕事が忙しく、一週間ぶりにようやく二人きりになれた放課後。


「天馬くん!一週間、お仕事お疲れ様!」

「……ん」


 言葉は、それだけで十分だった。

 一週間会えなかった寂しさと、ようやく顔を見られた安堵感。それはすずだけではなく、天馬も同じだったのだろう。

 少し疲労の色が滲む天馬の薄い茶色の瞳が、すずを見つめてふわりと柔らかく緩む。


 天馬の大きな手が伸びてきて、すずの頬をそっと包み込んだ。

 すずもまた、引力に吸い寄せられるように天馬の服の袖をきゅっと掴み、ゆっくりと目を閉じる。

 どちらからともなく顔を近づけ、二人は静かに唇を重ねた。


 ちゅ、と。微かな音が薄暗い踊り場に落ちる。


 久しぶりの体温。安心する甘いムスクの香り。

 最初は、本当にただの、労うように触れ合うだけの優しいキスのつもりだったのだ。二人とも。


 しかし――。

 一度触れ合ってしまったその温もりが、冬から春にかけて「急がない」と必死に押さえ込んできた天馬のストッパーを、いともたやすく吹き飛ばしてしまうことになる。


 重ねた唇から熱が伝染し、一週間分の飢えを満たすような、息もできないほどの激しいキスの嵐がすずを飲み込むまで――あと、数秒。


リアクションや、☆☆☆☆☆を★★★★★に変えていただけると、執筆の励みになります^^

感想、ご指摘、ブクマも大歓迎です!

毎日更新予定です。完結約束、ハッピーエンドです(^ ^)

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ