俺たち
「カエデ、あそびに行こうぜ~。夏休み終わっちまう」
「最近なにかとね。明日もちょっと忙しいから4日後くらい……かな」
「4日後かよ~。ときめくプールサイドの青春がぁ、カエデのバカヤロー!!」
久しぶりに顔を合わせる登校日、真夏の日ざしに萎れたトモヤがなげく。プールへさそう連絡が届いたものの再婚のことでいそがしく、なかなか遊びに行けなかった。
机へ突っ伏したトモヤが遺憾の意を表明していると、ミズキがカバンから1冊の本を取りだした。
「持ってきちゃった。ぼくは読んだし、返すのいつでもいいから貸すよ」
まえに借りた本の続編だ。ひとつ屋根の下へ暮らす2人の物語、少なからず気になっていたので受けとってカバンへ入れる。
「おっ、なになに? 何の本だよミズキ、マンガ?」
「ひみつ。トモヤが読まない字だらけの本!」
「なんだよぉ、カエデと先輩の後つけたとき協力してやったろ――」
とっさにミズキがトモヤの口をふさいだ。呼吸をふさがれたトモヤの顔がみるみるうちに青くなっていく。泡をふく直前のトモヤを救い出し、介抱しているとホームルームの終わった教室へユウマがあらわれた。
俺を見つけた彼はうれしそうに微笑んだ。高校にいるときの優等生ムーヴの笑顔も加算されてまぶしい。
「トモヤ、あとで連絡する。ミズキもまたな」
「カエデぇ~」
襟首をつかまれるトモヤを残し、ユウマのところへ走っていく。2人で下校、おなじ方向へ帰るのは今日からだ。いまごろ引っ越しのトラックが家へ到着してるだろう。
「おかえり!」
頭にタオルを巻いたやる気満々の父とマミさんが出迎えた。ソウマはリビングへ積んだダンボールを開封して、1階と2階を往復する。大きな冷蔵庫やタンスを運びこみ、俺と父の家は様変わりしていく。
ユウマの部屋にもベッドが設置された。ソウマの部屋を見にいくと、運ばれたタンスへ衣服を詰めてる最中だった。
「ソウマはベッドないの?」
「フリマで売った。畳は寝がえりしても落ちない」
体が大きいゆえにシングルベッドは狭かったようだ。この部屋はむかし爺ちゃんが使っていた畳の和室、自室を手に入れたソウマは満足そうだった。日に焼けた畳を張りかえ青々としたイグサの匂いがする。
「ソウマ、俺の荷物は? 自分のだけか?」
「母のは運んだから問題ない。ユウマのは1階だ」
「俺のだけ残したな! 覚えておけよ!」
片づけを手伝っていると、ユウマが顔をのぞかせ階段を下りていった。夕方には作業はおわり、掃除機をかけていたらマミさんが呼びにきた。
「カエデくん、そろそろ終わりにして夕食にしましょう」
兄弟は能動的、とくにソウマがよく働き引っ越し作業は早くすすんだ。食卓に出前のお寿司セットがならび、父とマミさんの席には缶ビール、俺たちにもジュースが用意される。5人で食卓をかこみ引っ越しを祝った。
1カ月のあいだにたくさんの出来事があった。良いことばかりではないかもしれないけど、俺たちのあたらしい生活がはじまる。家のルールは若干の修正が加えられ、家事当番表が冷蔵庫へ貼りだされた。
「ソウマ! シャツ脱ぎっぱなしで寝転ぶな!」
ソウマの部屋へ洗濯物を集めにいくと、脱ぎすてたシャツがヤツの下敷きになっていた。引っぱっても退こうともせず、押しても乗っても微動だにしない。俺が奮闘していたら階段を上ってきたユウマが部屋をのぞく。
「じゃれるなよ。へんなスキンシップの方法考えやがって、カエデは俺のだからな」
床へ張りつくソウマの背中へ乗っていたら、ユウマに持ち上げられ抱きしめられた。
「ユウマ、そういうの家では禁止だろ!」
「これは単なるスキンシップ、新しくできた弟を可愛がるお兄ちゃんさ」
言葉を悪用してやりたい放題、ユウマが頬ずりしてくる。無言で起きあがったソウマは邪魔をするなと言わんばかりの顔で兄を睨みつける。このままでは大海獣の争いに巻きこまれる。ユウマの腕を振りほどき、ソウマのシャツを拾い階段をかけ下りた。
当番の時しか家事をしなかった坂木兄弟は手伝ってくれるようになった。3人で協力すればあっという間に終わる。たまに俺をはさんで兄弟のムダな争いが起こるけど、それは見逃そう。
彼らとは度々外出もする。献立を話しながらユウマと買い物だったり、シューズ売り場で1時間ほど悩むソウマをながめたり。今日はめずらしく電車で遠出、ユウマと買い物がてら到着したのは見覚えのある公園だった。
ユウマが手を差しだし、手をつないで木々に囲まれた公園を散策する。あの日座っていたベンチへ腰かけ、おたがい身をよせてそっとキスをする。家では禁止行為だから公園の片すみでひそかに、まるでデートみたいだと意識して顔が熱くなる。
「カエデ、照れてる?」
「これは、ちょっと暑くて……」
照れかくしの言いわけをするまえに唇をふさがれた。閉じた目をひらくと彼は笑っていた。
「これ以上は大学へ行くまでお預け、待っててくれる?」
「……うん」
「カエデも入学したら2人で同棲しない?」
「え、大学? だいぶ先だよな?」
「ああ、先の話だよ」
ユウマはにんまりと笑った。なんてことだ、高校生になったばかりなのにもう大学の話をしている。最近、勉強を教えるユウマがむずかしい問題ばかり出す理由がわかり俺はなげいた。
木々の梢がざわめく音に目をつむる。すこし前までユウマが近づくと心臓が破れそうなくらい波打っていたのに今は落ちついている。ユウマも俺とおなじで失敗するし悩むこともあると解ったからなのかもしれない。曇り空の太陽が顔をだし、草花は葉をいっぱいにひろげていた。
「カエデ」
「なに?」
「好きだよ」
初めて告げられた言葉。光は風にゆれてキラキラとかがやく、木洩れ日に照らされた彼が眩しい。
「あの時みたいに『好き』って言ってくれないの?」
まっ赤になった俺の頬をつつみ、ユウマがささやく。こういう小癪さがなければ素直になれるのに分かってて言うから性格が悪い。モジモジしながら口ごもる俺を彼は観察している。
「……好き」
子供みたいに口を尖らせ俺はつぶやいた。声は風にゆれる葉の音にかき消されるほど小さい。聞いていたユウマは満面の笑みをうかべた。
「聞こえなかったから、もういちど言って」
「知らないっ、ユウマのバカっ」
わざとらしく聞こえなかったフリして同じ言葉を言わせようとしている。恥ずかしくなった俺はユウマの腕をすりぬけて逃げた。どこまで逃げても、彼はどこまでも追ってくる。走って走って最後には追いつかれて抱きしめられる。子供たちのはしゃぐ声と俺たちの笑い声が公園へこだました。




