遠くなった距離
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ソウマの荷物が多かったから、車で何回か往復して両隣のへやは空っぽになった。1カ月まえの俺と父だけの生活がもどってきた。人数が減って乏しい量の洗濯物をたたみ、ひとりで夕食をすませリビングへ腰をおろす。
なにをするでもなく、長い時間寝そべった。買いかえたソファーは心地よく体をいっぱいに伸ばす。俺をまくらにして寄りかかるソウマも、反対側から体重をかけてくるユウマもいない。伸ばした足先に触れるものも何もない、自分の体温しかないソファーは物寂しくてクッションを抱きしめた。
勉強中、解けない問題があってユウマの部屋をノックした。ドアの先は暗く、誰もいないのだと思いだした。
休日、遅くまで寝ていても起こしにくるヤツもいない。ぽっかりと心に穴があき、時間のみが経過していく。
「テストどうだった?」
「そこそこかな。今回はよく勉強したし」
「仮同居、終わったんでしょ? お父さん再婚するの?」
首をかしげたミズキが尋ねる。聞くのが怖くて、肝心なことは聞けない。ユウマとソウマへ連絡を送ってみたけど、坂木家は生活リズムをもどすのに忙しない。父も普段どおり、俺だけ浮いて取り残されていた。
「ふぬけた顔だなぁ。気になるなら2年の教室いこうぜ!」
席を立ったトモヤが俺の腕を引っぱり、ミズキも慌ててついてくる。団子状にかたまり、2年生の教室をめぐる。後方の窓からユウマのクラスをのぞいた。2年はテストが終わったばかり、クラスメイトに囲まれた彼はテスト問題について会話していた。
「教室にいるぜ、声かける?」
「ううん、別にいいや。元気そうだし」
顔を確認した俺は1年の教室へ引きかえした。安心したと同時に落胆した。近くにいた彼との距離はずいぶん遠くなった。ちいさくため息をつき、教科書をカバンへつめる。
落ちこむ俺のそでをミズキが引き、声を発さず身ぶり手ぶりで廊下を指さした。そのさきにユウマが立っていた。
「カエデ、坂木先輩がきてるぜ!?」
トモヤも気づき声をあげた。さすが優等生、立っているだけなのに目立つ。教室に残っていた生徒がひそひそと顔を見合わせる。俺も周囲を見まわしたが、ユウマがこっちを見ているのはあきらか。
トモヤとミズキに背中を押され、教室の出入り口へ向かう。
「さっき教室へ来てたろ? 用事?」
「とくに用事ってわけじゃ……」
忍んだつもりが確と見つかっていた。用事があったわけでもなく、俺はしどろもどろになった。
「用もないのに来たの? どうして?」
ユウマのこういうイジワルな詰め方は変わらない、口ごもる俺をからかう。
「どうしてって……顔が見たかった」
つぶやいたらユウマは真顔になった。薄く笑う口元をむすび、こちらへ詰め寄る。
「カエデ、いまから帰る? いっしょに帰ろうか?」
「帰る方向ちがう」
「駅前のスーパーで特売やってる。ちょっと遠まわりだけど寄っていかない?」
「……いく」
ユウマは電車通学、俺の家とは真逆の方向にある駅を利用している。いつものスーパーじゃないけど足を延ばすことにした。
「坂木先輩、俺、カエデの友だちです! 俺もいっしょに――」
「ぼくらは用事がありまして!! トモヤ、行くよ!!」
「ミズキ、せっかく先輩と知りあうチャンスだろ。引っぱんなって、カエデェ~」
ついて来ようとしたトモヤはミズキに遮られて教室をあとにした。ミズキに引っぱられるトモヤのシャツはゴムのように伸びていた。
おたがい口数は少なく道のりを歩く、遠まわりだけど苦には思わなかった。繁華街のスーパーは人どおりが多く店内も騒がしい、2人で夕食の献立を相談しながら買い物をする。彼との時間が楽しくて用のない売り場も見てまわった。
思ったより買ってしまい袋はいっぱいになった。それを見たユウマは俺を送っていくと言いだした。
「大丈夫だって、1人でもって帰れるよ。ユウマも当番だろ?」
「てきとうに手を抜くから平気、人数が減って張りあい無いんだよね」
家事を完ぺきにこなしていた以前のユウマだったら言いそうにない言葉、彼は俺の買い物袋から重そうな商品を取りだし自分の袋へ入れた。ならんで俺の家へ向かう、再び彼との時間ができた。
ユウマたちがマンションへ帰ったのは話し合いの翌日、マミさんとユウマの関係がどうなったか気になっていた。聞くのをためらっていると、向こうが口をひらいた。
「母さんには謝られた。俺もカエデのこと話した。ちょいぎくしゃくしたけど、いつもどおり……かな」
彼はおだやかに笑った。買い物袋を反対側へ持ちかえたユウマは手を伸ばし、俺はその手をにぎる。指がからんで体温が伝わり下を向く。うれしさと恥ずかしさが半々、歩いてるうち家の屋根が見えた。遠まわりだったのに体感時間はみじかい。




